「そういうわけでございます。つまり、学園には何の影響もない戦となっているようです。心配なのは、園田村がまた再び巻き込まれはしないかと…」

「うむうむ、ならばその件に関しては手潟殿に、何かあったらすぐに連絡するようにと伝えておこう。おぬしの心配はいらんぞ。ご苦労じゃった。また何か褒美をやらねばならんのう」
「ありがたきお言葉に御座います。では今一度、忍たま長屋とを自由に行き来する期間伸ばしていただけませんこと?」
「何?そんなもので良いのか?うむ!許可する!」

今日はゆっくり休めと学園長先生に言われ、私は畳に手をつき頭を下げて、学園長先生の庵を後にした。昨夜の忍務は血を浴びることなくすんだのだけれど、あの男悦みすぎたのかなかなか情報を吐かなかったからこんな時間になってしまったわ。立派な被虐性愛に目覚めてしまったのか「もう一度」とか「ありがとうございます」を口にし始めたら後が長いと解っているというのに…。やっぱりソッチ方向に持っていかないと情報は簡単には吐いてくれないのかしら。今度からは早い段階で扉を開かせましょう。元から被虐性愛に目覚めている的なら容易くても、そうでない者はそう簡単にオチはしないわ。私もまだまだ腕がなってないわね。

「おう、朝帰りか春日!おはよ!」
「あら小平太おはよう。ちょっと止めて。その言い方では語弊があるわ。私は忍務から帰って来たのよ。…そんなことよりあなたもしかして夜通し鍛練?」

「いんや、なんだか早く目覚めてしまってな!眠れなかったから塹壕掘ってた」
「留三郎に怒られても知らないわよ」

頭巾を外して歩きはじめると、地面がぼこりと凹んだ。何かと視線を落とせば出てきた同級生の土竜。ずっと穴掘りをしていたのか朝日が出ていたことにもすっかり気が付かなかったようで、太陽の光を目に入れうわっと顔を覆い隠した。

「春日は今日も美人だな!後生だ!一発ヤらせてくれ!」
「お黙り!汚らわしい土竜!汚い手で私に触らないで!」
「へぶっ!」

バチン!と良い音が鳴る私の右手は、小平太を大きくふっとばし塀に身体を叩きつけた。土煙を上げながら壁にめり込む小平太は叩かれた頬を押さえその場で尻餅をつき私を見上げている。犬の様な顔をしたって無駄よ。誰か泥臭い男と一戦交えるもんですか。

「………なんかあれだな、春日のビンタって感謝を述べたくなるな」
「まさか小平太が被虐の魅力に取りつかれるなんてことないわよね」
「…………いやそれはわからん」
「ちょっと、何よその顔。まったく暴君が聞いて呆れるわね」

忍たま長屋が少々騒がしくなり、あちらこちらから朝の挨拶の声が聞こえる。そろそろ朝食の時間かしら。


………と、いうことは、あの子達も起きているわよね!?


服の汚れはそのままに、髪の乱れも直さずに、私は一目散に食堂へ走った。まだ全員の忍たまが来ていないとはいえ、可愛い下級生たちは!

「おはよう!団蔵!」
「おはよー庄ちゃん!朝ごはんなんだろうね!」

ほらいたわ!私の癒し!私の天国!私のこれ以上ない最高のご褒美!!












「おはよう庄ちゃんお願い今すぐ私を罵ってぇ!!!!」












私は飛びつくように、歩いている可愛い一年生の足に抱き着くと、彼はいつも通り心底迷惑そうな顔をして私のことを見下ろした。あぁその私を蔑む目!冷たい眼差し!何か言わんとしている口元!眉間に寄る可愛い皺!可愛い!なんて可愛いのかしら!!


「…春日先輩、いつも言ってますけど…汚い手で僕に抱き着かないでください…」

「はぁああん…!もっと言って…!庄ちゃん最高よ…!お願い…!もっとちょうだい…!」

「お風呂にでも入ったらどうですか。血の匂いしますし、泥臭いですよ。貴女女性としての自覚ないんですか……」
「あぁん!庄ちゃんに泥臭いだなんて…!これ以上ない幸せ…っ!」

「あの…春日先輩、」
「なぁに団蔵!」



「気持ち悪いです」
「はぁぁあああああんんっ!!」



最後の一言に身体に電撃が走るのを身を持って感じた。団蔵の蔑む目の冷たい言葉。こんなに破壊力があるだなんて知らなかったわ!

両の腕を掴み体を抱きかかえるようにし、私は膝から崩れ落ちた。庄ちゃんと団蔵は私の事を汚い物を見る目で見下し、行こうと言って食堂へ去っていってしまった。なんて、なんて素敵な子達なのかしら…。あんなに先輩である私をぼろ糞に言って捨てるだなんて。まるで私は履物の中に忍び込んだ小石のよう。違和感を感じられつまみ出されてば、その場で宙へ捨てられる。あの鬱陶しい者を見る目…!堪らない…!これこれ…!これが欲しいのよ!!


「春日先輩食堂の前で倒れないでください邪魔です」
「あぁん三郎次もっと言って!邪魔なら私のこと蹴り飛ばしてもいいのよ!」
「………」
「その蔑んだ目…!もっと私の事をみつめて……っ!!」

「おはようございます春日先輩邪魔です」
「あん!待って孫兵まだ行かないで!私に文句があるなら最後まで言って!」
「邪魔ですどいてくださいあなたのせいで食堂に入れないんです。何度でも言います。邪魔です」


邪魔ですと言って、孫兵は私の身体をぐいと横に押して食堂へと入っていった。それをゴミを見る目で見下しながら、三郎次も食堂へ入り、一部始終を見ていた左近ちゃんも私を蔑む目でみつめながら何も言わずに食堂へ入っていった。今日は放置プレイなのね左近ちゃん…!いいのよ…!それもありだわ……っ!


「もうだめ……!孫兵の冷たい目…!まさか押しのけるまでしてくれるだなんて……!」


それにしても今日はいつも以上に冷たい気がするわ…!出血大サービスってやつかしら…!なんて素敵…っ!精いっぱいの力で体を壁に預けられたけれど、快楽の頂点はもう体を支配している。あの目、あの声、あの態度、朝からなんて最高のご褒美を貰えたのかしら!今日は幸せよ!きっと良い事が沢山まってるはずだわ!

「総統大丈夫ですか?お手をお貸ししましょうか?」

「お止め!汚い手で触らないで!」
「あだっ!!?!?」

伸ばされた手を拒絶するように引っぱたくと、後輩は涙目でその手を引っ込めた。

「痛いな春日先輩!酷いですよ!」
「酷いのはどっちよ三郎!余韻に浸っている間によくもその顔見せてくれたわね!快楽が台無しよ!」

「では総統!俺の言葉で満足していただけませんか!」

「お黙り!勘右衛門の言葉なんて欲してないわ!」
「ありがとうございます!!」

バシン!と叩いたその顔は満足そうな笑顔をみせて直角に腰を曲げて私へ深々頭を下げた。そうよ、あなたたちはそうしているのが正しい態度なの。私を罵っていいのは可愛い可愛い下級生だけ。上級生が私を罵るそれすなわち私に逆らう事。悪い子にはお仕置きを。良い子には、ご褒美を。この二人は委員会の後輩だというのに、やっぱり悪い子ね。この二人がどんなに酷い事を言っても、庄ちゃんの蔑みには敵いっこないわ。

「一年生に罵られるのが一番気持ちいいのよ!あんた達には解んないでしょうけどね!」

「春日先輩ってSなんですかMなんですか」
「さぁ、どうかしら」
「どうって、如何考えてもSにしかみえな「おはようございます春日先輩今日なんか汚いですね」春日先輩お気を確かに!!」

私の後ろを一瞬通り過ぎていく伊助ちゃん。顔を見ずとも声で解る。伊助ちゃんがそう言ってくれることを信じてた!私を汚いと言ってくれることを信じてたわ!忍務の帰りそのままですもの!血もついていれば泥もついてるわ!髪も乱れているし、きっと今伊助ちゃんは私を汚物を見る目で見つめていたに違いない!あぁ、なんてことかしら!あの伊助ちゃんが、私を睨み付けるだなんて…!考えるだけでも絶頂よ…!痺れるわ…っ!

「春日先輩、顔今めっちゃエロいけど…」
「考えてるのは下級生の事だろうな…」

「伊助ちゃん…っ!」

早くお風呂にはいって、綺麗になって、ありのままの私を罵倒してもらいたいわ。今日の忍務は夜通しだったんだもの。これぐらいのご褒美貰えたって罰は当たらないははずよ!

私を抱える勘右衛門から離れて、朝食も食べずに私はくのいち長屋に戻ることにした。お風呂に入りたいわ。それに着替えだってしたい。ご褒美はたくさんもらったから、今日は寝なくたって起きていられるはず。あんなに連続して蔑まれたのなんていつぶりかしら。下級生たちの私を年上とも見ていないあの目が昂揚させる。馬鹿にしたような言葉で私は絶頂までいけるわ…!なんて素敵…!なんて魅力的…!彼らが発する私に向けた言葉の一つ一つで興奮を覚えられるわ!この世の穢れを知らない彼らが、私にだけ向かって暴言を吐くだなんて…っ!幸せっ!これ以上にない幸せ!性行為なんかよりずっとずっと快楽よ!あんな蔑まれ方ってないわ!

薪を追加して風呂に火をつけ、屋根に上って長屋に入る。忍装束を脱ぎ捨て鏡に映った自分の身体を見て、私は口元を緩ませた。この無数の傷を見たら彼らはどんな言葉で私を醜いと言ってくれるのかしら。考えるだけでも興奮しちゃう…。

下卑た男が私に群がるように、私だって衝動を押さえられないときだってあるわよ!そうよ!こんな夜通し忍務なんてした日には心身ともに疲れているんだから。忍たま長屋の、主に下級生長屋に入り浸るしかない。

度重なる忍たま現第六学年生徒の退学により人数の足りなくなった最上級生。委員会委員長を五年生が代理として務めるところもあるみたいだけれど、私が所属する学級委員会だってその一つ。私がくのたまの頭として在籍しているから学級委員会に所属したけれど、あの五年生二人よりも、私は庄ちゃんと彦ちゃんと三人だけで過ごしたい気分だわ。あの二人がいるといつだって二人のご褒美を遮られるんだもの。やれ俺もだのやれ私もだのといって二人の前に立ちはだかるし…。はぁ、そろそろあの二人本当に躾けなきゃ…。これ以上二人の言葉遮られちゃたまんないわ…。

風呂から上がって持ってきておいた予備の忍装束に腕を通し、どうせ今日は暇なのだからこれから授業に参加しようと足を動かした。胸に愛鞭を忍ばせて。



そして忍術学園の変化に気が付いたのは、この日から二週間後の昼。朝帰る予定だったのに、想定外に忍務に梃子摺り帰還が帰るのが昼になってしまった今日。



何かがおかしいと感じたのは学園長の庵から離れた後。いつもならこの辺で、待ち伏せされているのかしらと疑ってしまうほどに小平太に高確率で出会うのに、今日は声すら聞こえない。穴も見えないし、姿もない。そういえばお昼だから、まだランチタイムかしらと空を見上げ、頭巾をはずす。ふわりと香る血の匂いは私の身体から。あぁ今日は三日とお風呂に入れていないわ!一週間忍務だったけど、三日間は潜伏しっぱなしで風呂にも川にも入れなかった!このまま庄ちゃんたちの許へ行けば臭いといって蔑んだ目で見つめてくれるかしら!この際何かがおかしいと感じた事などどうでもいいわ!まずはご褒美をもらいたいもの!一週間忍務に出ていた私を蔑んで!近寄らないでくださいと突き飛ばして!貴方たちが嫌がることだったら私はなんだってやるわ!!


「春日先輩!」

「さ、作兵衛!お出迎えしてくれたのね!見て私は泥だらけよ!一週間も忍務に出ていて長時間お風呂にも入れてないわ!さぁ私を思う存分蔑ん……………」


そして、彼の異変にも気が付いた。

「…作兵衛?」

いつもだったら、三之助と左門を引き連れて、私を視界にいれては「うざったいんで離れてください」と睨み付けて行ってしまうというのに、今日は、作兵衛ちゃんが、

「…どうし、たの…?」
「……っ!」

一人で立ち尽くして、ぼろりと大粒の涙を落っことした。

そしてあろうことか、


「さくっ…!?」


この私に、抱き着いてきた。


「な、ど、どうしたの…!?何を泣いているの!?」
「〜〜〜っ!」

何かを押し殺したような声で泣き続け、腹のあたりに顔をうずめる作兵衛は、いつもの作兵衛じゃない。作兵衛は、人前で泣いたりしないわ。いつだってリーダーシップをとって責任感が抜群で誰にでも優しくてでも私に対しては凄く当たりが強いというか罵りが激しいのに。今日はなんだっていうのよ。


「うわぁぁああああん春日先輩!!」
「春日先輩いいいいいい!!」

「左門!?三之助まで…っ!ちょっと、いったいどうしたのよ!!」


おかしい。何かおかしい。誰も私を邪魔者扱いしない。腹に作兵衛。左に左門。右に三之助が抱き着いて、わたしの身動きは完全に封鎖された。おかしい。こんなことあっていいわけがない。左門はいつも「うるさいんで静かにしてください」と抱き着く私の顔を押しのけて、三之助は「いや本当に迷惑なんで」と抱き着く前に阻止される。それがどうなのよ。だきついて、涙を流して、私の名を呼んだ。それもこんな昼から。授業は?授業が終わっているのなら、委員会があるでしょう?どうして私の処なんかに来てるのよ!

「さ、さく」
「先輩方が…っ!て、天女が……!!」

「……なんですって?」

涙声で話す作兵衛の話を要約すると、ようするに今現在この忍術学園は、『未来から来た見知らぬ女に上級生が鼻の下を伸ばしていて委員会に全く来ない』という状況らしい。どの女なのと問えば首を振られ、くのいちなのと問えば再び首を振られた。左門曰く、その女の詳細は一切不明で、出会いは突然空から落ちてきたというなんとも馬鹿げた始まり方だったらしい。冗談でしょうと口にしようとも思ったのだが、冷静に考えてみてそれが現実なのだと決めるには十分すぎる状況だった。三年ろ組の三人が私に抱き着き、学園の違和感を感じ、小平太の待ち伏せすらない。と、いうより他の上級生たちの姿がまったく見られない。だが気配はある。違和感を感じた原因はこれだったというわけね。

…だけど、そんな話私には関係ないわ。上級生がその女のお熱だというのならそれはそれで結構な事じゃない。上級生の馬鹿どもはその女に。私は下級生たちを相手にしていればいい。私が被害を受けることは何もないわ。邪魔者は消えてすっきりしたってことじゃない。これほど都合の良い事はないわ。逆にその女に感謝しなくっちゃ。どこから来たのかなんか知らないけど、返してあげるために協力するつもりもないし、くのいち教室はそんな馬鹿な女を相手にしているほど暇じゃない。己を磨くことに精いっぱいだもの。だったら私だってこの状況を大いに楽しむだけよ。


「別にいいじゃないそれはそれで。私の邪魔者は消えたわけだし、これで存分にみんなに罵って貰えるって事でしょう!?さぁそんな奴等忘れて私を蔑んで!」


「嫌です!もう春日先輩にそんな酷い事言えません!!」


「はいっ!?」

「もう春日先輩に酷いこと言いませんから…!だからもうどっかいかないでくだせぇ…!」
「今までの事、全部謝りますからぁぁあ!!」
「春日先輩まで俺らの事っ!見捨てないでくださいぃいいい!!」

「ちょ、ちょっと待って!そうじゃないでしょ!?わ、私今日、に、忍務帰りなのよ!?い、いつも以上に汚れてるんだから!汚いですって言って!?ねぇ作兵衛!!」
「そんなこと言えませんんんん!!」

「左門!ねぇ左門!う、うるさいって言ってよ!!」
「いいいいやぁぁあでえぇぇえすうううう!!」

「三之助!!私の事突き飛ばして!!」
「うわぁああああああああん!!」



























「出てきなさい雌豚ァア!!可愛い下級生を泣かせた罪!!償ってもらうわよ!!」


今日はいつも以上に、縄のしなりが良い気がするわ。
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