「顔色が優れないな藤内。朝から何かあったのか」
「いやぁ…磐長先輩も御人が悪いなぁと…」
「……磐長先輩…?」



一人は眉間に皺をよせ



「…あ!起きたか作兵衛!」
「…あれ?留三郎先輩?」
「門の前で倒れていると平太が教えてくれてな!何があったんだ!?敵襲か!?」
「……あ、あれ…?磐長先輩は…」
「…磐長先輩…?」



一人は顔を青くした顔に見つめられ



「それにしても、気分が悪いなら先に言ってくれよ。誰かに代わって貰えばよかったのに」
「そ、それが…」
「うん?どうしたの?」
「…磐長先輩に、怖い話されて…」
「…磐長、先輩…?」



一人は薬の入った瓶を落とし



「本当に大丈夫かお前」
「あ、えっと…」
「新野先生に診ていただいた方がいいんじゃないのか?」
「あ、あの、田村先輩、磐長先輩の下の名前ってなんでしたっけ」
「…磐長、先輩…?」



一人は腰に手を当て



「え、えっと、別に追ってたわけじゃなくて」
「なんだ?私には言えない事か?」
「ち、違くて……あの、磐長先輩に聞いたんですけど…」
「磐長先輩…?」



一人は不機嫌そうな表情を解き



「おぉっ!?なんだこの崖!危ないぞ孫兵!何してんだ!」
「…竹谷先輩、」
「顔色悪いな、なんかあったのか?」
「………磐長、先輩が…」
「はぁ!?磐長先輩!?」



一人は崖を覗き込み、首をかしげた。





そして、時も場所も違う全員が、

全員、同じことを口にしたのだった。






























「磐長先輩に、いつどこで会った!!」


























「どうじゃった、今年の三年生は」
「そうですね。誰一人として私を怖がることなく、恐れることもなく、普通に接して来ましたよ」
「わっはっはっ!それはそれは!」

「人数が同じだったのでね、全員三年前と全く同じ手で化かしてやりましたが、なかなかどうして反応が良かったです。今頃泡吹いて倒れているんじゃないですかね」

啜った茶は三年前と全く同じ味がした。怖がらずに膝で眠る犬が愛しくて、つい手を伸ばしてしまう。


「今年も見事に、三年生を騙してやったというわけじゃな」
「左様です」


三年前の夏、薄汚れた私の祠に握り飯を一つ置いて、可哀そうだと掃除をしてくれたあの子供達は、「寂しかったら忍術学園に来てくださいね」と言ってその場をさってしまった。そう言われては行くしかないと遊びに行けば夏の猛暑に耐えきれず、暑い暑いとまっているではないか。それなら握り飯の代わりに感謝をこめて奴等を化かし、涼しくしてやろうじゃないかと、私は入門表にサインを書いた。全員が全員見事に化かされ涙を流して怖い怖いと言っていた。

「いやあの時のあの連中の可愛い事可愛い事」
「今じゃ見る影もなかろうに」
「成長というのは恐ろしいものですね」

それからしばらく学園内であの六人は私の姿を探し回っていた。だが見つかるはずもなく、夏は過ぎ。秋の半ば、荷物を持った六人が忍装束で再び私の前に現れたかと思えば

「「「「あぁぁあああー!!!」」」」

と指を差し、祠に刻まれた名前を声高らかに呼び上げた。

「それでやっと人間の仕業ではないと解ったのでしょうね」
「なんじゃ、お主断りもせずに出て行ったのか」
「此処の長であるあなたにはもちろん声をかけてから出ていきましたが、連中に別れを告げるわけにはいかないでしょう」
「なぜじゃ」


「言ったところで、つまらないでしょう?」


何年前かも忘れてしまったが、私は学園の後輩のためにあの場所で命を散らした。供養のためにと建てられた祠の上で何年この学園を見守り続けていた。私の知った後輩が全員あそこを巣立つまで、見守り続けようと決めた。敵が来るなら事前に始末し、あいつらの生活にはなんの支障も出さぬよう、守ってやろうと思った。それにあの世に行ったところで我が友人はまだまだ誰一人として死んでいないからつまらない。だからずっとそこに留まり学園を見守ってきた。今年でそれも終わると思っていた矢先に、あの六人がやってきた。長い間祠に閉じこもっていたところに転がり込んできた楽しみ。そう易々と逃すわけがない。あの学園にいれば地縛霊にでもなりかねないと思い耐えていたが、飯をくれた恩がある。感謝は返さねばなるまい。それに、私にまだ、未練はあったようだった。

「だからといって脅かすのは…」
「何、私の様な霊如きにビビるような者が忍になどなれませんよ」
「まぁお主が鍛えていると言えば其れに関しては感謝せねばなるまいがな」

「毎年毎年我が後輩には同じような事はさせないと未然に防ごうとしてはいますが、今年もどうやら私の勝ちのようで」

「惜しいのう。お主が生きておったなら此処へ教師として」
「ははは、嬉しい誘いですね。このような身の上では何もできませんよ。卒業を目前にして死んだような者ですから」

犬を撫でる手を名残惜しそうに離すと、学園長は入口を見つめて「来るぞ」と仰った。



「じゃぁ、今年はこのあたりで退散いたしましょう。精霊馬をありがとうございました」

「うむ、今年もご苦労さんじゃったの」

「えぇ。それでは、また来年」



学園長庵から出て門へ向かう途中、凄い速度で庵に飛び込んでいく六人の姿。この光景も毎年見ているが、飽きないなぁ。


「学園長先生!!磐長先輩という方は、今どこにいらっしゃいますか!!!」


最後の希望を振り絞ったような声でそういう六人に、学園長先生は

「さぁ、そんな生徒、我が学園にはおらんが…」

毎年同じことを言い、



「おりはせんが、裏山にそのような名前が刻まれた祠なら、見たことあるのう」



毎年、私の処に悔しそうな顔をした三年生を送り届けてくれるのだ。











「小松田さん」

「あっ!磐長さん!今年もいらしていたんですね!」
「えぇ。今年はくのたまに化けてましたよ」
「去年は男装して六年生だったもんね。今年もそうかとおもったらくのいち教室に行ったって次屋くんが言ってたからさぁ、今年も来たのかと思って」
「十分楽しめましたよ」

「それならいいんだぁ。はい出門表にサインして」

毎年毎年、この人も欠かさずよくやるもんだ。


「それじゃぁまた来年ね!」

「えぇ、また来年」


外へ出れば門が閉じられたので、毎年の様に私はその場で背を預け声を待った。ばたばたとかけてくる6つの足音は門の前で止まり、門番に出門表を見せてくださいとせがむのであった。


「残念だけど、君たちが探している人はたった今帰られたよ。今日でお盆終わりだからね」


すたすた歩いて行ってしまう門番の足音が遠ざかり、


「やっぱり磐長先輩は幻だったんだ!」
「幻じゃねぇ!幽霊だ!」
「化かされてたんだぁぁあ!!」
「怖いよおおおおおおお!!」
「お盆終わりって、また来年も来るって事!?」
「こ、後輩たちをこんな目に合わせるもんか!」


聞える声に、私は笑いをこらえて学園から離れて行った。







今年もやってやった。


さて、来年はどんな手で脅かしてやろうか。







茄子に揺られて山道を行く私はまた

もう少しこの世に留まろうと決めるのだった。










胡瓜茄子
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