「ひらがなおねえちゃん!」
「左門ちゃん可愛いいいいいいいいいいいい!!!」

お迎えだよと教室に入っていく先生の声に一早く反応しぴょこりと顔を出したのは、可愛い可愛い私の弟。玄関でしゃがんで待っているともう帰る準備は万端だったのか、帽子と鞄を携えて広げた私の腕の中に勢いよく飛び込んできた。

「みきえもんせんぱい!こんにちは!」
「こんにちh……おいどこでそんな呼び方覚えた。この間までみきくんとか言ってただろう」

「私が教えた。ミキティの事は三木ヱ門先輩か田村先輩って呼んであげなさいって」
「何してんだお前…」
「割と気に入ってた?」
「さぁ帰るぞ」

一緒に迎えに来てくれたミキティにまで一礼する左門ちゃんの可愛い事可愛い事!っていうか礼儀正しくて困るレベルだわ!なにこの日本男児!ラストサムライ!こんな礼儀教え込んだのは誰!?私でーーーーーーす!!!

「今日はねぇ、ミキティも一緒に帰るんだよ!」
「みきえもんせんぱいもいっしょ!」
「あぁ、一緒だぞ」

私とミキティにはさまれ楽しそうに私たちの手を握り、左門は先生にお辞儀をした。高校生同士が一人の幼稚園児を迎えに来ている。これはもう若夫婦に見られていてもおかしくはないだろう。別の教室のお母さん方はひそひそしながら私たちを見ているが、左門の事情を知っているお母さん方はこんにちはと私たちに普通の挨拶をしてくれるし、悪口的な事を言っているお母さん方をまるで叱るようなそんなんじゃないと口調で強く言い聞かせていた。ママ友達の喧嘩は怖いと良くテレビなどで聞くが、こういうときの一致団結感はヤバイ。こうして左門ちゃんが守られているんだなぁと、改めて思い知らされた。ミキティも良い人たちだななんて言ってくれるし、本当この幼稚園良い保護者の皆様ばっかりでよかったわ。

「きょうはさくべえとさんのすけと、とうないとかずまとまごへいで、おにごっこやった!」
「鬼ごっこ…?!ま、まさか鬼はお前じゃないだろうな!?」
「さんのすけ!」
「どっちにしろ駄目だった!」

帰りながら今日あったことを話してくれる左門ちゃん可愛い。今の笑顔でご飯五合ぐらいペロリと食えるわ。私たちの手にぶらさがりながらわいわい帰宅していると、道中大きめの公園にたどり着いた。いつもここで遊んでから、左門ちゃんのお腹が減り次第帰るのだが、左門ちゃんは本日も通常営業のようで、「こうえん!」と嬉しそうに叫んだのであった。

「すなばだ!ひらがなねえちゃんおしろつくろう!」
「左門ちゃんこの間名古屋城作りたいとかいってたね」
「す、砂場で…!?」

「ミキティ手伝っておやり!私はジュースを買ってくる!」
「お、おい名前!砂場でか!?砂場で名古屋城作るのか!?」
「みきえもんせんぱいいきましょう!」

左門ちゃんは戸惑うミキティを引っ張って砂場に突撃していった。やるからには徹底的にやる田村三木ヱ門高校三年生。辿りついた貸切状態の砂場を前に、ブレザーを脱ぎ捨てワイシャツの腕をまくっては先代委員長から受け継いだギンギン!という掛け声と同時に砂をかき集めていた。負けじと砂を集める左門ちゃんを写メ写メ。

前々からミキティは左門ちゃんの面倒をよく見てくれていた。私と付き合い始めたのは最近だけど、飛ばされた帽子を追いかけ道路に飛び出した左門ちゃんを助けてくれたのは結構前の話らしい。その時は私の弟だという事は知らなかったようなのだが、話を聞き、私が見せたとっておきの左門ちゃんのベストショットを顔面に叩きつけると「あ、」とそれを指差した。今まで何度か見たことがあるんだとか。だから帰りはいつもお迎えにいっているという話をして、一緒に行こうと私が誘った。面倒だとか嫌だとか一切言わずに、ただ左門ちゃんが親に置いて行かれてしまったと言う話を聞いて、可哀そうだなと、ただそれだけを口にした。左門ちゃんもどうやらミキティの事を怖がってはいないみたいだし、此のまま仲良くなってくれるといいなぁ。ゆくゆくは三人で暮らしたりして!!!Foooooooooo!!

千円札をぶちこみ自動販売機のボタンを目を瞑りながら三度押すと、栄養ドリンク、牛乳、おしるこという最悪の三種が出てきてしまった。なんこのクソチョイスは。私の指はどうなってんだ。まぁいいか栄養ドリンクはどうあがいてもミキティだし、左門ちゃんの身長を伸ばすために牛乳を飲ませて……このままだと私はおしるこ…。最悪だ。この右手どうしてくれよう。冷たさに耐えジュースをつかみ、急ぎ公園へ戻ると、そこにはしっかりとした城の土台となる物が出来上がっていた。


「みきえもんせんぱいは、ひらがなおねえちゃんがすきですか?」


「ファッ!?」

聞こえた左門ちゃんのその言葉に、私は変な声を出してしまった。左門ちゃんは今なんと。ミキティが私を好きかですって!?そりゃぁミキティは学園年一二を争うアイドルだしでもたまに隈クソ野郎になっちゃってアイドルどころじゃない時もあるしある意味見た目怖いけど一応私とは恋人という名のカップr「全然好きじゃない」

「ファッ…!?」

そして届いたまさかの回答。そんなバカな。貴殿は私と付き合っているはずでは…!?


「大丈夫だ安心しろ。お前から名前をとったりしないから」


そう言いぐしゃりと左門ちゃんの頭を撫でたミキティは、どこか悲しい顔をしていた。あぁそうか。今そこで付き合ってるだの、好きだの答えてしまったら、左門ちゃんは私がミキティのものになってしまうと思ってまた悲しい思いをさせないために、ミキティはそんなことを言ってくれたのか。なんていい男だ。くそ。結婚してくれ。

結局その後、名古屋城を作り終える前に左門ちゃんの腹に限界が来たため、日が沈まぬうちに家に帰ることにした。また明日とミキティに手を振ると、左門ちゃんも私のスカートに掴まりながらだが、ひらひらとミキティに手を振った。ミキティも左門ちゃんも良い男。そんないい男たちに囲まれている私は良い女。学年のアイドル、ミキティの隣を歩いても恥じゃない女に私はなるのよ。子供一人の面倒見れるんだから、それぐらい余裕じゃい!


だがしかし、その決意も弱かったのか、次の日目が覚めると、時計は朝八時をとっくに過ぎていた。左門ちゃんのお弁当を作るためにいつも六時には目を覚ましているはずなのに。

「ぬわああああああああ!!なんで起こしてくれなかったん!?!?!??」
「何度私が起こしても全く目を覚ます事がなかったからだよ」
「えっ!?利吉兄ちゃん起こしてくれたの!?」

「お弁当ならお母さん作っておいたわ。全くしっかりしなさいよ」
「…すいませぬ…」

「ひらがなおねえちゃんおはよう!」
「おはよー左門ちゃん…ごめんねー今日のお弁当お母さんのだから……」

でも私が作るのよりは確実に美味しいよと言いながらバッグにそれを入れてあげると、何やら物言いたげな表情で左門ちゃんは私を見つめた。

「…ん?なんかあった?」
「…ううん、なんでもない」

私は朝食を口に詰め込み制服に着替え、急ぎ左門ちゃんを幼稚園へ送り届けた。化粧なんて教室でやればいい!今は左門ちゃんが遅刻しないかどうかが大事!

「よし!ついた!いってらっしゃい左門ちゃん!!!」

「…ひらがなおねえちゃん」
「なんじゃらほい!」

「…ううん、なんでもない!いってきます!」
「お、おう?行ってらっしゃい」



左門ちゃんが何か私に言いたそうにしていたのは気付いていた。

だけど、その内容まで読んであげることはできなかった。



「あ"ー!!山田さん大変です左門くんが!!」

自分のことで精一杯だったなんて言い分けだ。

「は!?一人で帰った!?」


幼稚園の先生が言ったのは、左門ちゃんが一人で幼稚園から帰ってしまったという事。一人で帰ると先生に言って、先生が家に連絡を取ろうとしているその隙をついて、教室から出て行ってしまったのだと、いまだお迎えが来ていない三之助くんが証言してくれた。なぜ引き止めてくれなかった…!彼はミラクル方向音痴だというのに…!お前もだけど…!

「もしもしお兄ちゃん!?さ、左門ちゃん家に帰ってない!?」
『何?またお迎え忘れたのか?』
「一人で帰るって…!幼稚園出ていっちゃったみたい…!」
『あ!?』

一旦家に帰るからと一度電話を切り、私は全速力で自転車を走らせた。一度家に戻り左門ちゃんの名を呼びながら家中を探してみたが見当たらない。近所を見て回っていくれていた利吉兄ちゃんも見つかっていないと言いながら庭やらキッチンやらを探し始めた。

「なんで一人で帰るなんて事…」
「利吉兄ちゃんどうしよう左門ちゃん誘拐されちゃったら!!!」
「落ち着け!」
「左門ちゃん可愛いからその可能性ある!!!」
「いやだから落ち着けってば!!」

お母さんも事情を聞きつけ近所を探してくれたらしい。何処を探しても全く見当たらない。もう少しで日が落ちようというのに、可愛い左門ちゃんは何処へ行ってしまったのか。もう一度探しに行こうと家を出ようとすると、一応これを持っていけと左門ちゃんサイズの上着を利吉兄ちゃんが投げつけた。幼稚園から此処まではそんなに言うほど距離はない。もう一度幼稚園までの道と、一応学校への道のりも探してみよう。前後左右上下を見回しながら道路を走っていると、

「おっ!」
「痛っ!何処見て!っ…てあれ、名前?」
「うわぁミキティごめん!!いやごめんじゃねぇ!化粧水なんか買ってる場合じゃないよミキティ!左門ちゃんがいぬぇえええ!!」
「は?弟が?いない?」

落ちたビニール袋からは私は高くて買えないといつも我慢していた化粧水が出てきた。しかも特大サイズ。この野郎いいもん使いやがって。いや今はそれどころじゃない。かくかくしかじかと事情を説明すると、ミキティも「解った」といってどこか別の処を探すために走っていってしまった。もう真っ暗。早く見つけないとちっちゃい子供なんか見つけにくくなる。最悪警察に通報しなければ。

「左門ちゃん…!」

いつも遊んでかえる公園。其処にいるかとわずかな期待を持ったが、左門ちゃんの姿はなかった。しかし、私が呟いた声が届いたのか、トンネルの遊具の中から左門ちゃんが顔を出しているのを見つけた。

「左門ちゃんんんんんんんん!?!??!」
「ひらがな、おねえちゃ…」

確かにそれは左門ちゃんのお姿。可愛い可愛い左門ちゃんを、やっと見つける事ができた。かけより無事を確認すると、私は腰の力が抜けたようにその場でぺたりと腰を下ろしてしまった。

「…あぁ、良かった…!何処に行っちゃったかと…!見つかってよかった…!帰ろう左門ちゃん!」
「やだっ」
「ゑっ!?」

「ぼくはひとりでかえれます!おべんとうもいりません!ひとりで、ひとりでぜんぶできるんです!」

何をクソ可愛い事を言ってるんだ。一人で帰れてもいないしお握り一つ満足に握れなかったくせに。ハッ、反抗期!?これが世に言う反抗期なのねエネゴリくん!

「…やだ。やるよ。最近失敗続きだから、左門ちゃんが怒るのも解るけど…私ちゃんとやるから。ごめんね。もう一回チャンスちょうだい」

これ着てと持っていた上着を左門ちゃんの肩にかけてあげて、左門ちゃんの手を握って歩き出そうとしたのだが、左門ちゃんは微動だにしない。それどころか私の手を離してしまった。反抗期なら少し強めに言わないとだめなのかなぁと思い後ろを振り向いたのだが、左門ちゃんはあろうことか、胸に手を当て、ぼろぼろと大粒の涙を落としていた。

「左門ちゃ、」


「ぼ、ぼくっ…!ほんと、は…!ひらがな、おねえちゃんにおべんとうも!おむかえも!してほしかった…っ!ほ、んとうはっ!みきえもんせんぱいっ、よ、ようちえんにきたの!いやだったからっ…!ひらがなおねえちゃんと、ふ、ふたりがよかったっ、から…っ!」


鼻水も涙も顔から出るもの全て出して、左門ちゃんはそう訴えながら私のスカートを掴んでいた。左門ちゃんのこんな言葉、初めて聞いた。たまにミキティと一緒にお迎えに行ったこともあった。夜遅くまで課題やるからと次の日のお弁当をお母さんに任せたこともあった。だけどそれは私の都合の話で、左門ちゃんは、正直嫌だったと、今、初めてそんなことを聞いてしまった。左門ちゃんが、そんなこと思っていたなんて、知らなかった。

「……嘘……ご、ごめん…ごめん、ね…」

ただ抱きしめて、涙を拭いてあげることしかできない私は、なんて力不足か。あぁもう、左門ちゃんを泣かせることだけはしたくなかったのに。ポケットで揺れるケータイに入っていたメールには、『見つかってよかったな。私は先に帰る』とミキティから書かれてあった。どこかで、この光景を見ていたのだろうか。泣き疲れて眠ってしまった左門ちゃんを抱えて家に戻ると、仕事から帰ってきていたお父さんも左門ちゃんを探してくれていたらしい。無事に見つかってよかったという話と、左門ちゃんがこんなことを言ってたということをお兄ちゃんたちに話すと、ただ一言、頑張れよと、そう言って私と左門ちゃんの頭を撫でてくれた。私は、左門ちゃんのために動かなきゃいけないんだよね。

「おはよう名前」
「おはよミキティ。昨日はごめんね」
「あぁ。弟見つかってよかったな」
「うん」

朝。学校に到着して窓から外を見つめていると、横に立ったのはミキティだった。

「あのねミキティ、私はミキティじゃなくて、左門ちゃんの側にいなきゃいけないんだと思うの」
「私もそう思うよ。私は大丈夫だ。私は弟と違ってお前がいなくてもひねくれたりはしないから。安心して弟の面倒見ろよ」
「うん、ありがとうごめんね好き」
「はいはい」

「でも時々はちゅーとかしていい!?」
「なんだそれ死ね」

じゃぁなと私の髪をぐしゃぐしゃにしてミキティは教室へ帰っていった。理解がある男でよかった。そしてミキティ心広い。左門ちゃんを優先して私から身を引いてくれるなんて!なんて男前!

「あー!名前ちゃん髪の毛もじゃもじゃ!僕にセットさせて!」
「寄るなチャラ男!!!!!!助けてミキティ!!!!」
「ちょっとタカ丸さん何してるんですか!!!」
「ひぇええ!!」








「さーもんちゃん」
「…」

玄関で屈んでそう呼んではみたが、左門ちゃんは帰る準備はばっちりできているのにドアから体を半分しか出していない。昨日のことがあって恥ずかしいのだろうか。なんて可愛い。テレてるってことなの。くそがぁああああ可愛いんだよおおおおおおおお。

「…早く来ないとおいてっちゃおうかなー」
「まっ、」

冗談だけどそう言って立ち上がり体の向きを反転させると、左門ちゃんはものすごい勢いで突進してきて私のケツに抱き着いた。

「だはははは引っかかったな!捕まえたぞ神崎左門!貴様をカイケーイーンの部下にしてやる!」
「や、やだー!トメレンジャーレッドさんじょう!」
「何!?トメレンジャーだと!?貴様騙したな!!」

この馬鹿げた日常が続くなら名前お姉ちゃん、左門ちゃんのためになんだってやっちゃうんだからね!


だから、もう少し頑張らせてね!








本音だぜマイ・ボーイ!

遠慮しないでなんでも言ってね!
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