犬、飼い始めたわけなんですけど。 | ナノ


▼ 柴犬

「あ、」
「お、」

ぴょこり、垣根の上から出ていた白いふわふわ。兎の耳かと思っていたけど、どうやらそれは髪の毛だったようだ。出てきた顔はパペットのようにぱっかり開いた口。くりっくりの目。うっすら頬を赤く染めたその子は、青い忍び装束に身を包んでいて、すぐに忍たまの二年生かと解った。名前は解らないが。

「あ、の、」
「こっちくのたま寮だよ。迷子?」
「い、いいえ、こっちにバレーボールとか飛んできませんでしたか…?」

「バレーボール?」

兎の少年は手をもじもじとさせながら垣根の向こうからこちらを覗いていた。探し物はどうやらバレーボールらしい。はて、今の今までここでぼーっとしていたけれどバレーボールなんて飛んできただろうか。団子が刺さっている串をくわえたまま縁側から立ち上がり辺りをきょろきょろと見回してみると、塀の近くの樹の上にそれらしき白い塊が。あぁあったと近寄り思いっきり蹴り飛ばすと、樹はガサリと音を立てて揺れバレーボールを落としてくれた。手に取ったバレーボールには『七松小平太』と書かれている。

「小平太?じゃぁ兎の君は体育委員会の二年生?」
「うさぎのきみ…?あ、はい。僕、時友四郎兵衛っていいます」

「これ。返してあげるから、ちょっとこっちでお茶にでも付き合ってよ」

「えっ」

バレーボールを持ったまま、私は縁側に戻りさっきと同じ位置に腰掛けた。バレーボールを私の膝の上に、手招きをすると、時友くんと名乗る二年生はおずおずといった感じでくのたま寮の垣根を越えた。越えたというか、下に少し抜け道の様に穴があるからそこをくぐって来たんだけど。さっき垣根越しに、腹の音が鳴っているのを聞いてしまっては誘わずにはいられない。私も退屈していたところだ。

周りを警戒しながら恐る恐るこちらへ近寄る姿があまりにも可愛くて、私は手を口に当ててぶっと吹き出してしまった。

「大丈夫だよ、今このあたり誰もいないから」
「…くのたま長屋には、近寄っちゃいけないって七松先輩言ってたんだな」
「小平太は一度くのたまに返り討ちにあってる過去がある。後輩君たちに同じ目に逢わせたくなくてそう言ってるんだよ。私は別に悪ささえしなければ何もしないさ。隣においで。お団子でもいかがかな?」

近寄られて改めて解る体格差。私が身長が高いからっていうせいもあるかもしれないけど、この子私の半分ぐらいじゃないのだろうか。十一にしちゃ小さい方だな。まぁなんとも可愛い兎を小平太は飼っているもんだ。時友くんは私が横にあった団子のささった串を差し出すと、一瞬眉間に皺を寄せた。あぁこの顔。おそらくくのたまが出した食い物を簡単に口に入れるなとでも学んでいるのだろう。全く失礼な奴らだ。洗い出して痺れ薬の入っているおでんでも食わせてやろうか。まぁ大体そういうくだらないことを言ってるのは文次郎か仙蔵だろう。毒でも入っているのではないかと警戒しているのならばと、私は彼に差し出す団子の一番上を口に入れ、その場でもぐもぐと噛みのみこんだ。突然の事に時友くんは目をぱちくりさせた。可愛いなおい。

「大丈夫。これ私が暇して作った奴だから。毒なんか入っちゃいないよ」
「あ、えっと…」
「いいのいいの。くのいちから出された食べ物に警戒するのは当然の事だからね」

ほれ、と再度串を突き出すと、時友くんは手を伸ばしてその串を受け取った。私が食べてしまったから、三食団子は今二色しかない。だけどそれでも満足してくれたのか、時友くんは一口食べた瞬間、ふにゃりと顔を緩ませてもちもちと頬を動かした。不覚。こんなに可愛い下級生が忍たまにいただなんて。全然知らなかった。もっと早く見つけていればもっとたくさん愛でられたというのに。余程お腹が空いていたのか、あっという間に二個目も口に入れてしまった。どうぞと差し出した私のお茶も、時友くんはあっという間に飲み干してしまった。

「良い食べっぷりだね。見ててこっちも嬉しくなるよ」
「御馳走様でした!あ、えっと、先輩は…」
「あ、えーっと、名前。苗字名前。六年」
「苗字先輩、ですか。お団子、とっても美味しかったです!」

「そう。それはよかった。趣味なの。お菓子作り。たまに此処でボーっとしてるから、また食べにおいで」
「あ、はい!ありがとうございます!」

大体忍務でもないのに食べ物に薬を仕込むなんて馬鹿げてる。そんな無駄遣いしない。大好きなお菓子に入れるなんて以ての外だ。この時間帯はくのいちはほとんどが自主学習時間。そんなとき私はお菓子を作ってこの縁側でボーっとするのが好きなのだ。作りすぎたお菓子を食べてくれる子がいるのはとても嬉しい。くのいちの後輩にあげようものなら「ダイエット中だから誘惑しないでください!」と怒られるのが目に見えている。それならこの時友くんのように幸せそうな顔をして食べてくれる子にあげたいものだ。

「はい、ボール返すよ。委員会頑張ってね」
「はい!ありがりとうございました!」
「また遊びにおいで」
「はい!」



そう言って別れたのが昨日。今日はシナ先生が午後から出張のため再び訪れた自主学習時間。くのたまの台所は誰も使ってない。本日も簡単なお菓子を拵え茶を淹れ縁側に座り込んだ。暖かい風と煌めく太陽。こんな日は此処でボーっとするに限る。

そう思ったのだが、嫌な気配が飛んでくるのに気が付いた。懐に手を突っ込み気配のする方向へ手裏剣を飛ばすと、聞こえた音はパンッ!という破裂音。そしてバタッという何とも言えぬ落下音。音のする方向を見ると、垣根の手前に落ちていたのはぺしゃんこになったバレーボールと、私のクナイ。お、これはもしかして

「あっ、苗字先輩」
「やぁ時友くん」
「あ、あの、バレーボール…」

「ごめん、割った」
「わ?!」

入っておいでと手招きすると、入ってきた時友くんはぺしゃんこになったバレーボールに刺さっているクナイをみてゾッとした顔をした。事情を説明すると、こちらこそすいませんでしたと深々頭を下げた。そして視線は、私の横にあるボーロへ。

「食べていくかい?」
「あっ、いや、」
「待ってて。今持ってくるから」

待てだなんて、まるで犬に言い聞かせる様だ。彼は兎だと思っていたのに。此の扱いは犬じゃないか。
一度台所へ戻り残ったボーロと茶を運ぶと、時友くんはぺしゃんこのバレーボールを手に縁側に腰掛けていた。

「お待たせぇ」
「あ、お、お茶まで…!ぼ、ぼく」
「いいからいいから。遠慮しなくていいよ。正直作りすぎてしまってね、君がここへこないものかと期待していたんだ」

「……い、いただきます!」
「うん、召し上がれ」

ホールで作っては誰かと分けていたけれど、身体測定が近いからかくのいちの後輩たちは今甘味断ちをしている。悲しいことだ。

「これも、苗字先輩の手作りですか?」
「そうだよ」
「とっても美味しいです!」
「君にそう言ってもらえるのがとても嬉しいよ」

それにしてもくのたま長屋にバレーボールが飛び込んでくるのはこれで二度目。理由を聞けば小平太のコントロールミスだとか。六年にもなって目的の場所に落とせないとは情けない。

そろそろ小平太にも躾けをしておかねば。残ったボーロのひとかけらに眠り薬を入れ、これを小平太に渡しておいてねと時友くんに頼んだ。こっちは他の後輩君で別けてと別の包を渡すと、時友くんは理由が解ったようで、困ったような表情を浮かべていた。まいったな困らせたいわけじゃなかったのに。

「大丈夫。ちょっと委員会活動が早く終わるか小平太がその場で眠りにつくかのどっちかだから」
「い、命に別状は…」
「あはは、ないない。先輩が心配なんだね。良い子だ良い子だ」

時友くんは私に頭を撫でられると湯気がでるかの如く顔を赤くしてテレたように顔をかくしていた。本当に可愛い子だ。何故今のいままでこの子という存在を知らなかったんだろうか。

バレーボールを持たせてボーロも持たせ、バイバイと手を振ると、時友くんはまた深々と頭を下げて垣根の向こうへ消えてしまった。



そしてそう別れた次の日。今日は時友くんはまだ来てないし、バレーボールも入ってきていない。今日は気合を入れてあんみつなんてものを拵えたのだが、彼は来ないだろうか。此処でぼーっとするのは一人でと決まっていたのに、いつの間にかあの子を待つようになってしまうとは。いやいや、あの可愛さは待つようになってもしかたあるまい。縁側にあんみつを置き垣根の方を見てはみたが、バレーボールの気配もない。残念だなぁと思いつつ垣根から外を覗き込んでみると

「あっ」
「お、時友くん」

「苗字、せんぱい」

垣根の外に、青い彼。丁度私が覗き込んだ真下で、時友くんはくのたま長屋を覗き込むようにしゃがんでいた。私に見つかると彼は顔をぼっと赤くして立ち上がった。

「来たね。待ってたよ」
「…すいません…」
「何を謝るかね。時友くんの分も用意してあるんだから、遠慮しないで入っておいで」

今日は他のくのたまの子にくださいと言われても断る予定でいたぐらい、時友くん専用のあんみつだった。彼に食べてもらえないのなら私が食べるつもりだったから、本人が来てくれたのなら万々歳だ。おいでと手招きするとまた嬉しそうにぱっと顔を明るくし、垣根を潜り抜けた。私の横に座って今日はなんだろうかとわくわくした表情の彼にあんみつのはいった器を渡すと、時友くんは今日一番の笑顔でそれを受け取った。

「これも、苗字先輩が作ったんですか!?」
「そうだよぉ。今日は暇だったからねぇ」



「とってもおいしそうです!いただきm「待て」s……?!!??」



箸を手にとりさっそく一口目を食べようと口に運んだ時、私はその手を止めさせた。もう口を閉じるだけいう瞬間で止められて、時友くんは口を開けたまま止まってしまった。何故此処で止められたのか、なぜ今なのか、時友くんはそれを聞きたいのだろうが、生憎もうあんみつは口の中。あとは口を閉じる作業なだけなのに、止められた手。

口からそれを出すわけにもいかないから、その状態のまま、時友くんは止まってしまった。困った顔が可愛い。なんかうっすら涙目なのも可愛い。どうしていいのか解らないできょろきょろ動く目も可愛い。全部可愛い。どうしてくれようこの後輩を。このまま捕って食いたい気分だ。あぁ上級生になるとこういう思考が出てくるから困ったものだ。


「〜〜〜〜っ」

「は、はお…」



「食べて良し…!」



可愛さのあまり私は額に手を当て己の顔を隠すようにし悶絶した。小平太が羨ましい。こんな可愛い子と一緒の委員会だなんて羨ましい。むしろ忍たまがうらやましい。こんな可愛い子と四六時中一緒だなんて。あぁ、あぁ、なんで私はくのいちのなのだ。

「〜〜〜っ!美味しいです!!」

「それはよかった…っ!」
「…苗字先輩?」
「いいや、…!気にしないで良い…!」

気を抜いたら鼻血でも出そうだ。







まいったな。迷い兎だと思ってたのに。

食いしん坊な犬だったとは。







例えるならそう、

柴犬のよう








「時友くんは、甘味何が好き?」
「僕は、苗字先輩が作られたお菓子が好きなんだな」

「〜〜〜〜ッ!!」
「苗字先輩?」
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