社会科見学に行ってきます! | ナノ

  後


「名前さん!今夜こそ俺と手合せしてくだせえ!」
「いいよ!今夜は祭りだからね!誰でも相手してあげるよ!」

うっしゃぁ!と頭に鉢巻を巻いて、ガタイの良い男が櫓の方へと駆け抜けていった。遠くから太鼓の音や笛の音が聞こえ始め、徐々に私の心も踊り始めていた。去年の喧嘩祭り、どうやら優勝者は慶次だったらしく、今回はVIP席での待機らしい。利家様の悔しそうな顔といえば。とりあえず私は後輩たちを迎えに行かなければ。祭りの準備に手間取りすぎて少々時間をオーバーしてしまった。いつもの戦装束に着替えて髪を結わいて、みんなとの待ち合わせ場所へ向かった。町から外れて山へ入るとそこは真っ暗で、一寸先も見えない程の暗闇に包まれていた。だがまだ現役。連中の気配ぐらい手に取るようにわかる。

「小平太、滝、三之助、四郎兵衛、降りておい…でっ!!」

「のわっ!!」

目の前にある樹を思いきり蹴り飛ばすと、どさどさと人が落ちてきた。松葉に火をつけ辺りを明るくすると、見慣れた四つと、見慣れない顔が一つ。これは新入生として、まずは四つと感動の再会を分かち合おう。キラキラした目で私を見つめる一番大きな後輩に両手を広げると、それは勢いよく私の懐に飛び込んできた。

「お久しぶりです名前先輩いいいいい!!」
「よしよし小平太!よく来たねええ!!」

抱きしめてわしゃわしゃと頭を撫でると、それに続いて他の後輩たちも私の背中や腰に抱き着いてきた。

「お久しぶりです名前先輩!!この日が来るのをずっと待っておりました!!」
「相変わらず美人だねえ滝!磨きがかかってるよ!!」

「俺今日先輩に逢いたくて一回も迷子しないで来ましたよ!!」
「偉い!凄い!成長したね三之助!!」

「ぼ、僕も名前先輩に逢いたかったです!」
「身長伸びたねぇえ四郎兵衛!可愛い可愛い!」

ちゅっちゅと後輩たちの頭に口づけを落としている中、ぽかんとした顔で私を見つめる一番小さい影。へばりつく後輩たちを引きはがして私はその後輩の前で膝をついた。

「初めまして。一年生だよね?私は先代体育委員長の名字名前。君は?」
「ぼ、僕は皆本金吾です!!一年は組で、相模から来たへ、編入生です!名字先輩のお話は、伺っておりました!お逢いすることができて感激でゅjk!!!」
「ちょ、大丈夫だから、緊張しないで。私の事は名前でいいよ。よろしくね金吾」

金吾の話によると相模の実家までは遠いので休みの日はあの戸部先生のおうちでお世話になっているらしい。泣き虫を治すために旅に出されてなんやかんやで忍術学園に編入することになったらしい。

「前田家といえば槍の又左と呼ばれる前田利家様がおられる軍…ぼ、僕、一度お逢いしてみたくて…!」
「そっかぁ、金吾は利家様のファンだったんだ」

「ところで名前先輩、招待してもらった分際でこんなこと言うのもなんですけど…なんで二か月も間あけたんです?」

小平太は犬のように首を傾げ、心底不思議そうに私にそう問いかけた。そうだ、その話をするのを忘れていた。だが別に深刻な話でもない。向かいながらで良いだろうと思い、私は一番歳の低い金吾の手を取り歩き始めた。小平太は四郎兵衛と手を繋ぎ、滝は三之助の腰ひもを手に取り私の後ろをついて歩いた。お祭りがあるからだよ、と口を開くと、皆の気配がどこか明るくなかったような気がした。現委員長が委員長だからだろう。きっと祭り系のイベント事と聞いて黙っていられるような連中でもあるまい。しかも、ともったいぶるように私は続けて口を開いた。

「前田家主催の喧嘩祭りだから、無傷じゃ帰れないよ」
「喧嘩祭り!?」

意気揚々と声を上げたのは、やはり小平太だった。

「血で血を拭う戦とは違って、ただ腕を競うだけの喧嘩祭り。参加するなら男も女も関係ない。ただただ拳や武器を振り回して、その祭りの参加者の頂点を競うだけのお祭りなんだって。去年の優勝者はうちの総大将だったらしい。私は参加するの初めて」
「そ、それって」
「上下もなにも関係ない。地位も何もかもを投げ捨ててとにかく喧嘩するだけ。いやぁなんたって私達、委員会の花形だもんね、心躍るよねぇ」

誰よりもわくわくしているのはもちろん小平太だし、滝夜叉丸も腕試しときいて心底楽しそうな顔をしているが、下級生たちはちょっぴり不安そうだ。

「あはは、大丈夫だよ。参加者にはもちろん前田家に仕えるやつらもいれば、武器を持ったことのない農家の連中とか百姓の人間も来るんだから。いくら大人でも、戦闘のいろはを学んでる三之助たちには敵わないでしょうよ。あ、ほら見えた」

山の暗闇を抜けて私が指差した先は、前田の城下町。もう夜も遅いというのに城下町はまるで火事でも起こっているかのように真っ赤な光に包まれていた。それは提灯の火だったり本物の炎だったり。ただそれが火事じゃないと解るのは、楽しそうに聞こえる祭囃子。あれが前田の喧嘩祭り会場だと言うと、皆興奮を隠しきれない様な表情でその光に目を奪われていた。おいでと手を引き山を下り、私達は城下町へと入った。

「おっと待った。他国のもんかい?気を付けろよ、今夜は…」
「おや十藏さん、私だよ」
「おぉ、名前さんじゃぁねえか!慶次さんから話は聞いてますぜ!お前らが名前さんの後輩か!首持ってかれねぇように気ぃつけろよ!」

がははは!と大きく笑った兵士は三之助の背中をバシッ!と叩いて肩を鳴らしながら祭りの中心部へ歩いて行った。首を持っていかれないようにとは随分大きく出たもんだ。今の言葉で明らかに下級生たちは怯えてしまっただろうに。

「どうする?三之助たちは見学してる?」

「い、いえ!俺も委員会の花形、体育委員会の一員です!うっ、売られた喧嘩は全部買います!」
「ぼ、僕も戦います!」
「僕も!!」

「良い後輩に育て上げたじゃない小平太」
「そりゃぁもう!先代委員長が良い人だったからですよ!」

こいつ、お世辞も言えるように成長したのか。さすが、最上級生ともなると心も成長するってか。私はあらかじめ手紙で、動きやすい服と得意武器を持ってこいと伝えておいた。それは祭りに備える為。皆もちろんのように学園の制服を包から取り出した。知り合いの団子屋のおばちゃんの好意で家の奥を貸してもらい皆を着替えさせ、祭りの中心部へ向かう事にした。

「名前先輩は未だ、武器を持たざる忍を貫いているのですね」
「暗器とかはもちろん隠し持ってるよ。でもできるだけ素手で戦ってるね。三之助は?」
「…俺まだ、得意武器とか解んなくて…、な、何も持ってきてないんです」
「いいからいいから、焦んない焦んない。今日が良い機会じゃない。会場にあるものはなんでも使っていいんだよ。誰かが落とした刀を拾うもよし、奪うもよし。好きに動いてごらんよ」
「は、はい!」

私だって、卒業しても己の得意武器というものが定まらなかった人間だ。だから素手で戦っている。女という身軽さと利用して忍の基本装備以外では体術のみで戦場に立っている。もちろん得意武器を定めなければいけないというわけでもあるまい。焦らなくていいと三之助の頭を撫でれば、三之助はほっとしたように肩を撫で下ろした。

五人を引き連れ祭りの中心部へ向かうと、そこには屈強な前田軍の精鋭対がほとんど裸の状態で自慢の筋肉を披露してあつまっていた。女も参加可能と聞いていたのだけれど………えーっと、私一人、だな、これ…。

「ではこれより、前田家主催の喧嘩祭りを開始いたしまする!この祭りに地位など関係なく無礼講にござりますれば!お祭りの後にはまつめの食事を振る舞います故、皆々様!たんと暴れてくださいませ!いざ、開始!!」

櫓のてっぺんでまつ様がドドン!と大きく太鼓を叩くと、周りの男達は途端に拳を振り上げ真横の連中を殴り始めた。

「名前殿!今日こそ某の喧嘩請けていただきたく!!」
「よしきた!」

「あんちゃんもよそ見しとったらあかんで!!」
「うおっ!ちょ、名前先輩!!」

「頑張れ滝夜叉丸!この場はなんでもありだぞ!!」

大きな木刀を持った男が滝夜叉丸にターゲットを定めてそれを振り下ろした。滝夜叉丸は間一髪のところでそれを交わして戦輪を構えた。

「飛び道具もありですね!?」
「名前に聞いとらんのか!なんでもありや!」
「いいでしょう!この滝夜叉丸、受けて立ちます!!」

一度忍と戦ってみたかったという連中は前田の中にも何人もいる。それは前田軍の先方として、忍は忍が相手をし、銃兵は銃兵が、槍兵は槍兵がと戦うべき相手を分けているからだ。戦場で戦えないもんだから、一度はやりあっておきたいという事なのだろう。前田軍に忍が少ないと言うのももちろんの理由だが、それで私は良く手合せを挑まれる。でも基本はさっきも言った通り、そこで力を付けていても結局戦場で役立つわけではないので極力お断りをしている。だけど今夜は違う。なんてったって無礼講。地位も部隊も関係ない。戦いたい奴と戦う。それができるのが、喧嘩祭りのいいところだ。

「かーっ…!ま、参った……!」
「さぁ、次は誰だ!!」

「お前の相手は某だァ!!」
「っ!お待ちしておりました利家様!」

飛んできた槍はメラメラと燃えていて、それが利家様の槍と気付くと自然と口角が上がっていた。ついに、先代前田の総大将と手合せができる時が来た。振り下ろされた槍を手甲の中に忍ばせておいた、対槍用に作った太めの棒手裏剣で受け止め、私は右腕を思いきり振り利家様の顔面目がけてパンチを決めた。と、思ったが、さすが一筋縄ではいかない。石付きで私の腕を弾いてはもう一振り。頬をかすったか少し一直線に熱を感じた。勢いよく逃げたのでバク転をするように受け身を取り、私は利家様と一定の距離をとって再び体制を整えた。

「やるなぁ名前!某、心がたぎるぞ!」
「勿体なき、お言葉…!」

「犬千代様!貴方様の相手はまつめにございますれば!」
「ま、まつ!?」

「行きなさい名前!この場はまつめが請け負います!!」
「まつ様!?」

まつ様が薙刀を思いきり振り上げると、竜巻のようなものが発生し、私の身体は大きく宙へ吹き飛ばされた。

「まつめが勝ちましたら、今度こそ次の戦でまつめが犬千代様の背を守らせていただきまする!」
「何ィ!?それはいかん!まつを守るのは某の役目!ならばこの勝負、負けるわけにはいかんな!!」

なるほど、そういうことか。まつ様、ここで下剋上を狙っているわけだ。それなら勝負の邪魔はしまい。私はまつ様が巻き上げたたつ巻の勢いを上手い事利用し、慶次が待機しているであろう櫓の最上部へと辿りついた。待っていたよと腰を上げる慶次。そう私も慶次も、前々から一度本気で手合せをしてみたいと思っていた。私は婆娑羅を身に付けてはいないが、身のこなしだけは誰にも負けない自信がある。あの長刀を相手に立ちまわってみたいと前々から思っていたのだ。だが慶次はいくら部下とはいえ、女の子相手に本気になんて慣れないといつも私の誘いを断ってきていたのだ。だが今日は喧嘩をするためだけの日。断るなんてヤボなこと、できるわけがないと確信していた。

「前田軍総大将が前田慶次、是非お手合わせ願いたい!!」
「よしきた!運試しといこうかい!………と、言いたいところなんだけどねぇ」

だがしかし、慶次は残念そうな顔をして私の後ろを指さした。私は何の疑いもなく頭の上に疑問符を乗せ後ろを振りむいた。其処にいたのは体育委員会の後輩五人。既にボロボロになっている下級生三人と、まだまだやれると言いたそうな上級生二人。

「名前先輩!今夜は無礼講だと、先輩が仰いましたよね!」
「是非、お手合わせ願いたく!」

両手にクナイを構えた小平太。それに続いて滝夜叉丸や三之助、四郎兵衛と金吾が体を低くして戦闘態勢に入った。ははぁなるほど、こいつらも下剋上を狙っているってか。

「慶次、こいつら前田軍の忍隊隊隊長に喧嘩売ってるみたいよ」
「へぇ!売られた喧嘩は買うしかないねぇ。名前、手ぇ貸そうかぃ!?」
「これは後輩に売られた喧嘩だよ!私一人でケリをつける!」
「そうこなくっちゃ!!」

ついに可愛い可愛い後輩たちと刃を交える日が来た。だが、なんて嬉しい日なんだろうか。戦場じゃない場所で、こいつらの実力をはかれる。私は、私はなんて幸せな先輩なんだろうか。



「さぁさ皆様お立合い!!学び舎の後輩が先輩に宣戦布告だよ!!これぞ喧嘩祭りの醍醐味!!さぁ張った張ったァ!!」



慶次が櫓の枠に足をかけ大声でそう叫ぶと、さっきまで殴り合いをしていた連中は手を止め、私達が上がっている場所目がけて拳を突き上げた。まるで見世物のように私たちの喧嘩にあつい声援を送りだした。一方は小平太たちの方が数が多いからと金を賭け、一方は実力じゃ敵うわけがないと私に賭けた。慶次は場を盛り上げるため力いっぱい太鼓を叩き、周りの連中はさらに声を張り上げた。

「名前先輩!戦う前に一つだけお聞きしたいことが!」
「なんだ小平太!」

「……貴女は今、幸せですか!!」

戦が無くなる世にならなければ、幸せなんて掴めないと思っていた。だけど、今こうして、大好きな後輩たちと向き合っていられる。大好きな後輩たちと、戦場ではなく、祭りの場で刃を交える事ができる。



「あぁ!これ以上にないくらい、最高に幸せだよ!!」



これ以上の幸せなんて、私は知らない。


「かかって来い!!全員まとめてひねりつぶしてやる!!」
「いくぞ体育委員会!いいけいけどんどんで名前先輩を負かせ!!」

「「「「おー!!」」」」


あぁ、なんて幸せなんだろう。






幸せすぎるわ!

もちろん、君たちもでしょう?








「さぁ戦は終わりです!まつめのご飯をたんと召し上がれ!!」
「利家様!勝負の行方は!?」
「もちろん、これからも某がまつを守るぞ!」
「ですよねー!!」

「おぉ!!食堂のおばちゃんと同じぐらい美味しいな!!」
「なんて力のみなぎる食事でしょうか…!!」

「まぁ、食堂のおばさまはそれほどまでに食事の腕が良いと?」
「僕たち食堂のおばちゃんの料理、大好きなんだな」
「俺たちの飯、いつも作ってくれるんです!」
「お残しは許しまへんでー!って叫ぶんです!」

「なるほど!ではそのように!まつめも、お残しは許しませんよ!!」
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