犬、飼い始めたわけなんですけど。 | ナノ


▼ ポメラニアン

ケータイを開くと、今の時刻と日付、そして曜日がかかれている。あぁ、今日は金曜日だったと思い腰を上げると、丁度いいタイミングでインターホンが鳴った。きたきたと小さくため息を吐きながら玄関へ向かい、ゆっくりドアを開けると、

「いらっしゃい」
「……名前、さん…」

涙目で俯く、可愛い子供の姿。

入りなと頭を撫でると大人しくそれに従い靴を脱ぎ、さっきまで私がくつろいでいたリビングのテーブルの前に座った。

「今日もサボり?関心はしないけど」
「だって…………」
「まぁいいから、宿題やりな。見てあげるから」

そこまで言ってようやく、伝七は背負っていた鞄をおろして中からこの歳の子供がみるには分厚すぎる参考書だかドリルだかを取り出した。

伝七は勉強に対して超厳しい家庭で育っているらしい。育っているらしいというか、隣の部屋の子なんだけど。その家庭環境のせいなのか、最近は塾に行くのが嫌になってきたらしい。先生も厳しい、親も厳しい。私が知る限り、隣の黒門さんちの伝七くんはそんな悪い子じゃなかったとは思ったけど、まぁこういう子にこそ抱えている何かっていうのは一番側に居る親にこそ解らないってことがあるもので。

マンションの入口で小さくなって泣いてるところを保護したのが一月ほど前。どうしたの?と声をかけてもぐずぐずと鼻をすすって泣くばかり。仕事終わりだったしもう部屋に戻ったら酒飲むだけだから時間に余裕はある。子供を放っておくほどつめたい人間でもないので、泣き止むまでよちよちと背中を撫で続けてあげていたら、ぽつ、と、口を開いた。

『塾、嫌です…!』

と。

それから週に3回行くべき塾の日のどこかの日は、なぜかかならずうちで宿題をやるのだ。聞けば塾に行くのがもう嫌なんだとか。まぁ、そりゃぁ、サボりたくもなるよ勉強なんかさぁ。私だって週5で学校通ってさらに週3遊ばないでまた勉強だなんて、自分が伝七の立場だったら家出してるに決まってる。月水金と塾があるうち、必ず週1は我が家に逃げ込む。今週は月曜と水曜に来なかったから、おそらく今日だとふんでいたのだ。ふんでおいて正解。お菓子もジュースも用意してあるし、ゆっくりしていけと私は横でパソコンを開いた。話に聞けば伝七は鍵っ子で、酷い時は一晩帰って来ない日もあるらしい。

「名前さん、ここ解らないです」
「……げぇっ、この方程式って中学で習うやつでしょ?伝七今何年生だっけ?」
「小学校二年生です」
「おかしいおかしい。伝七の家の教育どうなってんの」

私の記憶が正しければ伝七にはまだ早すぎる問題だ。算数じゃなくて数学じゃんこれ。いくら伝七が優秀だからって、これを理解するのはまだまだ無理だろう。

一応やり方を教えてあげたが、伝七はてんで理解できてなさそうだ。頭の上に疑問符が何個も乗っかっているのが目に見える。こんな問題までやらせるだなんて…黒門家恐ろしい子。

「……」
「いやいやいや、落ち込むことないから。これまだあと五年後ぐらいに教わる奴だから理解できなくて当然だよ」
「でも…塾ではこれぐらいできないと……」

伝七が通う学校の伝七が所属するクラスは勉学に特化した精鋭クラスなんだとか。普通の小学校といえば普通の小学校なのだが、あの学校の1組というのは必ず成績優秀者が集まる仕組みになっているらしい。仕事のためにこっちで一人暮らししてるけど、そんな恐ろしい小学校があるだなんて耳を疑った。その中でも伝七は学年で1位2位を争う成績を収めているのだとか。だから親に相当期待されさらに上の上の勉強までさせているのだろう。最近はずっと一位だったのに、精鋭クラスでもない三組の子に成績を抜かされてしまって、それから戦意喪失してしまって、塾に行くのもいやになってきたんだとか。

そりゃぁ行きたくなくなりますわな。サボりたい気持ちが痛いほど解るよ。


「伝七ちょっと考えすぎなんじゃないの?」
「っ、」

「今の部分がしっかりできてればいいじゃない。そんな先の事やったって今は何の役にも立たないよ?」
「で、でも…名前さんに教えてもらってから…せ、成績上がりました…」
「そりゃぁ私が解る範囲だから教えてるけど……」


「……頑張らないと…母さんと父さんに、怒られちゃうから…」


またこれだ。伝七は勉強に躓くと、怒られた犬の様にシュンとなりいつもこの台詞を口にする。

小学生の分際で親の期待に応えようだなんて気を使いすぎているにも程がある。っていうより、伝七の親も親だ。こんな子供に外で遊ばせるよりも勉強をしなさいだなんて。伝七がこうして苦しんでいるのにも理解していないし、むしろこうしてサボっていることに気が付いていないのにも問題だ。可愛い可愛い伝七が家でどんな態度で親に接しているのかなんて知らないけど、それなりのサインぐらい出しているはず。黒門家よ、早く伝七の気持ちに気づいてあげないと大変なことになるわよ。


「あのねぇ伝七。いくらなんでもこれは焦りすぎよ。勉強するならもっと気を楽にやんなきゃ」
「で、でも」

「好きでやってるわけでもないんでしょう?だったらなおさら頭に入るわけないじゃない」
「……僕は優秀な1組の生徒ですから…」

「でも、これは理解できないんでしょう」
「……」


「好きでもないのに無理やりやって、理解できたって嬉しくないでしょう。そんなに気を落としてやることじゃないってば」


パソコンを閉じて伝七の頭をなでると、伝七はまた俯いて涙目になった。これじゃぁまるで私が伝七の母親になった気分だ。勉強ができないと泣くなんて私が子供の時は考えられない事だ。したくなくて泣く。これが普通。

「…ねぇ伝七、今日ご両親は?」
「……帰って、来ないです…」

伝七はケータイを取り出して、『明日の夜に帰ります』と書いてあるメール画面を見せてきた。家の冷蔵庫には今日の夕飯と明日の朝ごはんと昼ごはん分のお金が置いてあるらしい。聞いて呆れる。まだ年端もいかない子供を放っておいて仕事仕事仕事!もう伝七が可哀相!他人の子供なのになんでこんなに感情移入してんだ私は!

「そっか。塾は?今から行く?」
「…っ」

潤んだ瞳をギュッと固く閉じ、ゆっくり首を振った。


「うん、よし、伝七、お手」

「えっ」


伝七に右手をすっと差し出した。伝七は何が何だか解っていないようで、狼狽える様に私の差し出した手を見つめた。


「私これから外に晩御飯食べに行くの。もう準備する気力もないし。塾さぼるならもっと派手にサボろうよ」
「は、派手に…?」


「美味しいもの食べて、楽しいとこ行って、楽しいことして、とりあえず今日だけは勉強って言葉忘れようよ。どうせ明日休みでしょ?おじさんとおばさん帰って来ないんでしょ?バレないって。明日の夜に伝七の家に帰ってりゃいいなら、遊びに行こうよ!ね!」


サボるときは屋上。これは高校生になったらできること。それじゃぁ小学生が塾をさぼるときはどうするか?友達と遊べばいい。だけどその友達も塾に行ってて遊ぶ相手がいないときはどうするか。親もいない。家では一人。だったら、遊んであげられるのは私しかいないじゃないか!

「私ねぇ、今夜はハンバーグが食べたい気分かな」
「!」
「伝七はハンバーグ好き?」
「…す、好き、です…!」

「食べ終わったらゲーセン行こうか!私UFOキャッチャー得意なんだよ」
「げーせん…」
「ゲーセンに飽きたら、私の友達の家に泊まろう!仙蔵っていう同僚がいて、伝七の話したら一回会ってみたいって言ってたんだよね!」

人の子を勝手に連れ出して赤の他人に会わせるなんておかしい話だ。誘拐と言われてもおかしくはないけど、伝七の涙が止まるなら、私はなんだってやってやる!とにかく勉強の事は忘れなさい!そんなのあとでいくらでも取り戻しゃいいんだから!そして今夜は!


「パァーっと遊びに行こうじゃないか!」


時計の針は夜六時半をさしていた。今からだったらギリギリレストランのディナータイムに間に合うはず。席はどっかしら空いてるでしょう!

「…い、行きます!」
「お!盛大にサボる気になったか!」
「行きます!名前さんとご飯食べたいです!」

「勉強の事は?」
「忘れます!」

「良く言った!これで伝七も不良の仲間入りだ!あ!もしもし長次?お店どう?席二つ開けておいてくれる?」

不良という単語にびびってはいたが、伝七は鉛筆を置きドリルを閉じて、私の差し出す手を取った。電話をしながら立ち上がる私の手を嬉しそうに握る伝七に、『窓閉めてきて』とジェスチャーすると、伝七は犬の尻尾を揺らすようにぴょこぴょこと窓へとかけて行った。可愛い!天使!好き!食べてしまいたい!完全に小型犬!髪色的にポメラニアン?ポメラニアンなのね伝七!可愛い!

「伝七!席取っておいてくれるって!美味しいもん食いに行くぞ!」
「は、はい!」

「お金の事は気にしなくて大丈夫だよ財布がいるからnあ、もしもし仙蔵今から暇?飯奢ってくんない?例の伝七連れてくから…うん、じゃ長次の店待ち合わせね!よし!伝七ドレスコードだ!おしゃれしてきな!」

「え!?、名前さん、何処行くつもりなんですか…!?」
「美味しい店!さぁ楽しい夜が始まるぞー!」
「ひぇえ…!」


誘拐?犯罪?いやいや、何をおっしゃるお前さん。同意の上の誘拐なんて聞いたことないぜよ。

近所のわんこを預かってる。ただそれだけの話じゃありませんか!


「名前さん、こ、これでいいですか!」
「伝七おしゃれ!合格!よし行くぞ!」












例えるならそう

ポメラニアンのよう










「名前」
「やぁ仙蔵!」

「お前が伝七か?」
「は、初めまして!黒門伝七と、申します!」

「ほう、なかなか賢そうな子供ではないか。まるでお前ら親子のようだな」
「でもこれ形的には立派な誘拐だから。何かあったら頼むよカリスマ弁護士」
「もちろんだとも任せておけ。さぁ食事だ。行くぞ伝七、遠慮はするな、好きな物を好きなだけ食え」
「は、はい!御馳走になります!」
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