思った通りだ。やっっっっぱりつまんない女だった。何がつまんないって言ってることもやってることもワンパターンの繰り返し。「格好いいね」と「凄いね」しか言わないし、なによりもつまらないのは張り付けたようなあの笑顔。嘘笑いなのが見え見えなほどに解る。それに騙されてる六年も六年だ。あんな連中に五年間ヘコヘコしてたのかと思うと己の馬鹿さ加減すら疑えてくる。女、仕事しろよ。先輩、そろそろ委員会出ろ。

「あ〜……なぁ勘右衛門」
「言うな三郎、多分お前今俺と同じこと考えてる」

団子の串をくわえた勘右衛門も心底つまんなそうな顔をしているし、私の横に座る雷蔵もぶすっと不機嫌そうな顔をして食堂の机に伏せている。八左は机に脚を乗せ機嫌悪そうに頭の後ろで手を組み、兵助に至っては豆腐を食しているのにこの眉間の皺だ。少なくとも五年であの女に夢中になっているやつはいない。六年と四年はやられているようだが、俺たちがあんな女には夢中にならない。いや、なれない。

「なんつーか……違うんだよな…」
「そう、別に、不細工ってわけじゃねぇんだよな」

私の言葉に口をとがらせたままの八左が口をはさんだ。そう、別にあの「天女」と呼ばれている女が可愛くないわけじゃない。その辺の町娘に混ぜたら顔も雰囲気も飛びぬけて目立つほどには魅力的な容姿はしていることだろう。

「少なくとも僕らの好みじゃないよね」
「な。俺たちの求めているモノとは何か違うんだよ」

雷蔵の小さい言葉に、テーブルに肘をついた兵助が箸を銜えてそう言った。兵助の言葉に勘右衛門がそうなんだよなぁと頷いて、食堂の端で四年と六年に囲まれた女をただじっと見つめた。

「総統何処行ったんだ?」
「先は知らないけど、一週間ぐらいかかるって」
「一週間か…長いな……あと七日か…」

「一週間前に仰ってた」
「今日じゃねえか!!!」




「出てきなさい雌豚ァア!!可愛い下級生を泣かせた罪!!償ってもらうわよ!!」




勘右衛門が四人から一斉にツッコみを入れられたその瞬間、食堂の壁がバァン!と大きな音を鳴らした。壁を叩いて食堂へ入ってきた人物は、恐らく今私達五人が確実に欲していた人間で、今このテーブルが薔薇色のオーラに包まれたのが手に取る様にわかるほどであった。突然の大声、突然の侵入者に、食事をしていた連中及び天女サマとやらは驚いて入口を見つめていた。下級生たちも私たち同様、「待っていました」と言わんばかりに顔色を変えたが、当の本人である春日先輩は怒りとなぜか悲しみの表情に染まっていた。食堂をぐるぐると見回し私と目が合うと、先ほどの表情とは一変、女神のような微笑みでこちらのテーブルに近づいてきた。おそらくだけど、春日先輩の角度から天女様のお姿をとらえることはできなかったのだろう。六年が立ちふさがってるっぽいし。しかし誰よりも不機嫌そうな顔だった雷蔵があっという間にお花畑のようなオーラを散らしまくっているのには驚いた。そんなにあの女が嫌いだったのか。

「お帰りなさい閣下!ご帰還お待ちしておりました!」
「今帰ったわ雷蔵。今日も可愛いわね。学園に変わりは?」
「えぇそれはもう異常事態です。一刻も早く閣下に伝えねばt」

「米粒が残っているわ三郎!食事のマナーがなっていない!お里が知れるわよ!!」
「ありがとうございます!!」

「八左!テーブルに足を乗せるんじゃない!この痴れ者!」
「ありがとうございます!!」

春日先輩が食堂に入ってきてたったの10秒で五年が二人地に伏せた。私は側に居たためビンタをいただいたが八左に至っては離れた場所に座っていたので思いっきり鞭を足に巻かれ体を吹っ飛ばされていた。くっそ、春日先輩相変わらずいいビンタ持っていらっしゃる…!雷蔵の面ちょっと剥がれた…!

だが、それがいい!!

「兵助あんたねぇ」
「ヒッ…!」

足を広げてひっくり返る八左、頬を押さえて悶絶する私。次はだれが犠牲になるかと思ったが、ターゲットはどうやら兵助だったようだ。それもそのはず。兵助は箸を銜えてテーブルに肘をついていたからだ。春日先輩は生粋の大和撫子。鞭を振るうのは戦闘方法だから置いておいて、完璧という言葉は立花先輩かこの人にしか使っちゃいけないんじゃないかと私は思っている。そんな大和撫子が目の前で何とも言えない態度で食事をしている兵助を見て、怒らないわけがない。やっと自分の姿勢に気が付いたのか、兵助は急いで背筋を伸ばして箸を置いた。だらけていても仕方ない。兵助が座ってた先であの女が見えていたんだから。あんな姿勢になってもおかしくはない。ないのだが、それはそれ。春日先輩がおられるならその姿勢はすぐに直すべきだった。

「兵助」
「は、はいっ…!」
「私がいないからといって食事の姿勢を崩していいわけじゃないわよ」
「ち、違います!お、俺は別にそういうわけじゃ…!!」

「勘右衛門」
「は、はい!」

「食べなさい」

ひっくり返ってる八左を指差して笑っていた勘右衛門だったが、急に名前を呼ばれ嬉しそうに背筋を伸ばして春日先輩の方を向いた。春日先輩は何を思ったのか、兵助の前においてある豆腐が乗っかっている皿を勘右衛門の前に突き出した。勘右衛門は困惑しながらも、「へ、兵助の…」と控えめに呟いたのだが、どうやら春日先輩は今虫の居所が悪いらしい。いつもならこれぐらい大目に見てくださるのに、その一言すらも反抗していると見たのか

「私の言う事が聞けないの。悪い子ね」

と腰に手を当てた。

「食べなさいと言っているの。此れは兵助へのお仕置きよ。それを注意しなかった、同じクラスの級長の貴方の責任でもあるわ」

春日先輩はそういうと兵助の豆腐を手に取り指が食い込むぐらい強めに握った。いやもうそれだって春日先輩にあーんしてもらうなんてもんじゃない春日先輩の手に乗った豆腐食えるってお前それなんてご褒美くそ羨ましい勘右衛門そこ代わってくださいお願いします。

「いただきます!!」
「うわあああああ俺の豆腐と春日先輩の手えええええ!!勘右衛門そこ代わってええええ!!」

「お黙り兵助!銜え箸なんて行儀が悪いわ!恥を知りなさい!」
「ありがとうございます!!」

豆腐を持ち勘右衛門に掴まれている左手。そして右手は鞭で兵助の手を力強く引っぱたいた。勘右衛門あの野郎春日先輩の手舐めやがってくそがぁぁぁあ。

「雷蔵はなんて良い子なのかしら。他の四人に爪の垢を煎じて飲ませてやりなさい」
「は、はい…」

あ!雷蔵が解せぬって顔してる!良い子だと頭を撫でられてるのに不服そうな顔してる!あれ「僕も引っぱたかれたかった」って顔だ!もうだめだこの学年!手遅れだ!

六年四年があの女のなんの術で頭がおかしくなったのかは知らないが、私たちが春日先輩以外の女の魅力に惑わされることがあろうか。いや、あるわけがない。私と勘右衛門は級長委員で直轄の後輩であるから四年前から春日先輩に夢中だったのに加え、その私たちの話を聞いて新しい扉を開いた三人。今更普通の女で満足できるもんか。八左はようやく椅子に戻り兵助も息荒く手をさすり、私も面を直しながらテーブルに戻った。勘右衛門は必死で春日先輩の手にのる豆腐食ってるとか本当にもう羨ましい代わりやがれください。

「それで、」と春日先輩が口を開いたその時、春日先輩の後ろから「あの」と別の高い声が届いたのだが、春日先輩はその瞬間眉間に皺を寄せた。反応早ぇ。

これはこれは…。総統と雌豚が火花を散らし始めたぞ。

「……貴女、誰?」
「…初対面の人間に己の自己紹介もせずに問いかけるなんて、貴女とんだ白痴者ね。常識ってものが欠如しているのかしら」

「はぁ!?あんた一体なんなのよ!」

「邪魔よ虚け!この私の目の前に…立たないでちょうだい!」

バシン!と一発。天女様の真横に鞭を振り下ろした瞬間、遠くからこちらの様子を見ていた四、六年生が立ち上がった。それに気が付いた春日先輩は視線はジロリと動かすも、左手は今勘右衛門に掴まっているからか、一歩もそこから動こうとしない。動かなくても、解決はできるだろうけど。

「おい春日、詳しい事は知らないお前だから警戒心がむき出しになるのは仕方ない。だがこの人は一般女性だ。敵視するべき相手じゃねぇ」
「あら、今日の文次郎は能弁ですこと。隈もついてないなんて素敵な顔になったわね。惚れてしまいそうだわ」
「なっ」
「冗談よ良い気にならないでちょうだい」

なんだかムスッとした顔の潮江先輩。だがそんな潮江先輩の顔を気にも留めず、春日先輩は食満先輩と七松先輩に「此処に立ちなさい」と潮江先輩の横を指差した。二人は何がなんだかといったような表情で前に出てきた。潮江先輩、七松先輩、食満先輩の順で並んだと思ったら、あろうことか春日先輩は鞭をヒュルッと音が鳴るほど勢いよく振り上げて


「恥を知りなさい!!」


「い"っ〜〜〜!?」
「〜〜っ!!!」
「すぢfはいsかdふぁs!!」


そう言い放ち、お三方の股間に、順に鞭を入れていった。パァン!と高らか響く音が三回。それを見ていた私、雷蔵、兵助、八左はキュッと己の股間を押さえ、勘右衛門も豆腐を食べるのを一旦停止し、痛そうと目を瞑った。まわりで食事をしていた下級生たちも股間を押さえるか目を瞑り耳を塞いでいた。己の先輩が大変な目に合っていると其れを目撃してしまった平太は白目をむいてひっくり返り、金吾は白目を向いてひっくり返り、そして団蔵は白目を向いてひっくり返った。

「ちょ、待っ…!」
「春日…!?」
「いってっ……!!」

「お黙り!誰の許可をとって口を開いているの!」

「あだっ!?」
「ちょ!やめ!」
「さでゅかksmん!!」

容赦なく降り注ぐ鞭の嵐に四年生は近くにいる下級生の目を塞ぐことに必死だった。

「作兵衛と左門と三之助が泣いて抱き着いてきたわ!あんた達が委員会に出てくれないと嘆いていたの!おかげで忍務上がりで疲れているというのにご褒美の一つももらえなかったのよ!働きに見合ったご褒美が!これっぽっちも貰えなかったわ!あんたたちにこの辛さが解る!?いいや解るわけないわね!だってあんたたちは女に鼻の下を伸ばして後輩の事も忘れる!愚図で!馬鹿で!鈍間で!阿呆の!駄馬畜生!だもの!ね!」

一言一言発する度にバチンバチンと鞭が入る。ここは食堂だったはずだが、なんだか如何わしいプレイルームのような雰囲気になってきている気がする。被害を受けていない立花先輩と善法寺先輩と中在家先輩ですら、血の気を引かせて一歩二歩と下がっていった。食事中の下級生たちも聞える鞭の音の恐怖故にか箸を握ってガタガタと震えているが、こちらを見ようとは一切しない。そうだ。お前たちはそれでいい。この道に目覚めるには、まだ早い。起きなさい!と痛みに悶える三人をつま先で蹴り上げるが、御三方はそれどころじゃない痛みに呼吸すら危うい状態だ。…割と、大丈夫だろうか…。


「か、閣下その辺に!」
「退きなさい雷蔵!この脳筋三馬鹿トリオは躾けないとあの三人はまた涙を流すわ!」
「い、いやいやいや!いくらなんでも……!ほ、ほら!春日先輩、ま、まだお風呂とか、まだでしょう!?血の臭いとか泥の臭いとかしますし…!あ、あとで握り飯でもお届けいたしますから!い、今は先に休まれてはいかがでしょうか!!」


さすがに見ていられなくなったのか、はたまた己も叩いてほしいとでも思ったのか、雷蔵は三人と春日先輩の間に腕を広げて立ちふさがった。春日先輩は雷蔵の出現に鞭を振るうのを止めたが、さすがに雷蔵の意見も一理あると思ったのか、己の装束の臭いを嗅いでううんと首をひねらせた。

「そうね、雷蔵のいう事も一理あるわ」
「えっ」

「いつまで手を舐めているの勘右衛門!いい加減に離れなさい!!」
「ありがとうございます!!」

最後の一発は春日先輩の手首を掴んで手を舐めている勘右衛門の腕に決まった。ごしごしと手を袴で拭いて一歩二歩と春日先輩が天女様に近づいた。天女様もこんな女には負けないとでも思っているのか、負けずに春日先輩を睨み付けているが、あまりの迫力に一歩後ずさってしまった。その一歩、床板を歩いただけで、春日先輩は口角を上げ

「十六貫」

と言い放った。うわ…意外と…。

「三郎、この妙ちくりんが天女様ですって?」
「えぇ、どうやらそのようですよ」
「天女というのはこの世に二人といない美しい女の事を言うのよ。三郎、此の世で一番美しいのは誰かしら」
「もちろん、春日先輩より他に居ませんよ」

「さ、三郎!?」
「口を慎んでください天女様。春日先輩の御前ですよ」

春日先輩は私の返答を聞きそうでしょうねと言い満足そうに微笑んで鞭をくるくると巻き懐に仕舞う。私の言葉に天女様は、五年生が自分に懐いていないという事実にやっと気が付いたのか、目を丸くして悔しそうに着物をギュッと握った。



「これが天女だなんて笑わせるわね。汚い代赭で傷んだ髪。化粧の基本すら出来てないわ。なんなの目の周り真っ黒に塗りつぶして。嗚呼、寄せた胸ね。見栄を張るなんて厚かましい子。身の程を弁えない与太郎を学園においておくなんて学園長先生は何をお考えなのかしら。調子に乗らないでちょうだい醜女。あんたなんて小平太が掘った塹壕の中で生活するのがお似合いよ。…二度と私の目の前に現れないちょうだい」



最後に悶絶する食満先輩を踏みつけて春日先輩は食堂から出ていかれた。食満先輩羨ましい。

「……しい…」
「…雷蔵?」
「こんなのおかしいよ三郎!僕だけ何もご褒美もらえなかった!」
「は!?」

「お仕置きの邪魔したし遠まわしにだけど春日先輩に臭いって言っちゃったから期待してたのに!僕の意見も一理あるって納得されちゃったよ!こんなの絶対おかしいよ!」
「お、落ち着け雷蔵!」

「うるさいわよ雷蔵!!食堂で騒ぐんじゃない!!」
「ありがとうございます!!!!」
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