のんびりした昼下がり。縁側でうたた寝でもしようかと思っていたその矢先、庭が、というか私の足元がぼこりと凹んだ。これはもしやと頬を緩ませると、ひょこりと出てきたのはやはり喜八郎の可愛い顔だった。

「あら喜八郎、こんなに泥だらけになっちゃって」
「おやまぁ名前、ここはくのいち長屋だったの」

「知らないで掘ってたの?」
「名前に逢いたいなと思ってたら来ちゃったみたい」
「ふふふ、大正解だったわね」

よっと声をもらし穴の淵に手をかけて、踏鋤を踏み台に喜八郎は穴から出てきた。喜八郎はこうして私のところへ来る常習犯で、あのシナ先生が喜八郎の侵入に目を瞑られておられるだなんて、とても珍しい事でしょうに。

喜八郎はそんなことも気に留めずに縁側に腰掛け、私が差し出した湯呑に口を付けた。くのいちの出す物を疑いもせずに口に入れるだなんて、私じゃなかったらどうなっていたことか。美味しいと言ってはごろりと横になり、私の膝は喜八郎の頭で埋まってしまった。懐から櫛をとりだしふわふわの髪をとかすのだが、パラパラと砂利がとめどなくこぼれた。どれくらい長い間土の中にいたのかしら。忍たま長屋からここまで、相当の距離があるはずなのに。

「その櫛どうしたの?」
「これ?タカ丸さんから頂いたのよ」
「タカ丸さんから?」
「そう、もう使わなくなったからと仰っていたから。もったいないと思っていただいたの」

「…やだ」
「え?」
「その櫛使われるのやだ。名前の櫛がいい」

喜八郎はむすっとした顔でゴロリと寝返りをうち膝に顎を、腕は私の腰をがっしりと抱きしめる様に掴んだ。この声、あの眉間の皺。喜八郎はおそらく嫉妬しているんでしょう。タカ丸さんから頂いたと言ったこの櫛に。

「櫛に嫉妬だなんて、心が狭いわよ喜八郎」
「嫌な物は嫌だ。櫛が欲しいなら僕が買ってあげるから、それ使うのお止め」
「あら嬉しい。それじゃぁ喜八郎がそう言うなら止めるわよ」

懐に、タカ丸さんから頂いた櫛をしまい反対側から私のいつもの赤い櫛を取り出した。慣れた感触なのか喜八郎の腕の力は弱まったのだが、懐を弄る喜八郎の手はタカ丸さんからいただいた櫛を掴むと自分の懐に突っ込んでしまった。

「喜八郎」
「これはダメ」

「もう、そんなものに嫉妬なんかして」
「名前は僕の名前だよ。他の人になんかあげないんだから」

タカ丸さんに返しておくから。そう言い喜八郎は再び私の膝の上にごろりと横になった。タカ丸さんが気を悪くされなきゃいいけど。


「名前もタカ丸さんの事が好き?」
「尊敬はしているわ。いつだって綺麗に髪を結ってくださるもの」

「ふぅん。じゃぁ僕の事は?」
「なんだか今日の喜八郎は嫉妬しいね。もちろん喜八郎の事は一等大好きよ。私心は喜八郎の物だもの。それだけは、疑わないでちょうだい」


その私の言葉を聞いて喜八郎は満足した様ににこりと笑った。

…かと思いきや、ふと何かを思いついたのかむくりと起き上がってはくのいち長屋の奥に咲いている小さい花をぶちりを無作法にむしり私の横に戻ってきた。器用に長い茎をくるりと丸め、私の指に巻き、満足そうに微笑んだ。


「綺麗?」
「えぇとても」
「気に入った?」
「枯れちゃうのが悲しいくらいには気に入ったわ」

「滝夜叉丸とお話するのも、三木ヱ門と遊ぶのも、タカ丸さんに髪を結ってもらうのも許してあげる。だから、僕とずっと一緒にいて」
「ずっと?」

「うん、名前、僕のお嫁さんになって欲しいです」
「あら、とても嬉しいお誘いですこと」

「嬉しい?」
「えぇ、とっても」

「そっか。ううんと、それじゃぁ、いつまでも僕の側にいてください」
「はい、喜んでお受けいたします」


「わぁ、やった」
「ふふふ、ありがとう喜八郎」


あぁこれは困った。随分と嫉妬深い旦那様を貰ってしまったこと。

それでいてとても可愛い、誰よりも私を愛してくれる旦那様に貰われてしまった。


なんて、幸せなのかしら。







僕と結婚してください

だから僕だけを好きでいてください







「それじゃぁ喜八郎」
「なぁに?名前」

「これからお出かけしない?暇なの。お団子でも食べに行きましょう」
「うんいいよ。そしたら櫛も買ってあげるからね」
「あら嬉しいこと」


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