歳の離れた弟の様な存在がいる。所詮ご近所付き合い程度のもんで、私が学校から帰るときに少年とはいつもそこで出会う。いつも友人二人を家まで送り届けてから帰宅するらしく、帰りが遅くなると言う話は何度聞いただろう。方向音痴の友人を二人ももって作兵衛はなんて可愛そうな星のもとに生まれたんだろうかと憐れんでやるのは日常だ。

「名前ねえちゃん!おかえり!!」
「作兵衛もおかえりー。今日も今日とて泥だらけだねぇ」

抱き着く彼が泥だらけだろうと全く気にならない。一人っ子で育った私にこの子の存在はかなり大きいのだから。横断歩道のこっち側で手を振る私に気付いた作兵衛はぱっと顔を明るくして、信号が青になった瞬間駆け寄ってきた。なんて可愛い弟か。ごく自然流れで私の手を握って帰ろうと引っ張る小さい背中で黒いランドセルが揺れるのが愛おしくてたまらない。

「今日は孫兵が理科の勉強教えてくれてさ、そこテストに出たんだ!」
「まじか。孫兵くんてあの無駄にイケメンの蛇の子でしょ?あぁ、見るからに理系っぽいね」
「名前姉ちゃんは今日学校で何した?」
「食堂の10個限定プリン賭けて乱闘した」
「喧嘩!?勝ったのか!?」
「私にかかればあんなやつら小指一本で十分だ」

小指を立ててそういうと、作兵衛は目をキラキラさせてすげぇすげぇと私を尊敬の眼差しで見つめてきた。まぁ派手に冗談なんだけど。でも乱闘したのは事実だ。無事に勝ち取ることができて私は今日はとても機嫌が良い。あのプリンを食べるだけで心がこう、ふんわりした気分になる。魔法のプリン。食堂のおばちゃんは魔法使いか何かだろう。作兵衛はその話をするたびに俺も食ってみたいなぁというのだが、さすがにプリンを持ち帰ることはできない。

「俺が名前ねえちゃんの高校いったら食えるかな!?」
「食えるとも。それまでたくさん勉強すればね」

私が言うのもあれだが、私が通う高校はそこそこ偏差値の高い所だ。作兵衛は理科とか算数がかなり苦手だと言っていたが、小学生の分際で諦めるのはまだ早い。今から勉強すればもちろん間に合うだろう。だが勉強という単語一つで作兵衛の眉間には深い深い溝ができてしまった。それがあまりにも可愛くてつんつんとつつくと、作兵衛はテレたように私の手を握り返すのだった。

そしてふと、視線を下に落としてみると、作兵衛のポケットから何かがはみ出ているのが見えた。真っ白い小さい封筒の様な物。

「作兵衛、それなに?」
「え?あっ…!べ、別になんでもねぇ!!」

私がそれを指差すと、作兵衛は一気に焦ってポケットの奥にそれをぐっと突っ込んだ。作兵衛がそんな反応をするなんて珍しい。というか、そんな反応をされたら悪戯心に火がつくというか、めちゃめちゃ気になってしまうじゃないか。作兵衛がつんと向こうを向いている間にポケットに一瞬手を突っ込み封筒をとると、作兵衛はビックリ仰天といった顔で私の手にある封筒を見上げた。

「か、返せよ!名前ねえちゃんやめろ!」
「えー?何々ーその反応。もしかしてラブレターだったりしてー?」

ニタニタする顔を作兵衛に向けそう言うと、作兵衛はぼんっと顔を真っ赤にして掴んでいた私の腕をさらに力強く握った。あ、これはもしかして図星だったかしら。そして触れてはいけないところに触れてしまったかしら。此のまま泣かれたりしたらどうしようと思って「ご、ごめん」と小さく言い便箋を返すも、作兵衛は首を大きく横に振って、私にその便箋を押し付けてきた。これは読んでもいいというサインでしょうか。作兵衛の腕が離れ両手が自由になったところで、俯く弟を横目に私は可愛らしいハート型のシールが貼られた封筒を開けた。ハート形って。またベタな封筒だなぁおい。中身は案の定のラブレターで、『作兵衛くんが好きです』と一言と、差出人であろう女の子の名前が書かれていた。くっそなにこれめっちゃ可愛いわ。小学生同士の恋愛ってこんなに可愛いもんだったっけ。好きですだけ?付き合ってくださいとかないわけ?これ作兵衛に言ってどうするつもりなの?その後の展開は?それに比べて私高校生はなんて汚え恋愛しかしないんだ。告ってキスしてセックスしてとっとと別れるを繰り返す醜い生き物よ。そんなやつらは小学生からやりなおせってんだよ。

しかし作兵衛は小学生にしては顔が整っている方だと常日頃から思っている。サッカークラブ入ってるし、そりゃぁ女の子はほっとかないわな。此の女の子も良い物件に目を付けたもんだ。作兵衛に惚れときゃ将来は安泰だぞ。

「ヒューッ!!作兵衛くんモテモテじゃないですかー!!」
「……」
「それにしても綺麗な字ぃ書く子だねぇ。きっと可愛い子なんでしょ?ちゃんとお返事してやれよぉ」

からかうような口調で頭をがしがしと撫でてやるのだが、作兵衛はそれを嫌がるように私の手を弾いて私の制服へ手を伸ばした。

「…いやだ」
「は?嫌?何が?」


「俺その子の事好きじゃねぇ。俺は、俺は名前ねえちゃんが好きだから。だから返事はしねえ」


こいつは流石に驚いた。皆さんご覧ください。高校三年生の今を時めくJKが小学六年生に告白されているではありませんか。愛の告白ですよ奥さん。こんな可愛い告白受けたのなんかいつ振りか。ぐっと握られたブレザーは徐々に皺になっていくが、作兵衛はそれを離そうとはしなかった。

「あははありがとう作兵衛。私も作兵衛好きだよ」
「ちげえよ!俺は名前ねえちゃんが好きなんだよ!そういう、弟かそういうんじゃなくて!!」
「あははははは可愛い可愛い」

必死になる小学六年生にマジレスするほど私は大人げなくはない。言語力の足りない作兵衛の補足をするのなら、作兵衛は私を近所の姉としてじゃなくて一人の女として好きだと言いたいんだろう。可愛い可愛いといつも思っていたけど、此処まで来ると可愛さもいい加減にしてほしい。こんなに可愛い弟を近所に持って幸せにもほどがある。

「だけどな作兵衛。お前は十二歳。私は十八。六コも歳の差があるんだよ?」
「そんなの知らねえ!俺は名前ねえちゃんが好きなんだ!」
「お前は子供、私は大人。そういうもん。その子に良いお返事してあげなさいよ」
「頭撫でんのもやめろ!俺は名前ねえちゃんが好きなんだ!!」

荒れる作兵衛を後ろに、私は財布を取り出して自販機に向かった。家に帰る間にこんな長時間話すとは思わなかったから喉が渇いた。がこんがこんと二つの音を鳴らして、涙目で私を睨み付ける作兵衛にそれをさしだすと、作兵衛は眉間の皺を更に深くして再び私を睨んだ。

「…んだよこれ」
「これ飲んででっかくなってから出直して。お前に私は、まだ早い」

手にしていたのはバナナ・オレ。小学生に口説かれるとは私もまだまだ捨てたもんじゃないな。だが私も、これでも過去に彼氏という存在は何人かいた方だ。そんな私の身を小学六年生にくれてやるのはまだ惜しい。それに私の理想の彼氏の身長は180センチは欲しいと思っている。まだ私の腹程の身長の可愛い可愛い弟に、恋愛感情なんて抱けるわけがない。


「〜〜〜っ!!いらねぇよ!そんなん飲まなくてもデカくなってやらぁ!!!」
「ほぉ言ったねぇー。楽しみにしてるよー」

「俺が今の名前ねえちゃんと同じ歳になったら名前ねえちゃんなんか見下ろしてんだからな!!」
「はいはい、楽しみ楽しみ」


そうは言われたものの、もったいないから持ってけと言えばおずおず手を差し出す作兵衛の可愛さよ。さて、未来を約束されたイケメンが六年後どうなっているか心底楽しみである。






そしてその約束通り、




「名前ねえちゃん、約束果たしに来たぞ」

「……えっ!?さ、くべえ…!?」
「約束、忘れたなんて言わせねえからな」




と、家の前で超絶イケメンの長身ヤンキーが座っているのは、そう遠くない未来の話。
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