川西、委員会やめるってよ | ナノ

▽ 卒業するってよ


「凛子先輩」
「左近ちゃん、おはよ」
「おはようございます」

凛子先輩が目覚めてから、何日が過ぎただろう。冬も通り過ぎた頃だろうか。顔の包帯はもう取れて、体の包帯も徐々に減り、薬の量も、最初よりはるかに少なくなった。でもまだ服を着ている見えていない火傷の痕は消えずに残っているらしい。話しによれば、火薬が沢山おかれた蔵の中での爆発に逃げるすべもなく巻き込まれ、あのような大火傷を負ったのだと言う。

「包帯代えますね」
「ありがとう」

今だからこそこうして無事でおられる姿を見て安心していられるが、凛子先輩が血まみれ火傷まみれで保健室に倒れていた時は、気が狂いそうなほどに恐ろしかった。僕を残して、あのまま死んでしまうのではないかと。謝りもせずに、凛子先輩は手の届かないところへ逝ってしまうのではないかと。何日も寝ずに看病して、朦朧とだが凛子先輩が意識を取り戻した時は、何と表現していいか解らないほどの喜びにあふれたのを覚えてる。涙が止まらなくて、体の震えも止まらなかった。凛子先輩の命を繋ぎとめることが出来たのだと、本当に嬉しく思った。その後安心したからか、僕は丸一日保健室で爆睡していたらしい。起きたときは一瞬凛子先輩の意識が戻られたことを忘れていて記憶を取り戻すのが大変だったけど、横で正常に呼吸をしながら寝ている凛子先輩を見て、ほっとした。

「……なんで傷開いてるんですか」
「………昨日ちょっと動いたからです…」
「…どうして僕が課外実習でいない間にそういう勝手な事を…」
「ご、ごめんなさい……」

こうして会話できることが何よりの喜び。生きていると実感できるから、とても嬉しく思える。諦めないでよかった。凛子先輩のために薬学や医学の知識を頭に叩き込んでおいてよかった。

「何で動いたんですか?何したんですか?」
「あー…実はね……」

包帯を巻いた手で頭をかく凛子先輩をみて、僕はようやく気が付いた。

「…髪が」
「うん、黒焦げでボロボロだったから、斉藤に切りそろえてもらったの」

凛子先輩の艶やかに輝いていた長い黒髪が、肩につかないほどの短い髪型になっていた。申し訳程度に長い襟足は犬の尻尾ぐらいには残っていたが、前から見ると完全に短髪。こんな短い髪の毛の凛子先輩初めて見た。

「せっかく左近ちゃんとお揃いの髪型だったんだけど、あれじゃぁもう結ぶこともできなかっただろうし、生きてる部分まで切ってもらったんだ」
「そう、ですか」

「………似合う?」
「…可愛いですよ」
「……折角のデレは誠に嬉しいけど、…左近ちゃんに可愛いとか言われても説得力ねぇわ」
「どういう意味ですか!折角褒めたのに!」


全く…凛子先輩は僕の話を真剣に聞こうとしない。何かと言えばすぐに茶化すし、折角素直に褒めてあげたのに説得力ないとかふざけたことを言う。ちょっと拗ねたふりをすると慌てる凛子先輩に、ちょっと反省してもらうためにしばらく口を聞かないでいると、不安そうにこっちを覗き込む凛子先輩。嘘ですよと言えば安心したようにほっとする。

こうしたなんてことないことも、生きているからこそ味わえる幸せ。

何度だって言える。本当に、かえってきてくれてよかった。


「…そうだ凛子先輩」
「うん?」


「シナ先生からの言伝です。凛子先輩の卒業、確定したみたいですよ」


「そっかぁ、良かった。無事にクリアしたのか。…うん、よかった」


さっきシナ先生に、僕の口からこれを伝えてほしいと頼まれた。だが伝えてみると、凛子先輩は何処か寂しそうな顔をされて、あまり嬉しそうな反応はされなかった。

「…どうしたんですか?嬉しくないんですか?」
「いや、嬉しいよ。嬉しいけど…」
「けど?」


「……本当に、左近ちゃんとお別れする季節が来たんだぁーと思ってさぁ」


凛子先輩の視線の先は、外。雪も溶けて草は彩はじめ、もうそろそろ花も咲き始め、生き物たちも目を覚ます頃だろう。春が来る。それは出会いでもあり、別れの季節。卒業という文字がもう目の前に迫っているということだ。六年生の先輩方は、くのいちの卒業試験後、忍たまの六年生の卒業試験も開始された。負傷、重傷者は多く出たものの、今在籍している先輩方で落第することになった先輩は一人もいないと聞いた。全員そろって卒業できる。それは喜ばしいことだけど………。


「……そう、ですね」
「就職先がどんなとこか左近ちゃんには教えられないけど、多分ね、此処に戻って来れることはないと思うの」
「……」

「本当のお別れになっちゃうのは、やっぱりちょっと寂しいね」


僕と凛子先輩の仲は、結局戻らずのままだった。何故って、言い出せなかった。言いだすタイミングがなかった。怪我でボロボロで、自分の事で手一杯の凛子先輩に関係を戻したいなんて言うタイミングがなかった。心身ともに負担をかけたくなかったから、結局あのまま、今を過ごしている。戻ったことと言えば、伊作先輩に頭を下げて保健委員に戻ったことぐらい。その話をした時には凛子先輩は「じゃぁまた私の担当医復活だね!」と喜んでくださったけど、凛子先輩の担当医と言えるのも、もう長い時間ではない。

凛子先輩は卒業される。卒業されれば、この部屋に、凛子先輩は来なくなる。

そしたら僕は、此処にいる意味があるのだろうか。


「…ねぇ左近ちゃん」
「……」

「もしさ、もし、私が此処にまた戻って来れるようになったら、その時は、」




「その時が来たら絶対にその先ずっと一緒に居ます。もう絶対凛子先輩を離しません。だから絶対帰ってきて下さい。怪我をしてじゃなくていいです。無事なお姿でいいです。だから、いつか必ず、いつかまた、この部屋に帰ってきてください」



僕が此処にいた理由は、クラスの委員会決めであぶれたやつに残った僕が入るはめになって仕方なくってだけじゃない。薬が好きだったからとか、薬学に興味があったからとか、そんな理由じゃない。
凛子先輩が怪我をされたときに、僕が治療してあげたかったから。凛子先輩のためにいっぱい治療の経験を積んでおきたかったから。

凛子先輩の担当医だから、僕はずっとここにいた。


「左近ちゃんが泣くなんて、珍しい」
「…またそうやって、茶化して…っ」

「ごめんね。ありがとう左近ちゃん。私ちゃんと、左近ちゃんに逢いに、いつか必ず戻ってくるから」
「…絶対ですか」
「うん、絶対」
「約束ですよ」
「うん、約束する」


「……僕、凛子先輩の事、」

「大好きだよ左近ちゃん。世界で一番大好き」


「……先に言わないでくださいよ」
「はははは。先手必勝よ」




それからしばらく、卒業までの短い間で、凛子先輩は治療とリハビリに専念した。卒業試験が終わり就活が終わった後の学園生活は、もうほとんど後輩たちとの戯れる時間に費やすのみといったような状態。委員会の引き継ぎや部屋の整理。頼まれれば、後輩たちの授業で先生の手伝いをしていたりもした。僕のクラスの実技の授業で、食満先輩が参加されていた時は本当に驚いた。食満先輩の話によると、一年フリーの忍者をやりながら外の世界をもっと知り、来年には教員試験を受けて忍術学園に教師として戻りたいらしい。伊作先輩はこのまま校医として残るらしく、いつもと変わらぬ生活をしていた。立花先輩と中在家先輩は就職先が決まっていて、七松先輩は忍術学園に残りたかったそうだが、最後まで悩んだ結果、どこかへ就職し、はれてプロの忍者へ。潮江先輩は団蔵の住む加藤村に馬借兼、元締め兼、フリーの忍者とし働くらしい。その他の先輩方の行き先は知らないが、無事に就職が決まったという話をよく聞く。くノ一の先輩方も、城へ就職、家で忍びとして働く、裏で忍びとして生きる、などなど、いろいろな情報を耳にした。

本当に、此の学園から先輩方が卒業されるのだなと改めて感じた。喜ばしいことだが、やはり悲しく、寂しく、心苦しい思いだった。

一年の時は一番上の先輩とあまり交流がなかったからか、先輩方が卒業されることになんとも思わなかったけど、二年となるとやはり少し感情が身につく。今の最上級生の先輩にはいろいろとお世話になることが多すぎた。だからこそ、本当に寂しい。


「凛子先輩、荷造り手伝いますよ」
「まじか!ありがとう!ちょっとまとめられなかったんだよ!」

シナ先生に許可をもらいくノ一長屋へ。もうすっかり回復された凛子先輩の装束の隙間から包帯が見えるけど、あれももうすぐ外すことができるだろう。二足歩行に支障は無し。呼吸も正常。心拍数も正常。手裏剣は投げられる。刀も振り下ろせる。こういっちゃなんだが、それはもう化け物並みの回復力で、凛子先輩は完全復活し、卒業への準備を進められていた。


「凛子先輩、この簪酷く埃が被ってますよ」
「え?あ、それなくしてたとおもってたやつ!めちゃめちゃ気に入ってたのに、其処にあったのか!」

本棚と机の間に落ちていた綺麗な黄色い簪。蝶がかたどられた平打ちだった。制服の裾でふくと埃はとれ、凄く綺麗に輝いた。

「それ、左近ちゃんにあげるよ」
「えっ」
「三年になったら女装実習始まるだろうし、それあげる。大事に使ってね。って、女が男に簪送るって変だけど…」

そういいながら凛子先輩は、積み上げた本を風呂敷にしまいきゅっと上を結んだ。

「…ありがとう、ございます」

「それを見るたびに私の事思い出して???」
「気持ち悪い事言わないでください」
「気持ち悪いとは何さ!!」
「それじゃぁ遺品みたいじゃないですか」
「悲しいこと言わないで!!」

頂いた簪を懐にしまい、僕と凛子先輩は作業に戻った。でも言うほど荷物はなくて、あっというまに部屋は片付いた。同室の人はいたのかどうか解らないけれど、部屋はからっぽ。まるで誰も、此処には誰も住んでいなかったかのように、空になった。

荷物を持って凛子先輩についていくと、其処はくノ一長屋の少し広い庭。真ん中では焚火をしていて、凛子先輩は其処に、すべての荷物を投げ入れた。

「凛子先輩!?」
「これね、代々くのいち教室のしきたりなの。此処にいたという証拠を、残さないために」

火に投げ入れられた本や備品、その他、サイズの小さくなった昔の制服や、使っていた着物など、全て、真っ赤に燃える炎の中で燃えていってしまった。寂しそうにその炎を見つめる他の先輩方もいれば、涙を流す先輩もいらっしゃった。

だけど、凛子先輩は満足そうにしておられた。全ての荷が燃えたのに、何故そんな満足そうにしているのか。それはおそらく、僕の懐にある簪のおかげだと思う。これは、凛子先輩が此処にいた最後の印。しきたりは破ったことになるのだけれど、確かにここに、凛子先輩が生活していた証拠がある。


凛子先輩はこれからも僕と一緒に、ここで生き続けるのだ。





























「じゃぁ、そろそろ行くね」

「お気をつけて」


「必ず戻ってくるからね」

「はい、いつまでも保健室で待ってます」


「大好きだよ左近ちゃん」

「僕も凛子先輩のこと、大好きです」







































凛子先輩がいつお戻りになられてもいいように、僕はあれから沢山知識を身に着けた。医学、薬学もそうだけど、座学も実習もたくさん勉強した。

凛子先輩の名に恥じぬように。

凛子先輩が、いつお戻りになられてもいいように。







「失礼します。三年い組川西左近、委員会の当番の………」







「左近、」

「食満先輩!お久しぶりです、どうされ…………伊作先生…?」


「…っ、さ、こん、」

「伊作、先生?」






凛子先輩がいつお戻りになられてもいいように、毎日保健委員の仕事に出た。


凛子先輩が、いつ、僕に逢いに来てくれてもいいように。






「左近、おいで」

「食満、先輩…?」

「いいか、落ち着いて聞いてくれ」






食満先輩が涙を流しているのを見たのは、凛子先輩の卒業試験の日、以来の事だった。




































凛子先輩の訃報を聞いたのは、

僕が萌黄色に身を包んだ、秋の出来事だった。

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