「……騙して、いたんですか…?」


そう口を開いたのは、誰の声だったか。

切っ先を向けられた女はだらしなく口を開けガタガタと身体を震わせていた。

目を向ければ、もう、女の周りには、誰一人として近寄っていない。六年生も、五年生も、四年生も、…シナ先生も、その他、先生方も。



「桜は、あなたを、襲っていないのですね…?」

「桜は、あなたの部屋なんか、荒していないのか…?」

「桜は、…あ、あなたの私物を盗んだりも」

「暴力を振るったりも、していないんですね?」

「付きまとったりも、していないんですね?」



「僕らを、騙していたんですね?」




上級生の目から、曇りが消えた。この目は、もう完全に、目の前に居る人間を敵だと思い込んでいる目だ。



「そうだ、お前らはこいつに騙されていた。どんな術を使ったのかは知らんが、お前らはこの女に操られていた。」
「ち、違っ、!私は、術なんか!」

「違うと言うか。ならば証明してみろ。今、俺が言ったことを全て論破してみろ。」
「ち、ちがう…わ、わたしは…」

「違うと言う言葉では、何も解決できんな」

「!?嫌ァッ!!」


刀を振り上げ、女の頭に振り下ろす。あぁ、逃げられたか。だが此処で死んでは面白くない。
天女は間一髪逃げ、私の後ろへと這い蹲って逃げた。


「滑稽だな。天女様ともあろうお方がそのような姿勢で逃げ回るとは」
「や、止めて!こないで!」

「痛みなんてありませんよ。せめてもの情けです。一瞬で終わらせますからね」
「嫌ァ!嫌!来ないで!来ないで!」


這い蹲って、長屋の庭へと逃げていく。腰が抜けたか。逃げろ。逃げ惑え。その情けなさをこの場で晒せ。

俺の大事な友を後輩を誘惑しこの忍術学園という看板に泥土を塗りつけ
生徒を堕落させてたことを後悔しろ。

貴様のその愚考、許されるものではない。



私を見ながら、ざりざりと後退する後ろに、




「やぁ、桜ちゃん」


「!?」




ヤツが現れた。

ざわりと上級生が立ち上がるが、今はお前らを制している場合ではない。

「これはこれは昆奈門殿」
「…あれ、お取り込み中?」
「いいえ、今から最終段階に入るところですよ」
「そっか。君が天女様、かな?」

「た、助けてください!あの人に!あの人に…殺される…!」

「それは君が悪いことをしたからだろう?」


天女の髪を鷲掴みグイと顔を上げさせる。
これが貴方へ渡す予定になっている女ですよ。お気に召しますか?


「…桜ちゃん、これがテンニョサマかい?君のほうが可愛くて綺麗だよ」
「いやですわ昆奈門殿、おだてたって何もでませんわよ?」
「あれ?結構真面目に口説いてたんだけど?」


馬鹿な会話を頭上でされ、何が何だかわからんという顔をしているな。

「あぁ天女様、紹介し忘れました。こちら、タソガレドキ忍組頭、雑渡昆奈門殿だ」
「やぁ、曲者だよ」


「貴方の 亡骸 を回収しに来た、私の最後の"隠し駒"ですよ」



亡骸。

其の言葉に更に顔を青くする。


そうだ。お前は今確実に私に殺される。

そして其の亡骸はお偉い殿の下へと謙譲されるんだ。嬉しいだろう。こんなにいい死に方は、この乱世どう望んでも訪れないのだから。

幸せだな。愛する男に囲まれる人生を歩み、位の高い男の下へと連れて行かれるのだから。






―シュッ!


鋭い音が、横を掠めて、天女の髪がはらりと落ちた。


「桜せんぱーい、僕の手裏剣の腕、上がりましたか?」
「そうだな時友。あと少し左を狙えば目が潰れていたかも知れないな」

「…、い、いや…」

愛しい子供のこの笑顔。だが、忍び。
それに感情は一切篭っていない。


一つ、二つ、また一つ。掠めたり、当たったり、外したり。天女を狙う手裏剣は縦横無尽に飛びまわる。


ドスリ



「ガッ…!」

「桜先輩、ほら、丁度へそに当たりましたよ」
「いい狙い目だな次屋。だが身体に傷はつけるんじゃない。献上するのは首ではなく、その下だ」

腹に刺さった次屋のクナイに、天女が前のめりになって腹を押さえる。あぁ、じらりじわりと地が赤に染まっていく。
たまらないな。其の色が好きなんだ。

「痛ッ……!痛い…!」
「次屋は腕の力がついたな。ここまで深く刺さるとは恐れ入っ、た!」

「嫌ァアア!!」


押さえるクナイを、力いっぱい引き抜く。血があふれ、もう忍びのような人間でなければ、この痛みには耐えられまい。
カランと軽い音をたて、クナイは真横に落ちた。

「ははは、自慢の美しい顔が傷だらけではないか」
「嫌…!痛……!たすけ…!……けて!」


「痛いか、苦しいか。だが、それがお前の罪だ。


…おい保健委員会。この女が助けて欲しいってよ」



あの、保健委員が誰も動かない。三反田も、川西も、鶴町も、猪名寺も。

心優しい、お前を好いていた、善法寺も。



「ハッハッハッハッ!保健委員ですらこのザマだ!残念だったな天女様、誰もお前を助けてくれないってよ」


腹を押さえてうずくまる天女は、憎悪をしか纏っていない目で私を睨み付けた。
そうだ、其の目だ。死に際の憎悪ほど背筋を撫ぜるものはない。怨め。そして後悔しろ。お前の行いはこんなもんで許せるほど軽くは無い。




「許さない…!あんたなんか……!あんたなんか…!」

「まだ人を怨めるか。とっととくたばればいいものを」



スラリと刀を首の横に持っていく。だが、もう怖がり、暴れたりはしない。抵抗する力すらないのだろう。


「あんたに、あんた、に!私は、殺せないわ!」

「…ほぅ、」

「此処には、下級生が、いるんだもん!下級生は、まだ、殺しを、知らないっ…!抵抗があると、言っていたのを」




「それは、いつの話しだ…?」



お前の知っている下級生は、此処にはもういない。




「この下級生たちが、目の前でお前を殺して、吐くと思うか?俺を怨むと思うか?…そうだな、少し前の下級生どもなら、そうだったかもしれん。

だがな、お前がバカをやっている間に、私は下級生たちと忍務へ赴いていた。
全ての下級生たちとだ。直接殺しをしていなくとも、その現場は下級生全員が見てきた。

全ての下級低たちが、"殺し"というものに、なんの抵抗も生まないほどに。

私以外にも、勘右衛門、三郎が上級生全員分の忍務を任されていたのだぞ。
下級生全員を現忍務に連れて行くことなど、容易いことだ。

お前のおかげで、下級生たちは上級生に負けず劣らずの精神を手に入れた。
嗚呼、それだけは礼を言わねばならんな。


だが、安心しろ。お前の死を悲しむ者など、この場には、誰も居ない。」









終わったな。









「これで、最期だ。何か言い残すことはあるか?」










絶望の其の表情からは、何も言葉を発せられない。




ようやく理解できたか。





もうお前を助けるものなど誰も居ないということを。















「…最期に一つ、面白い話を聞かせてやろう」
















刀を首につけ、正確な狙いを定める。















「"椿"。貴様のその名前にある花。椿の別名を知っているか」

















何の話だ。とでも言いたそうな目で、私を見上げた。






























「…"落椿"。"椿"という花は、首からボトリと花を落として、枯れるんだ」










































悪鬼の刀は振り落とされ



花を無くした胴は倒れこみ、









首は、むなしく輪を描き、宙を舞った。


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