薬草を小さくちぎっては薬研に入れごりごりと磨り潰す音を保健室に響かせた。誰もいない部屋で薬を磨り潰しているのは僕だけ。乱太郎は当番じゃないし、左近はさっきまでの当番で、僕の次は伊作先輩に引き継ぐことになっている。それまでにここに書いているリストの薬を一つでも多く作っておかないと。次の薬草を手に取ろうとしたそのとき、薬に使うための籠の中に入れておいた花がきれていた。困ったな。あれがないとこの薬は完成しないのに。さっきから誰も保健室に来ていないし、少しここをあけても平気だろうか。あぁ、でもこれは薬草園には生えていないものだったな…。ここの所太陽の光がとても強いから、きっとあの草は生え放題だろう。確か山の中の…。

「やぁ三反田」
「はっ、あ!磐長先輩!」
「うん?どうした?」
「そ、それ!髪に刺さってるそのお花!」

保健室の縁側から顔を覘かせたのはくのいち教室の磐長先輩で、先輩はいつも通りの桃色装束なのは変わらないが、結わいた髪の結び目に赤い花をつっつけていた。僕が指を差してそれと言うと磐長先輩はなんだと言いたそうな顔で自分の頭に手を伸ばし花を掴んだ。

「あぁ、後輩たちにやられたんだろう。さっきまで花売りに化けていたと言っていたから…」
「も、もしよろしければ!それ!譲っていただけませんでしょうか!」
「何?これをか?何に使う気だ?」

磐長先輩が迷惑そうな顔をして掴んでいる花はまさに僕が今欲していた花だった。あれがあれば薬研の中にある薬が完成する。あまりの興奮に身振り手振りのめちゃくちゃな言葉でそれを説明したのだが、磐長先輩には無事通じたようで、「そういうことなら」と快く花を譲って下さった。受け取った花を小さく小さくちぎり薬研に入れて再びごりごりとそれを砕き薬作りを再開させた。

「ほぅ、上手いもんだな」
「これでも保健委員ですか…………あっ!磐長先輩そこ!」
「ん?」
「血ですよ!ほらそこ!」

僕の横に腰を下ろした磐長先輩の右手から、血が一筋流れているのを見つけた。驚いてそれを指差すと磐長先輩は今気が付いたかのようにそれをみて「あぁ」と声を漏らした。

「それで切ったんだろう。小さいが棘があった気がしてたんだ」
「手!だ、出してください!止血しましょう!」
「何を大げさなかすり傷だ。唾でもつけておけば治る」
「そうはいきません!此処は保健室で、僕は保健委員です!!」

薬研の横に置いておいた花の下についていた短い茎。良く見ると小さいながら鋭い棘が付いていた。ということは僕もかなと己の手を見てみると指先からプツプツと小さく血が出ているのに気が付いた。僕のは後回しで大丈夫だ。先に磐長先輩の止血をしないと。

動かないでくださいねと磐長先輩に言い薬棚から必要な薬と包帯を取り出して再び磐長先輩の前に座った。磐長先輩の透き通るかの如く綺麗な手に一筋の赤い血。幻想的だと思ってしまうほどのなんともいえぬ美しい光景に思わず喉を鳴らしてしまったが、変なこと考えている場合じゃない。この花についてそんなに詳しいわけでもないから、毒でもあったら大変だ。一応毒消しを少量塗り止血剤を重ねた。

「お前は心優しいな。たかだかこれぐらいの怪我放っておけばいいものを」
「だって僕は保健委員ですから。怪我している人を見たら放っておけないんです」
「ほう」

「命ある者、救えるものは誰であろうと救いたい。伊作先輩はいつも僕にそう教えてくださいます」

できましたと包帯を少々キツメめに巻いて手を離せば、磐長先輩はその手を見てありがとうと僕の頭を撫でてくださった。

「命ある者どんなものでも救いたいか」
「はい!僕もそう思います!」
「ならば、三反田」

磐長先輩は包帯の巻かれた手を正座している手の上に置き





「ヒト以外の命は、どうでもいいか?」





そう、僕に問いかけた。


「…人以外、とは…?」

「犬や、猫」
「あ、あれらだって命あるものです!竹谷先輩や孫兵ほど生き物に詳しくはないですが、怪我をしているのなら救いたいと思います!」

「虫などもか?」
「それらが救うべき命なら僕は絶対にあきらめません!だって」

「『それには命が宿っているから』」


磐長先輩は、僕が言わんとしていた台詞を見事に当て、僕の台詞にかぶせてみせた。磐長先輩は微笑んでいる。だけどそれは面白いものをみている笑みでもなければ、馬鹿にしているような笑みでもない。

まるでなんだか、この状況を楽しんでいるだけような笑みだ。



「ならば三反田」



磐長先輩包帯の巻かれた手をゆっくりとあげ指を一本









「そいつらはどうなるのだ」







僕の横に置かれている薬研を、ゆらりと指差して見せた。

「これは…」
「草や花、薬を作るための植物が粉々になっているな。だが、それらも命がある者だということ、お前は解ってやっているのか?」
「えっ…」

それは僕を責めるような言葉じゃない。ただの質問。疑問があるから、ただ問いかけているだけの言葉だと言うのに。


「花にも草にも命はある。この世に種として生まれ土の中で養分を得て育ち、太陽の光を浴びて空へと向かって大きく伸び、そしてやがてそれは枯れ、腐り、土にかえっては、再び花を咲かせる養分となる。ここまでが花や草、植物などの生きる人生というやつだ。だがお前たちは、その命を途中で刈り取っているという事実に気が付いているか?太陽の光を浴びてすぐ、首をもいだ上に粉々にし、別の死体と合わせたものを『薬』と呼ぶ。それはそれでその植物の生きる道というものもいよう。だが、刈られた時点でその者の首を斬ったも同然。命ある者同等に扱えど、こいつらは一体どうなるんだ?」

「こ、これは…」
「私はさっき髪についていた花を寄越したが、あれだってまだ命あるものだったものをくのいちたちが刈り私の頭に付けたもの。私はさっきまで首を髪に飾っていたも同然」

磐長先輩はなんだか、気持ち悪いことをおっしゃる。だけど、的外れな事を言っているわけではない。確かに、僕ら人間にも命があるように、薬に使った花にも命がある。人が死ねば肉が腐るように、花が死ねばそれは枯れる。死後の末路は全く一緒。会話ができないからといって命がないというわけじゃない。顔がないから、鼻が、手が、目が、口が、腕が、足がないからって、唯そこに存在しているわけじゃない。僕らと同じ、生きている。草には草の、生き物には生き物の人生というものがある。

「…あ、」
「救いたいとはいうが、三反田は今まで何個の命を壊してきているか解ってるのか?」

磐長先輩は全く笑顔を崩さない。それどころか、何一つとして動いていないようにも見える。薄く開かれた目は確実に僕の目を捉えているし、口からはまるで僕を嘲笑うようなセリフが次々と溢れ出てくる。

「僕、は、」

言葉が何も出てこない。何と答えていいのか解らない。今まで奪った命の数なんて、0だと思っていた。人を殺した覚えもないし、生き物を殺した覚えもない。だけど今の磐長先輩の話じゃ、僕は何万もの命を奪っている事にもなる。どんな命でも救いたいなんて口先ばっかりじゃないか。花を殺し、草を殺し、時には生き物の一部を使って薬を使う事だってあるから、それらも殺したも同然。それでできたものが、この保健室にある薬だ。

「私の腕に塗った物だって死骸の末路よな」

巻かれた包帯をするりと撫でる磐長先輩の言葉に、腹の底から何かがこみあげてくる感じがして口を押えた。

そんなことを言ったら、この部屋にある何もかもが死体の山じゃないか。薬研にある作りかけの薬なんて死体を磨り潰している最中。それだけじゃない。薬の棚に入っている物、この棚の隅から隅まで全ての段に死体が敷き詰められていると言っても間違いじゃない。いやまて、考え出したらきりがない。じゃぁその棚だって、生きていた木を殺し加工してできた物。死体を四角にして棚にしたというもの。机だって、木でできているのだから同じだ。それだけ?いや違う。だったら今僕が身に着けている忍装束だって。もとは麻なのだから、草を殺して身に着けている。死体を身に着けるなんて、僕は頭がおかしいんじゃないのか?だって磐長先輩はおっしゃっている。全ての物に命は宿っていたのだと。それなら磐長先輩だってそうじゃないか。さっきまで首を髪に飾り、死体を身に着け、死骸を傷に塗られているのだから。

「命の声が聞えたら、お前は一体どうなるのだろうな」

磐長先輩が小さくそうつぶやいて、僕は吐き気に耐えきれず保健室を飛び出し、縁側から地面に嘔吐した。今、何かが聞こえた気がした。天井から、床から、薬棚から、薬研から、僕の腹の中から。命ある者を殺し加工し、其処に住んでいる。そう考えてしまえば、忍術学園なんか、死体でできた建物じゃないか。

「ぉえっ…!ぁっ……!」

気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。凄く、気持ち悪い。こんなところに、いたくない。


僕は今、何を考えればいいんだろう。


「あはははは、少しは涼しくなったか?」

「……えっ…」
「連日の猛暑で下級生たちが参っていると思ってな。怖い話をして回っているんだ。お前にこんなに効果があるとは思わなかった…すまないな」

ほらと差し出されたのは磐長先輩が持ってであろう竹の水筒。口をゆすぎなさいと言われ中に入っていた水を口に含んで気持ち悪いものは全て吐き出した。


「ま、それらの命を犠牲に私たち人間は生かされているという話だ。私たちは日々いろんなものに感謝しなくちゃいけないな」


薬をありがとうと、磐長先輩は保健室から離れ長屋の角を曲がっていかれた。



「数馬!!どうしたんだ!?」
「伊作、先輩…」

「体調を崩したのかい!?す、すぐお布団引くからね!!」



あと吐き気止めも!と保健室に駆け込んだ伊作先輩の背を見て、僕はふとあれを思い出した。






人の死体の末路は骨しかない。

人は死んだら骨だけになる。







…そういえば、伊作先輩の部屋にあるあの骨格標本は

どうやって手に入れた物なのだろうか。








あれこそ真の、死体ではないか。









「…あの、善法寺先輩…」
「うん?どうした?」

「………いいえ、なんでもありません…」










考え出したらきりがなさそうだ。

磐長先輩にでも、聞いてみようかな。










散乱死体
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