「林蔵先輩」

「おう勘三郎。こんな遅くに何の用だ」

「…先達て、うちの委員会の後輩がご迷惑をおかけしたとお聞きしまして」
「大変申し訳ありませんでした」

「あぁ、何、お前らが謝ることじゃねえよ。巻き込んだのはむしろこっちだ。なぁハチよ」
「えぇ。お前らが謝ることじゃない。悪かったな、うちの一平が」

「こっちこそ。彦四郎があんなに泣くだなんて…」
「理由は全て彦四郎から聞きました」

そうかと一言返し上を見上げると、もう空には満月が昇っていた。

夜も更け風呂の時間も終わり、あとは消灯となるだけだろう。ほとんどの奴が部屋に戻っている中、俺とハチは長屋を出て正面門に辿り着いていた。こうなるであろうと読まれていたのか、門の上の屋根で五年の三郎と勘右衛門が俺たちを待ち構えていた。影が見えてすぐやつらは屋根から降りて俺の前に頭を下げてきた。今回の一件は二人が頭を下げる問題ではない。むしろ謝らねばならないのはこちらのほうだ。俺の委員会の後輩が管理していた生き物が殺された。それを偶然共に出かけていた他の委員会の後輩がみてしまった。悪いのはこいつらではない。まぁ、一平が悪いとも言い切れないが。

「出かけられるのでしょう?その見世物小屋とやらの情報を掴みに」
「なるほど、なかなかどうして察しが良いな」

「…私達もついて行ってはダメでしょうか」
「何か俺たちに手伝えることはありませんか」

彦四郎が泣いていた。委員会の後輩が深く傷つけられたということもあってか、二人の目にも復讐心が芽生えているようであった。人一人殺しかねんその視線。断るわけにもいかずに好きにしろと告げた。もっとも初めからそのつもりだったようで、外出届は出してきたのだとか。なんとも準備が良い事か。
門を開き外に出れば二人はいつの間にか忍装束から私服に代わっており、三人は俺の後ろをついて歩いた。

「何処へ向かわれるのです?」
「賭場だ」
「賭場?何をしにいかれるので?」
「決まっているだろう。情報を買いに行くんだ。ハチに色街と賭場はどちらがいいかと聞けば賭場だというんでな」

「なんでだよそこ普通色街だろ」
「か、勘右衛門馬鹿野郎!三禁ってもんがあるだろ!」


「時に林蔵先輩、それ、仕込み煙管ですか?」
「懐に入っているのも握り鉄砲でしょう?」

「!はっはっはっはっ!やはり学級委員の二人の目と耳は侮れねえな!ハチもこいつらを見習え!」


俺のふかした煙管が仕込み煙管だと知った時のハチの顔は、今でも忘れない。忍のくせに煙草なんかと最初は言われたが、上がる煙は毒消しの葉の煙。羅宇を取り外せばそこから現れるのは鋭い長針。上級生にあがり特攻ばかりし毒を浴びる俺に留三郎と伊作が共同開発したこの世に二つとない一品だ。その日始めてハチは俺が特攻ばかりする危ないヤツだと知ったし、常にそうしていなければならない身体だということも同時に知った。それに懐にある握り鉄砲も昔から使っている愛銃だ。二丁がぶつかる音を、二人が聞き流す事などなかったようだ。

俺だけが着物に身を包み深い緑の帯をきつくしめている。そして体にセイキチを巻きつけていた。刀を腰にささずとも髪も首の位置で低く結び煙管をふかすこの姿は流浪の侍か、その辺の民に見えるだろう。誰がこのような姿で俺が忍の卵と思うか。月夜の光に照らされた道を進む先は町。夜だというのに街灯は消えず、月明かりさえ無意味と思うほどに明るく賑わっていた。

目的の店の前につきここだと指さすと、学級の二人ははぁと上を見上げた。思っていた以上にデカい所だったか、それとも色街とさほど変わりない建物にやはり女の店だと思っているのだろうか。

「ここだここ。よぉ、今日も賑わってんな」
「…本当に此処賭場ですか?っていうか、賭場で情報など買えるのですか?」

「買えるとも。ここにいるのは俺と同じ落ちこぼれの奴らよ」

手をひらりと払い一歩踏み出せば、後ろにいた三人の気配は何処かへ消えた。

「よぉ林蔵。遊んでくかい?」
「よぉオヤジ、繁盛してんな。今日は買い物だ。藤野はいないか?」

「おや林蔵さん、お待ちしておりんしたよ」
「よぉ富士野!今日もお前は別嬪さんだな!」

目の前の美しい女に抱き着こうとするもその俺の身体は腹に構えられた忍刀によって止められた。女はにこりと笑うくせにこういう面が怖いのだ。それなのにスルリと腕に絡みつき俺に巻き付いていたセイキチを恐がることなく平気で撫でる。

「林蔵、遅かったじゃねぇか」
「今日は来るころだと思ってたぜ」

「おうおう、くっせぇじじいが酒ばっかたかってんじゃねぇよ。とっとと奥さんのとこ帰れ」
「なんて口ききやがる。今日はテメェのために集まってたようなもんよ」

女に連れてこられた場所。其処は店の中にある普通の部屋よりもっと奥にある離れ。一つの気配は慣れたように天井裏を伝うが、残る二つは気を乱しながら俺の上で潜んでいた。離れの小屋に集まっていたのはいろんな恰好をした連中ばかり。侍、鷹匠、酒屋、飛脚などもいる。そして俺は流浪の者。どこもかしこも統一感がない。
だが一つだけある共通点。それは、此処にいる連中の大半が忍だということ。遊女の格好をして此処にいる女は全てくのいちだ。だが、何処の城に仕えているのか、何処に住んでいるのか、何もかもを知らない。名前も、年齢もだ。女の呼び名は所詮源氏名。店の店主が引退した忍であり、こういった場が設けられているという噂を聞きつけ集まっているのだ。半数が引退した年老いた元忍。半数は現役のプロ。卵も何人かはいるだろう。六年はたまに此処へ来ることがある。いつか一つ下にも教えてやらねばなるまいと先日仙蔵達と話をしていたところだ。しかし中には本当に賭博を目的として此処にいるただの一般人もいる。正直そこは見分けがつかないのだが、すぐに同士か否かは解る。

大きく煙管を吸い、煙を部屋中に撒くように吐き出した。内三人が、この臭いに反応し眉間に皺を寄せた。毒消しの薬の臭いに反応するということは、こいつらは毒とは縁遠い者。つまり忍ではないということか。つまり今日の同類は反応をしなかったその他の連中。

空いている場所に腰を降ろし、左右に女が座ると上にいた三人も気配を鎮めて潜んだ。


「最近、ヤゴの藻や蝉が、野を飛び菜を食い荒らすと聞くが、これは本当か?」


手に持つ銭差をくるりと回すと、女がそれを受け取り木札を取り出した。


「おめえ被害にあったのか?」
「俺じゃない。下の坊主がな」

「そりゃぁおめぇ本当よ。俺の家も被害にあった。山の木耳が全部獣にやられてな。筍なんか根こそぎもっていかれやがったよ」
「へぇ、そりゃぁ災難だったな」

「うちのおかあも柿を送ってくれたけど、随分やられたようでありんすよ。山葵は獣じゃなくて泥棒か山賊に。空豆も持って行かれて…。あぁでも白菜だけはなんとか手をうって守れた言っていんしたけどねぇ」
「ほう、酷いもんだな」

俺の手から木札を取ると、女はカランカランとそれ鳴らして、再び俺の手に戻した。


「手前の家なんて野菜を売っているものでございますからして、最近は家に大打撃ですな」
「ほう、聞かせてくれくれないか?」
「貴重だと少々高価に値があった慈姑は最近一つも入って来ないんですよ。蓮根は水不足でやられたと売り子が頭を下げにくる次第でございますし、茄子は獣にやられたと小さい物しか届きません。苺はなんとか山で育ったものが生きているようですが、里芋も虫畜生に根こそぎ持って行かれたと、これもまた小さい物しか運ばれては来ませんね」

正面に座る男も、カランカランと手札を鳴らした。

「時が知りたいな。壺をかぶせてくれ」
「よし壺をかぶすぞ!さぁ張った張った!丁方ないか半方ないか!さぁ張った張った張った!」

「林蔵さん、今日はどっち?」
「んー、丁!」

木札全てをセイキチの頭に乗せ、するりと俺の前にそれを置いた。丁方半方全てのコマが揃い、


「勝負!」


壺振りが大きく手を挙げた。

「ニゾロの丁!」

「よっしゃぁ!いただき!」
「さすが林蔵さん!」
「本当痺れますわぁ」

「だぁー、これだからおめえと張るの嫌なんだよ!」
「持ってけ糞餓鬼!」
「あぁ…!やっちまった…!」

「悪いな!今宵の出目は俺に向いてらぁ!」


たった一瞬。されど一瞬。この一瞬で大量の金が動いた。セイキチが何枚もの木札を俺の前に移動させ、再び腹に巻きついた。横にいた女に全ての木札を手渡すと奥へ行き、再び戻ってきた時には木札は銭差となって返ってきた。

「世話になった!また来るよ!」
「なんだ、もう帰るんか?」
「可愛い弟たちが俺の帰りを待ってんだよ。またな」

部屋から去り際、一本の銭差を女に隠れて手渡し、俺は店をあとにした。情報の礼があれで足りると良いのだが。足りぬというのなら次にきた時への足しにしておいてもらおう。


「林蔵先輩」
「お帰り。いたか?」
「えぇ、バッチリいまいした」

町を出て山に入り学園への道を歩くと、後ろに落ちた影が三つ。此の短時間で見つけてくるとは優秀なことだ。今年の五年は優秀な奴らが多くて羨ましいな。脳味噌まで筋肉でできているうちの六年を見習わせたいものだ。

先ほど賭けをしていた時に消えた三つの気配は会話の中にあったヒントを頼りに暗号を解読し、三人は各地に影を飛ばしていった。連中の情報は確かだったようで、三人は各々がみた情報を口にした。

此処から北に行った川の側にある小さな小屋。其処の中にいたのは、女、男、の大人のほかに、無数の虫や小動物。酒を飲み金を散らかすその小屋の中の邪悪たる気配といったらなかったらしい。見世物小屋の連中はほとんどが訳あって身を売っている身。色街にいる女と似たような連中ばっかり。なのに誰一人として悲しそうな顔をするものはいなかったという。それはさながら、悪党の様なツラばかり。あんなやつらに一平のハヤテが殺されたのかと考えるだけで、殺意に憑りつかれたように気が乱れたらしい。

「あの時のハチの顔の凶悪といったら…」
「えっ、俺そんな顔してた?」
「人一人殺す顔してたぞ」

「まぁまぁ、生き物が関わってる話だ。ハチが黙ってるわけねえさ。探すべき見世物小屋の連中は見つかった。座の名前は?」
「小屋の中に立っていた旗に、「くれない座」と書かれてありました」


「ドンピシャだな。あの連中、やはり引退するには惜しい奴等ばっかりじゃないか」


ふかした毒消しの煙は風に乗り森の中へと消えていった。

「もしかしたらあの中に関係者がいたかもしれねえぞ」
「なぜ?」
「人の血じゃない、獣の血の臭いが微かにした」

「!…奴等は次にいつ町へ来るのでしょうか」
「出目は、ニゾロの丁だった。つまり明日の戌の刻だな」

「……明日ですか」
「入場料は俺が出してやる。明日の放課後、空けておけよ」

「林蔵先輩、俺らも行っていいですか?」
「私たちも委員会休みますんで」
「あぁそうだな。一緒に行くか」

月を見上げながら煙管の火種を川に落とし、学園への道を歩いた。門を飛び越え長屋に戻ればもう寝息すら聞こえぬほどに長屋は静まり返っていた。手を上げ三人に別れを告げると、軽く頭を下げ、三人は気配を消した。明日の事は明日話そう。俺ももう眠気がそこそこ来ている。早く布団に入りたい。
と、その前に俺は一年長屋へ足を運んだ。足音を鳴らさぬように一年い組の長屋へ足を運び、そっと中をのぞいてみると、彦四郎は布団で寝息を立てているものの、一平は蝋燭の明かりの下で何かが描かれている紙を眺めていた。シュルリと体から離れていったセイキチが部屋に入り一平の膝に乗ると、それに気づいた一平が入口に立ち月明かりを背負う俺を見て一瞬肩を揺らした。

「!…林蔵先輩…?」

「まだ起きてたのか」
「あ、林蔵先輩は、忍務帰りですか?」
「あぁうん、まぁな」
「そうですか、おかえりなさい…」

一歩部屋に入ると見える、紙に書かれていたのは犬の絵。あぁ、乱太郎に描いてもらったハヤテの絵だったか。俺がそれを見下ろしていたのに気が付いたのか、一平はまたじわりと目元を潤わせた。

「よしよし、今日はハヤテの夢が見られるといいな」
「……っ、はい…」
「お前が眠るまでここにいてやる。良い子だから、今夜はもう寝ような」

「…林蔵先輩」
「うん?」
「僕、ハヤテのこと大好きでした…」
「ハヤテもお前のような優しいヤツに拾ってもらえて嬉しかっただろうな」
「…………林蔵、先輩」
「どうした?」

「僕っ…、………いいえ、おやすみなさい…」
「…あぁ、おやすみ」
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