「総統、お話がー………」


「この馬鹿で屑のどうしようもない役立たず!!あんた達みたいなのが一番この学園に悪影響を与えていることを自覚なさい!!」

「いや全く持ってその通りだ!!」
「私たちが悪かった!!」

「そうね!言葉でならなんとでも言えるわ!でも私はそんな言葉が欲しいなんて一言も言ってないわ!反省は態度で示してごらんなさい!あんたたちの言葉如き誰が信用するもんですか!!」

ギャァァアと響く断末魔のような叫び声。扉を開け目の前で起こっている大惨事に私はヒュンッと股が冷えるのを感じ、その瞬間まだ部屋の中を見ていない庄左ヱ門の目を覆った。声しか聞こえていない庄左ヱ門は潮江先輩と七松先輩の雄叫びに驚き書類をギュッと握ったが、この状況は一年生に見せるにはまだ早い。いやいままでも同じような現場は何回か見ているとは思うけど今回はあまりにもレベルが高すぎる。なんかもうどういう状況なのか私も解らない。七松先輩は亀甲縛りで天井から吊るされ潮江先輩に至っては痛む背中を庇うように縛られた手足を必死に動かし上向きになって悶絶していたが、突き上げた腹は春日先輩に踏まれ、あっというまにぺしゃんこになっていた。なんかもう、レベル高すぎてさすがにちょっと、怖い。

「あ、その、総統…?」
「あら三郎、何か御用?」
「…お取込み中でしたら、出直しますが…」

「大丈夫よ。お前たちは此処に居なさい。席を外すわ。逃げたりしたら一晩中泣かせるわよ」

会議室から出てピシャッと勢いよく扉を閉めた春日先輩はそのまま鞭を丸めて懐にしまい縁側に腰掛けた。扉の向こうから雄々しい呻き声が聞こえるが、お二人の命と心ははたして無事なのだろうか。庄ちゃんも心配そうに入口を見つめているが、お前はその扉を開いてはいけない。ギンギンといけどんが縛られている図なんて見た日にはトラウマ確定だろう。

「で?何か御用?」
「あ、は、はい。えっと……いや、その前にあのお二人は一体…」

「あぁ、さっき私の処に頭を下げに来たのよ。この間の留三郎と同様、「俺が悪かった」と言いにね」

「しょ、正気に戻られたんですか!?」
「えぇ、おそらくだけど」

庄左ヱ門が春日先輩に渡したのは今学期の新規予算帳簿。先日の生物委員会の狼の予算追加の一件から、活動停止を言い渡した会計委員会に代わり庄左ヱ門と私に新しい予算案を作らせていたのだ。あれから数日過ぎているが、そんなに急ぐべきものでもないからと言われたので私と庄左ヱ門は間違いがないように慎重に事をすすめた。春日先輩が予算書にチェックを入れた項目を全て生物委員会の予算案に組み込むだけ。だがこんな仕事は初めてだったので少々日数が経ってしまった。春日先輩は私が渡した竹筒の水筒の麦わらに口をつけ茶をすすりながら帳簿に視線を滑らせ、満足そうに笑って庄左ヱ門の頭を撫でた。

「いい子ね庄ちゃん。こんな短期間でこんなに完璧に仕上げてくるだなんて、さすが私の後輩だわ。ご褒美は何がいいかしら」
「あ、ありがとうございます!」

「えっ、ちょっと総統!私も今回めっちゃ頑張りましたよ!俺にもご褒美くださいよ!」
「お黙り!あんたはもうご褒美なんてものをもらう歳ではないでしょう!!」
「我々の業界ではご褒美です!!」

まさか往復ビンタを貰えるとは思わなかった。こんな素晴らしいものをご褒美と言わずになんと言うか。考えておきますとテレくさそうに言う庄ちゃんは、前払いねと春日先輩から頬にキスを落とされていたがくそ羨ましい私あんなのやられたら死ぬ。

「春日先輩」
「なぁに庄ちゃん」

「僕の許可なく勝手に口づけをするのはやめてください。迷惑です」

「あ!ああんっ!そんな!庄、ちゃん!」
「総統お気を確かに!!」

心臓を押さえてふらりと倒れこんだ春日先輩は頬を赤く染めていていたが、庄ちゃんはそんな春日先輩を汚らわしい物を見る目で睨み付けキスされた場所を忍装束で拭いていた。おそらく最初に褒められテレていたのは庄ちゃんの本心。そして今のこの態度は間違いなく春日先輩への対応を完全に把握しきっている態度だ。ありがとうございます、ご褒美はあれがいいです、とおねだりするよりも、罵ってあげた方が春日先輩は喜ぶと、庄ちゃんはこの歳にしてもう春日先輩の操り方をマスターしているようだ。怖い。最近の10歳怖すぎる。それにしても息荒く目を潤ませた春日先輩が勝手に倒れてきたのを支えたという不可抗力ながらこれはなんと美味しいポジションか。私の私が危ない。バレないうちに離れなけれb

「この馬鹿三郎!気色の悪い物を当てるんじゃない!」
「すいませんでした!!!」

無理でした!!

「必要以上僕に近寄らないでください。それが僕が求めるご褒美ですかね」
「あぁんそんな…!酷いわ庄ちゃんっ…!この間まで、私に甘えていたのに!」
「いつのことですかそれ。僕が春日先輩に甘えるなんてありえないです。ふざけたこと言わないでください」

「はぁぁああんっ!!」
「総統ぉおおおーーーーッッ!!」

心臓をグッと押さえて仰け反る春日先輩のエロさな!!まじエロいわ!!頭おかしいんじゃねえのかってぐらいエロいわこの人!!

気を失ったように目を瞑り脱力する春日先輩は恐らく今絶頂を迎えたはず。その隙に庄ちゃんに目を向けると、眉をハの字に曲げえへへとテレくさそうに頬をかいた。おそらく庄ちゃんがこんな態度をとれるようになったのは、食満先輩が戻って来たという安心が数日前からあった事にくわえ、今さっき知った、七松先輩と潮江先輩もあの女にあてられていた瘴気から抜けられたのだという嬉しい知らせ。あの三人を正気に戻してくださった春日先輩が、今更天女側に回ることはないと判断したのであろう。庄ちゃんはいつも通り、春日先輩を罵る側に戻った。春日先輩は待ちに待った庄ちゃんからのご褒美になんもいえないとろけた顔をしているし、

「当てるなと言っているでしょう三郎!いい加減になさい!!」
「ありがとうございます!!」

私はご褒美をもらえる。なんて素晴らしい循環。誰も損をしていない。

春日先輩はふらつきながらも私の頭を掴んでなんとか立ち上がり、庄ちゃんに、神崎と次屋を連れてくるように指示した。再び懐から鞭を取り出した春日先輩は部屋の扉を力いっぱい開き、「起きなさい!」と再び二人を引っぱたいた。

「い、痛いぞ春日…!もう頼むから止めてくれ…!」
「あら、そんなこと言いながら頬を染めているのはどうして?ん?どうしてなの小平太?私の目を見て言ってごらんなさい?この間は私のビンタに感謝を述べたいといっていたけど、あれはどういう意味なのかしら?」

あの暴君が涙を流しているなんて天地がひっくりかえる前兆ではないのだろうか。しかも池で寝ても気を失わない化け物でもある潮江先輩がうつぶせのまま動かないとは、あの人気い失ってんじゃないのかな。拷問のスペシャリストとはよく言ったものだ。春日先輩の忍務中のお姿を見たことがないから何とも言えなかったけれど、こんなことをされた敵は気が気じゃないだろうに。

「誰が気を失っていいと言ったの文次郎!この犬畜生にも劣る大馬鹿者!目を覚ましなさい!」
「うっ……!春日…っ!」
「これで許してもらえると思ったら大間違いよ。目をお開き。あんた達にはこれからしっかり働いてもらうわ、覚悟なさい」

まるで身内にやる攻撃とは思えない…。天女とかいう女に一時うつつをぬかし委員会をさぼったことが命取りだったなんて、少し前のお二人には思いもしなかっただろうに。

「春日先輩はどっちだー!」
「こっちかー?」
「ちょ、次屋先輩!神崎先輩!こっちですこっち!!」

「あ、総統、二人と庄ちゃん、戻ってきましたよ」

「あら随分早い事。庄ちゃんは優秀で本当に良い子だわぁ。あんたたちと違って」

ヒュンと振った鞭は七松先輩を吊し上げる縄をブチッときった。衝撃で腹をうった七松先輩は声を殺して痛みにごろんと体を動かしたのだが、そんな暇も与えることなく、春日先輩は潮江先輩と七松先輩の身体を部屋から蹴りだし地に転がした。

「ほげげっ!?潮江先輩!?」
「な、七松先輩!?大丈夫ですか!?」

「さ、もん…っ!す、すまん…!」
「さんの、すけぇ…っ!すすまな、かった…!」

「さぁ働きなさい馬鹿ども。文次郎は会計と、同室である仙蔵の代わりに作法委員会も面倒を見るのよ。小平太は体育と、図書委員会の仕事を手伝いなさい。今まで請け負ったことのない委員会だからといってもし後輩たちに迷惑をかけたらその時は……解ってるわね?」

パンッと春日先輩の手によって鳴らされた鞭の音は二人への警告音と言ってもいい程に恐ろしく長屋に響いた。春日先輩は神崎と次屋に事の流れを説明しながら縁側から降りた。ついさっき二人が自分に頭を下げてきたこと。もう正気にもどっていることや、己の罪を認めたこと。っていうか、二人は先日のあの食堂の一件で、春日先輩にひっぱたかれてからすぐ、正気には戻っていたらしい。だが、己の愚行を思い出し、委員会をさぼってしまった背徳に罪悪感を抱いてしまい、どのタイミングで委員会に顔を出していいのか解らくなっていてしまったらしい。謝ったら許してもらえるなんて甘い考えはもっていなかったらしいが、その前にまず己を正気に戻してくれた春日先輩に頭を下げようと二人で思っていたらしい。

「ちゃんと他の子たちにも頭を下げたかどうか確認しておいてちょうだい。此のまま何事もなかったかのように委員会に参加したらもう一度私の処に連れてきていいのよ。躾し直してあげるわ」

「は、はい、解りました!」
「ありがとうございました!」

「お礼なんていらないのよ!左門と三之助がいつかまた私を罵ってくれたr」

「あ、ほんと、もう、じゃぁ、今後は必要以上に近寄らないでください」
「先輩たちが戻って来たなら、春日先輩必要ないんで」

「はぁぁああああん!!」
「総統ぉおおおお!!」

ころりと態度を変えた神崎と次屋は春日先輩に暴言を吐くも、倒れる春日先輩にむかって笑顔で深々頭を下げた。二人もこうはいいつつも、大好きな委員会の委員長が帰って来たから嬉しいんだろう。艶やかに倒れる春日先輩を横目に二人はクナイで先輩を縛っている縄を斬って、ふらっふらの二人に手を引かれて委員会へと消えてしまった。元に戻ったのは良い事だが、二人が新しい扉を開いていないかという事と心と体が心配だ。果たして本当に、『正気』に戻ったのだろうか。

「はぁっ、いけないわ…!あの二人からお預けをくらっていたから、反動が、すごく大きい…っ!」
「私の私もすごく大きいですよ総統!」

「お黙り!この変態豚野郎!いい加減にしないと去勢するわよ!!」
「ありがとうございます!!」

下級生に罵られるのの何が良いんだかと疑問におもっていたけど、今おそらくこのドン引きしたような表情で私を見つめる庄ちゃんも同じことを思っているに違いない。所詮は人の性癖。踏み込めない部分もあるんだよ庄ちゃん。あと数年したらお前もこの世界が解るさ。

「さて、残るは仙蔵と伊作と長次の三人ね。説得でなんとかできる相手ではなさそうなのだけれど…。でもこれ以上可愛い後輩たちが困っているのはみていられないわねぇ」
「春日先輩、僕があの御三方をお呼びしましょうか?」
「…そうね。それじゃぁ、お願いしようかしら」

「おっ、実力行使ですか」
「ふふふ、見てなさい三郎。拷問のスペシャリストと呼ばれた私の力技ってやつを」














「あれ、仙蔵もいるだなんて」
「伊作か。なんだ長次もいるとは珍しいな」
「…もそ…」

長屋を歩いて曲がり角。僕が曲がった時目で見たのは仙蔵の後ろ姿。声をかけ仙蔵が振り返ると、僕の後ろを見て仙蔵は目をぱちくりさせた。後ろに長次もいただなんて、気が付かなかったなぁ。僕が手にしていたのは何かの資料の紙で、仙蔵と長次もおなじような物を持っていた。

「いやぁ、さっき廊下を歩いていたら目の前で春日の処へ行こうとしていた庄左ヱ門が、鉢屋に「土井先生が探しておられたぞ」と声をかけられているのを見てね。急いでこれを春日のところに届けなきゃいけないのにって慌ててたんだ。鉢屋も用事があったみたいだったし、僕丁度用事なかったから、代わりに届けようか?って名乗り出て…」

「私は鉢屋が慌てた様子で「急ぎ出なきゃいけない用事ができたのに総統が見当たらないんです!」と頭を抱えていたんでな。見ていられなくなったので、代わりに届けてやろうと…」

「……私は…学園長先生から…これを春日に渡してくれと……」

三人とも持っていたのは謎の資料。このメンバーからすると恐らく学級委員長委員会の資料なのだろう。中は勝手に見ない方がよさそうだ。どうせならと三人一緒に春日がいるであろう会議室に足を運ぶと、案の定そこでは湯呑に手を付け本を読む春日の姿があった。

「あら、珍しいメンバーね。一体何の御用?」

「庄左ヱ門から、代わりにこれをね」
「私は鉢屋からだ」
「…学園長先生から…」

「え?あらやだ、どうしてあなたたちが…」

春日は僕らが入ってきたことに気が付き湯呑から手を離し本を閉じた。目当ての三人とは別の三人が入ってきたからか、春日は目をぱちくりさせていたが、代わりに来たという理由を話すと、ごめんなさいと後輩と顧問の失態を謝った。

「これから会議しようとしてたのよ。折角あの子たちのためにお茶まで用意したのに…。勿体ないわ。貴方たちもし時間あるなら、飲んでいってくれないかしら」

本を閉じて受け取った資料にぱらぱらと視線をすべらせる春日は、困ったように眉を下げ今だ湯気がたつ湯呑を指差した。………本来ならくのいちが作ったものなどに手をつけちゃいけないんだけど、春日は後輩をとても可愛がっている。その後輩のために入れたお茶なら、変な物は何も入っていないだろう。安心しても、大丈夫そうだ。

「じゃぁ遠慮なくいただくね」
「私もいただこう」
「…もそ……」

「えぇ、飲んでって。これ、届けてくれてどうもありがとう」

ううんと首を傾げながら資料に筆をすべらせる春日に、湯呑から口を話した仙蔵は「そうだ」と口を開いた。

「春日、お前天女様とその後接触はあったのか?」
「天女?天女様って誰の事?」

「食堂でお前が暴言を吐いた御方だ。覚えてないとは言わせないぞ」
「……あぁあの醜女。あの女が一体なんだって言うの?」
「誰かに詳しい事は聞いたか?あの人はくのいちなんかじゃない」
「立花仙蔵ともあろうお人が一人の女に夢中になるなんて珍しいわ。そんなにあの女が気に入ったのね」


「あの人はこの世の恐ろしさを知らないほどの、純真なお方だ。血に、染まった私の手を美しいと、言ってくださった。それなのにお前、とき、たら。初対面、で、……、む、ち、を………」


「あんな女の、何が気に入ったの?」

湯呑を机に、胸に手をやる仙蔵の呼吸が、乱れに乱れ始めた。みるみるうちに顔の色は赤くなり、呼吸は早く、ついに手を床についた。

「ちょ、うじ」
「…っ、は、」

「あの女に夢中になる。つまり、私があの女如きに、劣っていると言いたいのね?」

反対側に座っていた長次も、呼吸を乱しはじめ、ついには咳込むように胸に手を当て湯呑をダンッと机に叩きつけた。僕も例外じゃない。これは、何か盛られている。っていうかこれ、保健室から絶対に出しちゃいけない薬。「び」ではじまる、コーちゃん印のピンクの瓶の。なんで。僕しか届かないはずの場所においておいたのに、どうして。六年生で、医務室の薬棚触っている人なんて、僕以外に、いないはずなのに。



「委員会に出ることを忘れ、己の失態より私の態度を責める。そしてあろうことかこの私をあんな醜女以下とあなたたちは決めつけた。これは私のプライドが許さないわ。私があの醜女より劣っているですって?そう、あなたたちにはそう見えるのね。くわえて庄ちゃんの演技も見破れず、三郎の演技にも騙され、学園長に化けた三郎にも気づかないだなんて、これが本当に忍術学園の最高学年なのかしら。それじゃぁ、私の躾けが足りなかった、ということかしら?」


さっきまでの優しそうな表情はどこへやら。手にあるのは本ではなく、愛用の鞭。立ち上がった春日はゆらりと殺気を纏わせながらも不気味なほどに笑顔で、下を向く長次の頭にゆっくり足を乗っけた。



「一度でいいからあなたたちを、啼かせてみたいと思っていたのよ」



そう、本当に、不気味なほどに、いい笑顔だった。
























「すまんな作兵衛、すっかり保健の方まで手伝わせてしまって」
「いいえ、私にできることはこれくらいですから!それより、伊作先輩が正気に戻られていないのに留三郎先輩のお部屋で薬煎じて大丈夫なんですか?もしよかったら今晩は私の部屋で…」
「いや、これで伊作が目を覚ましてくれないかというちょっとした期待があってだn」



「誰が気を失っていいと言ったの!!起きなさい伊作!!逃がさないわよ長次!何処へ行く気なの仙蔵!まぁなんて女々しいこと!泣くのはお止め!この程度で許してもらえるなんて思っているなら大間違いよ!この愚図共が!あんたたちのせいで私の靴が汚れたわ!跪いて靴をお舐め!」

「総統私が舐めます!」
「お黙り三郎!どこから湧いてきたの!あんたは引っ込んでなさい!」
「ありがとうございます!!」



「やっぱり作兵衛の部屋に泊めさせてもらってもいいか?」
「えぇどうぞ」
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