「え?名前にお弁当を届けたい?」
「うん、あれ、おばちゃんこまってた」

今日三之助くんは幼稚園が休園日のため家でまったりと過ごす予定の様だった。名前がいないとなるとこうも大人しい物なのかと逆に驚いたものだが、テーブルの上の包を見て何かを思いついたようにハッと顔を笑顔にさせた。私も今日は休みだったので昼頃に起きたわけだが、急にそんなことを言われてもどういうことなのか理解に少々時間がかかった。つまり要約すると、名前が持っていくはずだった弁当を忘れ、それを母上が困った困ったと慌て、弁当という存在を知った三之助くんが腰を上げたということか。それならいい考ええではないか。きっととばっちりは私に来るはず。私に代わりに行かせるよりも、名前に逢いたくて逢いたくてたまらないという顔をしているこの子に行かせるべきだ。名前は弁当を食える。三之助くんは名前に逢える。一石二鳥だ。

「せっかくはやおきして、さんのすけもおにぎりにぎったのになー…」
「そうだね。名前も困ってるはずだ。じゃぁ頼めるかい?」
「いける!いけるよ!」
「頼もしいな。じゃぁ地図をかいてあげるから、解らなくなったら怪しくない人に聞くんだよ」
「おっけー!」

着替えておいでと二階を指差すと、三之助くんは嬉しそうに笑って階段を駆け上がっていった。朝食より先に地図を書いた方がよさそうだな。そんなに遠くないはずだ。此処が家だとして…こう通路があって…交差点を……。

「きがえおわった!」
「早いな!お弁当箱を入れる様の手提げも持っておいで」
「おっけー!」

再び三之助くんが二階に行っている間に、私は地図を完成させた。我ながらなんという完成度だ。これなら三之助くんも迷うまい。

「準備できたかい?」
「できた!」
「じゃぁこれが、名前がいる学校までの地図だ。無くさないようにしっかり持って?」
「うん!」
「家を出たらまず右に真っ直ぐ行くんだよ。交差点に差し掛かったら曲がらず真っ直ぐ進むんだ。其処から先は地図を見るか、怪しくない人に聞きなさい」
「わかった!いってきまーす!」

靴を履いて踵を鳴らし、三之助くんは元気よく家から飛び出していった。




井戸端会議から帰ってこられ事情を説明したとたん顔を真っ青にした母上から、三之助くんは近年稀に見る最悪レベルの方向音痴なのだと言う事実を耳にしたのは、彼が出発してから30分後の出来事であった。












「オヒール」
「おはもそ…」
「今の味方回復呪文だよ長次。長次は私と一緒にご飯が食べたくなる呪文なの」

四限目終了のチャイムが学校中に鳴り響き、私の脳はその音で覚醒した。俯せ状態から顔を上げると案の定長次は後ろを向いたまま本を読んでいて、私の回復呪文が効いたのかわしわしと私の頭を撫で始めた。長次が後ろを向いて本を読んでいる…。ということは、自習だったんだな。寝ててよかった。っていうか四限目と三限目の記憶がない。これはもしやタイムトリップ?二時間ぐらい時間こえちゃった?

「長次私タイムトリップしたかもしれない」
「…寝ていただけだ……」
「oh、現実見せるの早すぎるぜベイベ」

ふと首をまわしてみると、小平太はまだ来てないらしい。昨日の夜よその学校と乱痴気騒動があったらしく眠いから学校には午後から来るというふざけたメールが来ていたことを思い出した。まだ来ないねぇと長次に首を傾げれば長次も遅いなとでも言いたそうに時計を見上げて本を閉じた。

「まぁいいやな、いつもの事やし」
「そうだな…」
「お昼にしようお昼。私お弁当忘れちゃったから食堂行ってなんか買ってくるね」
「付き合おう…」

財布をポケットにぶち込み立ち上がると、長次もお弁当を取り出したが、買い物に行くならと長次も財布を持って立ち上がった。どうやら長次も飲み物を忘れたらしい。だが購買へ行こうと教室を出た瞬間、廊下がなんだか騒がしく感じた。皆階段の方を覘いているようにして固まっている。なんだろうねと長次に視線を向けるとどうやらさすがの長次も気にはなっているようで、行ってみようかと足を進める私の背に黙ってついてきていた。

「おー!名前!お前の子だぞー!」
「ひらがなおねえちゃん!!」


「三之助さん!??!?!??!?!?!?!!?!?」


だが其処にいたのはビックリ仰天。家で留守番しているはずの可愛い我が弟三之助と、それを肩車した暴君小平太の謎のコンビ。三之助は小平太を怖がることなく髪の毛にしがみついて私に手を振っているし、小平太は三之助の足をしっかりに掴んで落とさぬように階段を上がってきた。長次もメールでよく写メを送りつけているからか三之助の顔を解っているし、なんでこんなところにと、彼も随分驚いているような表情をしていた。

「小平太…これは一体…?」
「さっきコンビニでアイス食ってたらな!こいつが私の足を引っ張ってこれはどこですか?って地図出してきたんだよ!」
「地図…」
「目的地はうちの学園の名前だし、私がいたのは名前の家と学校の反対方向のコンビニだぞ?あぁこいつは迷子ってやつか!と思って、バイクの後ろに乗っけてつれてきた!まさか探し人が名前とは思わなかったがな!」

「はやかった!にいちゃんのばいく!す、すごいはやかった!」
「そうだろうそうだろう!なはははは!!」

三之助は道に迷って、近くのコンビニでアイスを貪り食っていた小平太に道を尋ねたらしい。よく初対面で茶髪にピアスの暴君なんかに話しかけられたもんだ。その根性や恐ろしい。臆せず話しかけてきた子供の話を聞いてみると行き先はどうやらうちの学園らしいし、お弁当を届けに来たという話を聞いて一刻も早く三之助を運ばねばと、小平太はアイスを半分三之助に与え、急ぎエンジンをかけて学園へと来たのだと小平太は言った。しかしこれはなんともありがたい偶然が重なったもんだ。三之助は行方不明にならなくて済んだし、小平太は午後の授業に間に合ったし、私はお弁当を買わずにすんだので昼飯代が浮いた。

しかし……地図とやらを確認してみるとこの字は利吉兄ちゃんの字…。利吉兄ちゃんは三之助がミラクル方向音痴という事実を知らなかったのだろうか…。地図如きでここまでたどり着けるわけがない。今回は学園の生徒だった小平太に声をかけた三之助の運勝ちだろう。くそが三之助を危ない目に合わせやがって利吉兄ちゃん絶対に許さん。

「ひらがなおねえちゃんおべんとうをどうぞ!」
「ありがとう三之助!名前おねえちゃんおなかぺっこぺこ!」
「ほんと!?さんのすけきてうれしい!?」
「超嬉しい〜〜!!わざわざ届けてくれてありがとうね〜〜〜!!!」
「わー!」

野次馬に集まっていた同級生たちの視線も気にせず、私は三之助を抱えて教室へ戻った。友達が三之助の姿を見てきゃー!と黄色い声を上げたが、こいつは私の弟だ嫁になんか出すかコノヤローばかやろーバーロー。

「おべんとうは、おばちゃんがつくったけどねぇ、すいとうは、さんのすけのジュース、おすすわけしたやつだから!」
「お裾分けな…!か、かわっ…!!」

「名前鼻血出てるぞ」
「うっせぇんだよこんだけ可愛けりゃ鼻血の1L余裕で出るわコノヤローばかやろーバーロ!!!!」

膝の上で三之助を愛でているとコンビニの袋からいちごミルクの500mを取り出した小平太が正面に座り、無事に飲み物を購入することのできた長次も横に座った。バンホーテンとか。小平太に至ってはいちごミルクだし。女子かテメェらはよ。

「でねー!おにぎり!さんのすけがにぎったの!これ!」
「んんんんんんんんんんんんん!!!!!」

「名前の鼻血凄いな長次」
「仕方ない…」

いつもより一回り小さいお握りが系四つ、二段重ねのお弁当箱の中につまっていた。これ!と指を差したのはそれよりももう一回り小さいぐらい。確かにこれは三之助の手のひらサイズだ。三之助が握ってくれたおにぎり…!ありがたくいただきます…!!

「ひらがなおねえちゃん、おいし?」

「おいしいいいいいいい!!」
「わー!おいしー!」

鮭のふりかけが塗してあるおにぎりは、めちゃめちゃ美味しかった。これはもうふりかけのおかげとか米のおかげとかと違うわ。三之助の掌から何か美味しい成分が分泌されているはずだ。そうじゃなきゃおにぎりごときにこんなに感激しないもの。五歳の掌怖いわ。私の胃袋を掴んでどうする気なの!

無事に昼飯を食い終え、さて三之助をどうしようと改めて考えてみた。これから先の授業は体育があるし、今日はマラソンだと聞いていた。小平太と走るの楽しいから別に嫌いというわけじゃないけど、走っている間三之助の事を考えると、誰かに預けるわけにも行かない。よし、今日は早退しようと決断して、私は荷物をまとめて教室を出た。職員室に行き事の事情を説明すると、先生方は三之助のお弁当を届けてくれたその心意気をエラく気に入ってくれて、私の早退を心をよく許可してくれた。もう一つおまけにご機嫌取りに、職員室から出る時に三之助に先生方に手を振るように言うと、先生方は顔をとろけさせ三之助に手を振り返してくれた。しめしめ、大人とは実に簡単におちるものよ。計画通り…。

「三之助ー!また遊びに来いよー!!」
「…それはまずいだろう………」


「わ!こへいたにいちゃん!ありがとうー!」

駐輪場へ教室から叫ぶ声。顔を上げると窓から身を乗り出しこちらに手を振る小平太の姿があった。三之助が上に向かって手を大きく横に手を振ると、長次も小平太もそれに答えてくれた。またあとでメールするねとジェスチャーすると、二人ともOKサインをだして、チャイムが鳴り響く教室へ顔を引っ込めた。

「こへいたにいちゃんたちはかえらないの?」
「帰らないよ。まだ授業あるからね」
「ひらがなおねえちゃんは?」
「名前おねえちゃんはいいの」
「なんでー?」

「だって三之助とデートしなきゃいけないから」
「そっか!それならいいんだー!」


ふふふーと嬉しそうに笑う三之助に再び鼻血が出そうになるのと同時に



「あぁっ…!名前っ!さ、さっき…!三之助くんが!!ふ、不良に連れていかれて…っ!」



「何してんの利吉兄ちゃん…」
「りきちにいちゃん!」

「あれ!?三之助くん!?さ、さっきの不良は!?」





息を切らして校門へ飛び込んでくる利吉兄ちゃんをどう処理してやろうかと真剣に悩み始めるのであった。









迷子だぜマイ・ボーイ!
帰りはおててを繋ごうね!







「いやいやいや…不良って…それ小平太だから…」
「こへ…七松くんか!?あれ七松くんなのか!?あんなに怖い外見だったか!?」
「こへいたにいちゃんいいひとだよー!」
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