Dear.Rikichi.Y

「名前、私に渡したいチョコがあるだろう」
「何で渡す事前提でしかもチョコ限定なんですか。帰ってください」

「いいや帰らない。お前が私にチョコをくれるまでは帰らない」
「今宿題やってるんですから早く帰ってください…」

利吉さんとのその距離、もはや1mもない。真後ろでチョコをねだるプロ忍が今私の部屋にいる。おかしい。この距離はおかしい。近い。本当に声が真後ろから聞こえる。っていうか、いつ私の部屋に入って来たんだろう。っていうか何処から入って来たんだろう…。

「名前、お前今日が何の日か知ってるか?」
「えぇ存じてますよ。以前カステーラさんから伺いました。バレンタインという日だと」
「そうバレンタインだ。どういう意味かも知っているな?」
「えぇ。世界各地の男女が愛を誓い合う日だとか」


「その行事を、お前は見過ごすのか?私という存在を放っておいて?」


確かに、利吉さんとは恋人同士ではある。参加はすべきなのだろう。

今日は世界各地の男女が愛を誓い合う日だということは以前乱太郎たちと町へ散歩に出かけていた時、偶然出くわした乱太郎たちの知り合いであり南蛮人のカステーラさんに聞いたことがある。そんなに大量に甘い物を買い込んで何をするんだと問いかけると、如月の十四日がそのようなイベントなのだと言っていた。その多くの恋人たちや家族が感謝の意を込めてチョコを贈るような習慣があるらしいが、別にそれと限定されているわけでもない。なので、日本の甘い物を向こうに土産に買っているところだとおっしゃっていた。

そのようなイベントを目前に控えていると男子の後輩の前で聞かされ女である私が何もしないわけにもいかない。乱太郎ときり丸、しんべヱたちには一足早くその場で団子を馳走してやったが、うちの学園なイベント好きな連中が多い。それにこうした向こうの国のイベントごとは図書委員の長次が本で読んだことがあるがと広めることが多いのだ。迷惑というわけでは全くないが、そういうことは前もって教えても欲しい。去年のハロウィンというイベントの時は酷い目にあったもんだ。菓子を持っていないだけでイタズラされるとはなんという理不尽なイベント。今回も甘い物をせがまれるのか。イタズラはなさそうだが何かあっては困る。

と、いうわけで

「何をおっしゃる。私だってイベントごとは大好きですからね。もちろん参加しましたよ」
「は!?じゃ、じゃぁ誰に何をあげた!?」
「何をそんなに興奮されておられるのですか。委員会でお世話になっている土井先生と、その他出会った忍たまどもに団子を上げましたよ」

一応、菓子は用意しておいた。シナ先生の料理教室で下級生の時に甘味の作り方を教わっておいて正解だった。今こうして役に立つとは。

「なん…っ!?私には!?」
「ありませんが?」
「なんで真顔だ!!」

「昨日は校外実習でそんな暇もなく、今日はこうして課題に追われる予定だったので、一足早く、一昨日私の中のバレンタインは終わりました。一昨日作った団子をいつこちらに遊びに来るか解らない利吉さんのためにとっておくと思いまして?まぁ、痛んだ団子が食いたいというのなら別ですがね」

「常識で考えれば解るだろう!今日という日は必ず恋人である私は来ると!」
「いやいやいや、冷静に考えてチョコくださいって男から来る方がおかしいでしょう」

宿題をやっている最中に風が部屋の中に入ってきたことはわかっていた。また利吉さんは何処から侵入して来たんだろうと思いながらも無視して宿題を続けていたら、開口一番「渡したいチョコがあるだろう」はさすがに予想の斜め上過ぎた。思わず滑らす筆をピタリと止めたぐらいだ。


「お前はいつもそうだ!去年のハロウィンはどうだ!菓子がないならイタズラさせろと言えばこれから校外実習だと私の腕からスルリといなくなり、今日はクリスマスだといえばこれでも食ってろと言わんばかりに部屋に書置きとケーキだけを置いていき忍務でいない!そして今度はなんだ!今日昨日が忙しいから一昨日済ませた!?わざとか!?この擦れ違いはわざとなのか!?」

「でもプレゼントの襟巻は気に入っておられるではありませんか」
「お前も私のやった簪を気に入っているだろう!」
「その節はありがとうございました」

頭に刺さる揺れものの簪は確かに去年の師走の暮れに利吉さんから頂いたものだ。忍務から帰ってきたら手紙と共に置いてあったもの。正直、部屋に帰ってきてすぐ利吉さんの存在を確認できたことが嬉しかった。本人はいなくとも、この部屋に来たのだというのを確認できただけでも満足だった。

だが、あの日はこの日は来るからなと手紙が来たから用意しておいただけ。急な忍務で謝罪の手紙も置いたし、私は何一つとして間違っていないはず。今回は手紙も何も来てない。突然の訪問に、しかもこんなイベントの日に私が対処できるわけがないではないか。私は、何一つとして、悪くない。

「今回のイベントは共に過ごせると思ったのに…」
「……まさかそのために仕事入れてないとか言いませんよね…」
「……」
「ず、図星とな……」

この人はこういうところが可愛いからズルい。立派なプロ、というか、フリーで活躍している忍なのに、時折見せる子供っぽい表情に、心揺さぶられないわけがない。



「…本当はですね利吉さん、私だってちゃんとご用意したかったですよ。みんなと同じものではなく、あなただけに送る特別な何かを」



筆を置き体を向き合いそう言えば、さすがの利吉さんも驚いたように私の目をみた。

「課題、実習は避けて通れぬ物。時間がなかったという言い訳はあまり使いたくないのですが、今回ばかりはいつ現れるか解らない貴方のために何かを用意するのは難しかったんです。あの日に作った食べ物を次に訪れたときに食してもらい、体に障ったら、それは私も嫌だと判断し、あの日に作り取っておいたものは全て捨てました」
「なっ、」

「痛むのも当たり前です。食べ物ですから。だから、今度は私が利吉さんの家に届けに参ります。利吉さんは忙しいでしょうし、今度は私がそちらへ参ります。…そうですね、3日後のお昼に向かうと約束しましょう。他の誰にも渡さない利吉さんだけへ送る甘い物を。そしたら今日というバレンタインを、仕切り直しましょう。ね?それでいいでしょう?」

手料理を食われたくないわけではない。料理の腕には自信がある。利吉さんは私が作ったものは美味い美味いといつも食べてくれていた。故にこのイベントの日を二人で迎えたかったのだが、来るか来ないか解らない人のためにとっておくのは、正直怖かった。形として手にあることで、来たら来たで嬉しいが、来なかった時の落ち込み様は考えたくもない程だろう。だから、今回は珍しく臆病な私が出たのか、用意しておくことが出来なかった。まさかここまで利吉さんを落ち込ませてしまうとは思っていなかった。これはこれで面倒だが。

「…約束するか?」
「えぇ、必ず」
「本当に、3日後の昼に私の家に来るな?」
「約束します。リクエストはありますか?」
「ない。名前の作ったものなら何でもいい」
「お上手ですこと」

私の提案を受け入れてくださったのか、利吉さんは満足そうな顔で良し!と膝を叩いて立ち上がった。


「それと名前、」
「はい?」

「二人の時はその口調は止めていいと、以前言わなかったか?」
「そうはいきませんよ。此処は忍術学園の花園。言葉遣いも立派な勉強の一つです」

強く言う利吉さんにふんわり微笑みそう言えば、敵わないなと眉をハの字に曲げて、利吉さんは天井裏へと飛びあがった。

「それじゃぁ、3日後を楽しみにしているよ」
「えぇ、せいぜいそれまで死なぬように」
「憎まれ口を」

やがて天井裏の穴は板で塞がれ、利吉さんの気配は遠ざかって行ってしまった。



「…入っておいで兵助」

「………名前先輩、今利吉さんのことチョロいって思っているでしょう」
「あら、バレた?」
「バレバレですよ。以前の予算会議で潮江先輩に泣き落とし使った直後と同じ顔してます」
「だって早く課題終わらせなかったんだもの。早々にお引き取り願うにはこれしか方法なかったのよ」

「とかいって、本当は今から何を作ろうか迷っているくせに」
「兵助には何も隠せないわねぇ。と、いうわけで、予算案は任せたわよ。私は図書室へ行くわ」
「はいはい。行ってらっしゃいませ」







Happy Valentine
私の気持ちをたっぷりつめた道明寺なんてどうかしら!






「御免下さい。利吉さんは御在宅でしょうか」
「あら名前ちゃん」
「奥さん、こんにちは」

「利吉なら急な仕事が入ったって、朝から見かけないわよ?」
「………」

[ 1/4 ]

[*prev] [next#]
[bkm]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -