「まず始めに、三郎と勘右衛門が貴方に優しくし続けた日々……あれは全て、私の命令で動いていたのよ?」

「!?」
「これだけ長い間上級生と一緒にいたというのに、忍術について何も学んでいなかったのか?」


愚か者め。


「…矢羽音、というものを知っているか。忍同士で送りあう、決まった暗号のようなものだ。それを知らねば俺たちの裏の会話に気付くことは、まず、…ありえない」
















「…三郎、勘右衛門、お前ら今まで俺についてきてくれてありがとう。」
よく聞け。お前らに任務を命ずる。

「え、」
はーい。

「先輩…?」
なんですか?

「椿さんは良い方だ…。お前らも、あの方と少し、距離を縮めてこい…」
あの女と接近しろ。お前らは思いっきりあの人に甘えて俺から完全に離れたと思い込ませるんだ。

「せ、先輩…?」
えぇー!?

「何を、言って、」
凄い嫌なんですけど!!













「会話の中にでも、埋め込むことは出来る。お前はあの時、影から此方を伺っていたな。本当に私がふたりと距離を置くのかと、確認していたのだろう。あの時から、お前を欺くための作戦は始まっていたんだ」



腰の刀がカチリを音を立てる。

誰も、私の言葉をさえぎろうとしない。



「俺が任務から帰ってきた時も、見ていたな」



















「桜先輩、」
桜先輩!!私もう限界なんですけど!


「まだ起きていたのか三郎。とっとと床につけ」
もう限界か。もう少し頑張れ。

「……」
だってあの臭いは日に日に強くなるし金持ってこないで俺らに茶を奢らせるし勘ちゃんも私もそろそろヤバイですって!!

「耐えろ」
無事に遂行したら、お前らの望む褒美でもあたえよう。

「……」
……本当ですか?


「明日はコレラタケ城の城下町にでも連れて行ってやれ。あそこは人が多くて繁盛している」
さて、明日はコレラタケの町を歩き回れ。城下を散歩しているであろう殿様の目にあの女をいれるんだ。

「!…畏まりました」
うへぇ、コレラタケ城とは…。あそこの殿さん気持ち悪ィんですよね…













「例えるのならば三郎と勘右衛門は、俺の手駒で最も自由に動き回る"飛車"だ。俺の命令一つで突き進み任務を素早く遂行する。命令があるまで後退することなど、まずありえない。優秀な俺の可愛い持ち駒だよ」


お前の手駒は、全て無能だがな。



「庄左ヱ門と彦四郎は優秀な手駒だ。こいつらも俺の言うとおりに動いてくれた。一つずつ確実に、かつ慎重に働いてくれた」










「なあ、庄左ヱ門、彦四郎」
聞こえるか、お前ら二人に極秘任務を命ずる

「はい!」
矢羽根…?

「なんでしょう」
お任せください!

「……今から話すことは、本当の話だ。信じてくれるか?」
これから話す事、一字一句漏らすことなく、下級生全員に伝えろ。



私はね、女なんだ。














「一年生全員、二年生全員、三年生全員が、受け入れました」
「中には、やはり疑う者もいましたが…」
「僕等が全て説明しました!」
「今は疑う者は誰一人としていません!」












「ただクラスの手本となるだけが学級委員長ではない。うちの成り駒二人は前々から思ってはいたが、とびきり優秀でね、一年生ながらこの働き振りには私も感服せざるを得なかったよ。


それから二年生には自由に動いてもらった。
お前に取り入るように、懐いたそぶりをみせてるように指示した。だが、あの気難しい二年生がそう簡単にお前なんぞに懐くわけがないだろう。気難しい二年生がお前に懐いているあの姿が見れて。気分が良かったか?…偽りだよ。お前はさっぱり気付かなかったようだがな。
あいつらはそうだな…"銀将"といったところだろうな。慎重に進み、まずいと思ったら潔く手を引く。いや立派な動きだ


可愛い一年生は全て歩、だが大事な壁駒だ。
二年生が懐き、更にあの人数の一年生全員がお前に心を許したと思わせれば、これで完全に俺は独りになったと、バカなお前は思い込むだろう。だが、こいつらも俺の指示通りに動いていたんだよ。
可愛い一年生まで使ってしまうことは心苦しかったがな。だがな、幼い顔をしているが、あれも卵とはいえ、忍だ。人一人騙すことぐらい容易いことだよ。
取り入って、嘘の情報を流し、心を開かせる。これは忍者の基本の術だ」




すいと視線を横にいる下級生に向ける。全員薄らと笑みを浮かべた。




「池田、敵をおだて、隙を伺うこれをなんと言う」
「喜車の術です」

「能勢、敵を怒らせ冷静さを失わせるこれをなんと言う」
「はい、怒車の術です」

「川西、敵を羨ましがらせて戦意を喪失させ、あわよくば相手を味方に引き込むこれをなんと言う」
「は、はい!楽車の術です!」

「時友、敵の恐怖心につけこみ戦意喪失させるこれをなんと言う」
「えっと…あ、恐車の術なんだな」

「そして、一番上手くやれていたな、摂津の。敵の同情を誘うこれをなんと言う」
「哀車の術でーっす!」


「一年生、此れを全て総称し、敵と会話の心理を突く術をなんと言う」


「「「「五車の術でーす!」」」」


嗚呼、土井先生、あなたのクラスの落ちこぼれた生徒は、この短期間にこんなに立派に成長したんですよ。




「実践したから解り易かっただろう。テストにも出るだろうから、よく覚えておけよ。」
「「「「はーい!」」」」



一年生でもわかる術に、お前ははめられ、上級生はそれに気付きもしなかった。




「最後は、手駒の中で優秀な働きを見せてくれた、三年生の合駒達だ。

緊急委員会活動報告会議の時のあの三年生の力を見たか?間抜けな上級生から自分たちが後輩を守るんだと夜な夜な俺に特訓を申し込み、圧倒的な速さと実力で力を付け始めたのがこの三年生達だ。
鍛練を怠り女の尻を追いかけるようなお前の持ち駒に負けるはずが無い。


富松は"竜王"

次屋神崎は"竜馬"

神崎は“金将“

浦風は"角行"

伊賀崎は"桂馬"

三反田は"香車"。


俺へお前らの動きを報告させ、状況を報告させ、俺に確実な情報をもたらし、時には俺の命令に従い任務を遂行させ、だが忍たま下級生としての勤勉も忘れず、さらに腑抜けた上級生に代わり委員会委員長代理を務め、そして、愛する後輩を守り、愛するこの忍術学園を守った。

これほど有能な下級生を使わずにはいられないだろう。こいつらがいなければお前らの情報を掴むことも、ここまでお前を追い詰めることも出来なかっただろうに」











「みんなー、お茶が入りましたよー」

屋根裏の体育委員会委員長代理の次屋三之助です!七松先輩がこちらに向かっています!
会計委員長代理の神崎左門です!潮江先輩がお怒りです!


「ご苦労勘右衛門。ありがとう」

床下から失礼します。生物委員会の伊賀崎です。竹谷先輩がついにキレました。
保健委員会委員長代理の三反田数馬です!善法寺先輩がここへ向かっています!


「いえいえー。さ、庄ちゃんも彦四郎も休憩にしよう」

壁裏から、用具の富松です!食満先輩が桜先輩のもとへ向かいました!
作法委員会委員長代理、浦風です。立花先輩と綾部先輩がこちらに来ています。


「「はい!」」

桜先輩!ほかの五年生も動いてます!



全委員会、作戦通りに動きました!















「桜先輩、お茶が入りましたよ」


床下から失礼致します三反田数馬です。天女がこちらへ向かってきていますが…


「…あぁ、ありがとう」
ご苦労三反田。放っておけ。それからお前はこの場に少し残れ。これから話す事を庄左ヱ門と彦四郎と最後まで聞いていろ。

…?畏まりました。























「優秀すぎて笑いがでてきそうだったよ!あいつらが優秀なのか、それともお前らが底抜けのバカに成り下がったのか!」


まぁそんなこと今更どっちでもいい。

手を広げて、歓喜を表す。あの時の、勝利の確信といったら言葉で表現できないほどだ。






「そして、俺は、この忍術学園という将棋盤の上にいる、お前と対に立っている王将だ。

下級生たちに確実な情報を流し、的確な命令を下し、この忍術学園を守ってきた。お前という、学園内に潜む最低最悪の遊び駒から。

俺が、お前が部屋の近くにいるとも知らずに、己が女だと打ち明ける話をしたと思うか?俺がお前如きの気配に気付かないとでも思っていたか?お前に知られるのもまた、手のうちだったんだよ」


不覚にも涙を流してしまったのは、あいつらの無駄な優しさにやられてしまっただけだが。


「だが、別に俺は"私が女であることを秘密にしていてくれ"なんて一言も言っていない。言いたければ言えばよかったではないか。…まぁお前の思い通りならば、信じるものは誰一人としていないだろうがな。

お前はこうして俺の最大の秘密を手して、気持ち良くうちの"合駒"を手に入れたと舞い上がり、その後俺の行動を一つも見ていなかった。ここからが重要だったのに。あの後更に警戒を強めていれば、俺は今頃、首が刎ねられていたことだろうに!

残念だったな、俺が堂々と下級生に任務を命ずるところも、下級生が堂々と任務報告をしてくるところも、…私が、お前の愛する三郎と勘右衛門と夜の逢瀬を楽しんだことも」


するりと胸元を開き、あの日に付いた所有印を今一度見せた。


「あの日、あんな夜遅くに三郎と勘右衛門を呼ぶなんておかしいと思わなかったのか?あんな夜遅くに学級委員会なんておかしいとおもわなかったのか?庄左ヱ門も彦四郎も連れていないのに、疑問におもわなかったのか?

それはそうだろうな、お前は大好きなあの二人が連れて行かれたという恨みでそこまで頭を回転させることが出来なかったんだろう!

…あの時、俺を警戒すればお前の愛するこの二人は、俺とこんな関係にならなくても済んだかもしれないのにな。俺を嫌うばかりで、大事なことをすっかり見落としていたんだろう。なんて哀れなんだ!ひどく哀れで滑稽だな!」
















これが、俺の手の内だ。












「形勢逆転だな、天女様。」









誰も、何も発しない。









「…何度も何度も学園長先生の将棋のお相手をしている俺が、素人であるお前との将棋なんぞに負けるわけが無いだろう」








一歩、また一歩天女へと近づく。










「つまりお前は最初から、忍術学園という将棋盤の上で「秩序」と「常識」を無視し、自由気儘に動いていたつもりが、結局は俺の思うように動かされていたというわけだ。」












誰も、近寄る私を止めに入らない。












「そして今、王であるお前が、大事な手駒を騙し、私利私欲のために動かし、全てを捨て駒以下の駄駒へと堕落させたという事実がこの場で明かされた」












愛刀を抜刀し、振り下ろす












「さぁ、もう終わりだ。その首を差し出せ。

そして、六年間ここで"忍"を共に学び続けた俺の質駒を、……俺の大事な友を全て返せ」













切っ先をゆっくり、目の前へを持って行く。




































「王手だ、天女様」


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