社会科見学に行ってきます! | ナノ

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「なぁ名前、お前が最後に恋をしたのはいつだい?」
「は?」








こうして私は、前田軍へ就職した。









「へぇー、社会科見学かい」
「うん。前田軍総大将が良いって言ったらいいんじゃいかってみなさんが」

屋敷の屋根で寝転んで太陽の光を浴びてる一人と一匹。立てて置かれた刀の切先にふわりと降り立ち目を瞑り太陽の光を浴びる慶次におはよと声をかけると、慶次はゆっくり起き上がり私が差し出した紙を受け取った。中に書いてある忍術学園からのお願いごとに慶次は間もあけず

「いいよ!名前が後輩招きたいって言うなら好きにすればいいさ!」

そういって手紙を突き返した。

「慶次ならそう言うと思った!ありがと!」
「いいってことよ!名前が笑ってくれるならそれでいいさ!なぁ夢吉?」

夢吉は刀の先で立っている私を不思議そうに見上げていたが、私がにっこり笑うとそれにつられて微笑んで、私の肩に乗っかってきた。久しぶりにあいつらに逢える。ここはあそこからそう遠くもないし、逢えるのは近いうちの事だろうか。

「名前!慶次!飯だ!まつが呼んでるぞ!」
「はーい!」
「今日の匂いは筍かねぇ」

屋敷の下から聞こえた利家様の声。私は慶次さんに抱えられ屋根から降りて屋敷の中へ入っていった。そんなことせずとも降りられるのに。屋敷を歩き部屋へ向かうともうそこには食事の準備が済んでいて、まつ様が前掛けを外している最中だった。まさか私が大名家のメンバーと共に食事をするような地位につけるとは思わなかった。

「名前、美味しいですか?」
「めちゃめちゃ美味しいです…っ!!おかわりください!!」

「何!?早いな!慶次!我々も負けてられんぞ!まつ!某もおかわりだ!」
「俺も俺も!」

「はい!たんとめしあがれ!!」


私が前田軍に就職したのは、いや、前田軍に拾われたのは、結構最近の話だ。私は学園を卒業してからフリーのくノ一として働いていた。戦のない世の中にするために、私にできる限りの事をやろうと思っていたからだ。故に城に縛られず、利吉さんの様なフリーのくのいちを目指していた。フリーの男なら数えきれぬほどいるだろうが、くノ一となると話は違う。あまり聞いたことがないのか、あちらこちらの城や武家、商人から仕事を依頼されては私は各地へ飛ぶ忙しい日々を送っていた。それに関しては何も問題はなかった。情報を盗むことも、人を殺すことも慣れているもんだし、なにより体力にはくのいち教室で一番だと自信を持って言えるぐらいだったから。

しかし転機は突然訪れた。それはある大きな戦でとある城方についたとき。圧倒的武力、火薬の量、武器の量を見て、これはこちらが有利だろうと踏んでいたのだが、まさかそこへ全くこの戦に関係のない軍が入り込んでくるとは思いもしていなかった。その軍は恐ろしく強く、私がいた城も敵対していた城も全滅。犬猿の仲と言うべきだったのだろうが、今回ばかりは一時手を組もうともなったのだが、やはり勝てなかった。所属しているわけでもなし、逃げることはいくらでも出来たのだが、それは私のプライドが許さなかった。委員会の花形と後輩たちに言い聞かせていた私が、どうせ関係のない戦だからと背を向けては末代までの恥。武器も暗器も、すべて使い切った。残るはこの拳のみ。腕を一本折られ血も溢れ出て、気付いた時には戦場は静寂に包まれていた。おそらく、この場所で生き残っていたのは私だけだと察し、出せる力全てを振り絞って森へと体を踏み入れさせた。残党処理なんかに見つかってたまるかと思っていたからだ。血を流し必死の思いで森へ入ったのだが、徐々に近づく馬の足音。あぁ見つかった。今度こそ殺される。そう思った。

「おいあんた!!しっかりしろ!!大丈夫かい!?」

だが天は私に微笑んだらしい。殺されると思っていたのに、気がついたらなぜかド派手な傾奇漢に私は体を抱えられた。猛スピードで走る馬。辿りついたのは無駄に大きい屋敷だという事だけは覚えていた。其処で気を失い、気付いた時は、見慣れない天井が目に飛び込み、やたらとうまそうな飯の匂いが胃を刺激するのみだった。

「まぁ!お気づきになりましたか!?慶次!慶次!かのお方がお目覚めに!」

とびきり美人な人が私の顔を見てすぐに部屋から出て行った。かと思いきや

「おぉ!目が覚めたか!慶次!慶次!」

ほぼ全裸の男が私の顔を見て部屋から出て行った。なんなんだここは一体。どういうなんなんだ。誰か説明をしてくれ。

「目が覚めたって!?嗚呼、よかった…!」

あの傾奇者が入口とは反対側の襖をズバンッ!と勢いよく開け、私が寝かされている布団の横で膝をついて涙を流した。こんな人見覚えがない。この男は確かに私を抱えて馬を走らせた人だが、見覚えなんかない。知り合いじゃないし、誰かを通じて知り合ったような人でもないはずだ。じゃぁなぜ、見知らぬ私に涙を流すんだろうか。

「…あの戦場で生きてたの、あんただけだったよ」
「そう、ですか」

「俺はただ通りかかっただけなんだけど……どっちの軍だったんだい?もしよかったら国まで送るよ」

どっちの軍。私はどう答えるべきだったのだろうか。フリーの忍びだし所属はしていない。あの城とは一時の契約者関係。戦が終わったのなら関係のない城だ。所謂帰る場所などないというやつで、正直に帰る場所なんてないと答えれば、この男は少々難しい方向の言葉にとらえてしまったのか、暗い声で「そうかい」とただ一言呟いた。いや、そういう意味じゃないと反論したかったのだが、如何せん体中が痛い。呼吸することすら必死な私にそんな力はなく、再び意識を手放した。

「なぁあんた、しばらくうちにいなよ」
「えっ」

怪我も治り体力も戻り、そろそろ此処からおさらばしようかと思ってはいたのだが、身支度を整えている最中いつの間にか部屋に入ってきていた男に肩を叩かれた。おそらく行く場所がないと言うのをまだ勘違いしているのあろう。帰る場所というのは確かにないが、実家ぐらいはある。だが正直言って、此処が何処なのかもまだ情報がつかめていない。この人が誰なのかも解らない。この人が良いと言うのならそのお言葉に甘えることにしよう。

「名字名前と申します。暫く、御厄介になります」
「そうこなくっちゃ!俺は慶次、前田慶次だ!」

前田慶次と言えば風来坊と名高い男じゃないか。こんな大層な男に私は拾われたのか改めて心臓を大きくはねさせた。本物の風来坊ですかと聞いてしまい、笑わせてしまったのは忘れてほしい過去だ。ということはここは加賀か京の都だな。ならば次の城に雇われたときに前田が敵となったときのために色々探っておくべきか。とはいえ世話になると言った身だ。呼ばれればすぐに行くし、手伝いだってした。そして此処は京都だと解ったし、実家や学園までは言うほど遠くないこともわかった。

「名前、次の戦だが、慶次と一緒に最前線で出陣してくれるか?」
「敵の攪乱をお願いいたします。まつめは犬千代様とともに後方から追撃をば」

「お任せください。御命令とあらば楯とも槍ともなりましょう」

「………」
「風来坊?」
「あ、いや、なんでもない」

この戦が終わったら、黙って前田軍から離れよう。そして次の契約先をみつけよう。置き手紙ぐらいはしていってもいいかな。一時とはいえ世話になった身。この身を助けてもらったからとここにいる間、何度か戦に出たりはしたが給料は一銭として受け取っていない。とはいえ、そろそろタダ働きもキツい。この戦が終わったら、いつもの日常に戻ろう。

「全軍突撃せよ!!敵本陣を取り囲み大将の首を刎ねるのだ!」
「慎重に!敵の気配に気を配りませ!!」

前田の総大将は慶次様だというのに、指示はやっぱり利家様のお声。

「そこ退けそこ退け!慶次が通る!」

私は風来坊の背を守りつつ敵の撹乱及び殲滅に当たった。好き放題やる風来坊の背中なんて守る必要はないだろう。あの長刀で背を刺されるとは到底思えない。私は風来坊を援護しつつも兵士たちの道をあける為に軍団へ突っ込んだ。次第に敵は減り持つ武器も減り、残るはこの拳のみ。挑む輩の腕をつかんでは投げ首をつかんでは折り、私は体は血に染まっていった。どれくらいの時が経っただろうか。大きな声と法螺貝の音。前田軍の兵士たちが拳を上げたので、この戦に勝利したことが理解できた。今回も無事に終わった。私は屍の真ん中で空を見上げ大きく息を吐き出した。手は真っ赤。顔を覆う布まで血の匂いがする。返り血かな。まぁいい。これさえ終われば、私は元の生活に戻ると決めたのだから。

「なぁ、名前」
「はい」

怪我がない事を確認しながら手を閉じたり開いたりしていると


「お前が最後に恋をしたのはいつだい?」
「は?」


突然後ろから藪から棒な質問が飛び込んできた。振り向いた先にいたのはどこか寂しそうな顔をした風来坊の姿。恋。今戦が終わったばっかりで、恋の話をしようというのか。

「…何故そのような事を」
「……あんた、戦に勝ったってのに、喜びもしないし、憐れみもしない。なんだか、心底つまんなそうな顔しているよ」

風来坊は私の手につく血を拭いながら戦中に私の顔ばかり気にしていた話をした。人を斬っても無表情。攻撃を受けても無表情。まるで人形が人を殺しているような気さえ起こしたと、風来坊は言った。

「……そう、でしたか」
「名前は、恋をしたことあるかい?」
「…えぇ、それは人並みには」

「恋してるときってさ、心が落ち着かないだろ?今想い人はなにしてんだろうって考えるだけで、世界が変わったような気がしなかったかい?まるで戦の世なんて嘘の様に、目の前が明るくなったりしなかったかい?そのことを考えるだけでこう、なんていうか、自分が自分じゃない様な、そんな感情にならなかったかい?」

一度だけ、教師に惚れたことがあった。見せてくれた技があまりにも美しくて、目で追って、憧れて、それが恋と気付いて、無駄な思いだと解って、胸の奥にしまった。でも心は躍っていた。そんな感情は今でも覚えている。

「…私は、」
「名前のそんな楽しそうな顔、一度だって見たことないよ。此処何か月も一緒にいたけどさ、……名前、戦場出る度、つまんなそうな顔して人を斬るんだ。俺ぁ、正直それがみてらんなくてさ。今回、後方部隊に行ってもらいたかったんだ。だけど、盾にも槍にもなるって言ったから…。俺、忍ってのがどんな人間なのかとか、どういう生き方をしてきたのか解んないけどさ、己の感情を殺してまで、戦場に立つ必要なんて、ないんじゃないのかな。ただ血を浴びることを目的とするんじゃなくて、家族を想ったり、友人を想ったり、良い人を想ったり、誰かを想いながら戦場に立てば、もっと別の感情で動く事とかできるんじゃないのかな…とか、思うんだけ、ど……」

委員会の花形は戦場で手柄を立ててこそ。私はいつだってそう思っていた。ただ雇い主のためだけに生きればいいと。突き進めばいいと。それだけを信念に生きてきたはずなのに。なぜたった数か月一緒に居ただけの風来坊如きに、そこまで、見透かされなきゃいけないんだ。私は、私はただ平和な世を求めて血を浴びていただけ。それだけ。それだけで私は、戦というものに、染まりすぎていたというのか。

「…わたしだって…っ!わたしだって!!普通の恋がしたいですよ!!」
「うん」
「普通に恋して!!普通にお嫁さんになって!!平和な世で暮らしたかったですよ!!」
「うん」
「無理に決まってるじゃないですか!!忍として生きてきた家系に生まれて忍となる学び舎で六年間も身も心も闇に染めて!!今更っ…!感情を露わにして戦場に立つなんて無理に決まっているじゃないですか!!知ったような口聞かないでくださいよ!!」
「うん」
「私だって本当はっ…!本当は…!」
「お前の、名前の願いはなんだったんだい」


「…っ!小平太と!滝と!三之助と四郎兵衛と…っ!ずっと、ずっと一緒にいたかった…っ!あの子たちがっ!あの子たちが学園を出る頃には、戦なんてっ…!なくなってればいいとっ…!それだけを…っ!ただ、それだけを祈って…!!」


ただそれだけを胸に、あの学び舎を巣立ったはずなのに。いつの間にか、目的を見失っている自分がいた。お金を稼げればいいとでも、思っていたのか。それとも、人を殺す事しか能がないと、そう思い込んでしまっていたのか。


「なぁ名前、このまま前田で働きなよ。んでさ、ずっと俺の側にいておくれよ。俺ならずっとお天道さんの真下にいるから、影なんてできないよ。これから明るい所で生きていこうぜ?な?太陽の下で生きる忍者なんて、かなり傾いていると思わないかい?」


風来坊はそう言って私の手をとって前田軍本陣へと戻っていった。言わずとも察したのか、利家様とまつ様は私を迎え入れてくれたし、その日の晩飯から、私の分の膳が風来坊の横に並ぶことになっていた。

「さぁ名前、たんと召し上がれ!」
「そうだぞ名前!まつの飯は日ノ本一だ!」

「さぁ食おうかい名前!まつ姉ちゃんの飯は美味いぞ!!」

「…いただきますっ…!」

人と食事をしたのなんていつぶりか。こんなに美味い飯は、いつぶりか。涙を流したその夜、風来坊は私を前田軍兵士の前で新入りとして紹介してくれたし、前田慶次の右腕として軍に入れると宣言した。

「…風来坊」
「野暮だね名前!慶次で良いよ!」
「…慶次、ありがとう」
「いいっていいって!気にすんな!」

その日の夜、慶次が寝た後、利家様とまつ様の部屋を訪ね、今まで盗んだ前田の情報を全て書き記した紙を二人に渡した。此れはもう必要のない物だから、と。利家様はそれを庭に置き、瓢箪から酒を口に含むと大きな火の玉を吐き出して、一気に全て燃やしてしまった。婆娑羅というものの力、耳にしていたがまさかこれほどとは。慶次にこれがバレて嫌われたくなかったといえば、まつ様は「慶次はこんなことで貴女を追い出したりしませんよ」と優しく頭を撫でてくださった。この時私は、一生この軍に身を捧げると心に決めた。



「ほほう社会科見学かぁ。名前、お前のその後輩が来るのはいつなんだ?」
「さぁ、まだ決まってないんです。こっちの都合で合わせていいと思いますけど」

箸を動かしながら利家様がそう問いかけた。社会科見学の話もいま全てして、まつ様と利家様からの了承も得た。さてそういえば日付はどうしよう。

「それなら名前、あと二ヶ月ほど待てませんか?」
「ん?大丈夫だと思いますけど、何かあるんですか?」

「おいおい名前知らないのかい!?あと二か月ほどしたらドデカい祭りが待ってるんだぜ!?」

「お祭り?なんの?」
「京都を誇る大祭り!喧嘩祭りだよ!神輿のぶつかり合いに屈強な男たちの殴り合い!力自慢が一斉に集まって腕を競い合うのさ!」

「去年の優勝者は慶次だ!ついに某も王座の座から引きずり降ろされてしまってなぁ!」
「名前はその忍術学園で体力自慢の委員会に所属されていたとか。それなら委員会の後輩も連れて、一暴れするのがよろしいかと!」

「おぉ!それはなんて楽しそうなイベント!小平太喜んで飛びつきますよ!一個下の体力馬鹿なんです!」
「おぉっ!そりゃぁ腕がなるねぇ!よぉし!名前、社会科見学は二ヶ月後だ!飯食ったら文飛ばしてきな!」
「よしきた!でもその前にまつ様おかわり!!」
「喜んで!さぁ召し上がれ!!」

喧嘩祭りか!戦うことが楽しみと思うなんていつぶりだろう!小平太たちにも会える!楽しみは増える一方だ!
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