「…桜…?」
「お、お前………」
「…!?」
「…どういう、ことだ…」
「お前、」
女だったのか?
「えぇそうよ。私は生まれてこの方ずうっと、この身体で生きてきたわ」
一指纏わぬ姿となって、上級生の前に立つ。
だが、私に羞恥なんて一欠けらも無い。
「目の前のこの光景に、信じられないとでもいうの?」
「だって……桜は…」
「忍たま、だから?」
誰も、何も、言葉をつむげない。
「ねぇ伊作、保健委員長だったあなたが、一番体については詳しいはずよね?」
「っ、だって…、そん、な……」
「貴方たちとの決定的違いは何?貴方が、解らないわけないわよね?」
信じられない。その言葉しか頭には浮かんでいないはずだ。
「お前、…鉢屋か?鉢屋が!鉢屋が変装をしているのか!?」
「私ならここにいますよ潮江先輩」
ざっと私の横へ膝をつき、私の上着を拾いかけた。今帰ったか。
「桜先輩、勝手にストリップ始めてるんですか?」
「あらお怒り?みんなに私の身体を見せてあげていただけよ?」
「それが何故だって聞いているんです」
「いやだわ三郎、可愛い顔が台無しよ。眉間に皴なんて寄せないで?」
「…桜、お前、私たちを……ずっと、………騙していたのか…?」
やっと紡ぎだされたその言葉をさえぎるように
「騙していたんじゃない。あんたたちが気付かなかっただけだ」
三郎が潮江を睨み付けた。
「桜先輩はずっと男のナリをして、声を低くして、そういう風に振舞っていただけだ」
「それを騙していただなんて、お門違いもいいとこだね」
後ろから、勘右衛門も私が脱ぎ捨てた服を手渡した。
「これは変装だ。私と同じ、桜先輩は男に装ってただけ」
「ちなみに下級生は全員この事実を知っていますよ。庄左ヱ門と彦四郎が全てを話したんです」
視線を向ける下級生たちは、顔を染め目線を合わせた。
「…受け入れてくれて、ありがとうな」
その笑顔に私は救われた。
三郎はそんな私の、立花にやられ血の流れる腕を舐め上げた。
「は?なんですかこの傷?誰にやられたんですか?」
「三郎、何をそんなに殺気立っているの?」
「だって桜先輩は俺らのものだって、この間言ったばっかりじゃないですか」
「勝手にこんな傷まで作って。やっぱり監禁するしかないッスね」
「やめてちょうだい、貴方たちが言うと冗談に聞こえないわ」
「冗談じゃないんですけどね」
「冗談なんかでこんなこと言いませんよ」
この場に似合わない間の抜けた会話を交わし、私は髪を纏め上げた。
「だから言っただろう。俺はその女を犯していない、と」
声を戻し、私は二人から離れ長屋へ近づく。
ほら、私がその女に向かって歩き始めたぞ。
誰も守らないのか。
誰も、ついさっきまでのように、
私の前に立ちふさがらないのか。
「お前の考えなど手に取るようにわかる。
お前が、乱世というものを知らぬ本当に美しく純情な心の持ち主だしよう。
そんなお前を、血で穢れたこの手を持つこの俺が手を出しお前を穢したと言えば、お前を愛しているこのバカどもは確実に憤怒するはずだ。
しかも、女として最も屈辱的な強姦というものがどれほど罪深い行為かぐらい、このバカどもでも解っているはずだ。
それを俺がお前にすれば、学園側はそれ相応の罰を与えねばならんな。
そう、今この上級生の中心となっているお前が望めが、死罪ということも免れんだろう。
お前の思惑は恐らくこうだ。
『御代志桜は学園長のほかに、鉢屋三郎と尾浜勘右衛門しか自身が女だということを知らない。
これは絶対にバラされたくない情報であり、御代志桜の唯一の弱点。つまり、御代志桜の弱みを握った』
そう思い込んでいただろう?
だから、それを利用し三郎と勘右衛門を手に入れ、さらにこの学園中の生徒が集まるこの場で「御代志桜に性的暴行をされた」と言えば、俺は身の潔白を晴らすために「自分はやっていない」と言い張る他、この場を逃れ術はないな。
万が一にでも俺が女だと言い張ったところで、六年間も生活を共にしてきた仲間が信じるわけも無い。
俺はそのまま真実を信じてもらえぬまま、殺される。己の邪魔者は、消える。そういう寸法だっただろう。いや、よく考えたもんだ。
……だが救えぬバカ者め。
俺は以前お前に、なんと言った。
『忍びとは、無情であり非情でなくてならない』
『友でも、この場の長である学園長が殺せというのなら何の迷いもなく殺せる』
と言ったのをもう忘れたのか。
それほどに、俺は他人に関して情というものをかけてはいない。今のこの上級生どもなら尚更だ。
そんな俺が、こんなヤツらに怨まれ、疎まれようとも、無情非情であればなんとも思わない。
こいつらが俺に「騙された」と陰口を叩かれようが、俺は忍だ。
憎悪が、なんだというのだ。
お前は少々この世と、お前のいた「平和な未来」の世界との差を甘く見すぎている。
…私が、"こういう手段"をとるとは思いもしなかったんでしょう?詰めが甘かったわね。
私は"忍たま"でもあり、でもこうして女としての武器も持っている。
いわば"くのいち"も兼ねていると言っても過言ではないわ。
男に身体を見られることぐらい、なんてことないのよ?
あなたの世界では、愛する人の前以外で服を脱ぎ捨てるっていう行為は、あんまりないのかしら?
残念ね。くのいち、つまり女とはそれすらも武器に「色」を使うこともあるの。
見ての通り、私はなんとも思っていないわ。時には人の思考の裏をいくように大胆不敵に生きていかないと、この「乱世」の世は渡っていけないのよ?
あなたみたいに、いい男を回りに侍らせているだけでは、生き抜くことはできない。
…俺は、前にもそう言ったはずだ。やはり人の話は真面目に聞いておくべきだったな、天女様」
長屋の廊下に足をかけ、一歩ずつ女の下へと歩み寄る。
嗚呼、その目。
その絶望の目。
それよ。それが見たかったのよ。
「天女様、全て教えてあげましょうか。ここ数日で、どう貴女を追い詰めていたのかを…。
私はね、
ただ、将棋を楽しんでいただけよ。」
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