「なぁ聞いたか雷蔵、ついに六年生が全員正気に戻ったって」
「知ってるさ三郎、僕見たもの。昨夜あの御三方とお風呂が一緒なってね」
「あぁ俺も一緒に入ったから見たぞ。あの六年三人の背中に鞭打ちの跡!」

「へぇ、そりゃぁ惜しい物を見逃したな」
「仕方ないさ。俺と勘右衛門は夜間演習だったんだもの」

全員が口々に六年の話をしながら、僕ががらんがらんと手に持つ壺を回すと、一本一本割り箸を引いていった。

昨夜は委員会で遅くまでかかってしまってお風呂に入るのが遅くなってしまった。残りは僕がやっておくからと下級生たちを上がらせ、通りがかった八左ヱ門に手伝って貰いようやく仕事を終え風呂場に向かった。深緑の装束が籠に入っていたのを見て、六年生とかぶってしまったかと少々申し訳なく思ったのだが自分も早く湯につかりとっとと寝たかったので、八左ヱ門と共に入ることにした。だがどうだ。風呂場の扉を開けた向こうに広がる死のオーラ。立花先輩は壁に背と頭を預け、善法寺先輩は泣きながら体を洗い、委員会の委員長である中在家先輩は逆上せたかのように風呂の淵に突っ伏し死んでいるかの如く脱力した姿勢になっていた。生憎他には誰もおらず、僕と八左ヱ門はその光景を見てビクッと体を固まらせた。やはり最上級生。今日は余程辛い実習だったのだろう。それなら今この天女騒動の中とはいえ体は労わるべきだ。

「ぜ、善法寺先輩!お背中流しましょうか!」
「え!ちょ、待って!」

八左ヱ門が桶に湯をくみ善法寺先輩の背中を流すと

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」

とんでもない叫び声が、風呂場に響いた。何事かと善法寺先輩に目を向けると、善法寺先輩の背中は縦、横、斜めに、長く鋭い傷が無数についていて、真っ赤に蚯蚓腫れしていた。善法寺先輩はその傷を庇って、涙ながらに身体を洗っていたのだろう。激痛に身体を縮こませ痛いと小さく呟く先輩は、よく見れば全身にその傷がついていた。縛り跡、鞭の跡。まるでさっきまで拷問にでもあっ……………。

「…雷蔵……」
「…閣下、かな……」

閣下。その単語が僕の口から出た瞬間、立花先輩は覚醒した様にハッと気を取り戻し、顔色悪くざばりと勢いよく風呂場から出て行った。

「雷蔵…」
「な、中在家先輩…」

「……すまなかった…!」
「へ!?」

よくみれば中在家先輩にも立花先輩にも、同様の傷跡が全身についていて、加えて正面で頭を深く下げる中在家先輩から出たこの言葉。この言葉が聞けたということは正気に戻られた証拠なのだろう。そして、あぁ、あの傷は春日先輩にやられたのだなと確信した。謝罪の意味を理解し、お帰りなさいと僕が笑えば、中在家先輩も笑っては痛そうに背を庇いながら風呂場から出て行った。善法寺先輩は食満先輩が迎えに来られるまで、風呂場から動けずにいたことは蛇足だと言えば、みんなわははと腹を抱えて笑った。

「よーし5回戦目行くぞー!」
「「「王様だーれだ!」」」


「私よ」


「閣下ァァアア!!」


「一番は体育委員会、二番は会計委員会、三番は作法委員会、四番は用具委員会、王は図書委員会を偵察、今現在どのような状況でどの委員委員会が正常に動いていないのか確認してきなさい!!」

「「「御意に!!!」」」

突然部屋に現れたのは春日先輩で、戸も開いてなければ物音も立てずに僕の真後ろに柱に背を預け立っておられた。春日先輩が命令を下すと五年生は各々天井裏、床下、縁側へ飛び出し任務遂行のために姿を消していった。だが一向に外へ出ない僕を見て、春日先輩は首をかしげて僕を見下ろした。

「あら、私の命令に背くとは雷蔵はいけない子ね。雷蔵は何番だったの?」

僕が微笑んで割り箸をひっくり返し、『王様』と書かれた文字を見せると、春日先輩は眉をハノ字にその場に座られた。

「中在家先輩はお戻りになられました。今日図書委員会は正常に動いています。今まで連日委員会に出ていたので、今日は自分が担当を代わると中在家先輩が仰られたので…」
「お休みを貰えたのね。今までご苦労様。良く頑張ったわね」

「いえ。ところで保健委員会は行かなくてよろしいので?」
「ええ今私が行ってきたところだもの。薬研の前にいたのは伊作だったわ。あそこはもう問題ないわね。そんなことより雷蔵、薬塗ってもらえないかしら」
「喜んで!!!」

座った春日先輩が装束の腰ひもに手をかけ僕に背中を向けた。なんだかいやらしい光景だけど、春日先輩が服を脱げばそんな感情は一瞬にして消えた。それは、春日先輩の背中に長い切り傷があったからだ。傷は浅く血はもう止まっているが、どうみても刀傷。

「なっ、これどうしたんですか!」
「忍務でちょっとヘマしてしまったの。ぎりぎり避けられたのだと思ったけれど。そんなに酷い?」
「一直線に一本だけです。これぐらいならきっと跡は残りませんよ。っていうかこれぐらいの傷舐めとけば治りますよ!」

「お止め!雷蔵の唾で治るもんですか!とっとと薬を塗りなさい!」
「ありがとうございます!!」

まさかの顔面に肘打ち。鼻血は出てないが相変わらず威力が凄い…!次怒らせたらこの役目は戻ってきた誰かにやらせるのだろうと思い大人しく貝殻を開いた。善法寺先輩特性の傷薬ならばあっという間に治ることだろう。

「しかし閣下が傷を負うとは珍しいですね」
「…私によく似た性格の城主がいたのよ。同族嫌悪ってやつかしら。忍務は内容は明かせないけれど殿様と一夜共にするんだったのだけど、あの野郎私の手首を縛って事に及ぼうとしたのよ。私が男に組み敷かれるなんて屈辱だわ。拘束を抜けて反抗すれば『お前みたいな強気な女を調教するのが趣味なんだ』とぬかしやがったわ。逃げようとする私に刀を振ってできたのがこの背の傷。着物だったから動き辛くて…。あの城いつか叩き潰してやるわよ…!」

春日先輩はぐぐと鞭を強く握ると持ち手をミシリと言わせた。巻物は無事に盗むことはできたが、あの城の城主だけは絶対に許さないと闘志を燃やさせていた。いーなー!春日先輩にこんなに恨まれて!絶対おしおきコースじゃん!いーなーいーなー!!

薬を塗り終え春日先輩が装束を身に着けると、タイミングよくみんなが部屋に戻ってきた。

「会計委員は田村三木ヱ門だけ欠席です。他は順調に徹夜明けの顔色です」
「体育委員は平滝夜叉丸だけ欠席です。他四名は電車ごっこ中でした」
「用具委員会は欠席者もなく滞りなく活動中です。しんべヱはお使いで出かけているみたいでしたけど他は休みなしです」
「作法委員会は綾部だけ来てませんね。あと立花先輩が下級生たちに頭を下げてるところを目撃できました」

「あらいいとこ見れたわね、良かったじゃない」

「あの…ですが…」

床下から天井から外から戻ってきた皆は片膝ついて状況報告を始めた。予想通りの報告の中、作法委員会を見てきた兵助がゆっくりを頭を上げて春日先輩の足元へ視線を上げた。

「…ついでに俺の委員会も見てきましたが…相変わらずタカ丸さんは来ていませんね…。伊助は当番の日じゃないので遊んでいますけど、今火薬倉庫にいるのは土井先生と三郎次だけです」
「…四年生は未だ全滅ねぇ。さてどうしたものかしら」

五年は全員、壁に背を預ける春日先輩を囲うように座って真剣な顔で胡坐をかいた。傷の事は悟られない方が良いだろうと僕も傷薬の入った貝殻はそっと懐にしまった。

「今回も実力行使でいかれてはどうです?」
「そうねぇ三郎のいう事も一理あるけど、あの子たちは六年生と違って強情というわけでもないわ。力技でどうこうなる子たちじゃぁないと思うの」

顎に手を当て悩む春日先輩。あーでもないこーでもないと議論を重ねるも、四年生の目を覚ます方法は実力行為以外にいい案は出てこなかった。四年生だって春日先輩の鞭を何度も何度もいただいて心を奪われている者としては例外ではない。春日先輩は最初こそ美しい子たちに鞭を入れるのは躊躇われると仰っていたが、その美しい者が涙を流すのを見て一気にハマったと仰っていた時があった。

すると春日先輩は「あぁ!」と何か良い事を思いついたかのように明るい声を出し鞭をつかんで立ち上がり


「こっちに来ないというのなら、来させるようにすればいいだけの話じゃない」


楽しそうに微笑んで、部屋から飛び出していった。












天女様が美しいというのはこの学園に来られた時から瞬時にして感じてた。成績優秀眉目美麗のこの私ですら霞んでしまうのではないかと思ったほどにだ。

「じゃぁ、滝は四年生で一番成績が良いのね?」
「もちろんです!ろ組は組を押さえ四年生で座学実技共にナンバーワンはこの私!平滝夜叉丸なのです!」

天女様は凄い!といいながら手を叩き笑顔を向けてくださる。嗚呼なんて麗しい人なのだろう!このように美しい人がこの世にいるなんて奇跡ではないのだろうか!私自身こんな気持ちに陥ったのは、

「滝夜叉丸、喜八郎を見なかった?」

六年のくのたま総統、春日先輩以来だ。

「おや春日先輩!今日も相変わらず美しい!」
「どうもありがとう。あなたも相変わらず美しいわね」

天女様は春日先輩と出会った初日の事があってから、あまり春日先輩に近寄ろうとはしない。それはそうだ。出会い頭己の足元に鞭を入れられて良い印象を持つわけがない。春日先輩にしては、あの行動は軽率だったと私は思った。天女様は春日先輩の姿を目に入れると、一瞬顔色を悪くし「じゃぁね」と私の元から離れて行った。

「喜八郎をお探しですか?残念ながら見ておりません。どうせその辺で穴でも掘っておられるのではないですか?」
「探せども探せども見つからないわ。全くこんな肝心な時に限っていないんだから…」

少々機嫌を悪くされた春日先輩は不満そうに眉を下げた。

「春日先輩に御迷惑をかけるなどなんという恥知らず!この私が共にお探しいたしましょう!」
「まぁ本当?助かるわ、どうもありがとう」

「礼には及びません!この滝夜叉丸、春日先輩のためならば喜八郎の一人や二人簡単に見つけ出してみせましょう!不可能はないのです!それは私が四年で一番成績がよく頭脳的でありながら忍術学園のアイドル的存在であるがゆえになせることなのです!春日先輩もご存じでしょうが私のこの戦輪の腕前は六年生も教師もおさえこの学園でナンバーワンの……………っ!!」

いつもの癖でぐだぐだと喋ってしまって、私はふと、口を閉ざした。いつもならこれだけ喋ってしまえば「お黙り!あんたの事なんて興味ないと何度言わせるの!」と殴るか鞭で打たれる流れになっているはずなのに。


「…あら?もう終わり?」


春日先輩は、何もせずに私の話を黙って聞いていた。

「終わり、とは…?」
「あら、あなたが喋っているから最後まで聞こうと思っていたのに」
「…何ですって…!?」

「お話が終わりなら私はもう行くわ。喜八郎を見つけたら私の処へ来るように伝えてちょうだい」

じゃぁねと手をふる春日先輩の背中に、私はなぜか大きく心臓をはねさせた。よくみれば春日先輩は鞭を手にしていない。なんということか。いつも握られているあれを持っていないとは何事か。

「春日先輩…!」
「あらなぁに?」


「こ、この滝夜叉丸!甘んじて春日先輩の罰を受ける覚悟はできております…!」


だが春日先輩は、眉間に皺を寄せるだけで、



「……罰って、なんのことかしら」

「なっ…!!」


「髪が傷んでるわよ八左!!だらしがない!!」
「ありがとうございます!!」

そんな馬鹿な…!竹谷先輩の髪が傷んでるのなんていつものことなのに…!なぜ竹谷先輩は鞭をいただいて私はお咎め無しなんだ…!?

春日先輩はひっくり返る竹谷先輩を踏みつけながら再び私へ視線を向けたが、なんとも例えることのできないような顔で、私の前から姿を消してしまった。










「おい三木ヱ門!春日先輩がおかしい!」

「やっと来たか滝夜叉丸!!遅いぞ!!タカ丸さんとその話をしていたところだ!!あの春日先輩がユリ子の可愛らしさについて気付いたら五分も話をじっと聞いていたんだぞ!?今日も怒られてしまうかと思っていたのに挙句の果てに私はいつもの御咎めもなくユリ子ちゃんを大事にねと頭を撫でられてしまう始末だ!!」

「僕なんか急に春日ちゃんの髪の毛が相変わらず綺麗だったから見つけた瞬間掴んじゃったって言うのに怒られもしなければ引っぱたかれもしなかったんだよ!!おかしいよこんなの春日ちゃんじゃない!!」

「私もだ!己の話をじっと聞いている春日先輩なんか初めてだ!!こんなこと前代未聞だ!!罰は甘んじて受けるつもりだったが何一つとして暴言も吐かれなければ鞭も入らなかった!!春日先輩はいったいどうされたというのだ…!」

「滝」

「おぉ喜八郎遅かったではないか!春日先輩が」


「春日先輩が…僕のターコちゃんに落っこちたのに………綺麗だって、褒めてくれた………!!」














「春日先輩!!失礼いたします!!」
「まぁ声もかけずに会議室に押し入るなんて、四年生はみんないけない子ね」

「春日先輩はお怒りなのでしょうか!!天女の尻を追い掛け回し委員会をサボッてしまった我々にお怒りなのでしょうか!!」

私は滝夜叉丸から出たその言葉を聞いて、思わず本から手を離し、机の下に置いておいた鞭に手をかけた。

「春日ちゃんが体調崩すなんてありえないもの!僕らに呆れているんでしょう!?」
「今までの私たちの愚行!反省いたします!!委員会をさぼってしまったのは事実です!!」
「ごめんなさい春日先輩!ちゃんと委員会でますから!天女の事、も、もう構ったりしませんから…!!」


「しないから、……何?」


見事作戦通りに動いた四年生は、なんて単純な脳味噌をしているのかしら。

これじゃぁ上級生だというのに、六年生と何一つとして変わらない大馬鹿者じゃない。


バシンと鳴らした鞭の音に続いて聞こえたのはゴクリと唾を飲みこむ音が四つ続いて、

明日から委員会はどこも正常に動くのかと思うと、腕の力も入るというものだわ。



「さぁ求めなさい。私に、何をしてほしいのか」
























「おっ兵助見てみろよ、級長会議室立ち入り及び近寄り禁止の札立ってるぞ」
「あーあー、自ら鞭を求めるとは、これでアイドルも終わりだなぁ」

「賭けるか、明日全員委員会に出るか出ないか」
「おいおい勘右衛門それは賭けにならないよ」
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -