「ちょっと男子!!男が落ち込むときってどんな時ですか!?」

「うわーなんか面倒くせぇこと言い始めたぞこいつ」
「っていうかなんで名前そんな本読んでんだよ。ついに妊娠したか?」

「死ね久作!こっちは男心知ろうと必死なんだよ!!」

『男の子の育て方』という名の本を閉じ久作にぶん投げると華麗にキャッチされてしまい、久作は付箋が貼ってあるページをぱらぱらとめくった。何を隠そう学校へ来る途中の本屋で今朝購入した物だ。午前中の授業だけでそこまで読み込んでいるだけ褒められたいものだ。騒いでいる私になんだなんだと興味を持って近くに座ったのは移動教室から帰って来た左近ちゃんと一緒の授業に参加していた四郎兵衛の姿。二人も私が投げた本を興味津々で覗き込むが、揃ってなんでこんな本読んでんだと目を合わせて首をかしげた。

「左近と四郎兵衛は!?どんな時落ち込むの!?」
「彼女が政治のニュース見て爆笑してた時かな。日本の将来が心配」
「僕は木曜日が落ち込むんだな。一限目から数学だから」

「んー、もういいや」
「うわなんか物足りなさそうな顔してるウザ」

こいつらに聞いた私がバカだった。投げた本を久作から奪い返し私は再び本を開いた。五歳の子供の気持ちが私にわかるわけがないのだから、こういう本でも読まないと作兵衛の気持ちなんて解らんわ。喜ばせることはできるけど、落ち込んでいる(であろう)時にかける言葉が全く見つからない。

「あ、もしかしてお前の弟の事?」
「そう…。なんか最近ずっと元気ない…っらぃ…」

「俺たちに写メ送りつけてくると時なんかめちゃくちゃ笑顔のばっかりじゃん」
「最近そんな笑顔すら見せてくれなぃ。。。もぅマジ無理。。。リスカしょ。。。」

最近の作兵衛は落ち込みっぱなしというかなんというか、ずっと下を向いていると言った方が適切な言葉かもしれない。なんであんなに落ち込んでしまっているのだろうか。幼稚園でまた何かあったのかと先生に聞いてはみたが、先生は特に何も知らないとおっしゃる。だとしたら私が何かしてしまったのかなと過去の行動を思い返してはみたが、特にこれと言って作兵衛が悲しむ様な発言も言動もとっていないはず。もしかしてまたママのことでも思い出しちゃったりしたのかなぁ。


『どうした作兵衛!元気がない!名前お姉ちゃんのお弁当ゲロ不味かった!?』

『んーん…きょうさくべ、ようちえんでさみしいことあった…。さくべおかあさんいなくなっちゃったけど、でも、ひらがなおねえちゃんいるから、へーき…』

『あ?何シミったれたこと言ったんだ。名前おねえちゃんが作兵衛の側にいんだから寂しいわけないんだよ』
『うん、さくべへいき!』
『Foooooooooooooo!!KAWAII!!』


あの会話した日からだもんなぁ作兵衛が無性に元気なくなっちゃったの。んーツラいなぁ。そんな事だったら私が出す首はないわ。別の理由だと言うのならガンガン首突っ込むけどね。四郎兵衛が教室から出ていくと同時に野村先生が入ってきたのを見て、帰りのHR開始の時間になっていたのかとようやく気付く事ができた。荷物を鞄にぶちこみ椅子から立ち

「HR始めます。席についてくだs」
「野村先生さようなら!!!」
「今から始めるって言っているだろう!あ!こら待ちなさい!山田!」

引き戸を蹴り飛ばし廊下へ出ては一直線に玄関を目指した。帰りのHR真っ最中なので廊下には誰もいない。名前を叫ぶ野村先生の声も徐々に遠くなるのも確認できているし、今日も追いかけては来ないようだ。さよならー!と校舎から手を振ってくれる後輩たちに手を振り返し私は自転車に跨った。徐々に正門の方にも生徒たちが集まっては来ていたが、今日も校門を一番最初に出たのは私!素晴らしい!これで今日も作兵衛ちゃんを一番に迎えに行くのは私よーー!!!自転車を音速でとばして信号もそこそこ無視。目指すべき幼稚園へ一直線。だが幼稚園につく前に、門からぴょっこり顔を出している子がいた。

「あ"ーーーーーっっ!!あれは私の可愛い作兵衛ちゅわん!!…おっ?」

さらに自転車の速度を上げて幼稚園へと近づくのだが、作兵衛の後ろに、うちの制服を着た男が一人たっていた。おや誰だろう。どうみてうちの制服だけど。仲間なの?弟か妹を迎えに来ている仲間なの?友達になれたりするの?

話しかけてみようかとおもったけれど、作兵衛は後ろを振り向きその男の姿をとらえると、ぶつかってか怯えてか、一歩後ずさり尻餅をついた。

「や、やだ…!」
「泣くな。俺だってお前の事うざいんだよ…!」


「コラァァアアアア!!うちの天使に何してんだテメェエエエ!!」


火が出るのではないかというぐらいドリフトをかけて自転車を停止させた。作兵衛と謎の男の間に停車した私の目に飛び込んできたのは涙を流している作兵衛と、全く見たことのないうちの制服を着た男子。

「…何してんの」
「なにって…俺は、別に、…この子が転んでたから助けようと思って…」

「は?」

なんて解りやすい嘘をつくんだこの男は。私が此処へ到着した時に、こいつを見て作兵衛は転んだ。それに直前に聞いた声は、明らかに作兵衛を敵視しているような言葉。

「…最近作兵衛に元気がないの。何かしてんのはあんたなの?」
「…お、俺は」

「…その校章、うちの一年でしょ…。作兵衛になんの用。あんた誰なのよ」

キッと睨みつけると、男は体を反対に向けて走りさっていってしまった。

「さ、作兵衛…!」
「やだー!こわいよー…!」

「…なんなのよ…」

兄貴が以前私に斧が届いたと言った時があったぐらいには不特定多数の彼氏はいた。でもそれは過去の話。作兵衛が家に来て作兵衛の世話を任されてから私は文字通り人が変わったように作兵衛にだけ愛を注いできた。他の連中とか知らんけど新しい彼女作った奴もいれば鬱陶しく私に付きまとうやつもいるし「弟のお下がりだけど」と服をくれたりと協力してくれるような奴もいる。全体的に良い奴等ばっかりで、私に恨みを持っているようなやつなんて一人もいなかった。それに、あんな男、私は今まで一度も見たことがない。校章は後輩の色。後輩とはあまりかかわりはないけど仲良くしているやつならいる。でもあの顔は見たことない。もしかしてホモで、私が付き合ってた中に好きな男がいたとkないないやめよ。


てなわわけで、


「この男知らない!?」

「……名前、絵ヘタすぎ…」
「んなわけのわからん男相手にせんでも俺らが遊んでやるから」

「ちょっとお前ら真面目に!!はい四郎兵衛太もも触らない!!」

「名前のニーソ好きなんだな」

そして次の日、私は作兵衛を脅かす凶悪犯を探すため記憶を頼りに似顔絵を描き捜査に踏み込んだ。我ながら上手く描けたと思ったのだがそれは男どもの腹筋を刺激するだけで、聞き込みをしたやつらは私に抱き着き太ももへ手を伸ばした。その手をつねり顔面にさきほどの似顔絵を持っていくも、久作達は「解んねぇわ」と言って私の頭を撫でてどこかへ行ってしまった。見たことのない男子。一つ下。あいつらと違って割と地味目な子だったような気がする。こうなったら一個下の後輩たちに聞き込みした方が早いかな。

似顔絵を持って後輩の階に行こうとしたとき、私が握っていた似顔絵を誰かがばっと奪った。其処にいたのは紙を見つめて眉間に皺を寄せる左近ちゃんの姿。

「下手」
「うるせぇ!」

「一年一組恩田恭平」
「へ?」
「一年一組恩田恭平」
「え?ちょ、さ、左近」

私のリボンを掴んで階段まで連れて行き、階段へ突き飛ばすように背中を押して左近ちゃんは何処かへ行ってしまった。一年一組。恩田恭平。左近ちゃんは確かに、そう言った。記憶を頼りに後輩たちの顔を覗き込んでは歩き回った。

「あ、名前先輩」
「やぁ伝七。ねぇこのクラスにさ…」

可愛い伝七に似顔絵を見せると「下手くそっすね」と鼻で哂われはしたが、あいつですねと教室の隅を指差した。分厚い本を開く少年は、確かに昨日、作兵衛にキレていた顔。


「っ!」
「ちょっと、話いいかな」


後輩の手を引き一応誰もいない体育館前に連れてきた。何を言われるのかと思っているのだろう。さっきからここに来るまで一度も、後輩君は顔を上げてくれない。

「…あー、あのさぁ……私、君になにかしたかな…」
「…」
「…私馬鹿だから、人になんかしたのとか、気付かないから…私が何かやったなら謝るし……」
「好きです」
「だから………………あ…???」

「好き、なんです。名前、先輩の事」

作兵衛が何か失礼をしたのなら私が代わりに謝るつもりでいたし、私がなにかしたのならそれもちゃんと謝るつもりでいた。っていうか、こっちに非があるなら昨日の無礼は頭を地に付けてでも謝るつもりでいた。だけど後輩くんの口から出てきた言葉は、なんとも予想外の言葉だった。私の事が、好き?

「え!?」
「最初は、見てるだけで良かったんです…っ。遠くからっ…。名前先輩は、軽く、男と付き合うから、あ、安心できたん…です……」

失礼なファッキンボーイだ。

ぼろぼろ涙を流しながらブレザーの裾でそれを受け止める後輩はぽつぽつと言葉を続けて行った。後輩くんは、以前にも作兵衛にあっていたらしい。その時も、なにか作兵衛に言ったのだとか。何を言ったのかと聞いても教えてはくれなかったけど、最近あんなに元気がなかったのも、やっぱりこいつが原因だったか。前々から私の事を好いていてくれて、それで、最近私が誰かに夢中になっていると言うのを聞きつけ、調べたんだとか。そこに浮かび上がった作兵衛という存在。ストーカーかよ…。怖いよ…。

つまり、男と軽く付き合っていたような私が、たった一人の子を特別扱いしているのが、悔しくて、羨ましくなって、それで、作兵衛に当たったらしい。

「…うん、あー、気持ちには、答えられないけど……ありがとう、そんなに私の事を好いてくれていて。ただ、あの子は私の大事な子だから…もう何もしないであげて?」

後輩くんはその言葉を聞いて、首を縦に振り、「最後に握手してください」と言い私と握手をして、教室へと戻っていった。芸能人か私は…。






「ひらがなねえちゃんねてるの?」
「寝てるよ」
「うそだ!」

「ぐおっ!何してんだ作兵衛くそかわ!」
「わー!」

ソファに仰向けになって寝転がっていると、上に乗ってきたのは作兵衛で、その手には私が買ってバックにぶち込んでおいたトメレンジャーレッドのストラップが握られていた。

「あんねー!かばんにトメレンジャーついてた!」
「おっ、トメレンジャーじゃんカッコいいね!」
「だれからかなぁ」
「サンタじゃん?」
「さんた?」

作兵衛はトメレンジャーレッドを何よりも尊敬している。家族の似顔絵を描きましょうという授業で私の横にトメレンジャーがいる絵をかいてて奇跡のコラボだと感動して部屋に飾ってある。作兵衛はトメレンジャーレッドのストラップをポケットにしまって私の乳を顎にうつぶせの形で目をこすった。

「作兵衛眠いの?晩御飯まで寝る?」
「んー、ねたらこわいのくるからねないの…」
「怖いのは来ないよ。名前お姉ちゃんがやっつけたから」
「…ほんとー?」
「本当本当。寝な」

怖いのとは、後輩君の事だろう。幼稚園から帰ってきてちょっとお疲れなのか、やっぱり作兵衛は眠そうにうとうとし始めた。



「さくべ…、名前おねえちゃんのことだいすきだよー…」



眠そうな顔でそう言い残し、作兵衛は夢の中へと旅立ってしまった。







私が守るぜマイ・ボーイ!

何があったって守ってあげるからね!






「ただいm……名前、顔が気持ち悪い」
「助けて利吉お兄ちゃん…!私もう作兵衛嫁に出せない…!」
「何言ってんだお前……」
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