また、気が付いたらこんなとこ来てた。

あれ、僕は今の今まで何をしていだんだっけ。

そう、競合地区でターコちゃんを掘ってたはず。

おや、やっぱり手には踏子がいる。

はて、だけどこんなとこに来た覚えはない。

ふむ、これはいわゆる迷子ってやつなのかな。

あぁ、滝夜叉丸が聞いたら怒るかも。

さて、学園へはどう向かえばいいのだろう。

まぁ、不思議な事もあるもんだなぁ。

こう、立て続けて起きても困るけど。


































「……ズリ…ズリ……ずっと、その音は私の後ろをついてくる…。どれだけ走っても、その音は絶対に自分から離れない…。むしろ、どんどん近くなってきてる……。ズリ……ズリ………何かを引きずるようにして…。


ふと、その時何か聞こえるんだ。



『……して…』



なんだろう。そこで足を止めなければいいものを、うっかり振り向いてしまった。後ろのナニカは、私に向かって何かつぶやいている…。


『…え……て…』


振り向いた其処にいたのは、見覚えのある赤い着物。あぁ覚えてる。あの着物は、俺の昔の女だ。だけどあの女はいるはずがない。だってあの女は、俺がこの手で、首を斬って殺したのだから。ズリ、ズリ、を何かを引くのは、首のない着物の手にある、何かの音。目を凝らしてよくみると、その手は髪の毛を掴んでおり、引きずられているのは、女の首だった。

思わずへたり込み見上げると、もう目の鼻の先にはその赤い着物の女が突っ立ってる。そして私に向かって、こう言ったんだ……。







『私の大事な簪返してよ!!』







「「「あぁぁぁあああああああああああああああああ!!!!」」」


「あははははは!!怖がりすぎ怖がりすぎ!やだやだそんなに叫ばないでよ!」


叫び声とともに私の腹の中から込み上げてきた何かを吐き出すように、私の口からこぼれ出たのはこの場に似合わない笑い声だった。情けないことに目の前にいる群青色は井桁模様の後輩を抱え込んで涙を流して縮こまっていた。どうしてそうなると解っているのに私を此処へ呼んだのか、全く持って理解が出来ない。暇つぶしとはいえ、だったらこんな態度とるなよと思う。
ゆらり一本だけ揺らめいていた蝋燭の火だけがこの部屋の唯一の灯りだ。新品の蝋燭を出したので、しばらく真っ暗になるようなことはない。まぁ今、真昼間だから窓あけりゃ済むんだけどさ。


「…玉緒先輩、すっごいスリルでした〜…」
「伏木蔵涙出てるよ」

「ぼ、僕ちびってしまいました…」
「平太…じゃぁなんで此処来たの…」

「か、語りがお上手ですね…」
「有難う怪士丸。中在家先輩程じゃないよ」

「また、是非聞かせてください…」
「ありがとう孫次郎。さ、今日のお話はこれで終わり。孫次郎たちこれから午後授業でしょう?頑張ってね」


遠くで昼休み終了の鐘が鳴り響いたので、もう少しで授業が始まる。午後も授業があると言ってた一年生たちは、五年の膝の上から脱出しみんな廊下へを駆け出して行った。扉を開いてあげて、やっと部屋の中に蝋燭以外の光が差し込んだのだった。
やっと今が昼間だと理解できたのか、ハチはうわっと眩しそうに眼を細めるのであった。

「ねぇ玉緒」
「なぁに雷蔵」


「玉緒ってさ、やっぱり見えるの?」


扉に窓にと貼っておいた札をベリッと剥がすと、雷蔵は私に向かって不思議そうな声で問いかけた。

「何が?」
「決まってるでしょ。お化けってやつだよ」

その話が切り出されたのをきっかけに、他の四人もその話聞きたいと言わんばかりに身を乗り出して来たのだ。

「うん、見えるよ」

「やっぱり!」
「いやいや、でも、三郎も見えるでしょ?」

「まぁな」

「えっ、三郎見えるの!?」
「おそらく玉緒と同じぐらいには」

思わぬ伏兵に、雷蔵はいつも以上に目をくりくりさせて三郎をみつめた。なんとなく、これは本当になんとなくなんだけど、この人も見えてるんじゃないかなっていうのは勘だけど、ふと感じる。三郎も見えてるんじゃないかなとは前々から思っていたけど、やっぱり三郎も見えていたのか。

私は、そういった類のモノがよく見える体質である。三治郎とは違う血だけど山伏の子で、山に入ればよくその類のモノを見るし、町に行ったって、人間に混じっているこの世ならざるモノの存在がはっきりと解る。それはただ足が消えてるとか顔色が悪すぎるとかそういった理由ではなくて、単純に私の中の何かがそれを「人間」として認識していなからだと思う。カッコ良くそうは言ってみたものの、簡単に言ってしまえば勘、なのかもしれないけど。

「玉緒は見えてる人間だーって、よく聞くよ、くノ一の連中の話で」
「まぁ、ぼーっとしてること多いしね。そう見られても仕方ないよ」
「山伏の子だもんね」
「これでもね」

「そういや玉緒って怪談するとき部屋の入口に札はるけど、その札は、何のためにってるんだ?札って封印とかに使うんじゃねぇの?」
「良い質問だねハチ、これはただの除けだよ」
「ヨケ?」


「怖い話をするとね、人間のそういう感情を読み取って連中が集まりやすくなるんだ。例えば、私が怖い話をして皆が怖い怖いって気弱になってるでしょう?霊っていうのからしてみれば、そういういつも強気な生気を放ってる人間が弱気になってるのは凄く都合がいい。何故なら?勘右衛門くん」


「はい先生、とり憑き易いからです!……か?」
「大正解!はなまるあげちゃう!」

勘右衛門に向かって人差し指をくるくる回しながら、札を未だ燃える蝋燭の上にかざして、ゆっくりゆっくり灰にしていった。

そもそもなぜ、今日こんな真昼間から怪談大会を開いているのかというと、あまりにも暇すぎるから玉緒のいつもの怖い話が聞きたいとこの連中が私を忍たま長屋に拉致ったのが始まりだ。別に話す分には構わないけど、そういう時は一声かけてほしい。いきなり屋根裏から降りてきて口塞がれたら誰だって強姦だと思うわ。思わない?私だけ?あ、そうですか。
勘右衛門に担がれている私を発見した一年ろ組の可愛い連中が怖い話なら僕らも聞きたいとみんなで手を繋いで仲良く三郎と雷蔵の部屋に招かれたのだ。準備は既に整っていて、蝋燭を囲んで一人が一人ずつ後輩を抱っこして、私の話に耳を傾けていた。

怪談話なら得意な方だ。こういう身の上だということもあるし、昔からよく怪談本を読むのが好きだった。妖怪の画集だったり物語だったり。実際にその妖怪を見たときなんかテンション上がってお祓いどころじゃないのだが。その類の本を図書室で借りまくっていた下級生の頃、上にあった本を雷蔵がとってくれたのがきっかけで、この連中と仲良くなり、私の怪談大会は随時開催されている。まぁ、聞きたいと言われればだけどね。

「そりゃまぁ札はっといても、入ってくる奴はいるんだけど」
「いやいや、お札って幽霊寄せ付けない的な効果があるんじゃないの?」

「もちろん入ってくるやつもいるさ。人間だって鍵かかってる部屋でもピッキングさえできれば簡単に入れるじゃん。つまりそういう事だよ。この学園いい土地にあるしそんなに変なのは入って来ないけど。まぁ、札突破なんて向こうがそれ以上の力を持ってればの話だけどね」
「そんなヤツいたら大事だろ」


「いやいや、別に全てが全て悪さするやつって決まってる訳じゃない。現にさっきだって、ずっとこの部屋にいたもの」


その言葉に、三郎以外の皆がビシャッと雷に打たれたかのように固まってしまった。三郎は気が付いていたようだったが、目を合わせないよう必死で私に何かを伝えようとしていたのだけは気付いていた。面白かったから何も言わなかったけど。


「じゃぁ聞くけど兵助、さっきまで兵助、誰のこと抱っこしてた?」

「それは…もちろん一年ろ組の…………………………ろ、組の…………」


「三郎、誰抱っこしてた?」
「私は伏木蔵を抱いてたよ」

「雷蔵は?」
「ぼ、僕は怪士丸を…」

「勘右衛門は?」
「お、俺は平太抱いてた…」

「ハチは?」
「…孫次郎、だった…」


「兵助、この部屋に来たのは一年のろ組の四人だったんだよ。私は一人で淡々と喋ってたから誰も抱っこしてない。この部屋にいたのは私を除いて、五年生が五人と一年ろ組の四人の合計9人。五年のお前らが全員一年生を抱っこできるわけがない。もう一回聞こうか兵助。お前さっきまで、誰の事抱っこしてたと……思う?」


再びそう問いかけた瞬間、兵助は全身をガタガタ震わせて奇声を発しながら涙目で勘右衛門に抱き着いた。「嘘だよ嘘嘘!!」と言いながら泣きわめく兵助が面白くて、最後まで燃え尽きた札を窓から風に乗せて外に撒いた。たまにいるんだよ、怖い話好きのそういう連中、と言うと兵助はそれ以上は止めろ!!!と怒鳴って勘右衛門により一層強く抱き着いた。怖がりすぎだろなんでじゃぁ私の事呼んだんだよ。

「いるんだよねーたまに、怪談好きのかわったやつが。聞くだけ聞いたら帰っちゃうんだけど」

たまーにいるのだ。怪談好きの霊なんてのも。くのいち長屋で怪談大会をやっているときでも、頻繁にその部屋に来るヤツらはいる。学園の外から来たのかなんなのか、奴らの正体は知らないけれど、話を聞けば帰って行ってしまうから、別に悪いやつではないんだろうなと思って放っておいた。今日は兵助の膝の上だったか。この間は雷蔵の肩についてたけど、とは言わない事にしよう。

「玉緒って、どんな感じでお化けが見えるの?」
「本当に人と同じような感覚で見えるよ。祓えるわけだから、向こうが何か喋りかけてくれば喋れるし…。喋ってる途中で、「あ、これ人間じゃないぞ」って気付く時もあるし…」
「へぇー……。他にもそういうの、見えてる人いるのかなぁ」

「比較的に縦割りでいうとこの、ろ組は見えてヤツが多いと思う。中在家先輩も七松先輩も、四年の田村だって見えてると思うし、見えてなかったとしても、少なくとも感じてはいると思う。上級生にもなって実戦で戦場にも出れば死の現場にも直面する。んで、何らかのそういう力に目覚めてもおかしくはないよ」

「よく言うよね、死の場に直面したら見えるようになるって」
「それは、あながち間違いじゃないと思うぞ」

カタンと戸をあけ中から煎餅の入った器を取り出した。円になっている真ん中にそれを置いて、三郎は再び元の位置に腰を下ろした。

「ハチもそういう気配位感じるだろう。人間より動物の方が勘は鋭いし、見えているとも聞くしな」
「うーん、まぁ、いるんだろうな、ぐらいにはな」
「凄い、僕も見てみたい」

「やめろやめろ雷蔵、見て気分の良い物なんてほんの一握りだ。町を歩いてて頭に矢が刺さった侍を見て気分を害さないわけがないのだから」

三郎のその言葉を聞いて、雷蔵はうぇっと少し顔を曇らせた。


「一番強いのはおそらく、三年だ」
「あぁ、あれらはいけないね、特にろ組のは本当に危ない三人だと思うよ」


パリ、と煎餅を口に放り込むと、詳しく聞きたいと雷蔵と八左ヱ門が身を乗り出した。勘右衛門も、勘右衛門に隠れている兵助も、少し興味がありそうだ。


「富松は見えてるね」
「あぁ確実にあいつは見えてる」
「だからこそ、あの二人を必死で探すんだ」
「アレがあいつらに何かしたらどうしようって。妄想しすぎているのが富松じゃない」
「本当に恐ろしい物が見えていて、それでいてあそこまで追い詰められているから、妄想癖のように見えるだけだよ」

「神崎も見えてるよ」
「あれは良い物しか見えないだろうね」
「良い物にしか呼ばれないんだろうね」
「神崎もよくアレらの手助けをしているようだし」
「あいつに被害がないなら、それでいい」


「ただ問題は」
「次屋だね」

「あれは危ない」
「本当に危ない」


其処まで言って、マシンガントーク状態だった私と三郎は、喋るのをぴたりと止めた。


富松作兵衛という三年生。あいつはあの三人の中でも中々強い方の持ち主だと思う。度々見かけるのだ。町で迷子になった二人を縄を持って探しているのを。そしてこんなヤツ見ませんでしたか、と話しかけているそれが、まさにこの世のモノならざる者だったという瞬間を何度か目撃した。縄に思い入れのある霊だったのか、向こうからふらりと富松の元へ寄って行く。でも、富松はそれを人間と認識してしまっているのか、普通に会話をしてしまっている。後々気が付いて怖がるパターンの奴だろう。

神崎左門という三年生。これは潮江先輩からご相談を受けたことなのだが、たまに左門が一人で喋っているというのだ。独り言。それも中々でかい声で。私に霊感があるという話を何処ぞで耳にしたのだろうか、潮江先輩は私に左門に何か憑いてないか見てくれと頼んできたのだ。其処で見たのは確かにこの世ならざる者なのだが、妙に安心したような顔をしていた。何か問題を解決してあげたのだろうか、それはすぐに光に包まれ昇って行ってしまった。除霊でもしてたのか。神崎恐るべし。決断力のある方向音痴。あれはおそらく神崎に助けを求める連中が伸ばした無数の手。それを神崎が優しさのあまりあっちこっち掴もうとするから、迷子という最悪の結果でありあんなことになっているのだと思う。


ただ問題は、次屋だ。次屋三之助。

無自覚な方向音痴とはよく言ったもんで、あれは確実に、引っ張られていた。善くないモノに。


「次屋が?あれが危ないって?馬鹿な、ただの能天気野郎にしか見えないが」
「解ってないなぁ勘右衛門。次屋は『無自覚な』方向音痴だよ。これがどういう意味だか解るかい?」

「んんー?」
「次屋は自分が方向音痴だと解っていないってことだよ。次屋は「方向音痴?自分が?」みたいな反応をするだろう。あれは次屋が、"本当の"方向音痴の体質だからじゃない。引っ張られてるんだよ。恐らく、この世ならざるモノってやつに。次屋的は行きたい方向へ進んでいるはずが、見えぬ何かに引っ張られてる。そんなヤツに「お前方向音痴だろ」って言っても「よく言われる」ってなるだけだ。これが恐らく「無自覚」というヤツなんだろう。自分が方向音痴なんて認めるわけないからね。滝夜叉丸も大変だよ。滝夜叉丸は見えてないだろうから、その分次屋の手綱ちゃんと持ってて欲しいぐらいだ」


少々難しい話をしすぎたか、い組は真面目に聞いてるからいいとして、雷蔵は眠りかけてるし、ハチに至っては難しそうに頭を抱えている。

実際、この件に関しては他人に説明するのが本当に難しいのだ。どうやって見えてるの?と言われても、それを常日頃から日常の景色としてとらえてしまっている私たちからしてみれば、「呼吸ってどんなふうにするの?」って言われているのと同じぐらいのレベルの話だ。普段から望まずに見えてしまっている方、今更雷蔵たちに解りやすいように説明も出来ない。次屋の事もまたしかり。


「すいません!失礼いたします!」

「おや滝夜叉丸、どうしたんだ?」
「こ、これはこれは先輩方、た、大変申し訳ありません」
「いいんだ、どうした?」


「喜八郎をみませんでしたか!?綾部喜八郎です!このあたりで落とし穴を掘ると張り切っていたのでてっきり此処で世話になってしまっているものかと…!何故いないのだ喜八郎!お前も迷子かーーー!!??!?」


噂をすればなんとやら。キラキラとしてアイドルオーラを空気中に噴霧させながら開いていた扉から飛び込んできたのは四年の滝夜叉丸。なんでも喜八郎が迷子になったらしい。きはちろー!と外に向かって叫ぶ滝夜叉丸。珍しい、あの綾部喜八郎が母夜叉丸の視界から消えるなんて。っていうか、滝夜叉丸が喜八郎を見つけられないのが珍しいと言うべきか。

五年の連中に何処かで見た?と来ても、みんな首を横に振るだけだった。

私の怪談話も終わったところ。暇になったところで、喜八郎を探してやろうかと私たちは腰を上げて部屋を出た。外にいる気配は、


「あ、あれ綾部の蛸壺じゃないの?」
「ん?」

兵助が指差すちょっと向こうに、ぽっこりと凹んだ地面が。中にいるのかなと近寄り覗いてみたのだが、その穴は思ったより浅く、それでいて喜八郎の姿はなかった。

「掘りかけ?」
「……っていうかこれ、喜八郎の穴じゃないと思う」
「なんで?」

「汚い。製作途中とはいえ、喜八郎は此処から本気で綺麗に作り上げるはず。こんなの喜八郎の蛸壺じゃないよ」


じゃぁ一体誰の。そう誰かが小さくつぶやいたその時、






「おやまぁ皆さんお揃いで」

「き、喜八郎!!」





泥だらけの葉っぱだらけの喜八郎の声が背後から聞こえた。なんだいたのかと振り返って、


私は目を見開いた。



「お、おい綾部…」
「鉢屋先輩?」

「お前、今まで何処で、何してた………?」



三郎にもそれが見えているのか、三郎の顔色も随分悪くなっていた。



「気が付いたら裏々々山の山の中にいました」



「…なに?」

「つくならもっとましな嘘をつけ!アホ八郎!」
「嘘じゃないよ、本当に」
「嘘に決まっているだろう!」
「なんであそこにいたのか、記憶にないんだよ。本当だよ滝夜叉丸」
「寝言は寝て言え!委員会でもないのに迷子探しは沢山だ!無自覚な方向音痴は三之助だけで十分だ!!」



「いいや滝夜叉丸、喜八郎は嘘をついてない」


「…玉緒先輩?」


事の流れについていけてないのか、三郎以外の五年は皆眉間に皺をよせこちらを見つめていた。

綾部の背に、血まみれの忍がくっついている。一人、中々の大男だ。雑渡昆奈門ではないようだが、こいつは一体何者だ。何で喜八郎に憑いているんだ。





「ついでに言うと、三之助も方向音痴じゃないよ」




喜八郎の背につくそれは、ゆらりと揺れてこちらを睨み続けていた。

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