客入りも上々。盛り上がりも上々。これは思っていた以上に会場内が騒がしいことになっている。

「さぁさ最初は狸と狐!三郎、勘右衛門の二匹が吹き出す紅蓮の魂!各々その身を焦がす事なかれー!」

手を広げ頭を下げると、俺がいる舞台の幕が引き下がった。一平を抱え天井裏へと移動すると、丁度その時、下で作兵衛と藤内が「西」と書かれた幕と「東」と書かれた幕に繋がる紐を勢いよくぐいと引き上げたところだった。客席の左右の幕が開き、其処にいたのは何一つ珍しい所など無い、狐と狸の面を頭につけたただの青年が二人。手を床につき下げていた頭を上げると、幕の裏では仙蔵が三味線を、ハチが笛を奏で始めた。二人はちゃんちゃかとひょうきんな音楽に合わせふざけたように踊りはじめ観客の笑いを誘っている。そして武術の型を見せたり、大きく体を飛び跳ねさせたり、天井に吊るされた縄を伝ったり、まさに二人は競い合うかのように体を動かしていた。いいぞいいぞと客席が盛り上がるが、突然二人は踊りを止めた。かと思った次の時、二人はパン!と手を打ち合わせ、その打ち合わせた手へ勢いよく息を噴いた。瞬間、ゴォ!と噴き出た炎は客の頭上で大きく燃え広がり、あっという間に、二人がつたった縄までもを燃やし尽くしてしまった。突然の炎に客席から悲鳴があがるが、笑顔で頭を下げた二匹に、盛大な拍手が巻き起こった。

「夜道が暗けりゃ狐火をどうぞ!御一つ油揚げ一枚から!」
「月夜の孤独にゃ狸火をどうぞ!御一つお団子一本から!」

掌を胸に当て頭を下げれば再び拍手が巻き起こり、舞台上へ大量の金が投げ込まれた。するりするりと幕が下りる最中、三郎はおまけにとでも言うかのように、一度面をつけすぐに外して、顔を勘右衛門に変えてみせた。本物の化け狐だと年寄りは手を合わせ、子供は尊敬の眼差しで三郎をみつめていた。あぁ、こりゃぁあとで勘右衛門に妬まれるぞ。

「あの、林蔵先輩。いまのってどういうカラクリなんですか?」
「うん?一平には見えなかったか?二人の手の中には石が入っていたんだ」
「石?」

「手を打ち合わせて切り火をし、打ち出た火の粉に思いきり息を吹きかけていただろう?あれはただの息ではなく、口の中には溶けた蝋が含まれていたんだよ。多分匂いからして、三郎の口には蝋だろうが、勘右衛門は油かな。その勢いで手の中から思いきり炎が吹き出る。客席の角度からすりゃぁ石なんて見えんし、三郎と勘右衛門が炎を吹き出したように見えるだろう」

「蝋!?あ、油!?熱くないんですか!?」
「油はそれほどでもないだろうが、蝋はそりゃぁ熱いさ。だがあいつらおそらくあれには慣れているんだろう。町でイタズラでもやっていたんじゃないか?初めてにしちゃぁ、上手すぎる」

見てみるか?と一平を抱えて下に下りると、二人は舞台裏で上手くいったなと拳を合わせながら口をゆすいで窓の外へと吐き出していた。

「ご苦労さん。上手くいったな」
「林蔵先輩!いやぁこれぐらい軽いもんですよ」
「ただ三郎が最後にあんなことしなけりゃ、ルックス的には俺の方が人気が出たな」
「なんだと。雷蔵のこのプリティフェイスに文句でもあるのか」

「よせお前らまだこれから長いんだぞ。天井裏へ回れ。連中の様子を探って来い」
「がってんだ!」
「お任せあれ!」

水筒を頼むと一平に竹筒を渡し、二人は天井裏へを姿を消した。

「お次は盲の奏でる音楽に妖怪轆轤首が舞いますれば!!」

舞台裏から声を上げ、今度は一平が「北」の幕紐を引き上げた。目を瞑る藤内が、仙蔵から受け取ったであろう三味線を奏で始めると、その横で頭を垂れていた女は顔を上げ、そして頭は天高くへと首を伸ばして舞い始めた。客席は悲鳴と歓声に包まれているが、今は恐怖の方が大きいだろう。だがこちら側としては作法委員会がふざけているようにしか見えない。藤内が目を瞑り必死で音を奏でているのに、仙蔵ときたら天井裏で糸を指に巻きつけて人形劇をやっているだけだ。口元を楽しそうに歪ませながら仙蔵が委員長になってもっとも出来が良いと部屋に飾っていた生首フィギュア。どう見ても本物の首にしか見えない上、仙蔵の操る糸の繊細な動きときたら。まるで本物の轆轤首がその場にいるかのようにも見えるだろう。首は宙を舞い藤内の音に合わせて扇を持って腕を動かす。

「隣で踊るは梯子の演舞!息を合わせて空を舞う!」

そしてその横に並んで出てきた留三郎と作兵衛。梯子を持った男が何をするかと思えば、梯子の片足を額に乗せバランスを取り、留三郎は手を二人人馬の形にした。作兵衛が留三郎につっこみその手を踏み台に宙へ飛び、留三郎が額でバランスを取っている梯子に片手て乗り作兵衛も負けじとバランスをとって片手を広げた。その時客席は拍手喝采。下で支える留三郎が笛を吹き、作兵衛がそれに合わせてよいさよいさと声をだし回り回って手から足へ。梯子のてっぺんに上った作兵衛は高く伸びる轆轤首の頬へ口づけを落として、その首にしがみつき床へと降り立った。子供一人捕まったところで折れぬ首。これは本物の轆轤首だと客席は少々怖がっているような空気に包まれたが、小さくも凛々しく頭を下げる作兵衛に客席は拍手送った。留三郎をと手を繋いで作兵衛は舞台裏へ。藤内も、轆轤首の首に押されて、舞台裏へとはけていった。そしてまた、舞台上にはこれでもかと金が投げ込まれていた。

「良くやったな作兵衛!今日一番の出来だったじゃないか!」
「あ、ありがとうございます!と、留三郎先輩おでこは…!」
「うん?あぁ、これぐらいなんともないさ!心配してくれてありがとうな!」

「凄いですね立花先輩、本物の轆轤首に見えましたよ」
「伊達にこれを使って奇襲を仕掛けているわけじゃないさ。お前も短時間でよくあそこまで演奏できるようになったもんだ。さすが私の後輩だ」

「おいハチ、孫兵はどうした?まだ帰ってきていないのか?」
「えぇ出て行ったっきりで。もう少しだと思いますけど、様子見てきましょうか?」
「頼む。俺は場を繋ごう。一平はここで待ってような」
「はい!」

開園と同時に、孫兵には別の仕事を頼んであった。まだ戻っていないという事は少し梃子摺っているのだろうか。ならば仕方ない。私が時間を潰すしかない。手の腹を斬り血を板に塗り付け、私は拍手の中西の幕から姿を現した。

「どうでしょうお客さん此処までずずっと見てまいりました当座の連中中には生まれてこの方ずっとこの技で食っている者もおりましていやはや世間は狭く異形ははじかれると言いますがそれでも生きていくには金がかかるし場所もいるってもんで私も連れて日ノ本ぐるりとまわりはしますがさて今自分がどこにいるのか解らず仕舞いでございまして」

わはは!と笑い声があふれ「東」の幕へ目を向けても、動く様子はまだなかった。あまりやりたくなかった奥の手だが、私は珍しいものをお見せしましょうその名もイタチですと膝を叩いた。

「なんぞ!鼬など何処にもおらぬではないか!」
「何をおっしゃるお侍、板に血がついてこれが本当の"板血"…なんちゃって!」

ほらと板を上げ笑って言えば大きな拍手とひっこめととい笑い声が帰って来た。全く…こうなるからこの手は使いたくなかったと言うのに。ならば別の手をと思ったが、客が全員背を向けている方の東の幕で、ハチが腕を丸にして合図を出した。あぁやっと帰って来たか。

「それでは皆様その目をそらす事勿れ!当座一の看板男、『蛇男』の幕開けに御座います!」

東の幕が大きく開いて、幕の内で手を付ち頭を下げていたのは、客が待ちに待っていた蛇男。袴をはいて上は裸。上半身から顔にかけで鱗模様の化粧をした孫兵の麗しき姿に、客席はうっとりと息を吐き出した。

「いやぁ孫兵は残念な美形だとばかり思っていたが、やはり世間から見たらあれは極上の一品なのだろうな」
「伊賀崎先輩はカッコいいですよ!」
「お前は可愛いぞ一平!」

「それにしても林蔵先輩、ダジャレなんて言う人だったんですね。僕はもっとクールな人かと…」
「や、やめろ!あれはあくまで奥の手であって…!」

一平から向けられた冷たい視線に耐えきれなくて、俺は思わず顔を手で覆った。だが相変わらず舞台は盛り上がっていた。ジュンコはもちろん、きみこやジュンイチ、大山兄弟まで。伊賀崎ファミリー総出で舞台上に舞っていた。それに、俺の相棒であるセイキチも孫兵と一緒に行かせている。この店の蛇男は蠍や蜥蜴などとも心を交わす。それが予想外だったらしく、客席は悲鳴を上げたり、目を瞑ったりと空気は徐々に歪んでいった。

孫兵は蛇を体に巻きつかせ踊り、ついで横を向いてジュンイチの尻尾を掴んで己の口に入れた。ヒィと声があがるが、横を向いているからこそそう見えるだけで、孫兵はジュンイチを食っちゃいない。口の中に入れる様にみせかけ、そのまま髪を掴ませた。本当に食ったかのように口を動かし正面を向けば、ジュンイチは孫兵の後頭部から背中へ回り、腰から袴の中へをいどうした。これほどまでに正確に命令できるとは、孫兵の腕は本当に大したもんだ。

「どうか叫ばれませんように。この子達は叫び声には敏感です」

静かに響いた孫兵の声。その言葉を合図に、ジュンコ、きみこ、セイキチが、舞台から降りて客席を這い始めた。獣遁を得意とする孫兵も一般人相手ではかなりの神経を使っているのか、額から一筋の汗が光っていた。息を飲んだ客席。だがその時、「ギャァッ!」と誰かが大きく叫んだ。それに一早く反応したのはセイキチで、叫んだ男の腕に思いきり噛みついていた。孫兵が目を見開くと、残りの二人も一番近くにいた人間の首にぐるりと巻きつき、威嚇するように口を大きく開いて見せた。

「助けてくれ!!痛い!!」
「や、やめろ!離せ!」

客席は大パニック。噛みつかれた男は隣に座っていた人間にしがみつき、苦しそうにもがいた。残りの二匹に捕まったヤツも近くの人間にしがみ付いて助けを求めて暴れ回った。こうなっては手が出せない。孫兵の舞台だというのに、客席は大きな叫び声を響かせて連中はいち早く出口に駆け逃げて行った。あっと言うまでもなく客席は空っぽに。取り残されたその数人は


「くれない座の座長さんと、その仲間かな」


一平が恨むべき人間、三人。

「んなっ…!?だ、誰だお前は…!」

「おい留三郎、大丈夫か?」
「おう大丈夫だ。お前も牙出さなかったんだな。偉いぞ」

そう、残ったのはこの舞台を客席から眺めていた人物であり、一平の相棒を奪った見世物小屋の座長だった。座長にしがみ付いき、セイキチに噛まれ毒が回ったふりをしていたのは留三郎で、声をかけるとケロッとした顔で座長から手を離し、セイキチを体に巻き立ち上がった。

「勘右衛門、仙蔵、ご苦労さん」
「あぁ」

「ちょ…!林蔵先輩…!ジュンコの毒…!」
「ば、馬鹿野郎!だから腕には何か巻いて行けと言っただろう!ほらこれ吸え!」
「忘れてました…!」

痺れるているかのように勘右衛門は体を震わせ俺の脚にしがみついた。きみこは仙蔵の身体から孫兵の身体へ。ジュンコは孫兵から腕に何か巻いているだろうから本当に噛んでいいと言われていたのに勘右衛門がしびれているからか不安な顔色をさせていたが、毒消しの煙管を吸わせ傷口を火縄で飛ばしたのでなんとか一命は取り留めた。何してんだこの馬鹿本当に死ぬかもしれなかったんだぞ。

「お前帰ったら伊作んとこ行けよ」
「了解です…」

「さてと、お初にお目にかかるな、くれない座の座長。俺は若王寺林蔵という。この子供に見覚えはないか?」

背中に隠れた涙目の一平を前に出すと、座長は頭に疑問符を浮かべているようにも見えた。だが一平の姿に反応したのは座長ではなく、後ろにいるもう一人の男と女。「あっ!」と声を漏らしのを聞き逃すわけもなく、顔を真っ青にさせた両者を逃がさぬと言わんが如く作兵衛と藤内が二人の腕を縛って捕まえた。

「そう、先日お前らの見世物小屋で殺された犬の飼い主だ。こいつはそれにより心に大きな傷を負った。此処まで言えば解ると思うが、俺たちは旅芸人なんかじゃない。とある場所でとある人たちから教えを乞うている戦闘集団とでも言っておこう。相棒に動物を選ぶ人間もいる。それがこいつだ。しかしお前らは金儲けのためにと幼い子供からその相棒を奪い、金儲けのためにとその犬を殺した。生き物の死で富と名声を得た。それは、絶対に許されてはいけない事だ」

剰えこいつらは孫兵の身さえも奪おうとしていた。戻ってこないであろうお前らの処の蛇男は舌を噛んだといえば、連中は目を見開いてさらに体を震わせた。

「あの犬を返せと言ったところで帰ってくるわけでもないな。なぁ孫兵」
「この連中の小屋に、ハヤテの姿はありませんでした。なのに、幼い子供は何人もいました」
「あぁ、人攫いまでやっていたのか。腹立たしい畜生だ」

舞台が始まる前に、孫兵をくれない座の小屋へ行かせていた。場所はハチから聞いていると迷わず行けたようだ。もしかしたら、ハヤテが生きているかもしれないというかすかな希望にかけて。しかしやはりその姿はなく、そこにいたのは狭い檻閉じ込められた生き物と、押し入れに詰め込まれた幼い子供たち。その姿を見て孫兵は言葉を失い、そして此処へ戻ってくるのが遅くなったのだという。

「お前らも同じ目にあわねばなるまい」


「何が…っ!何が悪い!生き物など代わりにいくらでもいよう!子供などまた産めばよかろう!金になる者を使わんとして何が人か!この世の頂点に立つ者こそ人だ!犬を殺し金を得て!蛇を殺し金を得て!親無き子供を売って金を得ているだけではないか!貴様らの様な者に解る者か!お前だって…!お前だって蠍を食い金を得ていたではないか!!」


「ジュンイチは食ってはいない!ジュンコたちだって売りものじゃない!この子達は僕の大事な家族だ!!」

袴から出てきた蠍も、孫兵に巻き付く蛇も、怒っている。男の言葉に怒っている。孫兵はこいつらとは違う。見世物にして金を得る生活を望んでいるわけじゃない。大事な家族として、大事に扱われている。孫兵が好きだから側に居る。孫兵が大好きだから、命令に背いたりはしない。

「こいつらだって!俺に使われなければその辺で死ぬ運命だったんだ!それを拾って金にしている!何が悪い!何がおかしい!こうでもせねば!こやつらだって生きてはいけないんだぞ!!」
「やかましい!!それはお前が都合のいいように使っているだけだ!!金のために人を見せ金のために人を攫い命を奪い!!貴様は命というものをなんだと思っている!!」

反省の色を全く見せようとしないこいつはなんと愚かな生き物か。確かに私は、あの時この座の人間の目を奪った。だがあれは孫兵の命を狙った代償だ。その後何の迷いもなく自ら舌を噛み切ったあいつは、きっとここでの生活なんて望んでいなかったからこそ、あのとっさの判断ができたのだろう。後ろの二人も恐らく同じだ。私の言葉に耳をふさいで体を縮こませ、「母さん」「父さん」と譫言の様に小さく小さくつぶやいていた。こいつらにも帰る場所があったはずだ。それを奪ったのは、この男だ。

「確かにこの世は生き辛い。だからと言って、簡単に奪っていい命なんてない」
「やかましい!!俺は間違ってない!!あの座を奪われてなるか!!あれで俺は富も名声も手に入れた!!次の町でさらに稼ぐんだ!!こいつらだって馬車馬のごとく使ってやる!!働け!!お前らなんぞ俺がいないと生きていけないくせ……にっ…!?」


「黙らんか」


滔々と続ける言葉に連中の怒りは頂点に達しようとしていた。爆発寸前の連中をこれ以上刺激してはいけないと判断し、俺は懐から握り鉄砲を座長の顔に向け口を閉ざした。殺される。そう判断したのか座長は一気に言葉を飲みこみ、腕を振るわせ顔色を青くした。


「さて、ここから先は六年生の仕事だ。勘三郎、ハチ、藤兵衛と一平を連れて学園に帰っていろ。雨だから、帰ったらすぐに風呂に入れ。あと文次郎に見つかるなよ」
「解りました」
「どうかお気をつけて」
「よーし、帰るぞお前ら」

「はい!」
「失礼します!」

「…林蔵、先輩っ」

「大丈夫だ一平、先に帰っていなさい」

心配そうに俺を見つめる一平をハチが抱っこし、奴らは小屋から姿を消した。






「さてとどうするか留三郎、仙蔵」

「さぁてな、犬は見世物にされたのだろう」

「ならば其れ相応の姿にしなければな」







「た、頼む、い、命だけは…!」

「…お前らが殺した連中も、そう口から言えたらよかったんだがなぁ」








さっきまで小雨だったにもかかわらず

雨すら俺たちに味方し始めたのか

叫び声すらかき消すほどに

どうどうと大きく降り始めた。



嗚呼やはりこの人の世は

まったくもって碌なもんじゃない。
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