川西、委員会やめるってよ | ナノ

▽ 一目惚れだってよ


「左近、」
「三郎次、もう委員会終わったのか?」
「なんで凛子先輩とお別れした?」
「……なんだそんな話か。お前には関係ないだろ」


部屋に戻ると、其処にいたのは机に向かって本を読む左近の背中が目に入った。なんだか意外と普通に過ごしているのかと思いきや、やっぱり凛子先輩の名前を出すとむっと眉をしかめたのだった。うわぁ、左近が不機嫌なんて今に始まったことじゃないけど、凛子先輩の名前出してからこんな顔すんのなんか始めてた。からかいがいが………おっといけない。今回は久々知先輩の頼みで此処に来たんだった。からかうんじゃなくてちゃんと話をしないと。


「関係ないわけないだろぉ?凛子先輩はうちの委員会の先輩だぞ?」
「……」

「…さっき凛子先輩が倉庫で泣いてたなぁー」


そういうと、左近は、顔色を変えてこちらを振り返った。


「なんだよその顔。凛子先輩なんて大嫌いなんだろ?だったら凛子先輩の話なんて興味ないんだろぉ」
「……」


なんだか、そわそわして落ち着かないみたいな顔だ。本当に、左近は一体どうしちゃったんだろう。

凛子先輩の話をする時の左近はいつだって楽しそうな顔をしていた。薬の製法を教えてもらっただの、火傷の治療法を教えてもらっただの。凛子先輩と何かあったその日は必ずと言っていいほどのろけ話のようにずっと凛子先輩の話をしてくる。


初めて凛子先輩と接触したその日は、確か善法寺先輩に教えてもらった薬草を取りに行ったとか言ってたかな。山の中で遭難して右も左もわからないうちに崖から落ちて、落下中に、鉤爪を付けた凛子先輩に助けられたのだとか。最初は忍たまの誰かに見つかったかタソガレドキの誰かだと思っていたらしいが、目を開いてみると深緑の着物を身に包んだ女の人が左近の身体を抱えていたという。

『伊作の後輩の川西左近ちゃんでしょ?危ないよこんなとこに一人で!大丈夫?怪我は?』

よーしよしとあやすように胸に左近を抱えそのまま左近の顔を胸に埋められた。羞恥に顔を赤くしているのもつかの間、体は、まさかの、宙へ浮いた。あ、落ちてる。死んだな。と覚悟したのだが、その後巻き起こる下の方からの爆風。体は風に飛ばされ、凛子先輩と左近の身体は、草むらへ投げ出された。

凛子先輩はそれで背中を強く強打したが、左近は奇跡的に無傷だったと語ってくれた。着物の懐に入っていた焙烙火矢。その爆破時の爆風を利用し、凛子先輩も左近も、怪我をせずに済んだ。

その話を聞いた時、僕は正直耳を疑った。左近は今までくノ一と、っていうか、凛子先輩となんて一度も接触したことのなかったはず。初対面のヤツを助けるために崖から飛び降りたり、大事な焙烙火矢を使う事なんて、普通に考えたらありえない。爆風を利用して体を吹っ飛ばすなんて、ヘタすりゃ大けが、大やけどは免れないのに。左近を、体を張って守った。


その一瞬で、左近は凛子先輩を好きになったと言った。


本当に単純なことだなぁなんて僕は思っていたけれど、確かに僕から見ても凛子先輩はカッコいい先輩だった。くノ一なのに体中に火傷跡、傷があることはなんだか忍の勲章みたいでカッコイイと思ってたのももちろんだけど、六年の立花先輩に並ぶぐらいの火器の使い手。火薬委員の後輩として、本当に憧れる人だった。女だからとか男だからとか、本当にそういうのどうでもいいと思った。

そんな凛子先輩は、その一件から「左近ちゃんぎゃわいいい」と連呼するようになっていた。どうやら助けたあの時に見た左近の泣き顔が凛子先輩の下級生大好き心に火をつけたらしい。それからというもの凛子先輩は左近に猛アタック。左近もツンデレを発揮しながらも、ようやくゴールイン。あ、いや、ゴールインというか、将来を誓い合うというか。

「左近ちゃんが卒業したら結婚しやるんだからなドゥワハハハ」と笑っていたことを、左近は知らない。だけどまぁ左近も同じような気持ちだろうなー。


と!思ってたのもつかの間!何なんだよこの展開は!左近は凛子先輩の事大好きだったんだろ!?じゃぁなんて急に凛子先輩の事フったりしたんだよ!!意味解んないよ!!


「凛子先輩の事、本当に嫌いになったのか?」
「当たり前だろ。凛子先輩の事なんて元々好きじゃなかったよ」

「おいおい冗談は寄せよ。毎日みたいに凛子先輩が凛子先輩がって言ってたくせに」
「……」

さっきから本を逆にめくっているけど、動揺を隠しているつもりなのだろうか。何読んでるのか知らないけど、推理物のお話だったら頭が爆発するレベルだ。


「なんか理由あるんだろ?」
「ない」

「なんか隠してんだろ?」
「ない」

「まだ凛子先輩の事好きなんだろ?」


「嫌いになったって言ってるだろ!凛子先輩の事なんかどうでもいい!いい加減にしろよ!」


「お、おい!」


急に立ち上がったかと思うと、左近は本を閉じ机に叩きつけて、部屋から出て行ってしまった。入口の近くに座っていた僕の身体は突き飛ばされて、部屋の中に取り残されてしまった。

…いや、なんていうか、その、全然意味が解らない。



「おい、今左近超怒ってたけど……」
「久作、」

「…って、なんだ原因はお前か三郎次。今度は一体何言ってからかったんだ?」

「そんなんじゃないって」


部屋を覗き込んできた久作は、二冊ほどの本を持っていた。ついさっき顔を真っ赤にした左近とすれ違ったけどという久作に、今までの出来事をかくかくしかじかと説明すると、久作もえぇ!?と驚いて僕の前に座り込んだ。


「さ、左近が?凛子先輩を?」

「ありえないよ」
「ありえないな」

「一体どんな心変わりだ?」
「僕もそれを、久々知先輩から調べて来いって言われたんだけど」

「久々知先輩もお優しい方だなぁ」


久作はあははと笑って膝を打った。



「だけどまぁ、左近は凛子先輩の事、絶対嫌いになったわけじゃないよ。理由はちゃんとあるはずだ」
「なんでそう言い切れる?」



久作は、そういうと、さっきまで左近がいた机を指差した。


「あそこにある本、火傷の治療法が書いてある本だよ。火傷の痕の消し方とか、ただれちゃった時とかの治療法とかね」
「え…」


「今僕が持ってるのは、返却されたら貸してって左近に予約入れられてた、同じような本。左近は火傷するような戦い方しないし、如何考えても凛子先輩のために借りてる本だと僕は思うけどね」


ぽんと机の上に本を置いた。確かに、左近は凛子先輩の担当医だと胸をはっていっていた。火器を得意とする凛子先輩はよく実習や忍務に出かけた帰りは火傷の痕を作ってくることがある。切り傷の縫合も火傷に対する治療法も、左近は凛子先輩の担当医となったことで二年とは思えない知識を身に着けていた。三反田先輩も驚いてたのを覚えてる。




「三郎次、久作、ここにいた」


「四郎兵衛、どうした?」
「何か用か?」


「……二人に用事じゃないんだな…」

「ろじちゃん!!久作ちゃん!!左近ちゃんは!?左近ちゃんここにいる!?!??」



部屋を覗き込むのほほん顔の四郎兵衛の上から、噂をしていた凛子先輩が覗き込んできた。




「凛子先輩、」

「左近ならさっき、どっかに行っちゃいましたよ…」



「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛避゛け゛ら゛れ゛て゛る゛最゛悪゛だ゛左゛近゛ち゛ゃ゛ん゛に゛完゛全゛に゛嫌゛わ゛れ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛」

「凛子先輩、泣かないで欲しいんだな」
「し゛ろ゛べ゛ち゛ゃ゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!゛!゛!゛」

「よしよし」
「嫌゛わ゛れ゛た゛理゛由゛が゛全゛然゛解゛ん゛な゛い゛゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛」


凛子先輩は部屋に左近がいないことを確認すると、膝から崩れ落ちるようにその場に倒れ、四郎兵衛を抱えて号泣するのだった。




本当に左近が何考えてるのか解らない。

土井先生に相談した方がいいのかもしれないなぁ。


でも、きっと左近は理由があって凛子先輩から離れているんだと思う。





机の上にある本に、凛子先輩は気付かないままだった。

prev / next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -