五限が終わった放課後。各々委員会に行かねばならないというこの日に、あの二人が失踪した。委員会に行くと勢いよく教室を飛び出したものの、数分後に潮江先輩から「左門を見てないか」と聞かれ、金吾に「次屋先輩御見かけしていませんか」と涙目で聞かれた。俺も用具委員の仕事があったから二人を送り届けるのが面倒だと、そう思ったのが間違いだった…。やっぱりあの二人はいつまでたってもあのまま…。今日という日に奇跡が起こるなんて都合のいいことぁありえねぇんだって俺が一番良く解ってるはずなのに…!

「左門!三之助!出てきやがれ!何処にいきやがったー!!」

縄を二本腰に巻きつけながら森に向かって叫ぶ俺の声は虚しく闇に溶ける様に消えていった。返事が返ってくるわけがない。俺の探している場所が見当違いなのかそれともあいつらの移動速度が速すぎるのか。二人が学園から出ていかなかったかと門の外で箒を握っていた小松田さんに聞いたところ、向こうへ走っていくのを見たと向かいの森を指差した。

「そんな…!なんで外に…!」
「よくわからないけど、早く追いかけた方が良いんじゃない?」

大方無駄な決断力と無自覚のせいで門を通り過ぎたことすら気づいてねえんだろう。ありがとうございましたと小松田さんに頭を下げ、俺は二人を探すために外に出た。留三郎先輩に赫々云々と事情を説明すれば苦笑いした様に言って来いと言われたので、俺は委員会を遅刻することにした。

「くっそ…!どこに行きやがった…!」

もうどれぐらい二人を探しただろうか。息も荒く喉も乾いてきた。もしかしたら勝手に学園に戻っている可能性もある。戻っていないのなら、一旦休憩してからもう一回探しに行こう。っていうか、なんで俺ばっかりこんな役割…。


「作兵衛!」
「あー!作兵衛!」

「さ、三之助!!左門!!」


戻ろうと体を翻したその瞬間、さっきまで俺が向かおうとしていた方向の茂みから体を出してこっちに向かって手を振っていたのは、今の今まで探していた二人の影。左門と三之助は手を繋いでまるで俺の苦労なんか知りもしねぇみたいな笑顔で呑気にとことこ俺の元へ走ってきた。

「あー!じゃねぇんだよこの馬鹿畜生共!!今の今まで何処に行っていやがった!!」

「委員会に行こうと思ってた!」
「俺も委員会に行こうとしてたんだけど…」

「ぎゃぁぁあバカバカそっちじゃねぇ俺はこっちだ!よーし動くなてめぇら大人しくお縄につきやがれ!!」

目の前で話しているのに何故左右に別れて俺から離れるのか。目の前に俺がいんだろ!左右に分裂する馬鹿がどこにいんだよ!まず左門の腰にぐっと縄を結び付け、続いて俺の裾を掴んでいた三之助の腰にも縄を結びつけた。簡単に解けないかどうか確認し終えたので

「良し!もう委員会始まってんだ!学園に戻るぞ!!」

今一度、後ろへ振り向き学園への道を歩き始めようと思った、其の時、



「違うよ作兵衛、こっちだよ」

「そっちじゃないよ。こっちだよ」



「えっ、ちょ、うわっ!!!」


二人が、とんでもない力で逆の方向へ走り始めた。いきなりの事で体勢を崩したがなんとか持ち直し、二人の縄をぐいと引き戻したのだが、

「待て!学園はそっちじゃねぇ!こっちだっていってんだろ!!」

二人は一向に、俺の話に耳を傾けようとはしなかった。遠ざかる学園。進む森の道。段々道も暗くなって来て、此のままじゃ本当に、俺まで迷子になっちまう。


「おい!いい加減にしろ!そっちじゃねぇっつってんだろうが!!」

「こっちであってる!」
「俺たちについてこい!」

「いい加減にしやがれ!てめぇらの案内なんて信用できるかぁああ!!」


「こっちであってる!」
「俺たちについてこい!」

「おい!左門!?三之助!?」


「こっちであってる!」
「俺たちについてこい!」

「どうしたんだよお前ら!止まれっつってんだろうが!!」


おかしい。こんなの、絶対におかしい。いつもなら引っ張れば二人が尻餅をつくぐらいの俺と二人の力の差。いつだって暴走しても力いっぱい二人を引っ張れば、なんとか走りを阻止することができた。だけどどうだ。今の二人に、俺の力は全く通用しない。まるで岩にでも引かれてているみてえだ。縄を引っ張れど引っ張れど二人のスピードが落ちる様子もないし、二人がこっちへ振り向くこともない。ただただひたすら一直線に森の中を進んでいる。なんだ、なんでこんなにまっすぐ、迷いもせずに走っているんだ。なんで、俺の話をこんなに聞かねぇんだ。



何か、おかしい。



「左門…!三之助…!」

「こっちであってる!」
「俺たちについてこい!」



何かがヤバいと思った時はもうすでに遅かった。一筋光が目について、それが森の終わりと解れば恐怖はさらに煽られた。だって森を抜けたその先は、海につながる崖しかないのだから。この道は知ってる。左門が迷子になった時はいつもこっちだ。海に向かって叫んでいるところを三之助を引き連れて後ろから捕まえることが多いから。だから俺はよく、この道を通っていた。

「止まれ!止まってくれ!」

落とされる。その前につながる紐をなんとかしねぇと。引っ張られながら走る二人と結んだ縄を解こうと思ったが、さっき解けないように固く結んだんだった。指は結び目を解けず加えて恐怖で震え、縄は海へと一直線に走り続けた。もうだめだ、死ぬ。




「腰を落とせ!!」




俺の真上から叫び声が聞こえて、涙を流しながらその声の主に目を向けると、桃色装束の六年生が俺の頭上から飛びかかるように落ちてきた。この姿は、磐長先輩だ。左門と三之助を繋ぐ縄の上に落ちてきた磐長先輩は背中から忍刀を抜くと切先でブツリと縄を斬り、声に従いスピードを落とすように腰を落としていたため俺の体は後ろに倒れた。着地した磐長先輩は倒れそうになる俺の背中を支えてくださり、俺の無事を確認してくださった。

「富松大丈夫か」
「磐長、先輩…!」

情けねぇことに走ることを止めた足は震え、腕も自由に動かない。喧しい心臓を落ち着かせるため小刻みに息を吸い込むも、俺を支える磐長先輩の視線の先は、


「!!!」


俺たちの方を向きながら海へ走る二人の姿。だけどそれは良く見れば、左門と三之助の姿だが、左門と三之助じゃない。目は真っ黒、足は変な方向へ曲がっているし、口は不気味に弧を描き、海に近づくにつれて体の肉はどんどんと溶ける様に消えていった。吐き気が出ている余裕もない。恐怖心ばかりが俺の何もかもを支配していた。磐長先輩が俺の支えている肩に一層力を込めると、二人は崖の淵に立ち











「あーあ」

「もう少しだったのに」









そう言い残して、海へと落ちて行った。

あの崖の向こうは確かに海なのに、しばらくしても何かが落下したような水音は全く聞こえない。未だ震える俺の体を宥めるように磐長先輩の手は俺の腕を撫でた。乱れる呼吸を落ち着かそうにも、心臓が喧しく動いているし、今の目の前で起こったことが、とても、現実のものとは思えなかった。

「神崎と次屋は学園内で各々の委員長に捕獲された。富松を見たら伝えてくれと連中に言われてな。出会ったやつらに話を聞いたら富松一人で学園の外に飛び出していったところを見たというやつがいた。それで慌てて追いかけてみたら……お前は一体何に好かれていたんだ」

磐長先輩は腰が抜けて立てないでいる俺の手を取り、無理やり体を起こしてくださった。歩けるかと聞かれても今の事が怖すぎて、俺は磐長先輩から手を離せずにいた。

「磐長、先輩…!あ、れは、い、今のは、なんだったんですか…!」
「…大方、このあたりの海で死んだ奴等だろう。お前らがこのあたりで騒いでいるのを見て、仲間に入りたいとでも思ったんじゃないのか?お前、あれが神崎と次屋に見えていただろう」

「…えっ…?じゃ、じゃぁ、磐長先輩は」
「私には海で溺れ死んだ様な腐乱死体にしか見えなかったよ」

磐長先輩は俺に目が溶けて髪は抜け落ちてと説明するが、聞きたくなくて耳をふさいだ。磐長先輩はそんな俺を見て可笑しそうに笑うのだが、俺にとっちゃ笑い事じゃねぇ。


「気を付けろよ富松。お前はこの一件で学んだかもしれないが、神崎と次屋は馬鹿で単純なヤツらだ。連れて行かれる可能性も無きにしに非ず。その縄でしっかり握っててやれ」
「は、はい…!」


もう少しで学園だぞと言う磐長先輩の目線の先に、忍術学園の看板が見えた。森の中が暗くて、さっきのことがあり怖いとはいえ、俺は磐長先輩の手を握りっぱなしでいたことにいま気が付いた。俺ってやつは三年になってもこんな調子じゃ…二人のこと悪く言えねぇな……。

磐長先輩が言いたいのは、二人が迷子になった時の話だろう。左門は決断力のある方向音痴。左門は無自覚な方向音痴。あんなやつらがさっきみてぇな化け物に連れて行かれたら、助かるなんて思えねぇ。あの化け物が俺の姿になって二人を連れて行ったとしたらと考えるだけで恐ろしい…っ!俺があいつらを守ってやらないと…!

「それから富松、お前にはもう一つ忠告しておいてやる」
「は、はい?」



「外にいる門番の言う事は信用するな。お前は物事を簡単に信用しすぎている。自分の目で見て頭で考えて、それから行動に移すと良い」



「……それって、どういう」

「あー!いた!ちょっと富松くん!出門表にサインもしないで学園飛び出すなんてルール違反だよ!僕に内緒で外に出ないで!」
「ひぇっ!あっす、すいませんでし………って、俺さっき小松田さんに頭下げたじゃないですか!」

いつの間にか学園の前についていて、横の小さい門から顔を出した小松田さんに見つかるや否や泥だらけの俺の身体を掴んで、目の前に出門表と入門表を突き出してきた。だけど、俺は二人を探しに行くと、さっきこの人に頭を下げたはずだ。

「…さっきって?」
「……は?」



「僕、今の今まで吉野先生に怒られてたんだよ。書類散らかしちゃって、おまけに墨まで零しちゃってさぁ」



「は…!?そんな、だ、だって、俺さっき、此処出ていくとき、こ、小松田さんに…………っ!!」

磐長先輩が何を言わんとしていたのか、よく解った。外にいる門番のいう事は信用するなというのは、小松田さんのことだったんだ。自分の行動を思い返せば、おかしいことだらけだ。門の外に無断で出たのに小松田さんに怒られていないし、ありがとうございましたと駆け出したのに、俺は出門表に、サインを書かされていないじゃないか。

「どうしたの富松くん?暗ぁい顔しちゃって」
「お、俺っ、」



「一人で森から出てきたし、まるで狐に包まれたみたいだねぇ」



「…ひ、とり?」

小松田さんの言葉を聞いて背筋を凍らせた。小松田さんはそのままどこかへ行ってしまったが、俺はその場から全く動けずにいる。



俺は一人じゃない。磐長先輩と一緒だ。

小松田さんには、俺が一人に見えたのか?




じゃぁ、今、俺が握っているのは、誰の手だ。




「正しくは包まれるではなく、つままれるだがな」


門の中から顔を出したのは、どこからどうみても磐長先輩で






「おや富松、どうしたんだ魚なんか握って」






気を失うのは、そう難しい事ではなかった。









海魚亡骸
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