あれから数日立った。
すっかり気を良くしたあの女が、あちらこちらで私の評判を落とすような発言をし、それが学園中に飛び回り、俺の扱いは凄いことになっていった。
御代志桜が椿さんの部屋を荒らした
御代志桜が椿さんに暴力を振るった
御代志桜が椿さんの私物を盗んだ
御代志桜が椿さんに付きまとっているらしい
部屋を荒らしたというのは、あの女が掃除をしないからそう見えるだけ。
痣が出来ていたと問い詰められたが、あれは遊んでるときに何かにぶつかったのだろう。
私物を盗んだというのはあいつの管理能力の無さが問題なのだ。私が盗ったのではなく、なくしただけ。
付きまとっているなんて、そんな事実何処にも無い。
「御代志桜が椿さんを好いているらしい」という噂が出たときは思わず爆笑しそうになった。誰がそんな噂流し始めたんだか。
大体予想はつく。全て、あの女が流した噂だろう。
「ここから出て行け」「殺してやる」という言葉を投げかけた私が、あの女を放っておくわけが無い。あいつを愛すマヌケどもは揃ってこの噂を全て鵜呑みにした。きっと涙でも流してあいつらに擦り寄ったのだろう。よくもまぁそんなものに騙されるな。あいつの泣き顔なんかよりくのいち教室のやつ等の方がよっぽど上手に美しく涙を流せるというのに。
それにより相変わらず四年、五年、六年からの視線は痛い。食堂の飯に毒が混入されていたり、何処からともなく手裏剣が飛んできたり。まるで暗殺でもされているような気分だ。
毒入りの飯は前もって解毒剤を飲んでいるので問題は無い。手裏剣も回避できるので問題ない。
廊下や部屋にトラップが仕掛けてあったりするのは四年の仕業だろうか。これでは一年も引っかかるまいよ。
好き放題やっているみたいだな。
さぞ楽しかろう。
あの三郎も勘右衛門も、お前にくっついているのだから。
あの二人はここしばらく、私に一切話しかけてこない。私が避けているし、近くにあの女がいるからだ。私が二人に近寄れば、私が女だということをバラされてしまう。
…それだけは避けたい。
二人が話しかけてこようとすれば、あの女が邪魔をする。そして二人は大人しくあの女と共に過ごす。
そして三年生も、二年生も、一年生も、全員があの女に近寄っている。これで、この学園で私は独りだ。味方は誰もいない。
「天女様の世界の話を聞かせてください!」
「天女様!僕等と一緒に遊びましょう!」
「天女様ー!一緒に御飯を食べましょう!」
「天女様ぁ!勉強教えてくださーい!」
「みんな待って!そんなにいっぺんに相手できないわよー!」
そうだ、それでいいんだ。
お前らのその偽りの笑顔であの女の心を引きつけろ。
喜車の術で偽りの仲をつくり、
楽車の術で仲間へと引き込み、
哀車の術で心を許した風を装い、
怒車の術で私を嫌っていると思わせ、
恐車の術で私を敵だと思わせろ。
お前らは忍術学園の者だ。
忍者の卵だ。
ただの女を五車の術にはめることなど、
容易い事だろう。
どうだ阿婆擦れ、これでお前の望む世界になったな。
後輩と遊ぶのも楽しいだろう?
昨日は何処へ連れて行ってもらった?
今日は何処へ行った?
どんな話をした?
何か買ってもらえたか?
手を握らせてもらえたか?
愛を囁いてもらったか?
それが全て偽りとも知らずに。
まだ、元の世界に帰りたいという気持ちはあるのか?
さぁ、遊びはそろそろお終いだ。
天への帰り道を、今開いてやろう。
「三郎、勘右衛門」
「「桜先輩!」」
「遅くに悪いな。来なさい。学級委員会を開く」
「「はい!」」
何日ぶりに私から二人に話しかけたのだろう。解りやすく顔を明るくし、私の下へと駆け寄ってくる。
食堂で茶をしていたところを見る限り、集まっている五年生は全員私服だ。外へ行っていたのか。ご苦労なこった。
三郎と勘右衛門があの女のもとから離れたその時の顔、醜いったらない。
「三郎と勘右衛門を借りる」
「…気にしないで」
「失礼します天女様」
「また明日ね、天女様」
「う、うん。また明日ね!」
そういい残し、私は食堂を後にした。声が震えているぞ。それに気付かない五年も哀れよなぁ。
「さて…」
パタン
「久しぶりだな二人とも」
「「桜せんぱーい!」」
「あぁ、悪かった。お疲れお疲れ」
二人と会話するのは本当に何日ぶりだろう。私の部屋に招き、扉を閉めた途端、我慢していたものを一気に解放するように声をだし泣きそうな顔をして私に飛びついてきた。お疲れ様。悪かったな。
「まじもう辛かったんスからねー!!」
「あの女と過ごすだなんて苦痛にも程がありました!!」
「あの変な臭いは日に日に強まるし!」
「我侭言い放題だし!」
「愛してるだなんて言ってくるし!言わされるし!」
「「桜先輩のことをバカにするし!」」
「悪かったな。よく頑張ってくれたよ」
ぽんぽんと抱きつく二人の頭を叩く。ここ数日で使った二人の金は予算会議で献上しよう。
それにしても、あぁ、最近まで小さかったのに、いつの間にかこんなに大きくなってしまったのか、と、今しみじみ思う。
がっちり抱きつかれぐりぐりと擦り寄られる。お前ら髪痛みすぎた。ストレスでも与えてしまったか。本当に悪かったな。
「先輩が俺らを呼んだってことは」
「もう天女様は帰るんですか?」
期待に満ちた声で問いかける。
「あぁ。天女様の跳梁跋扈はもうお終いだ。天へと帰る道はもう出来ている」
抱きつく二人を引き剥がし、
「…三郎と勘右衛門には、随分と無理をさせてしまったわ」
甘い声で囁き
「私のお願いを聞いてくれたんだもの。ご褒美が必要よね」
撫でるよう頬に手を当て、
「今夜、私の時間を貴方たちにあげるわ」
「…桜先輩、覚悟してくださいね」
「……この埋め合わせはデカいですよ」
笑う私の腕を掴んで
三人は、床へ倒れこんだ。
扉は閉められ月すら見えない
今の時間は誰にも邪魔させない
残念だったな。天女様。
お前の大好きな可愛いこの二人は
身も心も全て、
最初から、
お前の嫌う、
私のものだったんだよ。
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