「すまないな、良く集まってくれた。礼を言う」

セイキチが部屋に入ると、蛇に慣れていない連中は驚き姿勢を崩した。セイキチはなぜか藤内が気に入ったのか、シュルリと腹に首に巻き付き藤内の顔を覗き込んだのだが、本人は何故自分が目を付けられたのか解らず、白目をむいて倒れてしまいそうな顔色になってしまった。

「あははすまない藤内。セイキチがお前を気に入ったようだ。そのままにしておいてくれないか」
「なんっ…!ぼ、僕…!」
「大丈夫だ、そいつに毒はない。大方、お前から甘味の香りでもしたんだろう。作兵衛も、来てくれてありがとうな」

「いいえ!孫兵の後輩が酷ぇ目にあって、林蔵先輩が俺らをご指名なら喜んで力ぁお貸しいたします!」
「良い目をしてる!ありがとう!すまないな留三郎、お前にも迷惑をかける」

「なぁに、気にする事はない。俺も少々その見世物小屋、耳にはさんでいてな」
「そうか、力になってくれてうれしいよ。仙蔵も悪かったな」

「藤内が出るのなら私が行かねばなるまい。文次郎にも声をかけたがあいつとろ組の二人とは此れから長期忍務だと悔しがっていた」
「伊作は新野先生と出張でな」

「あと、雷蔵と兵助は今忍務中で学園をあけているみたいです」
「こんな楽しい話、すればすぐ飛んできそうな奴等でしたけど…」

「そうか、まぁ、此れだけいれば十分だろう」

最初はハチと孫兵、級長委員の三郎と勘右衛門、藤内と作兵衛にだけ力を借りるつもりだった。前者四人は関係者だからいいとして、藤内と作兵衛は前々から良く孫兵や俺に獣遁について聞きに来ていた。忍のパートナーとして生きてくれる生き物の命の大切さを教えてやるため、今回声をかけてみようと思ったのだが、仙蔵と留三郎は完全に興味本位で足を突っ込んできた。だが前々から忍務で街に出て、見世物小屋の存在の噂は聞いていたらしい。だが忍務には関係ないのと、さほど興味がなかったので立ち寄るまではしなかったらしいのだが、委員会の後輩をこれこれこういう理由で貸してくれと説明してみたところ、面白そうだから自分たちも混ぜろと言ってきたのだ。人数は多い方が良い。願ってもいない申し出に俺はその場で返事を返した。ここに集められた理由、経緯は、各々から聞いている通りで、一平と彦四郎の話は皆頭に入っているようだった。己を入れて総勢九名と二匹。これだけいれば、なんとでもなる。

「…で、林蔵先輩。こんなに人数集めて何をされるおつもりで?」
「良く聞いてくれたハチ。お前らに協力してもらいたいことがある」

場所は俺の部屋。同室はセイキチだけの広い部屋で会議を始めるには、丁度いい広さだ。


「俺はこれから、見世物小屋"くれない座"を潰しにかかる」


ドカリと座りそう言えば、三年は背筋を伸ばし、五年はほほうと頬を緩ませ、六年はそれは面白そうだと腕を組んだ。


「潰す?建物自体をですかい?」
「作兵衛、そういう物理的な意味でなら仙蔵一人を指名した方が時間も労力も短縮できる。違う、潰すんだ。あの暖簾を下ろさせるという事だ」

あの一座を壊滅させる。これが最終目的だ。

「何故です?殺すだけなら簡単でしょう?」
「ただ殺すだけではつまらんだろう。勘右衛門、お前はまだ幼い己の可愛い後輩が涙を流して帰って来たんだぞ。可愛い後輩が悲しんでいるというのに、そんな生半可な始末の仕方で満足できるか?いいやできない。俺はあの一座を壊滅させるまで追い込んでやる。可愛い一平の心をボロボロにさせた罪。其の身を持って味わわせてやるさ」

殺すという単語にあまり関わりのない三年生三人はビクリと肩を揺らして俺を見た。

つまり、今回この人数に集まってもらったのはあの見世物小屋を潰すため力を貸してもらいたいという事。一平の穢れを知らぬ心を蝕みあろうことか愛犬を目の前で噛み殺すという残虐な行い。其れを聞いて黙っているわけにはいかない。あの一平が心を病み、授業を休むなど、今まで一度もなかった。彦四郎の話では今日も授業に出ていないらしい。朝起きても、部屋に戻ってきても、どう声をかけていいのか解らないと、涙ぐんで俺に相談してきた。一平の心が未だ晴れぬというのなら、それをなんとかするのは一平が所属する生物委員会の委員長である俺の仕事ではないか。


地に手をつかせて頭を下げさせ、一平に目の前で謝罪させるか?いや、まだ生ぬるい。

旗を燃やして一座を解散させるか?いやいや、こんなものでは済まされない。


目には目を。歯には歯を。殺したのなら、殺してやる。

それで一平の気が晴れぬのなら、その魂、天に昇らせることすら許さん。


言わばこれはハヤテの弔い合戦だ。


「故に、殺すか」
「俺の可愛い一平が泣いていた。それ以上気を乱せる理由があると思うか?」

「……林蔵は」
「なんだ留三郎」


腕を組んでいた留三郎が仙蔵の次の言葉を遮るように、重々しく口を開けば



「生物委員であり命の尊さを訴える割りには、奪う時はあっさり奪うと言えるのだな」



そうつぶやいた。

奪える理由は簡単だ。




「…俺はな留三郎。美人の涙に弱いんだ」



一平はきっと美しく育つ。そういえば留三郎はふふっと笑い、仙蔵も呆れたように組んでいた腕を解き膝を叩いた。


「協力しよう。私も、後輩たちが泣いてすがるのならどんな命でも奪える覚悟でいるのだからな」
「さすが優秀な仙蔵は話が早い。協力感謝する」

「俺も手伝おう。作兵衛がやるというのなら、俺もやんなきゃなぁ」
「留三郎先輩と一緒に頑張ります!俺も協力させてくだせぇ!」
「ぼ、僕も!立花先輩がやられるならなんだってやります!」

「ありがとう!恩に着るよ!」


「俺もなんでもやりますよ!うちの彦四郎の涙、かなり高いんですからね!」
「この変装がお役にたてるならなんなりと申しつけください」

「すまん、ありがとう勘三郎」


「俺らもなんでもやります。一平の仇打ちましょう」
「ジュンコも手伝ってくれるみたいです。一緒にあの一座を潰しましょう」

「すまない俺の我儘で。ありがとう」


それじゃぁまず、と手を伸ばしセイキチを自分の身体に移動させようとすると、セイキチはその手に絡むことなく入口へシュルリと行ってしまった。閉ざされた扉をあけようとしているのか鼻先をコツコツとぶつけている。開けてやってくれとハチに向かって顎でさし、ハチが扉を開けてやると、そこに立っていたのは


「っ!一平!」

「林蔵、先輩…」


寝間着のまま、すっかり隈ができてしまっている一平の姿だった。

「どうした!大丈夫か!?部屋から出て、へ、平気なのか!?」

丸で扱いが病人のようだ。だけど、一平はそれほどまでに気を病んでいたことに違いない。駆け寄り肩を掴み顔を覗き込むと、まだ涙の痕が頬に赤く残っていた。

「林蔵先輩、み、見世物小屋、あそこ、潰すって……」
「き、聞いていたのか……」

いつから聞かれていたのか。まだ一年生たちに殺気は当てたくなかったから今の会話は聞かれたくはなかったのだが、一平はほとんど、と小さく口を開いた。


「僕も………!僕にも、お手伝いさせてください…!」
「…一平」

「僕にも、ハヤテの仇、とらせてくださ、い…!お願い、します……!」


まだ涙の痕が消えず、心の傷も癒えぬまま、一平は俺の元へやってきた。俺の首に抱き着く一平の声が震えている。此処へ来て、己の悔しさを口に出す。それがどれほど気合の居るものか、経験しないものには解るまい。相棒を目の前で殺されて、守ることができなくて、一平は悔しい思いでいっぱいだろうに。


「良いのか一平。命のかかった場に行くんだだぞ。一年生のお前にはまだ」

「それでも僕はっ…!ハヤテの、ハヤテの友達です!!」


可愛い一平が涙を流した。だから俺は仇を取りに行く。

一平も同じだ。

愛する友人を奪われた。だから一平は仇を取りに行く。


「…そうだな、お前もハヤテの仇討ちたいもんな」
「はい…!」


「良いんじゃないですか林蔵先輩。一平にもしものことがあったら俺たちが守りますよ」
「えぇ、級長委員は今回生物委員を全面的にバックアップ致しますよ」

「そうだな、よし、お前らに任せよう。来なさい一平、お前も会議に混ざれ。おいハチ、食堂から握り飯貰ってきてくれ」
「はい」

「一平は忍務に行く前に腹に何かいれなきゃな。あと授業には明日から参加しろ。遅れは俺と取り戻そうな」
「はい…」


さて、作戦会議を始めると、俺は一平を膝に乗せ再びみんなの前に腰を下ろした。

何も難しいことはない。くれいない座から客を奪い、小屋が開いているうちに全てを壊して奪い、そして壊滅させることだけ。

「お遊びにも足りんな」
「暇つぶしにはなるだろう?」

「小平太たちが聞いたら悔しがってお前を問い詰めるぞ」
「そしたら本格的にこれを手に職とするか。何、冗談だよ」



命の重さ、其の身に叩き込んでやる。



「作戦開始だ。各々、町へ行って噂を流してきてくれ」
























さァて目に物覘かせましょう










此処に居るのは人か獣か

見えるは妖しか幻か






南に繋ぐは言葉を話せぬ人狼が一匹

幼き頃より狼に育てられた童

名を「八左ヱ門」と付けられました烏山

目色は赤く鼠の毛色

檻に手を入れる事勿れ

たちまち噛みつかれたのなら

その場でおさらば腕一本






「聞きましたか留さん、なんでも新しい見世物小屋がこの町に来るらしいですぜ」

「聞いたさ作。なんでもそこじゃぁ狼男がみれるって噂があってだな…」






西に出でるは火を吐く男が一人

その火は狸の成せし技

好むは天かすよりも団子の変わり狸

名を「勘右衛門」


待ってましたと遮るは千面顔持つ男が一人

その顔狐の成せし技

好むは揚げより茶と羊羹の変わり狐

名を「三郎」







「聞いたか藤の、狐と狸が技を競い合う見世物小屋の話」

「聞いた聞いた!孫、僕らも見に行きたいね!」








北に構えるはご存じ妖怪轆轤首

めくらが弾くは奏でる弦の桜咲く

首を「仙蔵」弾くは「藤内」





「聞いたか勘の字、妖怪轆轤首が拝めるとよ」

「聞いたさ三の字。妖怪と人が踊り舞うんだってよ」





合わせて聳えるは梯子の二人

舞うは「作兵衛」「留三郎」の兄弟が

注連縄つけずに宙へ浮く







「おい八の字、蛇男がいるって噂の見世物小屋知ってるか?」

「えぇ、なんでも仙さんに負けず劣らずの麗しの持ち主だとか」






そして東に佇むは当座一の看板男

「孫兵」に絡む蛇より心を合わせ

呑み込む蛇すら変わらず愛し

麗しき眼に見とれるが最期

甘美な毒に溺恋情






「聞きましたか先輩、新しい見世物小屋の話です!」

「聞いたとも一、最近きた連中とは、比べ物にならないんだろう?」






提灯揺らすは「林蔵」の風の

手を引く聾は「一平」の花



暖簾をくぐれば天国か地獄か

生きた心地がしないのはご愛嬌


前も後ろも死と隣り合わせ

あぁこりゃお陀仏ほうちん丹波の黒豆


見んのが己の為と止めるは

いらぬお世話の塩焼きとくれば









「町中俺たちの噂でいっぱいだぞ」

「早く来ないかと待つ声もあったな」

「上々じゃないか!さ、天気が落ちるのを待とう!」









そちらは人の成れの果て

こちらは穢れたこの世の果て




命と尊しこれ人外の生きる道

お代はお後で

中を見てってくんなまし




避けるはまたの御雷鳥

入るは有難山の不如帰





燕が地の上飛んだ時













「林蔵先輩、燕が低いです!」


「よし来た!決行は明日だ!全員に伝えろ!」












藍色暖簾の「宵闇座」

世界を変えて見せましょう
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