「名前ー!これから遊ぼうぜー!」
「っせぇんだよクソファッキンゴミ雑巾野郎!てめえなんぞと遊んでる暇ァねぇんだよ!!道をあけろ!!其処をどけ!!」

「ヴェッ!?!?!?」

だらしなく鼻の下を伸ばして教室に飛び込んできた雑巾を膝蹴りし地に膝をつかせ、私は廊下へ飛び出した。すれ違う友人たちと高速でハイタッチをかわし、階段の手すりを滑り台代わりに下の階を目指せば、あっというまに玄関へ到着することができた。

「あ、噂をすれば。勘ちゃん名前来たよ」
「あっ名前ー、これから兵助とカラオケ行くんだk」

「ごめん勘ちゃん二度と誘わないで!!」
「えっ!?」

道をふさぐように出てきた友人をするりと抜けて自転車置き場へ。荷物をカゴにぶち込み正門を猛ダッシュで抜ける途中、先輩がまたな!と手を振ってくれたので、私は手を挙げ頭を下げ、道を急いだのだった。

「あれ?今の名前?何急いでんだ?」
「あれー?三郎聞いてないの?名前に彼氏ができたんじゃないかって噂」
「はぁ!?冗談だろ!?あの名前に!?」
「最近でれっでれの顔でケータイ覘いてるとこ見るって、兵助がいってたよ。僕もまさかとは思うけど、あの様子じゃ別の学校の人かねぇ」



















「まっごっへーーー!!!!」

「ひらがなおねえちゃん!」


幼稚園とはなんというパラダイスか。お母さん方の中に一人だけ女子高生という事で、私の顔ももう教室中の子に覚えられてしまったようで、「あーひらがなおねえちゃんだ!」と指差を指されてしまうほどの存在感になってしまった。やっほーと手を振ればみんなぶんぶんと元気良く手を振ってくれるし、私の楽園は此処なのだなと確信した。

「帰ろっか孫兵!おもちゃしまっておいで」
「はいー」

一度は私が来たので嬉しくて太ももに抱き着いては来たが、頭を撫でてそう言うと、手に持っていたブロックやらなにやらをおもちゃ箱へしまいはじめた。てこてこあるく孫兵の可愛さよ!あれが私の弟だ何て信じられない!可愛い!食べちゃいたい!死にそう!死ぬ!

「こんにちはー、お迎えご苦労様です」
「五条先生!今日も孫兵がお世話になりました!……でー、孫兵ですけど…」
「あぁー…えっと…」

五条先生が困った顔をして頬をかく。あぁ、今日もまた孫兵は最初から最後まで友達を作らずじまいで一日を終えてしまったのか…。そりゃそうよね…。編入と同時に友達なんてできるわけないわよね…。幼稚園児はよそ者にも厳しいのか…。これから先孫兵に友達できるのかな…。一人で片づけをしている姿を見ればまだ友達はできていないという事は解るけど、その背中があまりにも寂しそうに見えてしまって、私はなんとかせねばと心に決めた。五条先生からの話によれば、孫兵は自分から友達を作ろうともしていないらしい。

「やっぱりお母さんに置いてかれたって傷がありますから、友達とか興味ないんですかね」
「それももちろんあるでしょうね。孫兵くんにとっては名前さんが唯一の友達って感じでしょうか」

そう言われてしまえば聞こえはいいけど、私以外の人間にも興味を持ってもらわないと。ど、どうしようこのままヲタクになっちゃったら。五歳にしてあんだけイケメンじゃ大きくなったら確実なイケメンだろうに。約束されたイケメンって孫兵のために使うような言葉よな。しばらく孫兵の話を五条先生としていると、いつの間にか私の制服のスカートを掴んだ孫兵。二人そろって先生に頭を下げて、孫兵を私の自転車の後ろに乗っけた。

「どうですか孫兵さん。友達はできましたか?」
「…」
「焦らなくていいけどね、お友達はいいもんだよー」
「…いらない」

あー!!いらないは一番言っちゃいけない言葉だった!こいつぁまずいぜ!お先真っ暗だぜ!!

「名前お姉ちゃんは?」
「おともだち」
「でもこの間、誰だっけ。左門くん?が一緒に遊ぼうって誘ってくれてたじゃん」
「きょうしつちがうから、ともだちにはなれないの」

「えっ、教室違うと友達になれないの?名前お姉ちゃんなんかあっちこっちに友達と下僕いるよ?」
「…すぐ、あえなくなっちゃうから」

孫兵は自転車の後ろから私の制服を掴みながらそうぽつぽつと続けた。そりゃぁまぁ授業始まればあえなくなるけど、高校に比べたら孫兵たちの休み時間は長いはず。しょっちゅう会えるだろうに。…そんなに他人と関わるのが嫌かね…。

孫兵はお母さんの妹?の子。ある日突然の育児放棄でうちにやってきた。最初こそ全く話してくれない程に他人というものを警戒してたけど、

『いい加減に維持はってないで肩の力抜きなよ。うちにいる限り誰も孫兵のことなんて捨てないんだから、安心して涙流しなよ』

そう言って一度抱きしめたとき、孫兵は初めて涙を見せたし、その日は狂ったように泣き続けた。子供は素直が一番。泣きたいときに泣けばいいのよと背中をリズムよく叩いて、その日は私も安心してやっと深く眠れる事ができた。起きたら利吉兄ちゃんの部屋で寝ていたはずの孫兵が私の布団に侵入していて「誰の子!?」と驚いてベッドから落下した話はよそうと思う。

「よし!明日のお弁当のおかず買い物して帰ろう孫兵!」
「はんばーぐ!」
「注文早ぇよ!」

ギッとブレーキを鳴らしてたどり着いたのは帰り道にあるホームセンター。孫兵の手を引いて生鮮売り場からお菓子売り場まで散策していたはずなのに、いつの間にか私の手から孫兵がいなくなっていた。

「あれ!?孫兵!?孫兵どこいった!?MAGOHEY!?!??!」

「うおっ!あれ!?名前!?」
「あれハチ!何してんのこんなとこで!やだストーカー!?」
「違ぇよ!俺も買い物だよ!」

買い物かごを持ったまま店内を爆走していると曲がり角で汚ぇ銀髪と衝突した。倒れそうになる私をガシッと掴んだのはさっき膝蹴りを食らわせたはずのハチだった。

「買い物?」
「うん。あ、ねぇハチこのぐらいの子みなかった?黄色い帽子かぶったすげぇ綺麗な顔した五歳くらいの男の子!」
「目くりっくりの千と千尋のハクみたいな髪型してるやつか?」
「それ孫兵!ハク様ヘアーは孫兵!」

まだ一度も見せたことのない孫兵の髪型を当てた。ハチがみたのは確実に孫兵だ。どこで見たと問いつめると、孫兵は建物の奥のペットショップ売り場にいたと言った。私は買い物かごと財布をハチに押し付け会計済ませて迎えに来い!とだけ命令してペットショップコーナーへ急行した。店員さんに注意されることもなく息を切らしてたどり着いたその先で、孫兵の姿を捉える事ができた。

「こら孫兵!黙っていなくなるんじゃない!」
「っ!ごめんなさい…」
「可愛いから許すわ。何?孫兵爬虫類なんか好きなの?」
「うん。かわいい」

背伸びをしてケースの中を覗き込んでいたのは、猫でも犬でもハムスターでもなく爬虫類のケース。抱っこして覗き込ませてやると、なかで蜷局を巻いた蛇に孫兵は目を輝かせた。なんとも意外な一面を見てしまった。蛇かぁ。私は平気だけど幼稚園児で蛇に興味を持つなんて珍しい。

「なんだ?名前弟いたのか?」
「いや預かってる子なの」

「おぉそっか。初めましてだなー。俺竹谷八左ヱ門。よろしくなー」
「…ま、まごへい、です」
「そっか孫兵か!よろしくな!」

大きな買い物袋を手に持ちペットコーナーへ来たハチは私が抱えている子をみて目をぱちくりをさせたが、預かり子といっただけで特に詮索する様子もなく、警戒しているのか怖がっているのか、目を合わさずに名を名乗る孫兵に手を差し出した。孫兵はおそるおそるその手を握って握手したが、ハチはもう反対方向の手でがしがしと孫兵の頭を撫でてあげていた。孫兵をおろしてハチから買い物袋を受け取ったのだが、どうやらやたらと大きい袋の方がハチのだったようで、一回り小さい方が私が押しつけた方だったらしい。

「そんなにいっぱい何買ったの?」
「これか?ドッグフードとキャットフードと、あとは猛禽類系の餌と冷凍鼠」
「れ、冷凍鼠?なんのため?」
「何って、うち蛇いっから。それ用の飯だよ」

そういえばハチはよく制服のブレザーにもさもさと毛やら羽やらをつけて登校する時がある。近所の猫とでも戯れているのだろうかと思ったけど、なんだ竹谷王国の住人達か。それなら仕方ない。

「孫兵は蛇好きなのか?今から俺んち来るか?」
「!」

「いいの?お邪魔じゃない?」
「全然!生き物に興味もってくれるのは良い事だしな!」

そう言うな否やハチは私の荷物を引っ掴んでいこうぜとホームセンターの出入り口へと向かって行った。此処からそう遠くない場所に家があるらしく、私は孫兵を自転車に乗せてハチの家へと行くために後ろからついて行った。辿りついた先は立派なおうちで、ここが竹谷王国かと思ったその瞬間、中から犬やら猫やらの鳴き声が聞こえ始めた。ハチは「ただいまー!」と家に向かって大きく叫んで入口の門を開いたが、其処で驚き。先に待っていたのは首輪をしない犬とか猫とか。孫兵もその数に少々びっくりはしていたが、この子は対しておどろきもせずに、あっという間に動物と馴染むかのように触れ合い始めた。

「ひらがな、おねえちゃん…!」
「大きいわんちゃんだねー。仲良くなれて良かったね孫兵」

狼みたいな大きな犬に抱き着いた時はひやりとしたが、子供と動物。何か通ずものがあるのかあっという間に仲良しに。これでは孫兵もあっというまに竹谷王国の一員になってしまう。

「あいつ臆病かとおもったけどそうでもないな」
「私もびっくりした。動物好きなんて聞いたことなかったから」
「何なんだあいつ。お前の弟じゃないって言ってたな?」
「あーえっとね…」

まずは帰り際にハチの腹を蹴り飛ばしたことを謝罪。何を急いでいたかの説明からはじめることにした。育児放棄をされた親戚の子をしばらく母親代わりで私が面倒を見ることになったと言う話と、そのために早く帰って幼稚園に行かねばならなくなっている事。だから最近付き合い悪いのかと頭をかいたハチは事の流れを理解してくれた様子だった。ついでにだけどと、そのせいもあるからか、幼稚園で友達ができないらしいという話をすると、ハチはちょっと悲しそうな顔をして「可哀相だな」と一言だけ呟いた。

「よし!孫兵!蛇見せてやろうか!」
「!」
「こっちこい!蛇は家の中にいるんだ!」

動物が好きだから沢山飼っているとはいえ蛇を飼っている友人は始めてた。河原で拾った蛇をそのまま飼ってるらしい。恐ろしいやつだなこいつは…。家の中に上がらせてもらい階段を上がりハチの部屋へ。思っていたよりも広い部屋の中には虫かごやら水槽やらが沢山並んでいて、本棚は図鑑とか育成本などがぎっしりつめられているし、床にも観察日記の様な物が散らかっていた。博士の部屋みたいだ。

「孫兵、ほら。ケイコって言うんだ」
「わ、ぁ…!」
「デ、デカくない?」
「あっちゅーまにこんなでかくなっちまってな」

水槽に腕を入れるとまるで待っていましたとでも言うかのように蛇はぐるりとハチの腕に巻きついた。孫兵はそれはそれはきらっきらに目を輝かせ、ハチの腕に抱き着く蛇へと手を伸ばした。蛇も初めての人という事で少々警戒した様にも見えたのだが、それも気のせいだったのかしゅるりしゅるりと孫兵の腕から首に抱き着いた。

「…ハチ、あれって卵?」
「あぁ、そう!この間生まれたばっかりでな!もう少しで孵化すると思うんだけど…」

「…たまご…!」
「見えるか?ほらあそこ」

口数の少ない孫兵がこんなに興味津々に口を開く何て…!名前お姉ちゃんよりハチの方が母親代理に向いているんじゃないのかな…!私の存在大丈夫かな…!

「あっそうだ!卵産まれたら、こいつ孫兵にやろうか!」
「えっ!!!」

「なんて…勝手に言ってはみたけど…」
「あ、うん。うちは大丈夫。蛇とか誰も苦手じゃないから。飼育方法さえ教えてくれればだけど」
「おぉ!それぐらいお安い御用だ!どうだろう孫兵。…こいつのお母さんになってくれないか?」

お母さん。その言葉に孫兵はびっくりしたように肩を揺らした。お母さんに捨てられたとずっと泣いていた孫兵が、今度は自分がお母さんになるのかと、きっと心の中は複雑な心境だろう。大好きな蛇を飼うのは嬉しいけど、お母さん代わりになれるのかどうかが心配という顔だ。

「…孫兵がこの子のお母さんになってくれるなら、俺もケイコも安心してお前に譲れるんだがな」
「頑張ろうよ孫兵。私も手伝うからさ!」

ハチに頭を撫でられ私に背中を押され、孫兵は「…はいっ…!」と力強く返事を返した。

「んじゃ生まれたら連絡するよ。それまでに一応お前の家族の許可とっといて。設備は俺のお古譲るから」
「おー!ありがとう!よかったね孫兵!お礼言って!」
「あ、りが、とう…ございますっ!」

「いいっていいって!良かったな孫兵!友達ができるぞー!」

お母さんになれっていったり友達ができるっていったり。生まれてくる蛇はどのポジションにつくんだろうか。夕飯の準備もあるし今日は帰ろうかと、私と孫兵は竹谷王国からおいとますることにした。また遊びに来いよとハチと握手をした時の孫兵の顔はとても楽しそうな表情をしていた。元々口数の少ない子だけど今日はとても楽しそうで何よりだ。自転車に孫兵を乗っけて家に帰り、リビングに入り次第両親と利吉お兄ちゃんに蛇ことと事の流れを全て伝えると、何も問題はないと許可を貰えた。

「お母ちゃん夕飯の片づけ頼んでいい?利吉お兄ちゃん孫兵とお風呂入ってて」
「解った。いこうか孫兵くん」
「あらいいけど、お出かけ?」

「ひらがなおねえちゃん…?」
「んーん、ちょっとやることあって。お風呂入っておいで孫兵」

お風呂と片づけをお任せして、私は部屋に飛び込み裁縫セットを引っ張り出していらない布をざくざくと切り始めた。使用していない綿を詰め込み、ざすざすと針を刺しこんでは綿を詰めてを繰り返した。裁縫得意でよかった。私一応女子だった。

「ひらがなおねえちゃんおふろ…」
「できたぞ孫兵!即席蛇ちゃん!」

「!!」

手渡したそれは私が作ったなんちゃって蛇ちゃんぬいぐるみ。ハチの家で見た蛇と同じ色の布に綿を詰めて筒状に縫ったもの。即席だから簡単に作ったものだけど、孫兵はそれをとても気に入ってくれて、部屋に入ってそれを見つけた瞬間飛びつくようにそのぬいぐるみを受け取ってくれた。

「お友達だぞー。本物くるまでこの子と遊ぼうねー」
「うん…!ありがとうひらがなおねえちゃん!」
「あああああああああああああかわあああああああああああああああああ」

お風呂入ってくるから部屋で待ってろとは言ったが、うっかり風呂でメールのやりとりをしていたらあっという間に時間がたってしまい、私は慌てて部屋に戻ったが、孫兵が先にベッドに入りその蛇ぬいぐるみを抱きしめて寝ていたので、鼻血を流しながら写メを撮ってハチに送信した。

「まぁ、お友達は、のんびりつくろうや」

寝ている孫兵の頭を撫でれば嬉しそうに微笑んで、私は再び鼻血をたらしながら写メをとってハチに送信した。次の日孫兵が幼稚園に蛇のぬいぐるみを持っていくと駄々をこね始めたので、その日はなんとか我慢してもらいちゃんとしたものを作ろうと、財布を握りしめ蛇柄の布を求めに雑貨屋へと足を運んだのだった。

「待ってろ孫兵!今可愛い蛇さん作ってやるからな!」
「うん!…あ、ひらがなおねえちゃんおでんわなってる」
「あ!?このクソ忙しい時に!誰だ!」


『おー俺だよ俺。蛇の赤ちゃん生まれたぞー。いつ引き取りに来る?』


「ファァァーーーッック!!!」
「ひらがなおねえちゃん!?」

「…赤ちゃん産まれたって孫兵…。ぬいぐるみもう必要ないね…」
「ほんと!?……で、でもまごへ、ひらがなおねえちゃんのへびさんもほしい」
「んんんんんんんんんんんんんん!!!!!」








友達だぜマイ・ボーイ!

いっぱい仲良くなろうね!





「え!?友達出来た!?蛇以外で!?」

「へび、ひらがなおねえちゃんのへび、かっこいいって!」
「まじか!こんなんで友達できたのか!作った甲斐あったわ!」

「さもんと、さくべと、さんのすけと、かずまと、とーない!」
「めっちゃいっぱいいる!なんていい子なんだ!成長したな孫兵!」
「わー!」

「よし!ハチんとこ行って蛇貰いに行こうか!」
「ジュンコ!」
「名前つけるの早くない!?」
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