適当に生きていく

ふと手にしたその本はまだ読んだことのない本だった。新刊でも入ったのかと図書委員に尋ねれば、本当についさっき届いたもののようだった。見たところ南蛮の本だろうか。南蛮の本と言えば委員長であるあいつの趣味で入ってきているのようなもんが多いな。

俺は南蛮語なんかさっぱり読めない。だがあいつの家は貿易商をしている家の出らしく、南蛮語の本でも何となくだが読めるそうだ。変わった奴だ。悪い奴ではないがな。

借りた本を返し、次の暇つぶしに何を借りようかと思ってはいたが、南蛮の本では借りたところで理解できない。別のモノにするか。

「おや、お借りにならないので?」
「おう虎。いやなに、南蛮語は俺には読めんよ」

「あぁ南蛮の本でしたか。図書委員長が好みそうな本ですね」
「完全にあいつの趣味だろう」


積み上げられた新刊の上にぽんと乗せると、中身が気になったのか、入れ替わりで虎がその本と手に取った。そういえば一年の長次が面白かったとこの間推理物を進めて来たな。あれでも読んでみるか。さてなんというタイトルだったか……。


「ひっ、」
「どうした虎」


バサッと音がして振り返ると、先ほどの本を床に落とす虎の姿が。都合のいいことに図書委員は近くにおらず、本を落としたことを注意するものはいなかった。

「なんだ、何が書いてあった?」
「い、いえ、その、言葉は読めなかったのですが…」
「なんだ、」

「お、恐ろしい挿絵が……」

虎が慌てて本を拾い汚れを払うように本を叩いた。そしてこれですと俺に向かって開いたそのページには、なんとも恐ろしい出で立ちをした挿絵が描かれていた。

長くもじゃもじゃな白いひげを携えた初老の絵。だがその老人は深紅に染まった服を身にまとい異常なほどにデカい白い袋を抱えていた。なんて恐ろしい姿をした老人なんだ。この服は、血で染まった色だとでもいうのか。老人だがかなりやり手なのだろうか。着物とは違う動きやすそうな服の形をしている。忍びのモノだろうか。


「なんという…」
「南蛮は、このように恐ろしい人間が…」


「なにしてんの?読書?智が二人そろってなんて珍しいな」

「おうおう図書委員長様よぉ、なんだってこんな趣味の悪い本入れやがったんだ」
「あぁそれ?面白そうだろ?南蛮の行事、クリスマスってやつについて書かれてるんだよ」
「栗巣升?」

ひょろひょろとした茶髪が髪を揺らしながら貸出カウンターに座った。どうやらこの本はこいつが言うとおり、南蛮の行事であるクリスマスというものについて詳しく書いてある本らしい。くりすます、聞いたことない行事だな。なんだそれは。

「この恐ろしい老人は誰だ」
「サンタさんだよ。子供のとこだけに夜に来るんだよ。二十四の夜にね」
「三田さんが…襲来……」

「そ、そのくりすますという行事は…」
「えーっとね、師走の二十四から二十五日にかけて行われる行事でー、」

「すまん!ちょっと失礼する!!」
「えっ、お、おい、借りないのー?」

虎と共に図書室を飛び出し、一気に長屋の廊下に駆け抜けた。なんて恐ろしい行事を聞いてしまったんだ。なんであいつは平然とあの事をしゃべってられる。何度も南蛮人にあっているから頭がおかしくなったのか?危険だ、危険すぎる。


「聞いたか虎」
「聞きました」

「今日何日だ」
「二十四です」
「今夜、三田が来るのか」
「こ、此処にも来るとお思いですか」

「馬鹿野郎!!あいつは何度も南蛮人にあってるからあんな冷静でいられるんだ!!」
「なんと…!」

「あの白い袋、死体でいっぱいだ!あいつは凄腕の忍びだ!子供を殺して回るんだ!子供の処に来ると言ってたな…!俺たちはもう立派な大人だ!!」
「と、すると、」


「三郎と勘右衛門が危ない!!」


おそらくこの国で言う節分と同じだろう。三田とは、鬼か忍だ。そいつをなんとかせねば。抱えた白い袋には死体が詰まっていて、夜中に眠っている子供にの部屋に忍び込んでそいつらを殺して回る。なんて卑怯で下劣な奴だ。っていうか三田って誰だ。なんでそんな恐ろしい奴がいるんだ。

最近この近くの港には南蛮からの船が沢山ついているという。その中に三田が乗っていないという可能性は、なきにしにもあらず。


三田は子供のところへくる。ということは、三郎と勘右衛門の部屋にも来るはずだ。他の委員会の後輩たちは他の委員長たちが何とかするはず。ならば俺たちはあいつらを守り通す義務がある。


「三郎!勘右衛門は何処だ!!」

一年長屋の廊下でそう叫ぶと、少し向こうの部屋の扉が開き、ぴょこっと可愛い顔が二つ、こちらを向いて出てきた。

「名前先輩、どうされたんですか?」
「おやつの時間ですか??」

「呑気なこと言ってるばやいか!身支度を整えろ!今夜中にこの学園を出るぞ!」

「どこにいかれるんですか?」
「温泉だ!隣町の温泉旅館に泊まりに行くぞ!」

「おんせん…!」
「いきたいです!」


どうやら二人は、雷蔵が図書室で委員会をしている間、暇なので変装の腕を磨いていたようだ。勘右衛門は三郎から教わっているところだったのか、顔の半分だけ兵助の顔になっていた。なんとも奇妙だが可愛いヤツらだ。だがこの笑顔を俺たちが三田から守らねばならん。

おそらくこいつらの部屋というのは、本来はこいつらの実家の部屋のことなのだろうが、此処に住んでいる以上、三田が襲来するのは長屋のこの部屋だ。だったらこの部屋から遠ざければいいだけの事。おそらく三田は今日のいつ頃か、この学園に忍び込み殺すべき子供の人数を確認しに下見に来るだろう。

そして夜、こいつらの命を狙いに来る。

ならばこの学園からこいつらを遠ざけ、念のため二十五日の夜には俺と虎の部屋にこの二人を泊めればいい。なに簡単な事だ。三田が来たら返り討ちにすればいいだけの事。よし、これで行こう。まずは今、此の学園から離れ三田の目を欺く必要がある。


「いいか虎、三田とやらにあの二人をくれてやるなよ。俺たちの手で守るんだ」
「御意に」


虎に外出届を出しに行かせ、俺も急いで準備を整えた。顔パスできる旅館が隣町にある。予約なんざいらない。一刻も早くこの場を離れなければ。


「準備できたか?」

「できました!」
「お団子持ちました!」

「よし良い子だ!」

「外出届、提出してまいりました」
「お前もいい子だ!では出発!」


日が暮れてからでは山道が解らなくなる。日が高いうちに向こうに到着しようと、虎は勘右衛門を、俺は三郎を背負って木の上を移動することにした。


「でも名前先輩、何故急に温泉に?」
「三郎、お前たちを守るためだ」
「何からですか?」
「三田だ」
「三田?誰ですか?」


「恐ろしい南蛮の殺人鬼だ。血に染まった服を身にまとい死体が詰まった袋を抱えてた恐ろしい初老だ」

「…ひっ、」

「今日は旅館に泊まって、明日は俺の部屋で寝ような」
「はい…!」


背負っていた三郎の腕の力が強まった。やはり三郎も怖いのだろうな。うん、大丈夫だ、俺も怖い。あんなジジイに迫られたら誰だって怖いに決まってる。



二日間、俺と虎は二人を必ず三田の魔の手から守り抜くと誓ったのだった。









三田よ、どこからでもかかってこい



「あー、いい湯だったな」
「気持ちよかったです……」
「それにしても三田怖いな」
「怖いです…」
「安心しろ、俺と虎が守ってやるからな」
「はい!」

「あ、そうだ三郎。この間またちょっと儲けたんだ。お前が欲しがってたあそこの反物屋の帯。手に入ったんだ。プレゼントだ、受け取れ」
「!!!!」

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