「玉緒先輩!?何故泥だらけなのです!?」
「ううん、大丈夫心配はいらない。喜八郎起きた?」

全身泥だらけ。主に腕はどろっどろだ。それはそうだ。何刻か解らない程にずっと土を掘りまくっていたのだから。正確に言えば、土砂を掘り起こしていたとでもいうべきか。くのいちにあるまじきこの身の汚さ。このままくのいち長屋に戻れば速攻でつかまり風呂にぶち込まれること間違いなしだ。これではくのいちたちに全身を現れてしまうかもしれないな。みんなが入り終わった後の忍たま長屋の風呂でも借りますかね。

「……」
「喜八郎?黒ちゃん?」
私だ
「なんだ黒ちゃんか。連れて行きたいところがある。ついてきて。滝見張ってて」
「は、はい」

部屋の戸を開けると、布団の上で起き上がった状態になっていたのは、どうやら黒ちゃんのようだった。器は喜八郎なのに声が低い。だけど今はもう月が昇っている夜。昼夜逆転してしまっているとはいえ充分な睡眠はとれたであろう。喜八郎もだいぶ軽くなったんじゃないのかな。裏山に向かって歩く私の後ろを、黒ちゃんは黙ってついてきた。喜八郎の腕を貸してやると、そういえば案外簡単にいう事を聞くもんだ。滝夜叉丸は周りを警戒しながら、黒ちゃんが逃走しないよう見張りながら、ただ黙ってついてきていた。

山の麓に置いてきた鋤を拾い、また道を歩く。徐々に道から外れ木の間を通って進まねばならなくなると、そういうところには良くいるのだ。このような場所へ人が入ってくるというのが珍しいのだろう。足を引っ張ったり腕を引いたり。時には

「痛ッ」
「おいやめろ、それは私の友人だ」

髪の毛を引っ張ってからかうものが。何が起きたか解らないというような顔をする滝夜叉丸は、その頭上で女の子が笑っていることを知らない。面倒なヤツらがいる場所だが、今は此処を通るほかないのだ。早くあの場へたどり着かねばならぬのだから。

「ほらついたよ」
「……ここは…」

たどり着いたその先には、五年生と残りの四年生が泥だらけになって待っていた。その土砂の上にいたのは、見知らぬ一人の黒装束。


彦一!?彦一なのか…!?

「黒兵衛!!この大馬鹿野郎!!」
な!?
「死してこのような方々にご迷惑をかけるとはなんたる阿呆!」
わ、私は貴様を思って…!
「他人の力を借りてまでやらねばならぬことでもないだろう!昇れば私はそこにいる!そんなことも解らないのか!!」
な、そ、それは

「お前がそこまで私を思っていてくれたことは嬉しいが、他人を巻き込むな。こんな世だ。死は間近くあることぐらい私にも解る。このようなことになって誠に残念だが、今やお前と私は同じ身だ。こちらへ来い。そしてまた酒を飲もう」


彦一、そう呼ばれた忍は、黒ちゃんである喜八郎の頭を撫でた。彦一の言葉に嬉しそうに涙を流した黒ちゃんは、膝から崩れ落ちて、「すまない、すまない」と、ただひたすらに謝り続けた。

私も、すぐそちらへいく
「私はこの人達に礼を言ってから逝く。先に待っていろ」


あぁ、あぁ、解った。すまない。本当に、お前ら、すまない。ありがとう、ありがとう!ありがとう…!


私達に向けた笑顔を最後に、喜八郎はプツリと糸が切れたように気を失った。



「さすがさすが変装名人と言われただけのことはある。悪鬼をも化かすその変装術たるや、見事だねぇ」


パチパチパチと拍手をすると、黒装束の忍はベリリと音を立て顔を己の剥いだ。

「さすがの私も、死体から顔を作るなんてことは初めてでな」
「それでも黒ちゃんはダマされた。やっぱりお前は天才なのだ」

土砂の頂上にいた三郎は面をその変に投げ捨て、兵助は気を失った喜八郎を支えるように抱え直した。



「彼もまた、ここで黒ちゃんのことを待ってたんだよ」



振り向いた後ろ。桜の木の下で掘り起こされた土砂の穴の中で眠るのは、穏やかに眠る一人の忍だった。ハチと勘右衛門がその穴に下りて、眠る体を引き上げた。

黒ちゃんは、この場に未練があると言っていた。おそらく何かやり残したことがあるのだろうと。其処で私と頭脳の働く雷蔵で推測をしてみた。滝夜叉丸の証言では、最近戦があったと。タカ丸さんも何度かそのような音を聞いた、と。崖の上での戦。黒ちゃんともう一人は、この桜の樹の下で逢おうと約束をしていたという話もしていた。

そいつは約束通り此処で待っていたのだろう。何処かの戦で負ってしまった怪我を携えて身を引きずってやっとのことさ此処まで来たというのに、上でおこっている戦によってでき落ちた土砂によって埋もれてしまったのだろうか。それはあまりにも無理やりすぎる推測ではないかと私は首をかしげたが、だってほら、と雷蔵が指差すのは樹の上。あちらこちらの木の枝に引っかかっている、矢や刀。もう少し上にいくと死体もある。随分と崖ギリギリの戦をしていたのだな。崖にそって少し歩いてみると、やはりところどころに土砂が積み重なっている場所が至る所にあった。その一つが、彦一というこの忍の上に落ちたのだろう。そして、黒ちゃんは約束を守れず死してから此処へたどり着いた。時すでに遅く、彦一は土の中で息絶え、そして霊体となった黒ちゃんは彦一を掘り出すこともできず、そのまま、この場に留まっていたのだろう。

「逝ったか?」
「うん、気配はないかな」

「……玉緒、先輩…?」
「なぁぁああああああ喜八郎喜八郎喜八郎起きたのね喜八郎うわあああああ喜八郎私の可愛い喜八郎ぅうううう!!!」

「ちょ、ちょっと玉緒落ち着け!」
「玉緒ちゃんどうどう!」

「タカ丸さん…あれ?あ、体」
「軽い?」
「あの人は?」
「出ていったよ」
「そう、ですか………えっ、この死体は?誰です?」
「あのね喜八郎」

兵助の腕の中で目覚めた喜八郎は体の軽さにも驚いていたが、ハチと勘右衛門が抱えていた見知らぬ死体にも驚いていた。正気を取り戻した喜八郎に肩を撫で下ろした三木ヱ門はいつものキラキラした見た目とは一変して、皆と同じように泥だらけになっていた。これこれうまうまと事の流れを説明すると、それならばと喜八郎はその場を掘り始めた。何を思いついたのかは解らないが喜八郎が掘る先に何かがある。そう思った私たちは喜八郎に続き土砂を掘り進めた。「あ、」と喜八郎が腕を止めたその先から出てきたのは手。此処からは慎重にとみんな手で土を掻き分けていった。

「だ、誰?」
「…黒ちゃんだ」

黒ちゃんの姿が見えていなかったタカ丸さんは現れた死体に驚いていたが、顔は確かに黒ちゃんの顔だった。

「ここで、力尽きたんですよ。きっと」

あえていたから、さらに思いは増していた。そして、霊体となってもここに残されていた。と、いうことは黒ちゃんは、大事な友人が目の前で土砂に埋もれるところを見て死んだんだろう。それは、なんとも悲しいことだ。

「……玉緒、先輩」
「んー?」


「この人たちのお墓、僕に掘らせてもらえませんか?」


「………そう来ると思いましたよ。滝夜叉丸」
「この滝夜叉丸、準備を怠ることはありません!!」

滝夜叉丸が懐から取り出したのは首化粧用とはいえ化粧セット。餅は餅屋に限る。立花先輩直伝の首化粧を今こそ発揮したまえよとそれを渡すと、喜八郎は珍しく真剣な顔をしてそれを受け取った。

桜の根元に人二人分が入るであろう穴を掘り、そして二人に化粧を施した。

「おほー、さすが作法委員会」
「立花先輩の教えがいいんだろうねぇ」
「僕も教わりたいなぁ」

まるで生きているよう。生気に満ちたその顔を並べると、喜八郎は満足したように筆を置いた。

「これでやっと、再会できましたでしょうか」
「素晴らしいよ喜八郎。二人も満足しただろうね。さ、別れをしようね」
「はい」

黒ちゃんを雷蔵が、彦一と呼ばれた忍を三郎が抱え穴に降りた。二人が穴から上がると、喜八郎は少し物寂しそうな顔をしながらも、二人にそっと土をかぶせ始めた。桜の木の下、無事に約束を果たせた二人は今向こうで再会の酒でも酌み交わしているだろうか。それともどっかで私たちを見ているだろうか。見ているのだとしたら感謝ぐらいしろよ!喜八郎とか!あとできれば私にも!聞こえてるんだろチクショウ!こんな泥まみれになったんだからな!

「火葬より土葬のほうがいいよね」
「そうですね」
「合掌でもしておきますか」

二人を埋め終えた桜の木の下で、私たちは全員鋤を置き、手を合わせた。


「さ、皆帰ろうか」

「よーし帰ろう!」
「あぁやっと終わったか」
「さっさと風呂入ろうぜ」
「まだお湯残ってると良いな」
「そしたら沸かし直せばいいのだ」


喜八郎が深々と頭を頭を下げると、五年の連中は満足した様に背伸びをして鋤を手に山を下りて行った。

「先に戻るぞ」
「うぇー、髪もドロドロだよ」
「風呂に入れば綺麗になりますよ」

続いて滝夜叉丸も、タカ丸さんも、三木ヱ門も帰って行った。

ざぁ、と吹いた風に喜八郎も、満足そうに微笑んで、代わりにとおいた墓石を見つめた。


「彼らは、この世に生まれて可哀相でしたね」
「うん?」
「大事な友人と一緒に桜を見ることすらできないんですもん」


戦の世に生みおとされ戦の世に殺された。こんな戦だらけの世界じゃなければ彼らは平和な人生を歩めただろうか。こんな悲しい別れをしなくてすんだだろうか。望んでもいないのにこの世に生かされ、そして殺された。そんな彼らを助けられるのだとしたら、私はできる限り彼らに救いの手を差し伸べたい。

「喜八郎」
「はい?」
「私が死んだら私の墓は喜八郎が掘ってね」
「嫌ですよ」
「えー、なんで?」

「玉緒先輩が僕より先に死ぬなんて嫌です。玉緒先輩のお墓なんて絶対に掘りませんからね」

「おほほほほ嬉しい事言ってくれるね。じゃぁ、私と喜八郎が同時に戦に出たときは、この桜の下で待ち合わせでもしましょうか」
「僕は死んでも玉緒先輩に逢いに行きますよ」
「嬉しい!よしよし、じゃぁお風呂に入ろうね」

「一緒にですか?」
「一緒が良い?」
「一緒がいいです」
「じゃぁ一緒に入ろうね」

喜八郎の背は前よりも少し逞しくなっているように感じた。人の命の尊さというものをこの一件でもっと理解してくれればいいのだが。落とし穴も程々になるといい。







…確かに私は、そういった者を助けたいとは言った。



「…甘えるな」






タスケテ


     サミシイ


ワタシモ       ボクモ


タスケテ


      オネガイ





私の足を引っ張り、腕を掴み、そして髪を引くのは、この世に取り残された情けのない姿と化した化け物たち。

だがその目から、この世に未練があるとは到底思えない。愛する者に今一度会いたいとか、親愛なる友にあいたいとか、そういった執念のある者は、今この場にはいない。




タスケテヨ

   アイツラダケ

 ツライヨ



こいつらは、ただただ自分の仲間が欲しいだけ。

苦しんでいる自分と同じ苦しみを、私にも味わわせようとこの世から引きずり落とそうとしているだけ。

愚か。実に愚かなり。


死して、生きるものに逆らうなんて愚の骨頂である。




「離せ」




私は、お前らのような情けないヤツらを助ける気などない。


「玉緒先輩?」

「いや、なんでもない。この辺は変なのが多いなーって」

「では二度と近寄らないようにせねばなりませんねぇ」
「そうだね、立札でもしておこうか」


その辺に落ちていた板を拾い上げ、喜八郎が持っていた首化粧用の紅で、板に大きくこう書いた。




コノ先良イ子ハ生キ止マリ




「玉緒先輩?"行き止まり"、ではないんですか?」
「引きずり込まれたら、それまでだよ」

「!は、早く帰りましょう」
「はいはい」




まだこの世に、未練があるのならなおさら。




「喜八郎」

「なんですか?」

「死んじゃ嫌だよ」

「玉緒先輩だって死んじゃ嫌です」











死ぬ気で、この世にしがみつくがいい。

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