「三年ろ組、用具委員会、と、富松作兵衛です!食満留三郎用具委員会委員長!し、失礼いたします!」
「おう作兵衛。そう固くなるな。今は伊作も留守だ。緊張しなくてもいいぞ」

緊張しなくてもいいぞと言われても、六年長屋に入ることはいつだって緊張するに決まっている。なんていうかこう、最上級生ならではの威圧感が部屋にあるっていうか、近寄りがたいっていうか。入って来いと手招きされるが、手と足が一緒に出てるんじゃねぇかっていうぐらい、俺は情けない事に緊張しているみてぇだ。そりゃぁいつもならしんべヱや喜三太や平太も一緒だからそんなに緊張しねぇけど、今は俺だけ。しかも善法寺保健委員長もいねぇし。も、もし食満先輩を怒らせてしまったら、殺されるのは俺一人…!

「おいおい大丈夫か?顔色悪いぞ?」
「だ、大丈夫です!私の心配はご無用で…!」
「そうか、それならいいが」

このまんまじゃ本題に入れないと深呼吸すると、それを察してくれたのか、食満先輩の方から「それで」と話しの道筋を元に戻してくださった。

「御相談したいことがあるなんて、作兵衛にしちゃぁ珍しい事だな」
「あ、は、はいその…」
「俺で力になれることがあったらなんだって言ってくれ。協力するぞ」

腕をまくってどんと胸を叩く食満先輩の心強さといったらない。さすが俺の委員会の委員長。その言葉だけでも十分頼りになりすぎる。俺は今一度深呼吸をして「実は」と話題を切り出した。切り出したのだが、口が上手く動かない。緊張か、最上級生と二人きりという恐怖故にか。いやおそらく、この緊張は話題が話題だからだろう。いくら言葉を振り絞っても、あ、とか、う、とかしか出ない俺の情けなさは誰にも見られたくねえ。こんなとこ見られたら一生笑いもんだ。

「………恋の、相談か…?」
「うわあああああああああああああああああ!!」

そんなに俺は表情に出していたのか、食満先輩は俺が言わんとしていたことをあっという間に当てて見せた。一瞬にして顔に全身の熱が集まったのが解るし、俺はそのまま顔を手で覆って床に額を叩きつけた。あまりにも突然の行動だったからか、食満先輩は慌てて「おい!」と俺の肩を掴んだが、今の顔は誰にも見られたくねえ。

解ってる、解っちゃいる。忍者なんてものが己の感情を表に出すのなんてもっての他。其れも恋愛ごとに足を踏み入れてしまうなんて。武闘派を恐れられ忍術学園一忍者している食満先輩にこんなことを相談すること事態お門違いというものだ。だけど、同級生に好きな人ができたという話をできるわけがねえ。だけど、此れは一人で何とかなるような問題でもねえと思い、俺は今日食満先輩に御相談に乗っていただくことを決意した。

「ははは、何をそんなに慌てるんだ作兵衛。誰しも一度は通る道、そう己を責めるな」
「し、しかし…」
「俺に相談したいと言うから何かと思ったら、そうだな、そういう話題は同級生でしても仕方ないな」

まぁ飲めと差し出されたお茶。飲みかけで悪いなと言われたが、呼吸を整えるためには嬉しい事だった。ぐいとそれを飲んで今一度深呼吸。相手は誰だとでも聞いたそうな食満先輩の表情。実は、と、もう一度口を開いた。

「く、くのたまの…!ろ、くねんせいで…!」
「くのたま六年?」

「苗字、名前、せ、せ、先輩です…!!」

名前を言うだけで呼吸がこんなにも乱れるなんて。俺はもう重病にでもかかっちまったと言うのだろうか。

「名前…?お前名前と関わりがあったのか?」
「い、いえ、そ、その…!」

きっかけは本当に、突然の出来事だった。三之助と左門と町に出かけていた時のこと。三人揃って歩いていたら前から歩いてきた侍にぶつかってしまった。所謂よそ見からの不注意というやつで、俺と三之助と左門は急いで頭を下げて謝った。だけど向こうは相手が子供と解ったからか態度を一変。さっきまでなんの曇りもなかった表情が一気に悪人面になって「骨が折れた」とわざとらしく腕をプラプラさせた。相手が悪かった。どう見たって腕なんか折れてない。だってこんなにがっしりした体で、俺がぶつかったぐれえで骨が折れるわけがないんだから。強そうな侍にむぶかってしまったと二人も顔色を悪くした。

「ほら、治療代出せよ。ガキとはいえ身なりは良い。金ぐらい持ってんだろ?」
「離せよ…!腕なんか折れてねえだろ!」
「なんだとこのガキ!殺されたくなきゃぁ金を出せっつってんだよ!」

胸ぐらを掴まれ身体は軽々と持ち上げられた。三之助と左門はその場で固まってしまっている。俺がこうしている間に逃げてくれればいいものを。力強い拳を叩くも全くビクともしない。どうやってこの場から逃げ出そう。そう思いながら暴れていると、耳に届いた「バキッ」という何かが折れた音。


「あぁ、申し訳ない。うっかり腕を折ってしまいまして」


「ぐっ…!あぁぁああああああぁぁあっ!!」

男が俺を掴んでいた手で反対側の腕を押さえた。俺を掴んでいなかった方の腕は見るも無残に、有り得ない方向へ曲がっていた。さっきの音は本当に骨が折れた音だったんだ。ゾッと背筋を凍らせ、地に投げ捨てられた俺は助けてくれた人を見上げた。予想もしていなかった。だってそこにいたのは蹴りを入れた体勢で足を上げ、淡い橙色の着物を身にまとった、女の人だったからだ。

「悪いなついうっかり。こいつはお前の望んだ治療代だ。受け取ってくれ」
「てっ…!てめぇ…!」
「喚かない喚かない。傷に響くぞ」

丸で赤子をあやす様に、女の人は膝をつく男の顎を撫でて、俺たちの方へゆっくりと歩いてきた。

「忍たま三年生諸君。こういう時のために煙幕弾を所持しておくといいよ。いつでもくのいち長屋においで。可愛い君たちのために私が特性弾を作ってあげようね」

「苗字先輩…!?」
「苗字先輩!」
「わぁっ!名前先輩!」

怖かったねぇよしよしと俺たちの頭を撫でて、俺たちはそのまま手を繋いで学園へと帰って来た。あの小銭袋の中身はただの石だと聞いたのはその帰り道での出来事だ。

名前先輩は委員会には所属せず六年間を過ごしているという事で忍たまの中でも有名な先輩だった。趣味の絡繰りに没頭するあまり委員会なんかで時間を潰している暇はないと、先生方のスカウトを悉く断っているらしい。素直に、格好良いと思った。女の人なのに、あの凛とした強さ、技、殺気。苗字先輩はいつもニコニコしていて、絡繰りについて一年生の兵太夫とか立花先輩とかと喋っている所を見るぐらいの存在だった。あんなに格好良いなんて、全く知らなかった。それでいてこんなにも優しい。心を奪われる感じが手に取るように解るぐれえだった。


「なるほどな。確かに名前は強い。あの蹴りで大木一本倒して追手から逃げて来たって話を聞いたことがあるか?」
「えっ…!?」
「追手は見事下敷きとなり全滅。くのいちでも憧れの的なんだとさ。お前が惚れるのも解るさ。…もしかして、初恋だったりするか?」

食満先輩の問いかけに、俺はゆっくり頷いた。こんな気持ち初めてだから、だからこそ、どうしていいかわからなかった。それに、苗字先輩の事はまだ何も知らない。苗字先輩はそんなにお強い人だったのか。何がニコニコ明るく優しい先輩だ。本物の忍者じゃないか。やっぱり、俺なんかが憧れるには遠すぎる存在だろうか。そう肩を落としてため息をついた瞬間、天井がカタンと音を鳴らした。食満先輩がいち早く懐に手を入れたが、其処から顔を出したのは曲者なんかではなく

「よっ留三郎」
「なんだ名前か」

桃色装束の青髪の、先輩。

「ほれ、武器のお手入れ終わったぞ。ちょっと錆がついてたから、ここの部分のパーツ取り替えておいたから」
「おぉ悪いな!これで文次郎をぶちのめしてやる!」
「あははは!そんときは私も呼んでくれ!一緒に帳簿をくすねてやるわ!」

苗字、先輩だった。

「ん?あれ?富松?富松じゃないか」
「苗字、しぇんぱ、こ、こんにちは!!」
「はいこんにちは。っと…お取込み中だったかな?」
「あ、いやそんなことはない」

「大丈夫か富松。あれから変な奴らに絡まれていないか?」
「だっだだ大丈夫です!あ、あの時はありがとうございましdじryk!!」
「あはははは!そう緊張するなよ!まぁ六年二人に挟まれちゃぁ無理はないわな」

噂をすればなんとやら。苗字先輩だ。本物の苗字先輩だ。綺麗だ。美人だ。それでいてかかかカッコイイ…!わしゃわしゃと頭を撫でられればそこに熱が一気に集まった。うわあああ。俺今苗字先輩に撫でられてる…!苗字先輩が、め、目の前にいる…!!


「さて、私の用事は此れだけだ。可愛い富松がこれ以上緊張しないためにお暇するよ」


苗字先輩がそう言って立ち上がり天井に向けて視線を向けた。も、もうくのいち長屋に戻られるのか…。も、もう少し、お話をしたかった…。



「あ、待ってくれ名前!ちょっと頼みがあるんだが」

「あ?何か用か?」


食満先輩が今、用具委員会用の矢羽音で「任せろ」と、仰った。そして食満先輩の一言で、苗字先輩は視線を落とした。


「実は作兵衛がな」
「うん?富松がどうした?」

「作兵衛が実技の成績が悪いと凹んでいて、それで俺のところに相談に来ていたんだ」
「実技?富松が?」
「作兵衛はこう見えて初心でな。女心が解らないんだとよ」
「あははは可愛いなぁ。しかしお前も人の事が言えんだろ」


「そう言うな。其処で頼みがあるんだが、名前、作兵衛と一日逢引してやってくれないか」


食満先輩が、食満先輩が、けけけけけけっけけけけ食満先輩が!!!今!!!苗字先輩に!!!!とんでもない事を!!?!?!?!?


「ふふふ、私がか?」
「俺が女装してやってもいいがな、留子はあまり評判が良くない。それにお前は作兵衛と並んでも違和感がない程に綺麗だ。どうか頼むよ」

苗字先輩は食満先輩の言葉を聞いて、面白そうに口を上げた。俺は食満先輩の突然の申し出に頭の中が真っ白になったが、苗字先輩を見上げると、苗字先輩はいつもの優しそうなニコニコ笑顔で、俺の前に正座して座った。

「富松は、相手は私で良いのか?」
「あ、あ、あの…!あっ、苗字、先輩さえ…っ!よ、よろし、ければっ……!!」


「そうかそうか。ならば富松。女を誘う時は誘い文句が大事だ。今この時からお前の実技の補習を開始しよう。さ、私を外に誘ってみてくれ」


心臓がバクバクと煩い。緊張で腹の中のもんが全部出てきそうだ。ついさっきまで苗字先輩へのこの気持ちをどうすればいいのかと食満先輩に相談しようとしていたというのに、まさかそんな過程を吹っ飛ばして苗字先輩を、ああああ逢引にお誘いする絶好の機会が来ているだなんて……!深く深呼吸をして息を整え、丸で本当に愛の告白でもするかのように姿勢を正して床に手を付き頭を下げて


「わ!!私と!!まままま、町へ、い、一緒に行っていただけないでしょうか!!!」


震える声で、腹から思いきり叫んだ。頭を下げているから苗字先輩の表情は微塵もうかがえない。

「はははは、なんて可愛い誘いを受けてしまったんだ私だ」
「当たり前だ。俺の後輩だぞ」


「そうだったな。えぇもちろん、お受けしましょう富松作兵衛殿。どうか楽しい一日にしてください」


苗字先輩は楽しそうにそう言って、俺に向かって頭を下げた。

「すまんが今から少々用事があるんだ。そうだ富松、夕食を一緒に食べよう。日にちと時間を一緒に決めような。じゃ、今は失礼するよ。じゃぁな留三郎」
「おう、悪かったな」

今一度俺の頭をぽんと叩いて、苗字先輩は天井裏へ姿を消した。気配が完全に遠くへ去って、俺は全身の力を一気抜いたからか、そのままごろりと体を横に倒してしまった。


「食満先輩…っ!!私は貴方に一生ついていきやす……っ!!」
「おう、頑張れよ作兵衛!」


生意気にも俺は、この初恋が上手くいきます様にと、柄にもなく神頼みをするのであった。
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