「では、本日の授業はここまでとする」
「「「ありがとうございました」」」
あれから一夜があけた。
教科担任が教室を出て行く。私はすぐに教科書をしまい教室から出て行こうとしたのだが、
「おい桜」
「なんだ潮江」
「…話がある」
「悪いが時間はない」
「、おい!」
お前らと話すようなことはない。と言えばまたこいつらの神経を逆なでするだけだ。時間がないのは事実。この言い方なら変な怒りはもたないだろう。
この後はまた学園長の部屋に呼ばれている。どうせまた新しい忍務を言いつけられるに決まっている。
学園長からは昨夜遅くに呼び出しを食らった。多分、昨日のあの騒動についての話をしたかったのだろう。「一体何の騒ぎだったんだ」と聞いてきた。さすがは元プロの忍といったところか。どこかで最後の部分だけ見ていたらしい。全く気配を感じなかった。
嗚呼、学園長が見ておられたのならもう少し優しい言葉を投げかけれたかもしれないのに。
『お主があのように怒鳴り散らすとは、初めて見たわい!』
………恥ずかしい。
「ねぇ、ちょっと」
学園長室に向かう途中で声をかけられた。この声は、この世で最も聞きたくない声だ。
「…何か」
「ねぇ、桜くん!昨日のあれ、面白かったわ!」
椿。この女、本当に何を考えているのかわからん。
「どうして大好きなお友達にあんな冷たい言葉投げかけられるの?どうして自分から孤立するようなこと言ったの?」
「どういうことでしょうか」
「知ってるんでしょう?今、上級生のみーんな、私に夢中になってるって!」
「えぇ、鬱陶しいほどに」
「だったら三郎と勘ちゃんを私にちょうだい。なんであんたみたいなのにあの二人がくっついてるのよ」
ほう。さっきまでの笑顔は何処へ行った。
その顔が、お前の本当の素顔か。
「三郎と、勘右衛門を?」
「どうして逆ハー設定にしたのにあの二人だけ私に夢中にならないのかしら、って、よーく考えたの。それって、"学級委員会"っていう縛りに縛られて、桜くんと一緒にいなきゃいけないっていうあの子達の優しさであんたはあの子たちと一緒にいられたんでしょう?ねぇ、今さぁ、六年生も、五年生も、四年生も、あんたなんか誰も見てないのよ。みんな、天女である私に夢中になってるの。それなのになに?『学級委員長委員会委員長のお側にいなきゃいけない』って。三郎と勘右衛門が可哀相だと思わないの?あの子達だって本当は私とお話したいって思ってるのよ。なのに、桜くんみたいな存在がいるから、あの二人はしょーがなくあんたに付いてるのよ。
ねぇウザいの。あんた超ウザイの。何私の夢小説にあんたみたいなモブがしゃしゃり出てきてるわけ?あんた一体何様のつもり?これは私の物語なの。私のための世界なの。誰もあんたみたいなの必要としていないのよ。だから、あの二人から離れてくれない?」
言葉遣いがなってない。くのいち教室で叩き込んでもらったらどうだ。
それにしても聞いたとこのない意味の解らない単語が続々と出てくる。これが未来の言葉なのか。
とりあえず言いたいことは、私がいるから三郎と勘右衛門はあいつの元にこないんだと。私がウザいと。上級生のあいつらでは物足りず、三郎と勘右衛門も欲しい。と。
意味が解らぬ。
どこまで迷惑をかければ気が済む。どこまで自分勝手を貫き通せば気が済むというのだ。
また昨日のような目にあいたいのか。
「あ、刀また抜く?知ってるんだ私。あんた、殺しなんかできるわけないんだってこと」
「…ほう、その根拠は」
「私のことを、殺せるわけないじゃない。みんな私のこと大好きなのよ?そんな私を殺して御覧なさいよ。あんたも死ぬことになるって、目に見えてるじゃない」
「…」
「昨日の私のあれは全部演技なの!上手だったでしょう?怖くもなんともないわ。どうせ殺せないってわかってるもの。昨日桜くんに脅された私を見て四年生と五年生はますます私の側にいるようになったわ!大好きな私を殺したいと思っている人がこの学園にいるだなんて、そんな危ない状況にある私を放っておくはずないじゃない!だから、それだけはお礼を言うわね!ありがとう!」
「…」
「ねぇ、いい加減にして。ちょっと綺麗な顔してるからって調子にのらないで。どんだけイケメンでも私に惚れなきゃ興味ないわ。なんであんたは逆ハー補正かかってないのかわからないけどこの際どうでもいいわ。あんたは近寄らないで。下級生とでも遊んでれば?三郎と勘ちゃんから離れて。私の望みはそれだけよ」
よく、ここまで口が回るもんだ。横行闊歩なこの性格はどう育てばこのようになるのか。
「三郎と勘右衛門は自分の意思で俺の側にいる。俺があいつらにどうこう言うことはできないよ」
残念だがね。
そういい学園長室に向けて再び歩き出した時、
「それとね、昨日、もう一つ知っちゃったことがあるの」
この女は私の腕を掴んで
「桜ちゃん、女の子なんだって?」
悪魔のような囁きを呟いた。
腕を払い、距離をとり、睨む。
あれらが演技なのならばこんな視線に耐えられて当然だ。それに、殺せないと思い込んでいるのだから。女はニコリと人当たりのよさそうな笑顔でまだ口を開く。
「昨日のこと、一応謝りに行こうと思ったのよ?あんな嫌な印象、三郎と勘ちゃんに残しておくの嫌だもの。でね、そこで聞いちゃったの。あなたの、過去の話をしているところ」
「…」
「皆知らないのね?女の子がいるって知らないのね?六年間、みんなを騙し続けたのね?同じクラスの仙蔵も、文次郎も、一緒に六年間勉強してきた長次も、小平太も、伊作も留三郎も。で?後輩も騙し続けてきたの?女のくせに、男の忍たまに指図してきたの?あんた、本当に何様なの?」
もう笑顔の面影も残っていない。この話題を出すために、私を呼び止めたというのか。
「バラされたくないでしょ?じゃぁ、三郎と勘ちゃん、
私に ち ょ う だ い ?」
お前、もしかしたら
くのいちに向いてるかもしれないな。
「…………好きにしろ」
「わ!ありがとう!じゃぁ、私これから五年生の皆と町に出かけるの!勝手に委員会頑張ってね!」
廊下を走り去る椿の背中を見て、未来の女というのはあそこまで恐ろしい存在になってるのかと感じてしまった。
あの女の本性はここまでドス黒いものだと、誰が想像できるだろうか。下級生はともかく、あの上級生では誰も想像できまい。この私ですら、少し甘く見すぎていたと後悔している位だ。あの女、この学園を何処まで荒らせば気が済むのだ。そこ知れん欲がどんどん本性を曝け出していってる。あそこまで言いたい放題いえて、ここまで深く黒い感情を持っているとは、恐れ入った。
一度は学園長の下へ行くために来た道だが、一度戻り、五年の教室へと急いだ。丁度よく、話題の三郎と勘右衛門が二人で窓に腰掛けていた。視界に私が入ると慌てて窓から降り私の方へ駆け寄ってきたのだ。
「桜先輩!どうされたんですか?」
「珍しいですね、五年の教室に来るだなんて…」
「…三郎、勘右衛門、お前ら今まで俺についてきてくれてありがとう。」
「え、」
「先輩…?」
「椿さんは良い方だ…。お前らも、あの方と少し、距離を縮めてこい…」
「せ、先輩…?」
「何を、言って、」
二人の言葉を最後まで聞かずに、私は学園長室へと姿を消した。
「………桜か。どうじゃ。天女の様子は」
「ついに動きました。近日、必ずやあの女を始末致します」
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