カフェテリアセレナーデ | ナノ


毎朝同じ電車に乗り毎朝同じ道を歩く。最悪毎朝同じ顔の間に挟まれて移動しなきゃいけないし、毎日毎日同じことの繰り返しだ。もう学生じゃねえんだしこれぐらいのことは覚悟の上だったけど……。さすがに此処まで何の変化もない日々だとニートはいいななんてくだらない事を思ってしまうわけでありまして。まぁ仕事柄私服出勤可だから学生時代から抜け出せないっていうのもあるんだろうけど。

ぐあっと大きく欠伸をすると視界が少しばかり潤う。眠い。それはもう眠い。ここんところ徹夜だったり帰ってくるの遅かったりで生活リズムが狂いまくっている。電車のガタコト揺れる音が子守唄代わりにちょうどいいぐらいには頭がボーっとしている。やばい。これじゃまた仕事中に寝ちまうかもしれない。今日頭に怒られたら確実に高坂さんから始末書かけとか言われそう。無理。俺もうシャーペンより重い物持ちたくない。

鼻にかかった声が駅名を読み上げ、電車は徐々に減速していった。此の駅で降りる乗客は毎日多い。人ごみを掻き分けずとも流れに身を任せれば自然と電車から降りられるから楽だ。人ごみは使いようによっては移動手段にもなる。ただし電車乗車時だけだが。

「眠……」

まさかこの歳で通勤ラッシュの餌食になろうとは。大学まではバイクで移動できていたからいいが、毎日バイクは無理。ガソリン代とか考えると毎日バイクで出勤は無理です。っていうかこの働かない頭でバイク乗るとか死ぬ。確実に事故る。まだ俺は死にたくない。

ポケットの中で振動するケータイをスライドさせ画面を開くと、「おやあり(p_-)」とクソくだらないリプライが来ていて腹が立つ。こいつ今起きたのか。俺は此れから仕事だっつーの。ニートはとっとと仕事を探せ。お前と友人の縁切るぞ。

あぁあの人は昨日も此処で電話に出ていた。こいつは昨日もケータイをいじりながら歩いていて人と肩をぶつけていた。なんて毎日同じ光景を見ているからかつまらない思考回路になってしまった。まるで先の行動が予知できる。あ、こいつは昨日こうだった、だから次はこうなるだろう。なんて考えてみれば全くその通りに動く。

………つまらん。なんでこう毎日同じことばっかりしかないんだ。学生時代はもっともっと毎日が面白かったと言うのに…。


「……お、」


そこで俺は、このいつも通りの毎日から抜けだすために何か行動に出てみようと思った。視線を上げた先にあったのが、駅構内にあるカフェ。持ち帰りをして出勤しながら飲むのを目的としている客が多いのか、中は随分と込み合っていた。ある人は新聞を持って、ある人はケータイをいじって列にならんでいる。ほとんどの奴らが店員から渡されるメニューをやんわりと断っているということは、こいつらは常連で自分の中で決めたメニューがあるということか。ちくしょう朝一でカフェとかかっこいいなおい。俺も今度からこうしようかな。目も覚めるだろうし。

「いらっしゃいませ!カフェテリア山梔子へようこそ!メニュー表をご利用されますか?」
「あざす」

あぁ大学生だな、って感じの男にメニュー表を渡され、俺はケータイをポケットにしまい目を通した。横にはサラダやらケーキやらが並んでいるが、今は朝。通勤中の連中がそれに目を向けることは無かった。まぁ俺もだけど。こういうのはゆっくり食いたいしな。


………うん、よく解らん。


別にまだ俺はおっさんではないがカタカナが苦手だ。とーるだのすもーるだのなんだの。しかもメニューもほとんどがやたらと長ったらしいカタカナばかりで嫌になる。まずい、文字酔いしそう。

「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですか?」

アァーーッ!!決まってないのに俺の番になるとか一番最悪なパターン!しかもお姉ちゃん可愛い!こ、困らせたくねええ!!


「あぁー、えっと…」
「………」
「……ですね…」


「…お悩みでしたら、朝は目覚める香りのヌワラエリアのストレートをお奨めしておりますよ」


これは天の助けか、それともただレジが混むからとっとと俺を流したいだけなのか。レジのお姉ちゃんは朝にふさわしい爽やかな笑顔で、だけど俺にしか聞こえないぐらいの小さい声でそう言った。店員が悩んでる客におすすめするだなんてなんか、珍しいな。そうおもい呆気にとられてしまった。だがまぁいい、別に俺は常連じゃないしこれといって好きな飲み物があるわけでもない。こんなおしゃれな店にメロンソーダが置いてあるわけもないし、っていうか出勤前にそんなの飲んでられない。

「じゃぁそれお願いします」

「ホットとアイスどちらになさいますか?」
「アイスで」

「サイズはラージ、ミディアム、スモール、タイニーが御座いますが如何いたしますか?」
「は???あ、えっと、普通のやつでいいです」

「はいありがとうございます!お会計240円になります!」

連続して並べられた横文字に思わずは?とか言ってしまったが、なんとか注文をする事ができた。500円玉をだしお釣りを受け取ると、お姉ちゃんはあちらでお待ちくださいと少し右にあるミルクだのなんだのが並べられたスペースを手で指した。後ろにいた別の店員とハイタッチを交わし、お姉ちゃんは注文された品に取り掛かった。ハイタッチはこの店の名物なのだろうか。無駄にいい音が鳴ったけど。

LINEの返事を返しながら注文した品物を待っている間で、次の電車に丁度いいぐらいの時間になっていた。横にいる俺が意外の客が次々とカップを受け取って店を出て行った。毎朝毎朝ここはこんなに混んでいるのだろうか。初めて入ったけど店の雰囲気いいし、普通にのんびりしていきたい気分だ。駅の構内にあるっていうのがもったいない。


「ヌワラエリア、アイスでお待ちのお客様!」


聞きなれない単語が聞こえる中、これはさっき聞いたぞ、という名前が耳に入った。あ、これ俺が頼んだ奴だわと2秒ぐらい間をおいて顔をあげるとさっきのお姉ちゃん。透明なカップに入ったそれはオレンジ色で、あぁ紅茶だったのかと今更思った。何故か勝手に珈琲かと思ってた。

「お待たせいたしました!いってらっしゃい!」

受け取ったカップはとても冷えていて、これは目が覚めそうという爽やかな香りを感じた。すげぇなこんなの飲んだことないぞ。


「行ってきます」


ふと、なぜか口をついてその言葉が出てしまった。お姉ちゃんの言葉に反応してしまったのかつい返事をしてしまった俺はあ、やべ、とあいている手で口を覆ったのだが、時すでに遅く、その言葉は店員のお姉ちゃんの耳に届いてしまっていたようだ。俺にカップを渡してすぐその場を布巾で拭いていたお姉ちゃんは其処から動いていなくて、しかも俺のそんな言葉が聞こえてしまったもんだからか驚いたように顔をあげていた。

三秒ぐらい視線があったままだったけど、お姉ちゃんはまたふっと吹き出したように笑って

「いってらっしゃいませ」

小さい声で、そう、言ってくれた。


ストローを貰い小さく会釈して店のドアを開けた。差し込んだストローを伝って喉を潤したそのお茶は初めて飲んだ割には飲みやすく、冷たさと香りで俺の脳は覚醒した。

一瞬目についたお姉ちゃんの名札。名字しか書いてなかったけど、行書体で『難波』と書いてあったのを俺は見逃さなかった。難波、難波ちゃん。こんな朝早くから仕事してんじゃ大学生かな。俺より若そうだったし。







「…うん、美味い」







いつもと同じ毎日に変化が出た。

そんな7時56分。







「何さ弾ちゃんそんなオシャレなもん持って出勤なんて!」
「壮太には解らんかこのいい匂いが」

「弾おはよ。なにそれ一口頂戴!」
「勘介はコーラでも飲んでろ」
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