「桜、学園長先生からこれを預かった」
「あぁ、すまんな仙蔵」
「……もう、女らしく振舞ってもいいんじゃねぇのか?」
「黙れ。貴様等のような女に弱い忍びの近くで本性を晒して生きられるものか」
「もうあの術に引っかかったりはせん!」
「どうだかな」
「貴様…」
あれから一月。忍術学園に、日常が戻った。
「立花せんぱーい!どうですか!」
「…あぁ、伝七の首化粧の腕も上がったな。だがそろそろこれも限界だ。埋めるか燃やしてしまえ」
「はーい」
天女の身体は、あの後、雑渡昆奈門が回収し、コレラタケ城へと持っていった。
やはり作戦通り、城下町へと足を伸ばしていたコレラタケ城の殿様はあの女を目に入れていた。
世間一般からすれば美しいと部類される顔であろう。それに、異世界の人間だ。ここに居る人間とはどこかが違う。
異常性癖のあの殿様は、部下に女の住処を探させていた。みつけたら殺してつれて来いと。
そこへ、一戦だけだが同盟を組もうとしていたタソガレドキからの手土産。土産は、捜し求めていた、あの女。
一応首も持って行った。殿様は大層喜び、タソガレドキと正式に同盟を組むことを受諾した。
もっとお喜びになるように、浦風に首化粧をさせ、あの女が「未来」とやらで着ていた服を着せ、完璧な状態で謙譲した。
『将来の部下だ』と、私も連れて行かれ、コレラタケ城の殿様と顔を見合わせる機会まで作らされた。
雑渡昆奈門の部下は優秀じゃのう。褒美にこれをくれてやるわ。
指差されたのは、転がる女の首。やはり、首はいらんというか。まぁ、予想内だがな。
「喜八郎、あの首を埋めるように適当に裏山に穴掘ってこい」
「はーい」
首は持ち帰り、作法委員会の首化粧用に使われている。だがもう腐敗が凄い。使うことはもう無理だろう。
そして、上級生たちは涙を流して下級生に頭を下げた。
四年生、五年生、さらには六年生まで涙を流し謝罪をした。
お前らを裏切った自分たちを、許して欲しいと。
下級生も泣いた。
やっと信じていた先輩方が帰ってきてくれた。しかも、泣いて頭を下げるまでして、自分たちの下へと帰ってきた。
どれほど、この時を待ち望んだのであろう。
桜先輩!これ、お返しします!
先輩方が帰ってきました!
委員長たちが帰ってきました!
今日から委員会活動を再開します!
ご迷惑おかけいたしました!
そして、ありがとうございました!
ついに上級生が、己の過ちを認めた。
以前渡したあの紙を、下級生たちは私に全て返した。…もう必要ないだろう。三郎に渡し、処分するように命じた。
「…桜、お前には迷惑をかけたな」
「何だ気持ち悪い」
「お前、素直に私が謝っているのだ。少しは素直に受け取れ」
「……私はお前らを信じていたよ」
その後、上級生全て揃って、私の部屋に押しかけ謝罪を述べた。
丁度学級委員も揃っていて、あいつらも頭を下げる上級生の行いを全て許した。
僕らも、先輩方を信じてました!
お帰りなさい!先輩方!
でも桜先輩は渡しませんからね!
桜先輩は学級委員会なんですからね!
「ねぇ、仙蔵」
「…?お前は、くのいち教室の…?」
あぁ、来たか。
「席を外すよ。じゃぁな仙蔵」
「…?あぁ」
ついに想いを伝えるか。玉砕しても、私には当たらないでくれよ。
その後、誰が漏らしたのか、くのいち教室にも私の性別はバレていた。まぁ多分、事の流れを知ったシナ先生が言ったのだろうな。
くのいちの同級生どもにつかまり散々と質問攻めにされた挙句、騙していた罰だと化粧の実験台にさせられた。
誰があんたを怨むもんですか
私たちもあなたの変装に気付けなかっただけよ
今更怒ったりなんかしないわ
「おい桜、今夜俺の任務についてきてくれないか」
「またか文次郎。俺の身体を使わんでも、お前が女装すればいいだろう」
「バ、バカタレ!俺が女装してどうするんだ!」
「解った解った。夜になったらお前の下へ行くよ」
「…頼んだ」
あの出来事があってから、下級生たちも忍務を任せられるようになった。簡単なことは下級生同士で。少々難しければ、上級生と共に。
下級生たちはめきめきと実力をつけ、プロの忍への道を爆走し始めた。
心身ともに成長し、上級生を抜かすために日々鍛練を怠らない。
鍛練を怠っていた上級生たちは、下級生に抜かされないように、遅れを取り戻すかのごとく毎夜毎夜鍛練を繰り返している。
ここ毎晩、少々騒がしい。だが、これが普通なのだろう。
あの女がいるときの静かな夜に、慣れてしまっていたのかもしれないな。
「俺だ。入るぞ」
学級委員会会議室に入ると、愛しい後輩が茶を用意していた。
「桜先輩!遅かったじゃないですか!」
「お菓子の用意も終わりましたよー」
「桜先輩、今日算数教えてくださいませんか!」
「僕は兵法を教えて欲しいです!」
「解った解った。一旦茶を飲ませてくれ」
手荷物を置き机の前に座る。今日の菓子は団子か。
庄左ヱ門と彦四郎が教科書を持って横に座り、三郎が茶を運び、勘右衛門が菓子を運ぶ。
…やっと、忍術学園に、"平和"が訪れたな。
「桜せんぱぁあああいい!!!」
廊下を喧しく走る複数の足音。
その後、名前を呼ばれるのと同時に扉が勢い良く開かれた。
「三年生勢ぞろいじゃないか。そんなに慌ててどうしたというのだ」
「て、て、天女です!!!」
「また、お、お、女が!空から降って来ましたあぁあ!!」
学級委員会の後輩が、バッと私のほうへ顔を向けた。
「前とは全然違う女です!」
「ふ、不破先輩がその女を受け止めました!」
「今三年長屋にいます!」
「どうしましょう先輩!」
「また、また先輩方が取られてしまう!」
「僕らに、指示を出してください!」
「其の心配はない」
扉から顔を出し、声をかけてきたのは、立花仙蔵。
横から更に顔を出すのは、四年や、五年。
「私たちはもう二度とあの過ちは繰り返さない」
「僕らはもうあんな女に引っかかりませーん」
「忍術学園も、大事な後輩も」
「全て俺たちの手で守る」
「………だが、すぐ天に返すのは惜しいな?」
私の言わんとすることが、この場に居る人間全てに伝わった。
「…下級生全員に告ぐ。
お前らだけで、その女と、……遊んでやれ」
ここは無情、非情の忍が育つ場。
"忍術学園"
お前らの望むよう物語が、
ここで作られることは、
決してありえない。
物語の結末は、全て、
首を刎ねられ、
幕が下りると決まっている。
忍術学園の生徒を敵に回すなかれ。
…死にたくなければの話だがな。
了
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