犬、飼い始めたわけなんですけど。 | ナノ


▼ フラットコーテッド・レトリバー

「ただいまー」
「ただいまー」

「いやいやいやいや、いつからくっついてたの」
「えー?階段上がってる時から。名前ったら音楽聞いてて俺の声聞こえてなかったでしょ?」
「あぁそっか、ごめん」
「いいよ」

俺が持つよとビニール袋を奪っては、勘ちゃんは冷蔵庫のある方へ行ってしまった。私は鞄を投げ捨て制服を脱いで、あっという間に部屋着に着替えたのだった。

「いいよあとやるから。勘ちゃん着替えなよ」
「うん、そうする」

狭い台所を擦れ違い、今度は私が買物して来た荷物を冷蔵庫にしまった。これは勘ちゃん用の板チョコ。これは私のプリン。名前書いておこう。

「あ、それとね名前」
「あ?」

「今日木下先生から、『苗字名前と同居しているという噂は本当か?』って聞かれちゃった」

「あぁ、最近木下先生私の目を見てはモノ言いた気な顔してたんだよ。その話耳に入ったのかな」
「此処だけの話ですけどね、って、全部木下先生に言っておいたよ」
「ふんふん、そしたら?」

「避妊だけは忘れるなよってマジな顔された」
「くっそwwww」

甚兵衛姿になった勘ちゃんはケータイをいじりながら奥の部屋から出てきて、笑いながら話を続けたのだった。まさか木下先生がそんな下世話な話をするとは思わなかったけど、まぁ、高校生のうちに男と女が一つ屋根の下で暮らしているのだというのなら、そういう話にもなりますよね。

「別に、付き合ってる訳でもないけどね」
「もう付き合ってる感じじゃん?」
「うわ死ねヒモ野郎」
「うっは酷ぇ」

勘ちゃんと私は、ただの同級生から恋人という段階をすっ飛ばし同棲関係に発展しているわけでありまして。別に私が勘ちゃんを好きだったからとか、勘ちゃんが私を好きだったからとか、そういう理由は一切ない。穢れた関係でもなければ、将来を誓い合うような仲でもない。ただの同居人と言った方がいいのかもしれない。

私は、勘ちゃんを拾った。

拾ったって言い方は少々おかしいかもしれないけれど、偶然私が一人暮らしをしているアパートの近くで変なおじさんに絡まれて、偶然通りかかった勘ちゃんが助けてくれて、お礼に一晩泊めてくれと言われたから一晩泊めただけ。次の日、突然の事に了承してしまったけど、親に連絡を入れなくていいのですかと言えば、「いないよそんなの」と、ケロリと真顔で仰ったのだ。母子家庭か父子家庭かと思ったけれど、別にそういう意味でもなく、ご両親と死別したのかと思ったが、そういう意味でもない。いわば、勘ちゃんは家出中なのだと言った。

『い、家出ですか』
『そう。別に俺いなくたって大丈夫な家だから』

苗字さんは?と首を傾げられたので、別に仲が良いわけではないけど私は進路のために上京中だと言った。偉いねと頭を撫でられたけど、勘ちゃんの家庭環境はそこそこ複雑のようで、昔からお人よしだと言われた私がそんな話を聞いてしまっては道に放り出すわけにも行かない。

『じゃぁ、家賃半分出すなら此処居てもいいですよ』

と、そう言った。本当は友達の家や女の家()を転々とする予定だったらしいのだが、友人の親に迷惑がかかるしなと考えた矢先のこちらからの願ってもない申し出。嬉しそうに私の手を握り「喜んで!」とそう言った。まるで犬の尻尾をぶんぶんと振り回すかのようなテンションだったことは、今でも覚えている。

その後は少々忙しかっただけ。合鍵を作ったり、大家さんに事情を説明したり、勘ちゃんの部屋を作ったり。そんなに広い部屋でもないし私は綺麗好きな方なのでその辺の心配はあっというまに片付いたのだが、問題は勘ちゃんの友達の反応だった。特別仲の良い四人がいるから、そいつらには説明してもいいですかと正座し私に言った。別に構わないと言った次の日、部活を終え家に帰ると、見知らぬ男が一人とクラスメイトが三人、私の帰りを正座して待っていた。


『こいつを何卒宜しくお願いします!』
『僕たちにできることがあったら何でも言ってください!』
『なんなら勘ちゃんの女関係全部断たせるから!』
『苗字が勘ちゃん見捨てたらこいつ行くとこなくなっちまうんだよ!』


『え!?あ!はい!お預かりいたします!』


その日は鍋パーティーだった。


四人の飼い主から子犬を一匹引き取ったって感じ。その後勘ちゃんの女から陰湿ないじめを受ける日が多少はあったが、竹谷くんが嗅ぎ付け不破くんが撃退し久々知くんが追撃して鉢屋くんが証拠を隠滅するという流れで、事は丸く収まる仕組みになっていた。勘ちゃんは愛されている。私は保護されている。なんとも奇妙な同居関係のできあがりだ。

「先生にも知られた仲なのね。なんだか恥ずかしいけど」
「名前の懐は広いなって木下先生感心してたよ」
「明日なんか言われそう」
「あ、そうだ。朝のHR始まる前に職員室来てくれって。話したいことがあるっていってたけど、別に怒ってる感じじゃなかったよ」
「そう。勘ちゃんの勉強見てくれとかそういう事だと思うけど」
「うわぁ、勘弁してくれよ」

私は洗濯物を取り込み畳んで、勘ちゃんはファンシーなエプロンつけてフライパンに蓋をした。お、この匂い餃子かな。

「まぁ俺は名前の事感謝してるって、木下先生には言っておいたから大丈夫」
「そう。ま、退学になるようなことはないでしょ。大丈夫大丈夫」
「その辺は心配ないって言ってた」
「ならいい」

彼女さんの家とか、体の関係の彼女さんの家に行っても、ご両親に連絡したら?と言われるし、彼女の親からの目もあって居心地が悪いらしい。それに比べて名前は、といつも涙を流す真似をする。最初こそそうは言ったが、勘ちゃんが連絡しなくていいというのならそれでいいんだろうし、本気で心配しているのなら学校から連絡が来るはず。それすらもないってことは、勘ちゃんのおうちはやっぱり何か問題を抱えているわけなのだろう。赤の他人の私が入るような話じゃない。勘ちゃんが此処にいたいというのならいればいいし、帰りたいのなら帰ればいい。家賃半分出してもらってるし、追い出す理由は何もない。うちの親だって理由話したらOK出してくれたしね。

「名前、ご飯できた」
「待ってました!」

勘ちゃんの豹柄パンツを投げ捨て私はテーブルについた。本日の料理配膳係は尾浜勘右衛門くんです。私は御皿洗い係。風呂掃除は私で明日の選択は勘ちゃん。


「いただきます!」
「召し上がれ!」


普通ここは男と女逆なんだろうけど、細かいことは気にしないよ!うちの先輩もそう言ってるしね!


「ねぇ名前」
「うん?」

勘ちゃん特性餅とチーズのピザ餃子をもふもふと口に運んでいると、勘ちゃんは箸を置いてご飯を頬張る私の目を覗き込んだ。


「俺さぁ、やっぱり名前の彼氏になりたいって思うんだけど、どう?」


「うん、いいんじゃない?」
「え?本当?そんなあっさり?」

「付き合ったところで正直何も変わらないよね」
「そうだね、ちょっとランクアップするくらいかな」
「捨て犬から恋人に?」
「凄いランクアップだね」

「私は構わないけど、言うのは久々知くんたちだけにしてね。女の子のいじめもう嫌だよ」
「解った。そうする。」

「そっかぁ、勘ちゃんが私の彼氏かぁ」
「どう?嬉しい?」

「…勘ちゃん」
「何?」



「おかわり」



空になった茶碗を突き出すと、勘ちゃんはたまっていた何かをぶはっと吐き出すように口元を押さえて笑った。


「ほんっと、何も変わんないね!」
「それでいいじゃない。早くー、お腹減ってんだよこっちは」
「はいはい、ちょっと待ってね」


長いドレットを揺らしてキッチンに消えていく可愛い後ろ姿が私の彼氏になったのだという事実に今更ながら気付いて、正直少々テレてしまったのは内緒です。

「どれくらーい?」
「大盛!」
「まかせて!」









例えるならそう

フラットコーテッド・レトリバーのよう












「もしもしー、あ、七松先輩お疲れ様ですー。え?部室の鍵?私が預かってますけど。は?忘れ物した?」
「……」

「はぁ。……え!?今からですか!?うちに!?」
「…!?!??」

「だ、ダメですダメです!い、今うち、散らかってて!いやいやいや!明日にしてくださいよ!」
「?!!?!??!?」

「あ!もしもし!もしもし!?うわぁぁああどうしよう勘ちゃんが殺されちゃう!」
「俺!??!殺されるのは俺なんだ!?」

「逃げて!」
「何処に!?」
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