久々知と竹谷と、ときどき番外 | ナノ
レイヤーと一般人と、過去


俺からもう一回会いたいなぁなんて思ったのは初めてのことだったし、

「お茶なんてどうですか?おじょーさん」
「あら勘右衛門。久しぶり」

偶然会えたことに胸が躍ったのも、初めてのことだった。

「久しぶりー名前ちゃん。何してんの?」
「偶然ね。次のコス合わせの場所の下見よ」
「???意味がちょっと…」
「ここでコスプレしたいなと思ってたって事」

あぁと言いながらピアスをじゃらりと鳴らして見回してもそこはただの神社で、名前ちゃんは野良猫を足にじゃらせながら樹を見上げているだけ。夕日が落ちそうな時間。コンビニ帰りにふと目に入った人影は思った通りの人物だった。声かけて正解だったけど、此処でコスプレって、何やるんだ?

「でもダメね。ただの神社でコスプレの許可なんてとれなさそうだし」
「あ、ここの神主と俺知り合いだよ?頼んであげようか?」
「えっ!?」

理由が解れば話は早い。小さい頃から仲良くしてもらっていたおじさんを入口から大きな声で呼ぶと、中から私服姿のイカついおじさんが登場した。俺の後ろに神社には似合わないほど派手な女がいるということに多少驚いてはいたが、俺の友人と言うとそうかとなんだか納得した様に頷いた。赫々云々でここをコスプレ撮影の場として貸してもらえないだろうかと頼むと、何の問題もないと言って快くOKサインを出してくれた。むしろおじさんも撮影風景を見てみたいと言ってくれていたし、古い神社が何かの役に立つのなら、屋根の上でも木の上でも好きな場所を使ってくださいと名前ちゃんに手を振ってくれていた。

そうだ。そういえばうちのクラスの文化祭の衣装提供、全部名前ちゃんがしてくれたんだった。彼女がかなり有名なコスプレイヤーだと鶴谷さん言ってたし、それで次のコスプレする場所を探していたって事か。それなら下見も必要か。見てみたいなぁ名前ちゃんがコスプレするところ。ただでさえ身長高くてモデルみたいな体系で美人なのに、神社で何のキャラをやるつもりなんだろう。

「す、すいません。ありがとうございます」
「いいからいいから。じゃぁな勘右衛門」
「ありがとーねおっちゃん」

手を振るとおっちゃんは再び、奥の仕事場の方へ戻っていってしまった。

「ごめんなさいね、頼んでもらっちゃって…」
「じゃぁお礼に、お茶でも奢ってくれない?」
「まさか、最初からそれが狙い?」
「まっさかー」

神社の中に、おっちゃんの奥さんが趣味で始めたお茶屋さんがある。手を引きつれていくと、其処は本当に昔のお茶屋さんのような場所で、名前ちゃんもまだここはみていなかったのか、目を輝かせて素敵な場所だと言ってくれた。おすすめの団子とお茶を注文すると奥さんは喜んでと団子をやきにかかってくれた。

横に座った名前ちゃんは文化祭の時にナンパした以来あってなかったけど、LINEやら電話やらのやりとりは何度もしていた。珍しい。だってほとんど俺からしてたんだから。話の内容は大体は兵助と鶴谷さんの近況報告ばっかりだけど、話をしているうちに、なんだか心惹かれているのは俺自身も気づいている事だった。

「本当は近いうち逢おうよって誘おうと思ってたんだよ」
「あら、私勘右衛門は女遊び激しそうな人だと思ってたから私も遊ばれてるんだと思ってたけど」
「え!?俺そんな風に見える!?」
「むしろそれにしか見えないけど?」

首から下げていた一眼レフを大きめの鞄に仕舞ってケータイを開いて、着信がないかどうかを確認しながら、名前ちゃんはイタズラっ子のように微笑んでそう言った。まぁ確かに、そう見えてもおかしくはないわな。

「あ、そう言えば聞いた?鶴谷さんと兵助付き合ったの」
「えぇ聞いたわ。本当におめでたいわよね。奈緒ってばこれ初彼氏だもの」

「釣った魚は大きいよ。なんたって兵助だからね」
「釣った魚は大きいわよ。なんたって奈緒ですもの」

二人して口を揃えてそう言った。全く同じことを言ってしまったので俺たちは思わず笑ってしまった。丁度お茶と団子が出てきて、笑いながらも俺たちはなんとかそれに手を伸ばす事ができた。

「でも寂しいわ。奈緒が私からちょっと離れちゃったような気がして」
「うん?友達として?」
「まぁね。私、奈緒に助けてもらった身だから」
「助けて…?」

「中学の時にね。私、いじめられてて不登校だった時期があったのよ」

お茶を口に含んでいたけれど、まさかの方向の話に、俺はごくりと勢いよくそれを飲みこんで喉を傷めた。

「…いじめ?」
「あら奈緒から聞いてないの?私中学生時代、中学生の平均身長をはるかに上回ってて、そのせいで男子にも女子にもノッポっていじめられててね、嫌になって学校ずっとサボってたのよ」

「くだらない理由だね」
「今考えればね。でもあの時は悲しかったわ。でね、家が近いからって理由で別のクラスの奈緒がうちにプリント渡しに来る役になっちゃって。住所を頼りに、プリントをうちに届けに来たのが初対面ね。初めて逢ったのに、奈緒ったら『背が高いね!めっちゃ羨ましい!コスプレとかしたら!?絶対似合うよ!!やろう!?ね!?』って、家の門越しに興奮した様にそう言ってたのよ。私もうそれがおかしくっておかしくって」

名前ちゃんが口元を押さえて笑っているけど、話の内容からすれば、名前ちゃんは鶴谷さんおおかげて立ち直れたと言っても過言ではないほどの影響をうけているみたいだ。初対面でそんなこと言われたのは初めてだし、コスプレなんて世界も知らなかった名前ちゃんには大きい出会いだ。その後何度もプリントを届けにくる鶴谷さんを家の中に招いてはお勧めの漫画を貸してもらったり似合いそうなキャラを教えて貰ったり。次第に鶴谷さんに早く逢いたくなって、自ら学校へ行くようになったらしい。鶴谷さんを通じて浅水さんや戸塚さんと仲良くなり、鶴谷さんに化粧を教えてもらい、おしゃれを知って、いじめられてもつまらない嫉妬だと思えるほどのメンタルも身に着け、そして本格的にコスプレの世界へのめりこんでいったという。

「うは、それは凄い人生の転機だったね」
「でしょう?その後は私をいじめたやつから告白をうけたときにこっぴどくフってやるのが楽しみになっちゃったわ」
「あはははは!それ凄いね!男も調子いいなぁ!」

お互い茶を飲み干して団子の串に手を付けた。これは面白い話だ。明日鶴谷さんにも聞いてみよう。いじめられて不登校だったやつによくそんな話題持ちかけることができたなって。

「でもね、笑いはしたけど、俺も兵助との出会いそんなだから」
「あら意外。聞かせて?」
「うーん、中学んときに家がいろいろあって荒れてた時期あってさぁ」

俺が兵助と仲良くなったのも中学の時。両親の離婚でいろいろ家庭環境が複雑になっていったとき、学校に行くのも馬鹿らしくてふらふらしていると、目の前にビシッと首元までボタンを留めた制服姿の知らない奴が立っていた。誰だよと思ったけど取り出したのは真っ白なプリント。

『課題の提出。出席番号順だから尾浜と俺ペアなんだけど。こんなんで成績落としたくないからさっさと終わらせない?』

なんだか妙にイラついたような顔をした兵助は俺が家から出てきたところを見ていたのか、俺の家に向かって歩きはじめ半ば強引に俺のポケットから家の鍵を奪い中へ侵入した。何してんだよと止めようとしたのも遅く、バッグの中から出るわ出るわ参考書や教科書やらプリントやら。『提出期限明日までだから。早く終わらせよう』と筆箱を開いてレポート用紙にものすごいスピードで何かを書きはじめていた。久々知兵助と言えばクラスで一番頭が良い奴。こんなのとは一度として関わらないと思っていたが、いきなり家に上がりこんでくるとは。頭が良い奴は考えていることが解らない。どうせその日は何もやることがなかったししぶしぶ付き合って終わらせたが、

『じゃ、これ明日の三時間目に持ってきてね。休んだりしたらまじで奇襲しかけるから』

そう言って家から出て行った。つまり明日学校へ行かねば連帯責任であいつの成績が落ちるということか。謎の罪悪感にかられ次の日しぶしぶ学校へ行くと、兵助は心底嬉しそうな顔をして。


『これでイベントに行ける…!』


と小さい声で言ったのを俺は聞き逃さなかった。どういう意味だと問い詰めれば提出を忘れた者はその週の土曜日に補習授業を行うと言われていたらしく、土曜日は兵助が前々から楽しみにしていたアニメのイベントがあるから死んでも補習なんかには行けないと追い詰められていたらしい。ペアは不登校気味の俺。なんとしてでも終わらせてやると、家に突然押しかけたのだとか。


『そんなに大事なイベントだったのか』
『尾浜も行く?ニンフェス』
『ニンフェス…?』
『忍者戦隊シリーズ大集合祭り。日朝みてない?』
『え?』

『コヘレンジャーブラックのチョージ役の声優来るから俺は死んでもいく』
『えっ、俺それ見てる…』
『え…!?尾浜って戦隊物見るの…!?』

『言っとくけど俺チョージのモノマネめっちゃ上手い』
『聞かせてwwwwwwwwwwwwwww』


クラスは異様な雰囲気に包まれていた。不登校気味だった不良と学年一位の成績をおさめる久々知兵助が何かの話で意気投合しているという事実に目を疑っていたのだろう。アニメを通じて仲良くなったところなんか、名前ちゃんが鶴谷さんと仲良くなったのとほぼほぼ一緒の様なもんだ。結局一緒に行くことにしたし、兵助がガチの方のヲタクだということも知ったし、俺たちの仲は急速に仲良くなっていったような気がする。


「あんまり他人にこの話したくないから、これ知らない周りには幼馴染って設定にさせてるけど、結構変な出会いだったんだよね」
「なんだか私達二人の人生、オタクに助けられちゃったのね」
「その二人がくっつくなんて変な話だね」
「そうね、なんだか奇跡を見ているようだわ」


懐かしい出会い。あれから俺は兵助を通じてオタク仲間だと雷蔵を紹介され、委員会に所属していなかったから無理やり学級委員にさせられ三郎と仲良くなり、幼馴染だとハチを紹介され、あの連中と良くつるむようになった。あいつらのおかげでなんとか立ち直れた。


「だから、鶴谷さんが兵助を悲しませるようなことするようなら俺は容赦しないと思ってるよ」
「こっちだって、もし奈緒が泣くような真似したら全裸写真この一眼で撮って町中にばらまいてやるわよ。立ち直れないほど彼氏の事、追いつめてやる気合はあるわ」


まるで俺たちはあのカップルのボディーガード。にっこりほほ笑んだ俺に対して、名前ちゃんもバッグからさっきの一眼を取り出してにっこり笑った。これほど恐ろしい笑顔を見たことはない。

「ま、そんなこと絶対に無いと思うけどね」
「そうね、あの彼、勘右衛門ほどちゃらちゃらしてないように見えるわ。安心できるもの」
「ちょっと!それどういう意味!?」
「あら、見たままを言っただけよ」

相変わらず名前ちゃんは鶴谷さんの事を愛していらっしゃるなぁ。


「じゃぁさ、たまにはそんなチャラ男と遊んでみない?」
「うん?」


俺は目の前で、ケータイから女の子のアドレスを全削除した。どうでもいい女の連絡先はフォルダ分けされているから、それを消せば何も残らない。鶴谷さんとかの連絡先は残ってるけど、元カノとかそういうのは、今名前ちゃんの目の前で全部削除した。少々驚いたような表情を見せたが、名前ちゃんは何を企んでいるとでも聞いたそうな顔で俺を見た。

「オタクに救われた者同士っていう何かの縁じゃん?でもいつまでも兵助と鶴谷さんに負けてられないでしょ?」
「うーん、それ、とても魅力的な誘い文句ね」



「俺たちあいつらに救ってもらったけど、それを後悔させてやろうとか、思ってみない?」

「ふふ、それ、謀反ってこと?面白そうね。その話乗ったわ」



名前ちゃんはすっと俺の顔の横に手を伸ばして、俺の左耳からピアスを一つ奪った。何をするのかと思えばちょっとそれを拭いてから、自分の耳のピアスを外して俺からとったそれを身に着けた。

「これみたら連中どんな反応するかしらね」
「いやー、名前ちゃんやっぱりいい女だわ」

「あら、あなたが釣った魚よ?責任もってちょうだい?」
「もちろん、ちゃんと餌は上げますよ?それも高級な餌をね」

二人して取り出したケータイで俺らの写メを撮り、俺たちは各々あの二人にその写メを送りつけた。どんな反応が返ってくるのか楽しみだし、これからあの二人に負けないほどのバカップルにでもなってやろうかと二人で笑いあうのだった。







レイヤーと一般人と、過去






「勘ちゃんからコス衣装提供してくれたあの人とのツーショット送られてきたけど」
「え?あ、ほんまや私もや。なんだこのエロいツーショットは」
「…やばい俺大変な事に気付いた」
「え?何?」

「…なんか二人とも…お揃いのピアス片耳につけてない?」

「え?ピアス?あ!まじだ!…………え!?まさか!?」
「ま、まさか!?」
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -