犬、飼い始めたわけなんですけど。 | ナノ


▼ ボルゾイ

「名前先輩!名前先輩!」
「やぁ小平太。今日も今日とてわんこみたいな目を輝かせやがって」
「あれやってください!あれ!」
「勿論いいとも!」

太ももに抱き着いてきた後輩は持っていたバレーボールを私に突き出した。私はそれを片手で掴みあげ、

「いくぞ小平太。とって………こいっ!!」

「うおおおおお!!!」

思いっきりアタックした。


飛んで行った方向へ小平太は全力ダッシュ。高く遠くへ上がったボールが地に落ちる前にキャッチするのが、最近の小平太の楽しみらしい。

「あれ、名前のところの後輩?」
「可愛いだろう。今年入ってきた一年坊主だよ」
「幻覚かしら。犬の尻尾と耳が見える様だわ」
「いやぁ気のせいじゃない。あれは正真正銘の犬だよ」

まだ落ちる様子を見せないバレーボール目がけて、小平太はグラウンドの端までかけて行った。

「…あれは捨て犬だよ。何処の委員会にも馴染めずにグラウンドの端でボールをいじっててね」
「あらやだわ…イジメ?」

「そうじゃない。おそらく己の力が制御できないんだ。先生の話では、生物委員会に入るも何度か小屋を壊し、故にいつ生き物を殺すかもわからないと追い出され、保健委員に入るも加減ができずじゃ治療もできない。恐らく会計、図書は性にあわなかったのだろうな。何処に行っても除け者にされると涙を流していたんだ。ならばうちに来いと体育委員に連れ込んだまでだ」

体育委員会はくのいちである私が委員長を務めていたこともあって今年は一年生が入ってこなかった。女が頭を張っている委員会など、と思ったやつもいるのだろう。今年は後輩が増えなかったなと思っていたのもつかの間、何処に行っても自分にはあわないのだと涙を流す一年生が一人。力が有り余ってる?好都合だ。体育委員に入るものはみなそうでなければならない。現に小平太はスタミナだけなら今の五年よりもはるかに上回っている。あとは何が得意かを見つけ何を伸ばすかを己の中で定めること。そうすれば力の制御もできるようになり己の目指すべき道も見えてくるはずだ。投げるのはボールじゃなくて棒にしたら?と冗談を言う友人に笑ってしまった。

「委員会の時に犬の本を見たんだけど、あの子にそっくりな犬の絵を見たわ」
「へぇ?」
「ボルゾイっていう犬。猟犬で狼のように顎が強く足もかなり速い種類よ」
「そりゃぁまさしく小平太だな」

「名前せんっぱーーーい!」

無事にキャッチできたのか、私に見えるぐらいボールを高く上げ笑顔で私の名を呼んだ。

「よくやった!戻って来い!」
「はーい!!」

前まではキャッチできずに落として泣いてたり触れたのに落としたり、んで、泣いたり。泣き虫小平太と言われていたのはいつの事か。太陽の様に明るい笑顔の後輩は確実に成長してる。私のところまで戻ってきた小平太は、横にいた友人にこんにちは!と深く頭を下げ、頭を撫でられては恥ずかしそうに頬を染めていた。猟犬も美人には弱いか。いい事を聞いた。

「名前先輩の右腕は凄いですね!ボールが何処までも高く上がりますね!」
「そりゃぁ体育委員長だからな!」
「男顔負けですね!」
「それはいらない一言だったな」


「もう一回お願いします!」
「お前本当に犬みたいなやつだなぁ。よーし飛ばすぞ!とってこい!!」


ボールは、空へ、空へとあがっていった。






















「そんな…馬鹿な…!」


「…こへい…た……か………?」

「名前先輩!!名前先輩なのですか!?」


樹にもたれかかるようにし死にかけていた忍がいた。いろは合同実習帰りの道での出来事だった。そういえばこの辺最近委員会で来たなとのんきな事を思いながら樹の上ではなく地を歩いていた時。点々と地に血痕が残っているのを発見した。鼻を動かせばすぐそこで血の匂いがする。死にかけている者がいるのだろうか。臭いを頼りにクナイを構え近寄ってみれば、死にかけた忍が一人。

だがそれは見たことがある横顔だった。死にかけ青ざめているその顔は、何年も前に学園で世話になった先輩、その人だった。

「名前先輩!?」
「あぁ………やはり、小平太か……」

「何がっ…?!こ、これ…!」

感動の再会をしている場合じゃなかった。名前先輩は至る所に致命傷であろう傷があり、肩に矢が刺さり、目も片方潰れていた。


そして何より、名前先輩の右腕が、ない。


「名前先輩、う、腕が……!!」
「…っ!同胞を一人…助けるためなら…腕の一本ぐらいっ……くれて、やるさ…!!」

弱弱しく左手で握ったクナイにも大量の血がついていた。何があったかなんて、この際どうでもいい。まずは、止血をしなければ。伊作がいれば。伊作がいればこれぐらいなんてことないのに。伊作はいつもどうやってたっけ。傷は、血、血が出ている傷は、なるべく心臓より高い位置で、そ、それより先に血を止めなければ。名前先輩が、し、死んじゃう。情けない。六年生にもなって、最上級生にもなって心を乱して次の手すら考えられないとは。血だ。血を止めなきゃ。

服を脱ぎ包帯より少し広い幅で裂き、強く強く名前先輩の腕に巻きつけ縛った。


「あ"ぁっ!〜〜〜っ!ぁっ、!」

「お叱りは後で!!我慢してください!!」


呻く名前先輩に私の腕を噛ませたまま、矢を引っこ抜いた。かなり深く刺さっていたのか、鏃は完全に血まみれになっていた。噛みちぎられるのではないかというぐらい腕には名前先輩の歯が食い込み、私も眉間を歪ませた。

名前先輩はもうプロの忍だ。死ぬのなんて怖くないといつも言っていたけど、私は名前先輩の死を望んだりしない。望むもんか。名前先輩のおかげで私は今立派に体育委員長をやれているのだから。あの時声をかけていただかなければ、こうして六年間もあそこにいれたかどうかさえ疑問だ。恩のある人間の死など、私は望まない。今はプロ。私はまだ卵。プロの世界に首は突っ込まない方がいいのは重々承知している。だけど、こんな名前先輩を目の当たりにして、引き下がれる方がどうかしている。

「名前、名前先輩、わ、私、」

「悔しいな…!久しぶりの再会だっていうのに…っ!っは、お前を…、抱きしめることすら…っ、撫でてやることすら、できない…!」

痛みに耐えながら息も絶え絶えに、笑いながら、名前先輩はそう仰った。まだ助かる。名前先輩を学園に連れて帰れば、まだ、助かる。学園には伊作もいる。新野先生だっている。私はできないけど、治療に強い知識をもったやつらもいる。長次だって、なんとかしてくれるはず。名前先輩を、助けなきゃ。

「泣き虫小平太め…っ!いまだ、こうも…っ顕在とはな…!!」

震えながらも左手は私の服を掴んだ。

名前先輩は、捕虜となってしまった仲間を助けるため一人城に乗り込んだらしい。無事に助けだし逃げたのはいいものの、待ち伏せを食らった。助け出した仲間を先に逃がし一人で数十人の忍を相手に鎖を振るったらしい。だが、やはり勝てる数ではなく、体力も限界に。身代わりになる物もない。それならばと、自ら相手の振った刀に突っ込み、腕を斬らせた。相手が予期せぬその行動に怯んだ一瞬をついて、名前先輩は命辛々、此処まで逃げて来たらしい。


「やはり…くれてやるんじゃ、…なかっ、たな…!私の右腕には、お前につけられた…っ、傷もある…!中々、かっこいい傷だったから…っ!ぁっ、!気に入ってたんだがな…!」
「名前先輩!それ以上は、」


「っ、小平太、」


腹部の服を掴んでいた名前先輩の左手が、私の胸ぐらを掴むように伸び、体をぐいと引き寄せられた。



「私の右腕はっ…此処から南に行った場所にある城だ…!お前との思い出も刻まれた…っ私の右腕…やつらから……っ!取り返してきてくれ…!!」



涙の浮かんだその目に、心臓が大きくはねた。昔と何も変わらない。力の制限なんか、こういうタイミングがあればできなくなる。制御不能。長次に言われた。あまり気を荒立てるなって。いや、無理。

「じゃぁ、名前先輩、あの時みたいに、あの時みたいに言ってください。そうすれば、絶対に戻ってきますから。必ず、奪い返してきますから」

あの時の様に。

懐かしいあの日のように。

高く上げたボール目がけて駆け抜けたあの日の様に。



「小平太、」



必ず、持って帰ってきたのだから。














「私の右腕、とってこい!!」



















例えるならそう、

ボルゾイのよう










「伊作の治療の腕も上がったな…」
「無事に動くようで良かったです。それもこれも小平太の止血のおかげですよ!」

「よーしよし良くやった小平太!褒美は何がいい!団子か!?」
「じゃぁまたバレーボールで遊んでください!」
「…変わらないなぁお前は……」
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