社会科見学に行ってきます! | ナノ

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「じゃぁこれ痛み止めと化膿止めです。完全に治すことはできませんが進行を遅めることはできます。労咳のあなたはこちらの薬を。こういうのは日々の薬の積み重ねが大事ですから、朝昼夜にしっかり服用してください!では私はこれd」

「秀吉様、この女を豊臣軍に勾引かす許可を」
「……えっ…?」
「うむ、許可する」
「えっ!???!」






こうして私は、豊臣軍に就職した。







「いいお天気ですねぇー」
「そうよなァ。流石の我もご機嫌よ、ゴキゲン」

刑部様に背を向ける形で輿に座って空を見上げる。刑部様は何が楽しいのか私の髪を三つ編みにしたりポニテにしたり。綺麗な櫛で髪をとかしては暇つぶしにかまた別の髪型に変えていた。私は髪の毛をいじられているので輿から降りることもできず、綺麗な布で刑部様の数珠を磨くことに専念している。空は晴天湿度も良好。こんなにお天気が良ければお昼寝だってしたくなる。屋根の上でうとうとしていると「おぅい名前よ」と刑部様のお声が下からして、なんでしょうかと降りれば此処に座りやれと私は現在進行形で刑部様の御暇つぶしに付き合わされている。暇つぶしでもかまわない。こんなにお天気がいいと何もしたくなくなっちゃうから。

「我も髪の扱いが上手くなったものよ。ヒヒッ」
「わぁー凄い首元楽です!おやこの簪は」
「主はその色好きであろう。丁度昨日見つけてなぁ、土産よミヤゲ。日々のご褒美という名でもいいよな」
「凄い可愛いです!ありがとうございます!あ、刑部様、お薬の時間ですよ」
「あい解った」

主はイイコよと撫でられるが、私は果たして本当にこの城の忍なのだろうか。なんだか刑部様の遊び相手の様のような錯覚さえ起こしている。命令が無い限り常に刑部様の御側を離れないから忍よりも医療部隊のほうなのだろうか…。

私が此処へ就職したのは保健委員会の予算が足りなくて包帯などの備品が買えず、予算を作るため薬草やらから作った自作であり秘薬を持って町をうろうろしていた時のこと。もう少し薬草を取りに行こうと山へ入ると、包帯をぐるぐる巻きにしていた人が輿に乗ってふよふよ浮きながら川を覘いているのが見えた。一瞬目を疑ったが、それより気になるのは体中の包帯。怪我か病か。どちらにしろ包帯がとても汚れているのだけは良く解る。包帯は今買って来たばっかりだし、あの人一人分ぐらい使ったところでなんともないだろう。

「あの、もし」
「主は誰ぞ」
「通りすがりの薬売りです。そのお身体御怪我ですか?よろしければ私の包帯、お使いになりませんか?」

背から籠を下してふたを開け、薬と包帯を取り出して傷口を見せていただこうとした。したのだが、私の顔の前に現れたのは刀の切先。この人ではない他の誰かが、私の顔に刀を向けている。

「貴様何者だ。刑部に何をしている」
「ご友人様でしょうか。ご心配なく。私はただの薬売りです。この方が御怪我をされているようにお見受けしたので」
「…刑部」
「まぁそう心配しやるな三成。薬売りよ、我のコレを治すことができるのか?我は呪われている身よ」
「ははぁ、業病ですか。お辛かったでしょう。気休めかもしれませんが、お薬お出ししましょうか。あ、もしよろしければ包帯取り替えましょうか?」

どうやら私は目つきの悪いご友人さんに刀を向けられていたらしい。特に怪しい物じゃないと言いながら証拠にと籠の中のものを全部広げて出して見せた。向こうもこれはなんだこれはなんだと次から次へと質問してくるし、声を聞きつけてか周りからどんどん人が集まってきた。なんか、甲冑姿の人多いけど、この人たちもしかして何処かの軍の人たちだろうか。なんぞなんぞと集まってきている人の中には怪我をしている人も多々いるようで、お薬出しましょうかとそこらじゅうの薬をかき集めた。失敗したな。結構な人数を治療してしまってまた包帯が底をつきそうだ。もい一度町に行くか。そう思った矢先、兵士の群れの中から現れたのはとても見目麗しい人。どきたまえと目つきの悪い人の横に立っては何があったんだいと聞きつつも私から目を離そうとはしなかった。目つきの悪い人が私の事を説明すると驚いたように目を点にさせ、へぇ、と今再び私に視線を向けた。

「兵士を治療してもらっているって?それは礼を言わなければ。君は薬売りかい?」
「えぇ、通りすがりの。自分でいうのもあれですけど、割と優秀な方なのでご安心ください」
「へぇ…」

「半兵衛よ、なんだこの騒ぎは」
「通りすがりの麗しい薬売りくんに、兵士を治療してもらっていたらしくてね」
「ほぅ。貴様、何処の軍の者だ」
「いや軍って…何処にも所属していませんけど…」

デカいなぁこの人と、ただただそう思った。って言うか一応これ伊作の山伏の服借りて男装してるつもりなのに、麗しいって言われたな…。女だってモロバレだろうか…。っていうかこの人伊作に声そっくりだなぁ。伊作が低い声出したらこんな声になりそう。その後包帯の人の包帯を巻き直し薬を渡し、マスクの人も病持ちだと聞いて薬を出した。両者共に不治の病だったかな。とはいえ、諦めちゃいけない。諦めない心が大事。気休めでも薬を飲んでおけば心は強く保てるはず。

私が好きでやったことですのでお金はとりませんよと言い荷物をまとめたところで、時は冒頭へ戻る。『豊臣軍』という聞き覚えのある軍の名前。それに返事をした大きい人。この人がかの有名な豊臣秀吉公とは全く知らなんだ。

その後聞こえた物騒な言葉に、私に向かって伸びた腕。私は必死でその腕から逃げ木の上でクナイを構えた。やはりどこぞの忍か!と目つきの悪い人が抜刀し飛びかかってきたが、なんとか一撃を受け止めることはできた。たが、こんなところで死ぬのはごめんなので、私は正直に身の上を説明した。忍術学園という名前を出せば向こうも耳にしたことがあると言い、そこの生徒であり保健委員である、と説明した。それで全て合点がいったとでも言うかのようにマスクの人は手をうちなるほどと呟いた。その後改めて治療された兵士たちを見て、自分の手にある薬を見て、マスクの人から「君の、忍として、そして薬師としての腕を是非豊臣に招きたい」と正式なスカウトを受けた。目つきの悪い人は今すぐに連れ帰るべきですと反論するが、もちろん今すぐ豊臣軍に行けるわけがない。

「誠に有り難いお誘いなのですが…私まだ学生の身ですから…」
「そうは言われても、三成くんの抜刀を見抜きさらにはその薬の知識量。君の腕は実に見逃しがたい。断るというのなら無理にでも連れて行くことも視野に入れようと思うのだけど?」
「天下の豊臣軍に目を付けられたのが運のつきという事でしょうか」
「そうだね。僕も美しい女性に手を上げるような真似はできるだけしたくない。穏便に事は済ませたいだろう?」


「……ではせめて、卒業まで待っていただけないでしょうか」


やっと出した私の答えに満足したのか、マスクの人は二コリを笑って「契約成立だね」と手を伸ばしたので、私は樹から降りてその手を握った。これはほんの前金だと指を鳴らせば私の目の前に置かれた箱。中身は大量のお金。私にこんな価値はありませんと突っ返したが、治療してもらった薬代も含まれていると思ってほしいと、マスクの人が微笑んだ。そんなことを言われたら返すこともできず、私はありがたくいただくことにした。まぁ、全部薬代と消えたけど。その時聞いた、この人の名前を軍師「竹中半兵衛」。目つきの悪い人は豊臣秀吉の左腕「石田三成」。包帯の人は「大谷吉継」。聞いたことのないような名前など何処にもなかった。ただの忍の卵が、豊臣軍の錚々たるメンツに囲まれていると解った時、私は少々チビりそうになってしまった。保健委員は不運があつまる不運委員会。よく変な目にあう私も例に漏れず不運に憑りつかれた人間なのだろうが、そんな私が…。

「お久しぶりです!本日付で豊臣軍にお仕えすることになりました名字名前です!」
「おぉ、主はいつぞやの忍ではないか。主の薬で随分と我も楽になったものよ。礼を言うぞ桃忍よ」
「いえいえ!少しでもそう言っていただければ何よりです!これからは私もこの城の何処かしらに居ますので何かありましたら」

「何を戯言を並べている。貴様は今日から刑部の側を片時も離れるな。刑部の身体に何かあってから貴様を呼びつけても遅いという事、言わずとも察せ」
「……へ!?」

かの有名な、刑部様の御側に直々に仕えることができるなんて…。私ってなんて大出世したのかしら…。国でお母さんも泣いてるはずよ…。城の草として生きると思っていたのに…こんなことってないわ…。


「刑部、薬は飲んだのか」
「慌てるな三成。今飲み終わったところよ」
「こんにちは三成様。良い御天気ですね」
「あぁ」

お薬の時間なので確認しに来たのか、突然襖がパンと開いて三成様が入室された。刑部様がヒラヒラと薬を包んでいた紙を見せると三成様は安心した面持ちでその場に座り込んだ。食いやれと差し出された饅頭を私は手に取るが三成様は断固として拒否した。最終的に無理やり受け取らせたかと思いきや三成様はそのまま饅頭を私の口に詰め込んだ。あ、美味しい。幸せ。

「秀吉様の城で間抜け面を晒すな」
「酷いです三成様が口に突っ込んできたのに」
「黙れ。名前に反発の権限などない」
「ひええ」

もふもふと口の中の饅頭を消化し、次の饅頭を口に入れようとしたその時、再び大きく障子が開き

「名前!!やっぱりここにいた!!」

其処に飛び込んできたのは川西のほうではなく、島の方の左近様だった。

「おや島様。如何なされました?」
「呑気に饅頭なんか食ってる場合か!!お前半兵衛様に何した!?」
「ゑっ?」

なぜ島様だけ苗字呼びか。私は以前は左近様と呼んでいたのだが、一度うっかり川西の方の左近と混ざった時があり島様の方を「左近ちゃん」と呼んでしまった事があった。島様は赤面してどういうことだと問い詰めたのだが、恥ずかしながらと事情を説明すると無事にご納得していただけた。それ以来ずっと島様呼びなのだが。

いやいまはそんなことどうでもいい。島様は部屋に飛び込んできたかと思いきや突然私の肩を掴んで体を大きく揺さぶりはじめた。言っている意味が解らない。私が半兵衛様に何を?何もしてない。っていうか今日はあってすらいないのに。

「左近、どういうことだ」
「あぁ、刑部さん三成様すいません!お騒がせして!」
「弁解などいらん。何があったと聞いている」

「そ、それが理由が解らないんですけど!「名前くんはどこだい!?」って言いながらさっき廊下をずんずん進んでたんで…!名前が何か怒らせるようなことしたのかと思って…!」

「おい名前!」
「ぎゃああああああ私何もしてませんよおおおお!!」

「やれ止めやれ三成。名前は製薬のため朝からは自室に、昼からは我の遊び相手よ」
「ならばなぜ半兵衛様のご機嫌を損ねるようなことをした!!答えろ!!」
「身に覚えありませんってばああああああああ!!」

原因が何かもわかっていないのに勝手にキレる三成様の怖さったらない。

「此処から名前くんの声がする!!失礼するよ大谷く…見つけたよ名前くん!!」
「わあああああああ次から次へとなんなんですかもおおおおおおおおおお!!」

饅頭を手に持ったまま私は刑部様の数珠に引っ張られて再び輿へと吸い寄せられた。後ろから伸びた腕に飛び込むように、開いた障子の向こうから入ってきた半兵衛様から逃げた。半兵衛様が怒ったのなんていつぶりか。最近は体の調子が良いからとご機嫌が良い日が続いていたようにも見えたが、今日のこのキレぐらいは半端ではない。私一体何をしたんだろうか。刑部さんがまぁ待ちやれと手を広げるが半兵衛様はいまだ怒られたままだ。

「賢人よ、何があったのかは知らぬが我の猫を威嚇してくれるな。こやつはこれでいて死をも恐れぬ狂暴な顔もあるがな、忠誠を誓ったものには涙すらも落とそうぞ」
「それなら今すぐにでも泣いてもらおうか!名前くん!これはいったいどういうことだい!?」
「はい!?あっ…!そ、それは…!!」

ばっと顔の前に出してきたのは一枚の紙。これは、私が庭で炊き火をしていた兵士さんたちに「これも一緒に燃やしてください」と頼んだ要らなくなった本やメモ紙、用件の済んだ書状などを縛って置いておいた内の一枚だ。任されよと快く引き受けてくださったはずなのに、そのうちの一枚がなぜか今半兵衛様の手の中にある。しかもそれは豊臣軍のトップには絶対に見られたくなかった書状だ。

「『忍術学園在校生、卒業生の就職先へ社会科見学の御願い』。そう書いてあるね!?」
「は、はい…」

「焚火をしている兵士に芋でも差し入れようかと思ったらこんなものが燃やされる直前だったから目を疑ったよ!なぜこれを僕らや秀吉に黙って燃やそうとしたんだい!?」

麗しきお顔の眉間に皺を寄せさせてしまうのは大変申し訳ない事だ。私は刑部様に断りを入れて一度輿から降りて、正座という形で仁王立ちする半兵衛様に言い訳を並べた。

許可など絶対にもらえないと思ったからだ。豊臣はただでさえ徳川家康公という大きな力を失ったばかりで戦力あちらこちらに罅が入っている。重ねて足利公から言い渡された突然の天政奉還。群雄割拠する戦国時代が今再び始まってしまっているところに、うちの後輩を城に招いてくれませんかなんて言える馬鹿などどこにもいないはず。半兵衛様も刑部様も御体を患い三成様も心を患い、黒田官兵衛は無謀にも謀反を起こし(まぁそれはさしてダメージは大きくなさそうだが)、豊臣内部はぐちゃぐちゃだ。そんなとき後輩がーなんて、口が裂けても言えぬと思い、手紙は出さずに燃やすことにしたのだ。したのに……なぜそれが半兵衛様の手に…。とっとと燃やしてくれればいい物を……。

「…つまり君は、豊臣に遠慮してこの手紙を無き物にしようとしていたと、そう言いたいんだね?」
「は、はい…」

「名前くんは此処がどこだか理解していなのかい…?君が仕えているのは、この常勝豊臣軍だ!客人を数人招く事がこの城になんらかの影響を与えるとでも思っているのかい!?」

「え、あ…いえその…」
「だったら今すぐ学園に了承を得たと返事を書くことだね!しっかりした英才教育を受けている忍の卵たちを他の城に渡すぐらいなら全て豊臣で使ってやる!他の城に見学に行かれたらたまったもんじゃない!豊臣軍がいかに素晴らしき軍かということ、しかと君の後輩くんたちの頭に植えつけることだ!」

珍しく興奮したような半兵衛様は、プリントをそのまま私の手に押し戻し、腕を組んで私を見下してくださったことは本当にご褒美ですありがとうございます。ちらりと視線を上げれば半兵衛様は「今すぐに!」と床を蹴ったので、私は慌てて刑部様に筆と墨汁を借り、忍術学園へ返事を書いた。刑部様の部屋に降り立った忍さんに半兵衛様が事の流れを説明し、代わりに届けてくださるらしく、私の手紙を受け取って城の外へと飛び出していった。

「……あ、あの、本当に…申し訳ありませんでした」
「名前くんはもう少し遠慮という物を捨てたまえ。名前くんには僕と大谷くんの命を預けていると言っても過言ではないのだから、他の忍と扱い、優遇が違うのは当たり前だ。さて、僕は秀吉に事の流れを説明してくるよ。邪魔をしてすまなかったね」

ぐしゃりと私の頭を撫でてからマントを翻し、半兵衛様は少々ご機嫌を取り戻したような表情で部屋の外へ出ていかれた。あ、嵐が去った…。

「貴様、次半兵衛様のご機嫌を損ねさせてしまうような事があったら、その首、胴にはついていないと思え」
「肝に銘じておきます…」

「良かったねぇ名前ちゃん御咎めなしで。半兵衛様あれでいて名前ちゃんのこと気に入ってるから、隠し事はしない方が良いぜ?」
「う、うす…」

「さて名前よ、その髪直してやろ。座りやれ」
「またそうやって髪で遊んで…」
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