……―では浦風、伊賀崎、頼んだぞ」

「お任せください」
「必ず果たして参ります」

「あぁ。期待している。ジュンコも頼んだぞ」

「シャーッ」
































「…ふぅ。こんなもんかな。お疲れ」
「凄いスリルとサスペンスでしたぁ」
「……一年でこんな薬作るのか」
「僕のオリジナルですぅ…」
「末恐ろしいな。五年後の保健委員会がどうなってるか楽しみだよ」


今日の忍務は一年の保健委員、鶴町を連れてきた。

保健委員長がいないから鶴町が恐ろしい薬を製造し始めたと三反田からの嘆きを耳にし、ならば人体実験は忍務先でやらせるのが一番安全だろうと連れてきたのだ。
今日は別にパートナーを連れて行くまでも無いようなものだったのだが、私も鶴町の薬には興味があった。その坪の中身の薬は一体何で出来ているのか。それは聞かないでおいてやろう。


「さ、帰るぞ。おいで」
「桜先輩、おんぶしてくださいー」
「あぁ足を挫いたんだったな。悪かった」

やはり忍務先でも不運は発動するのか。















暫く木々を伝って学園に戻っている道中、前方から気配がふたつ、こちらへ近づいてくるのが解った。

「…鶴町、私から離れるなよ」
「は、はい…」

だんだんと近寄る影の正体は





「やぁ、曲者だよ」


「あ、脱兎粉もんさんー」
「雑渡昆奈門だよ。久しぶりだね伏木蔵くんに桜くん」

タソガレドキ城忍隊組頭の、雑渡昆奈門だった。

「あぁ、貴方か」
「やぁ」
「尊奈門殿も」
「どうもこんばんは」

「何故あなた方がこのような場所へ?」
「ちょっと君と、話をしたいことがあったんだけどねぇ。学園にいないようだったから気配を辿ってきたってわけ」
「話とは?」

「…尊奈門、伏木蔵くんを忍術学園まで送り届けてきなさい。終わったら此処へ戻ってくるように」
「解りました」


二人きりになるのか。何の話をしに来たというのだろうか。


「忍務報告は帰ったら私がする。お前は先に風呂に入って寝なさい。」
「はーい…」
「それから、ちゃんと保健室にも行けよ」
「わかりましたぁ」


私の背からおいで、と鶴町を受け取り、尊奈門殿は忍術学園へ行く道へと消えた。


「で?話とは」

「やっぱり桜ちゃんはいつ見てもいい女だね。お話しする前におじさんと逢瀬でも楽しまない?」

「結構です。私、そう簡単に足開く女じゃないので」
「ガード厳しいねぇ」


するりと腰に回された手をパシリと叩く。

昆奈門殿も、私の正体を知っているうちの一人だ。
以前サバイバルオリエンテーリングで始めてあった時、あっさりと見破られてしまったのだ。

まぁこんな男装、プロの忍者に通じるとは思ってはいなかった。見破られても驚きはしない。特にそれに触れることも無く、昆奈門殿は正体をバラすこともなくよく会いにきていた。

お煎餅でも食べなさいと手渡され、それを口に運びながら昆奈門殿は近くの切り株に腰掛けた。


「今日、"忍術学園に未来から来たそれはそれは美しい天女様がいる"って話を、タソガレドキ城の城下町で聞いたんだよ。その話をしている二人組の女の子は、何処かで見たことのある二人だったんだけどね…」

「それはそうでしょう。間違いなく、うちの三年生二人です。そちらの城にその噂を流すようにと命令を下しましたので」
「…テンニョサマって?」

「この世から四百年程未来の『へいせい』という平和な世から来たという、バカ丸出しの女です」

「へぇ。可愛いの?」
「まぁどちらかといえば」


好みは人それぞれだがと付け足すと、昆奈門殿はふぅんと顎に手を当てた。

「うちの上級生は鉢屋三郎と尾浜勘右衛門をぬかして全員がその女の虜になってます」
「うわぁ」
「これが本当だから手を焼いているんです」

「あぁー、どうりで最近保健室に行っても伊作くんがいないわけだ」
「来ていたのに天女には会わなかったんですか?」
「だって保健室以外に用事ないもん」
「…それはそうでした」


下級生は全員ご覧の通り。三年の二人が忍務に出ているのなら正気だということはすぐに把握してくださった。

今朝、伊賀崎と浦風の二人をタソガレドキ城の城下町に行かせたのは私だ。「"忍術学園に未来から来たそれはそれは美しい天女様"がいるという噂を流して来い」と忍務を与えたのだ。
そのままの格好で行けば、よく忍術学園に出入りしているタソガレドキの忍びはすぐにわかってしまう。念には念をいれて、女装をさせていったのだ。あの二人は女装しても何の違和感も無い。だから選んだ。


「何故うちの城に?」
「近々あるショウロタケ城との戦、コレラタケ城と共闘戦するという話を耳にしまして…」
「あぁ、あのイカれた頭の城主がいるところだ」
「えぇ」
「よく知ってるね」
「利吉さんから」
「…あの子も侮れないねぇ」

利吉さんとは山田先生のご子息で、フリーの忍者をやっている。いわゆる情報通な人だ。


「一時的とはいえ、同盟を結ぶのに手土産が必要なのではないかと思いまして」
「……その天女様くれるの?」


嘘くさい笑顔でコクリと頷いた。


コレラタケ城の城主とは、変わり者。

もっと悪い言い方をすれば『異常性癖』の持ち主であるという話を耳にした。

見た目は普通だが、戦場に出ると殺人鬼と化し、町の女の首斬っては、それを集めさせる。










交尾の相手をするのは、


亡骸だと。











「えぇ。うちの学園には必要ありませんので」
「………桜ちゃんの考えが理解できたよ」
「ご理解が早くて助かりますわ」

「確かにねぇ手土産は必要だ。奇貨可居するのも悪くないかな」

「近日中には始末します。それでよろしければ」
「なるほどねぇ。じゃぁお言葉に甘えようかな」


クナイを取り出し互いに刃をあわせる。


これであの女は学園で処理する必要は無くなった。




「それにしても、それ全部桜ちゃんの計画なの」

「それはもちろん。最上級生で正気を保っているのは私だけですもの」
「へぇ、……優秀なことだ」
「…!?」


グイと腕を引かれ、地に背中を打ち付ける。開く目の前に広がるのは、月の光を背負う昆奈門殿。

嗚呼クソ、油断した。押し倒されたか。



「桜ちゃんさぁ、タソガレドキ忍隊に就職しない?」

「…は?」
「優秀なくのいちが欲しいんだ。忍たまとして学んでいるけど、身体は女の子だもんね。それを知ってる私の元に就職するのが一番いいんじゃない?

こんだけ優秀なら何処の城も喉から手が出るほど欲しいだろうし。うちに就職しなよ。給料は、桜ちゃんなら尊奈門の3倍は出せるよ」


ギリッと腕を掴む手の力が強まる。

質問形式だが、これでは逃がさないと言われているようなもんだ。



「…そうね、考えても、いいかもしれませんね」

「お、本当?」
「どうせこの戦国乱世、どこに就職したって同じですもの」
「じゃぁおじさんに永久就職は?」
「それは結構です」
「なんでよ」



未だに押し倒された状態。

ここへ近寄る気配が一つ。多分鶴町を届け終えた尊奈門殿だろう。



「あらら、尊奈門も仕事が速いねぇ」
「優秀ではありませんか」
「もうちょっと桜ちゃんと逢瀬を楽しみたかったのに」


その言葉ににやりと口角をあげ、押さえられていない方の左手で

「今学園で邪魔するような者は一人もおりません。貴方がお望みとあらば、いくらでも楽しめますわ…」


スルリと顔を撫でた。



「……その甘い声と顔に、何人の男がやられたのかねぇ」









「く、組頭あああああああああ!?何してんですかあんた男相手に!!それも人に仕事押し付けといて!!!!」

「なんだい尊奈門邪魔してくれちゃって。減給」
「大人気ない!」


ごめんね桜くん!と言いながら私の手を取り体勢をおこした。やれやれといったように昆奈門殿もおきあがり、私に向き直った。

「今度また挨拶に行くよ。その時に、受け取りに行くね」
「お待ちしております」



こうして三人は散った。
















そういえば忍務報告がまだ残っていた。

浦風と伊賀崎も褒めてやらねばならない。


まだ寝れそうに無いな。





































「桜先輩、」

「まだ起きていたのか三郎。とっとと床につけ」

「……」

「耐えろ」

「……」

「明日はコレラタケ城の城下町にでも連れて行ってやれ。あそこは人が多くて繁盛している」

「!…畏まりました」


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