やばい。ここどこだろ。

「………あれ?グラウンド移動した…?」

ヘムヘムの鐘の音が遠くで聞こえたのはしばらく前の出来事だったような気がする。作兵衛は次の授業の準備手伝いをお願いされてたから俺と左門を置いていってしまった。だから一人で次の授業があるグラウンドへ向かおうと思ったのに。おかしいな確かこっちだと思ってたけど。どうしようもう授業始まってるだろうな。作兵衛にめっちゃ怒られそう。先生に怒られるより作兵衛に怒られる方が怖い。今日は首に縄ひっかけて一日を過ごすルートかな。まずい。あれだけは避けたい。作兵衛がたまに見当違いの方向へ行くから何度か首がしまって死にかけた記憶は新しい。どうしよう。なんとしてでも早くグラウンドに…。

「あれ」

と思っていたら、いつの間にかグラウンドが移動してた。あれ?さっきまで火薬倉庫の近くだったはずなのに。

「次屋ァア!お前今まで何処行ってたんだ!!」
「グラウンドが勝手に移動したんです」
「お前いい加減にしろよ!」

鉤爪を持って何かを説明している先生と目があった瞬間、先生は「あぁ!」と俺を指差して駆け寄ってきた。頭から角生えてるみたいに見えるけどこれ幻覚だよね。奥で作兵衛が般若みたいな顔してるのも恐らく気のせいのはず。とっとと列に並べと先生に首根っこを掴まれクラスメイトの中に投げ込まれた。ギリギリ着地に成功したのもつかの間、あっというまに作兵衛が俺の首に縄をかけ、それを自身の腰に巻きつけた。

「テメェなんでグラウンドも満足に来れねぇんだよ…!!」
「だからグランドが移動して…。あれ?左門はなんで来れてるの?」
「あいつに拾ってもらった!方向違うぞって言われて!」

左門が指差した先にいるクラスメイトは俺を指差して笑っていた。くそ。俺のことも拾ってくれよ。

無自覚の方向音痴とはよく言われているが、なんで俺は此処まで目的地にたどり着けないんだろうか。俺だってこれでも焦ってる。授業は最初から最後までしっかり聞きたいし、受けたい。それに最初からいれば作兵衛にも先生に怒られることはないのだから。だからといって作兵衛がいないからって目的地にたどり着けないのもどうかと思う。俺はいっそ忍術学園中の見取り図でも書いて地図として持ち歩いておくべきなのだろうか。










そして今日も今日とて、俺は迷子になってしまったわけで。

「あぁー、やってしまった」

立ち止まって上を見上げてみれば鐘楼の真下で、如何考えてもこの近くで実技の授業をしているとは思えない。今日は第二グラウンドって言ってたはず。あれ?第二グラウンドってここから反対方向じゃないの?なんで俺此処にいるんだ?やばい。どうしよう。今日の実技の授業は担任が出張だからあの木下先生が来てくださるって聞いてたのに。まさか便所に行ってる間に作兵衛にも左門にも見捨てられるとは思わなかった。

「どうしよう…木下先生に怒られるとか……」

怖すぎ。

これは死んでも辿りつかなきゃいけない。いや、死んじゃ意味がない。木下先生の授業とか初めて受けるけど絶対厳しいに決まってる。あの顔あの性格、絶対怖い。なんで今日という日に限ってあんな怖い先生の授業入ってるんだよ。絶対怒られる。怖い。やばい。急げ俺。

「…っ!!」

無我夢中で走っていると、かなり時間は過ぎているけど授業真っ最中の三年ろ組を見つけた。今日は火縄銃の授業なのか、的に向かって銃を構える木下先生のお姿が見えた。腰を低く構え片目を瞑っている木下先生の後ろからみんなはそれを覘くように見ていた。一番後ろに混ざれば、バレないかな…。木下先生にバレませんようにバレませんようにバレませんように…!大きく火縄銃の音が響き、みんなは「おぉ」と声を漏らした。弾は見事に真ん中を撃ち抜いていて、木下先生は満足そうな顔で銃を下した。

「よし!それじゃぁさっき説明した通り構え、撃ってみろ!んー……じゃぁ次屋!前に出ろ!」
「はっ!はい!!!」

「おっ、頑張れよ三之助」
「真ん中撃ち抜けよー!」

うっかり目が合った木下先生に名前を呼ばれたことにはもちろん驚いたが、作兵衛にも左門にも怒られなかったのにも驚いた。なんでだ。俺たった今ここに到着したのに。怯えんでこい!と木下先生に笑顔で腕を引かれ、胸に火縄銃を押し付けられた。いきなり撃てと言われても、さすがに俺も困る。

「…なんだ次屋!お前私の話聞いてたか!?いいか!ここをこう持て!」
「あ、は、はい!」

聞いてるわけねえだろ。さっき到着したんだから。先生こそ俺が今到着したのに最初からいなかったことに気付かなかったのか。くそう。俺そんな存在感薄いかよ。数馬じゃないのに。まぁ結局、的に当たらなかったのは想定内の出来事で。







「……またかよ!」

ここどこだよ!なんなんだよ!なんで長屋移動してんだよ!六年長屋目指してたのに!なんでグラウンドなんだよ!くそが!辿り着きたいときに辿り着かないでどうでもいいときに移動してきやがって!俺だってそろそろキレるぞ!急いでんだよこっちは!いい加減にしろ!

「何してんだ次屋こんなとこで難しい顔して」
「あ!磐長先輩!六年長屋何処っすか!」
「………お前ここどこだか解って言ってんのか」

六年長屋の方向はあっちだと指さされた。磐長先輩は難しい顔なのか俺を憐れんでいる顔なのか、微妙な顔で大丈夫かと俺の肩に手を置いた。

「六年長屋に何の用だ?」
「金吾から七松先輩に伝言を頼まれたんです。急に補習になったから委員会を休ませてほしいと言う伝言で…」
「あぁ、それなら急いだ方が良いな。来なさい。連れて行ってやろう」

長屋が移動しちゃってと磐長先輩に言うと、磐長先輩はそうかと一言だけ言って俺に手招きをして歩き始めたので、俺はその背中を追いかけた。磐長先輩について行けば六年長屋につく。これで金吾に頼まれた伝言を伝えられる。よし、磐長先輩に何かお礼を…。

「この先が六年長屋だ。行け。私は長屋に戻る」
「えっ?」
「この学年に関わると碌なことがないんでな」
「あ!ありがとうございます!あ、あの!是非今度お礼を」

「おう三之助!」
「七松先輩!……っていねぇ!」

「どうした?お前一人か?」

磐長先輩に何かお礼をしなければと思っていたのに、声をかけようとしたらもうそのお姿はなかった。碌なころがないって言ってたし、もしかして七松先輩怖かったのかな。なんだ残念。次あった時にでもお礼しないと。再び七松先輩の方を向き金吾か赫々云々でと言うと、七松先輩は腰に手を当てながらうんうんと頷き話を聞いた。

「そうか解った!その話のためにお前さっきこのへんウロウロしてたのか!」
「へ?」

「とっとと入ってくればいいものを!六年長屋だからといってそう緊張することはないぞ!私と三之助の仲じゃないか!なははははは!」

「ウロウロ?」
「さぁ委員会行くぞ!いけいけどんどんだ!!」
「えっ!ちょ、うわっ!ぐぇぇえ!!」

七松先輩に俵担ぎされ、俺はそのまま体育委員会へと強制連行された。門の前ではストレッチ中の滝夜叉丸先輩と四郎兵衛がいて、七松先輩と俺もストレッチに混ざることにした。今日は裏々山までか。なんだかいつもより短いな。金吾いないからもっと遠くまで行くかと思ったのに。

「三之助、お前さっき何処へ行こうとしていたんだ?うろうろしているのを見かけたが」
「七松先輩のお部屋に」

「何?七松先輩の?それでお前ひとりで五年長屋の廊下を歩いていたのか」
「は?」

「次屋先輩、おひとりであの五年長屋の廊下をうろつくなんて、勇気あるんだな…」
「ん?」

確かに、五年長屋の廊下はこの学園で一番怖い場所だと下級生の間では言われている。何が仕掛けてあるか解らない上に、あの破天荒な先輩方が生息する場所。一人で迷い込んで無事に生きて帰って来られる保証など無い事は誰もがよく解っている事だ。俺だってなんでかわからないけど、迷子になってもそこにだけは絶対行かないように心掛けている。それなのに、俺が五年長屋をうろついていた?いつだ?さっきまで迷子にはなっていたけど、五年長屋の廊下をうろついた記憶など無い。六年長屋に行くには五年長屋の前を通らなきゃいけないけど、今日は磐長先輩についていって別ルートから入って来たし、あそこを通った覚えはない。そういえばさっきも、七松先輩は、部屋の前をうろうろしているところを見たと仰っていたが、目的は六年長屋の七松先輩のお部屋。緊張して入れないなんてことは今までなかったし、むしろ到着しているのなら用事があるんだから迷わず入っているはずだ。無自覚な方向音痴とは言われているがそれぐらいの決断ぐらいできる。

「…」


俺がそこにいた?いつ?俺は今の今まで、磐長先輩に連れてこられるまで迷子になっていたはずなのに?

「どうした三之助!顔色がおかしいぞ!」
「あ、いいえ!大丈夫です!」

「そうか!ならばいくぞ!いけいけどんどんでマラソン開始だーー!!」

がしがしと頭を撫でられ、七松先輩は門をくぐられた。一列に並び、先頭に七松先輩。最後尾は滝夜叉丸先輩だ。しばらく走り続け山の中へ。まぁその、いつも通り、なぜかいつの間にか迷子になってしまったわけでありまして。なぜみんな真っ直ぐ走らないんだろうか。山道で走りにくいからって俺が迷子になるような走り方しなくてもいいだろうに。全くいっつもあの人たちは迷子になるんだから…。あ、迷子なのは俺か。こんなこと言ったらまた滝夜叉丸先輩に怒られちゃうか。

「さてとどっちにいけば…」

マラソンに夢中で気が付かなかったが、どうやら空はもう陽が傾き始めているようだ。徐々に橙色に染まる山の道が心臓の音を早くする。早く帰らないと、夜の山道は何も見えなくなってしまうし、何が出てくるかもわからない。狼に梟、山賊なんて出てこられたら生きて帰れるわけがない。早く帰りたい。こういう日に限って全く先輩方や四郎兵衛の足取りは解らないし、声も聞こえなければ気配もない。これは本格的に先に帰られてしまったのだろうか。獣道を進んでいると、微かに水の音が聞こえて、音のする方向へかけていけばそこには川が広がっていた。助かった。この川を下れば学園の近くに行けるかもしれない。だがそう思っていた時にはすでに遅く、陽は沈み川は月の光を反射し、かろうじて星明りで道が照らされているような状態だった。怖い。何か出てきそう。早く学園に帰りたい。早くみんなところに行きたい。っていうか、なんでみんな、探しに来てくれないんだろう。いつもなら俺が迷子になったら探してくれるのに、三人に、何かあったのかな。

しばらく砂利道を進んでいると森の方からがさがさと何かが近づいてくる音がした。咄嗟に身体を低く構えクナイを手にしたが、

「あぁいたいた。こんなところにいたのか」
「磐長先輩!!」

それは桃色装束に身を包んだ磐長先輩だった。随分探したぞと言って体の葉を掃う磐長先輩の姿に俺は酷く安心して、緩んだ涙腺を隠すようにその体に抱き着いた。

「委員会中に迷子か」
「…はい…」
「ははは、さぁ帰ろう。夕食を食い損ねるぞ」

するりと絡んだ磐長先輩の冷たい手に別の意味でどきっとしたが、俺はそれが嬉しくて、つい手を握る力を込めてしまった。一人じゃないっていうのがこんなに安心するなんて。

「…あ、あの磐長先輩」
「うん?」
「七松先輩とか、体育委員の皆、見ませんでしたか…?」

「連中なら長屋にいたぞ。今頃飯でも食ってるんじゃないか?」

「えっ……」

見捨てられた…!まさか迷子になって見捨てられてしまうとは…!こんなの初めてのことだ……!!








「それから、次屋も長屋にいたぞ」








だが続けて磐長先輩が今、何か、意味不明な事を言った気がする。

「…俺が?」
「三年長屋の庭にいたが?」
「……何を…?」
「銀杏の木の下で、部屋をじっとみつめるお前を見かけたが」

俺の手を握ったまま、磐長先輩は淡々と言葉を紡ぎ只々歩き続けた。磐長先輩が、何をおっしゃっているのか、よく解らない。

「……俺は、ずっと山に居ましたけど…」
「そうか。じゃぁあの長屋にいた次屋は誰なんだろうな」

次屋は誰と言われても、次屋は俺としか言えない。忍術学園に、次屋の名字を持つのは俺だけだ。次屋は、俺しか、いない。だけど、磐長先輩ともあろうお方が俺を見間違えるなんてこと、あるか?

「何が、言いたいんですか…?」


「だから、お前がいたんだよ。忍術学園に、お前という存在とはまた別の、次屋がいたんだよ」


其の時、ドクリと大きく心臓がはねた。そこにいないのに、そこにいたような言い方を、俺は昼にも聞いた気がする。それに、こんなことを、前にも経験したことがある気がする。

あまりにも突然の考えにピタリと足が止まってしまい、磐長先輩も俺の横で歩くのを止めた。

つまり、どういうことだ。『俺』という存在は一人だけのはずなのに、もう一人の『俺』が存在しているという事か?いやまて、そんなの常識で考えてもありえないことだ。だってそうだろう。俺に双子の兄だか弟がいるなんて話を聞いたことがない。もう一人の俺なんてありえない。鉢屋先輩というイタズラ好きの変装名人がいるが、あの人は身長までは真似できない。俺は三年の中では大きい方だが、鉢屋先輩とは頭一個分ぐらいは差があるはずだ。磐長先輩や、他の人が見間違えるなんてことはない。変装で遊ばれている可能性もない。

じゃぁ誰なんだよ。もう一人、『俺』という存在がいるなら、それは一体誰なんだよ。


「次屋」
「……だ、誰なんですか…」
「だから、お前だよ」
「だから…!俺は、ここにいて…!」


「もう少し解りやすく行ってやろうか。お前の意識だけ其処にいたと言えば、少しは解りやすいか?」


俺から手を離した磐長先輩は月明かりを背負うように俺の前に立ち、不気味に微笑んで話を続けた。

「……意識、だけ?」

「早く帰りたい、早く其処に行きたいと強く強く念じすぎたために、意識だけ先回りしてしまったんだろうさ」
「…そんなことって」

「ないとは言い切れないだろう。現にこうして、お前は其処にいないのにいたかのように振る舞われている様を、最近体験したんじゃないのか?」

磐長先輩の言うとりだ。ありえないなんていいきれない。だってこの間の木下先生の授業から、それは始まっていた。そうだ、木下先生の授業の時。遅刻して来たのに、まるで今の今まで俺はそこにいたかのように扱われた。冷静に考えてみれば変だ。作兵衛にも怒られていないし、あのプロの忍でもある木下先生に気配を察せられないなんてことがあっていいわけない。あの時も、別の『俺』が、そこにいたということなのか?だから作兵衛のお叱りもなく木下先生の拳骨もなく授業に参加できたのか?

「お前は迷子になる度、早く其処へ行かなくては、迷子になっている場合ではないと、強く強く念じすぎたんじゃないのか?」

七松先輩の長屋へ行きたいのに長屋が勝手に移動してグラウンドにたどり着いてしまって、こんなところに来ている場合じゃないと焦りに焦っていた記憶がある。早く行かなきゃと思えば思うほど目的地から遠ざかっていって、早く早くと、意識だけ、先回りしていた。

「何かおかしいと思い木の下のお前に声をかけたが返事はない。動こうとしない。その後門をくぐり帰って来た体育委員は三人。次屋はあそこだと一人が指差した方向には、さっきとは違う場所に移動している次屋の姿。三人は安心した顔で解散していたが、今の今まで木の下にいたのに、なぜそんなところに移動していたのか。何か変だと思い跡をつけてみれば、あっちこっちで次屋の姿が見えるじゃないか。早く学園に戻りたいと思っていたんだろう?無自覚な方向音痴とはいえ、そんなに移動が速いわけがない。たとえばそれが、『お前』じゃないのだとしたらと考え山に出てみれば、案の定」

「…まさか」
「そのまさかだ。そうでもなければこれはどう解決できる?」

「……生霊、って事ですか?」
「ま、解りやすく言えばそういう事にもなりえるな。現に、山で迷子になっていたお前を私がみた。だがその前に学園の木の下にいるお前も見た。それ故に、体育委員の連中がお前を探しに来ないというのも、理由が付くんじゃないか?」

確かに、先輩たちが俺を探しに来ないというのは初めてのことだ。いつも俺が迷子になっちゃった時は陽が落ちようが雨が降ろうが全員そろって学園に戻ると言ってきかない七松先輩のために滝夜叉丸先輩も四郎兵衛も金吾も探し回ってくれるのに、磐長先輩は、食堂でご飯でも食べているんじゃないかといっていた。俺を置いて解散なんて、初めてのことだ。

「…磐長先輩、生霊って…」
「まだ死んでいない生きている人間の霊魂が体を外れて外を自由に動き回るもの。そう言われている。基本的には恨み故に出るという話もあるが、お前の場合はきっと例外だろうな」
「例外…ん?言われている?」

「次屋の場合の様に、意識が先へ先へいってしまい、それが実体として現れるということも泣きにしに非ずということだ」
「…なる、ほど」

「信じられない話だろうが現実として起こってしまっているのだから仕方ない。誰かに話したところで信じてもらえるようなことでもないしな。次にそう起こさないようにするためには意識ばかりを先に先にと考えるのではなく、迷子を克服しとっとと目的の場所に行くことだ」

再び俺の手を取り歩き始めた磐長先輩と俺。忍術学園まではもう少しだぞと言われたが、なんだか複雑な気分だ。さっきまで早く帰りたいと思っていたのに、あそこに『もう一人の俺』がいるのなら、『俺』は必要ないんじゃないのかとさえ思ってしまう。だって『俺』はここにいるのに、『もう一人の俺』を『俺』だと思って、七松先輩たちは普通にしてしまっているのだから。じゃぁ、本物の俺は、学園に戻って、居場所があるんだろうか。『もう一人の俺』に居場所を奪われてはしないだろうか。

「…磐長先輩」
「ん?」
「……俺、帰っていいんですかね?」
「なんでだ?」
「だって、もう一人の俺がいるのに…」

「何を馬鹿な事を。生霊如きに負けるとは生きている者として情けないぞ。それに生霊という存在自体、お前から出ているモノではないか。本体が此処に残って魂だけが学園に住み着くなど馬鹿な話だ。もっと胸を張ってしゃきっと生きろ」

「は、はい!」
「迷子を直し目的地にとっととたどり着く。それが、もう二度と生霊などを出さないための方法だ。さ、ついたぞ」

とんと背中を押され顔を上げると、目の前には「忍術学園」と書かれた看板。あぁやっと帰って来られた。

「ありがとうございました!あ、磐長先輩!一緒に晩御飯食べましょうよ!この間の事も有りますし、俺が奢ります!」
「有難いんだがな、私はこの後用事があって急ぎくのいち長屋に戻らねばならんのだ」
「あ…そ、そうなんですか。態々探してくださって、ありがとうございました」
「気持ちだけ受け取っていくよ。それじゃぁまたな」

ぽんと頭を撫でられ、磐長先輩は門をくぐらずそのまま塀にそって歩いて行ってしまった。

「あれ、次屋くんお帰、…り?あれ?さっき学園内にいなかった?」
「いや、今帰って来たところで…」
「そう。じゃぁ見間違いかぁ。入門表にサイン貰ってないのにと思ってねぇ」

やっぱり小松田さんも見たんだ。もう一人の俺。でもやっとここへ戻ってこられたし、もう俺の生霊が出ることはないだろう。さっさと迷子、なんとかしなくっちゃ。


「ところで、一人で帰って来たの?」
「いいえ、磐長先輩と一緒に」
「磐長さん?」
「えぇ。用事があるからってくのいち長屋の方へ行きましたけど」
「くのいち長屋に?ふぅん」


小松田さんはそっかぁと俺から筆と入門表を受け取りながら、俺に背を向けて歩き始めた。さてまず俺は何から始めるべきなのだろうか。風呂に入るべきか、先にご飯を食べるべきか。それとも七松先輩たちに顔を出すべきか、作兵衛たちに逢いに行くべきか…。いやどれもこれも必要な事ばかりだ…。生霊の俺を見ていたから先輩たちは安心しているだろうけどちゃんと帰って来たと伝えた方が良いんだろうし…今俺が此処にいるから生霊はいないわけで作兵衛たちは俺を探しているだろうし…晩御飯食べないと残ってないだろうし………。

いやまずは七松先輩のところへ行った方が良いだろう。それでちゃんと説明しよう。俺は今の今まで山に取り残されていて、先輩たちがみていたのは生霊で、磐長先輩にここまでやっと送ってもらったんですと。めちゃめちゃさびしかったですと。伝えなきゃ。




と、思っていたのに。



「あれ?ここはどこだ?」

さっき磐長先輩を前にして早く方向音痴を治そうと決意したばっかりなのに。また迷子か。俺ってやつは此れから先もずっとこうなのか?


「おう三之助!」
「な、七松先輩!実は」








「なんなんださっきから私の事付け回すように隠れては逃げて隠れては逃げて。何か私に用事でもあったのか?」








「……へ、」


少々機嫌を損ねたような顔を七松先輩の言葉を聞いて、

俺は早急に迷子を治さなきゃいけないということを心に決めた。









霊魂迷子
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