適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「これでお前の負けだ」  




気が付いたらそこはどこかの牢のような場所だった。寝転がっていたため、顔をつけていた石床はとても冷たく、手足の感覚がほとんどない状態だった。腕が動かない。縛られているのだろうか。足も動かない。まるで凍っているようだ。徐々に覚醒してきた意識を取り戻し、必死に体を起き上がらせた。目の前は檻。籠の中に閉じ込められているのか。それにしても一体此処は何処だ。何故私はこんなところにいる。寒い。死んでしまいそうだ。


「起きたか」


私が体を起き上がらせたからか、ジャリと小さく音が響いた。暗闇の向こうから低い声がして目を向けてみると、薄暗い光がカツンカツンと音を立てて近づいてきた。誰かいる。

「お前名前はなんという」
「…」
「忍術学園の者だな」
「…」
「死にたくはないだろう」
「…」

「鉢屋三郎という者について吐け」

檻の前に座り蝋燭の灯で照らされたそいつの顔をよく見たのだが、見覚えのない男だった。全く見知らぬ人間。それが、私の名を確かに呼んだ。私を、鉢屋三郎を探している。


「…おじさん、誰」
「俺の質問にだけ答えろ」

「……僕は貴方の事を何も知らない。おじさんは僕が忍術学園の生徒だって知ってる。これってフェアじゃないよね」

寒くて仕方ない。口を動かすのもやっとだ。気を失う前私は何をされたんだっけ…。

あぁそうだ、突然山の中で口を塞がれて、何かを吸わされて、此処へ連れてこられて、全身を縛られて、拷問に近い事をされた。鉢屋三郎について答えろと。大の大人が何人もこんな小さい子供を囲んであぁ嫌な時間だった。叩かれ水をかけられ、限界が来て私の意識は途切れたのだろう。そして、今に至る。
蝋燭の灯りで徐々に暗闇に目が慣れてきた。良く見ると私に話しかけてきている男の横に、牢の入口を守るようにもう二人黒ずくめの男がいた。薬の匂いがする。同業者かな。


「…口の悪いクソガキだ」
「どうもありがとう」

「…俺は鉢屋衆一派の者だ。それ以上は答えない」

「!」


鉢屋衆の一派。では鉢屋衆の頭である私の父の直轄の部下ではない。どうりで私の記憶にないわけだ。
一派とは言えど戦闘集団である鉢屋衆の一派はいくつもある。あちらこちらに駐在所のようなものがあるらしいが、私はまだそれらの場所を全部は把握していない。

「……そのお頭の鉢屋三郎という子を、殺すんだね?」
「口の減らないクソガキめ。あぁそうだ。鉢屋衆の次期頭首、鉢屋三郎の首を取るのだ」
「なんで?」


「決まっているだろう。我が一派の頭であるこの俺が、次の鉢屋衆の頭に成るためよ」


「…どうして?一派でも頭はってるんでしょ?どうして鉢屋三郎を殺すの?」

「鉢屋の血はもう終わりだ。昔は金と名声のためならどんな汚い仕事でも引き受けてきた。村を焼き払い男を刺し女を斬り子供も殺した。契約のために関係のない城も落とした。それがどうだ。今の頭を見ろ。世継ぎである子供が生まれたというのを境に仕事を選ぶようになってきた。子供に汚い背を見せたくないのか金よりも名声をとるようになった…!戦闘するだけが鉢屋衆の取り柄だった!首を取ることだけがこの戦闘集団だった!それがどうだ!一人のクソガキのためにこの鉢屋衆は終わった!あの頭は己のような汚い忍にはなってほしくないとあの腑抜けた忍術学園とやらに次期頭首となる者を入れた!生ぬるい!あのような場所で何が学べようか!机に向かい本を開くだけで忍になれるか!?実践教育とやらで戦に慣れるか!?違う!幼いころから血を浴び武器を持ち人を殺してこそ真の忍よ!昔の鉢屋衆がそうであり戦場で恐れられていたように、今もそうあるべきなのだ!なんのために俺はこうして一派の頭で満足していると思っている!?全てあの頭のためだった!あの方こそ俺が憧れた御方だった!それがどうだ!このザマだ!だったら昔の鉢屋衆を、俺が取り戻してやる!鉢屋衆と聞けば武士が腰をすくませるあの時を取り戻してやる!今の頭はもうだめだ!俺がこの鉢屋衆をおさめる!

…そのために、次期頭首である鉢屋三郎を殺し、ついで父親である鉢屋衆頭領を殺すのよ」


イカれた血走った目で、男は私を睨み付けた。

忍の血を受け継ぎ生まれてきたとはいえ、この学園に入学する前は父の背を追う事に必死で、鉢屋という名など気にもしていなかった。父の命令で学園に入学して、『鉢屋』と名乗ったその時の先生方の反応で、この血は普通の血ではないのかと気づかされた。この男の言う通り、確かに私も物心ついた時にはもう刃物を握っていた。だが、血を浴びた記憶はなかった。幼いころから鍛えられていたからか、その為クラスではズバ抜けて成績が良かった。でもこれは血のおかげなんかじゃない。私が頑張ったからだ。私が父のようになりたいと背を追っていたから。

そしていつからか、憧れは、同じ委員会の委員長である右京先輩の様な立派な忍びになりたいと思うようになっていた。

右京先輩の横に並びたかったから。右京先輩と虎之助先輩の様な立派な忍びになりたいから。あの姿に憧れたから。私の心を開いてくださった、あのお方のようになりたいと思ったから。

鉢屋衆というものについて図書室で本を読んだこともあった。だまし討ちで功を立てただの、恐ろしい戦闘集団であるだの書かれてある中、その中に『鉢屋衆あるところ、草木一本、赤子一人として残らぬ』という文字もあった。背筋が凍った。私はこんな恐ろしい血を受け継ぎ生まれて来たのかと。吐き気さえもした。ならばなぜ私はこんな学園の中でのんびり暮らしているのかと疑問に思った。父上が私をあの集団の頭にしようと思っているのなら、何故こんな生ぬるい所に置いておくのかと疑問だった。家に帰らなければ。こんな場所で学んだところで、鉢屋衆など引っ張れる力がつくわけがない。

先生にその話をしに行こうと思い図書室を飛び出し走っていると、見知らぬ六年生が右京先輩に地に叩きつけられている姿を見た。周りに集まっている他の六年が右京先輩を引きはがし虎之助先輩が右京先輩を羽交い絞めしていた。喧嘩でもしているのだろうかと耳を傾けたのだが、右京先輩は珍しく怒っている声で、


「忍は殺すだけが全てじゃない!!血を浴びずともあの場を切り抜けられる方法などいくらでもあっただろう!あの親子に何の罪があった!たかが殺しの場を見られただけで何故殺した!何のために授業だ!気を失わせることも、薬で記憶を消すことも、六年なら常識として習っている範囲だろうが!殺す前に、まず人に見られるような場で命を奪わねばならない状況を作ったテメェの失態と愚行を悔め!六年にもなってそんなことも判断できねぇのならお前なんか忍失格だ!今すぐこの学園から出ていけ!!!」


そう、怒鳴っていた。倒された先輩は己の不甲斐なさに涙を流しているのか目を覆い涙を流していた。右京先輩は虎之助先輩に連れられその場を離れたのだが、その日、学級委員会は休みとなった。


『血を浴びずとも』。その言葉が私の心に残っていた。

私は、今から先生に何を相談しに行こうとしていたのだろう。早く血を浴びたいから学園を去りたいともで言うつもりだったのだろうか。そう、私はそう先生に相談しに行くつもりだった。此処では何も学べないというつもりだった。

だけど、右京先輩の言葉は其れを全て否定するような言葉だった。まるで鉢屋衆のやり方は気に入らないとでも言うかのような言葉。


違う、私は、あの人の様な忍になりたいんだ。そう思っていたじゃないか。戦うだけが全てじゃない。いろんな知識を持った、どんな時でも冷静な判断が出来るような、右京先輩の様な忍になりたい。



「鉢屋三郎は頭首に似て変装が得意だと聞いた。素顔なんて俺が知るわけがねぇ。さぁ吐け。鉢屋三郎の顔はどんなものか。言えないのなら学園につれていって」
「言わない」


「……おい」
「…絶対に言わない」

「オトモダチごっこってか?…笑わせんじゃねぇぞ!」


ビッと飛んできた何かは、私の頬を斬って牢に当たった。手裏剣か、クナイか。


「……おい…!その顔、それはもしや、変装か…!?」
「!!」


頬を伝うはずの血が、流れない。そうだ、そういえば私は同室のやつと喧嘩をして流れであいつの顔に化けていたのだった。そのまま此処へ連れてこられてしまったんだっけ。皮はめくれているのに血が流れない。まずい、鉢屋三郎だと、バレる。


「こいつは驚いた。捕まえたヤツがまさかお目当ての奴だったとは…。こりゃ、話は終わりだなぁ」


ガチャリと音をたてて、牢は開かれた。暗闇でも解るほど鋭く輝いた刀がするりと鞘から抜かれ、冷たいそれは、私の首に当たった。


「っ、!」
「安心しろよ、お前の父ちゃんも、すぐそっちに行くからな。あぁ慈悲でもやろうか。最後に言い残すことは何かあるか?」

下卑た笑顔で私を見下ろしたそいつはそう言い、刀の刃で私の顔を上に上げた。




だが、その時、










ベン











かすかに何処かで、聞きなれた、三味線の音が聞こえた。




ベン






遠いけど





ベン



それは



ベン


確実に


ベベン



すぐそこで


ベン

聞える。






「頭!!で、出ました!!」

「なんだ、何が出た」


「闇鳴りです!!噂の闇鳴りが、に、忍術学園の生徒が集団で押し寄せてきやがりました!!」


「な、何!?」
「!?」


一人、黒づくめのヤツが牢の外から駆け込み、牢の中へと飛び込んできた。ぜぇぜぇと息を切らすそいつは膝をつき頭を下げながらも、確かに、そう言った。

闇鳴り。まさか、右京、先輩が。


「今戦場で噂の忍術学園の智と武が暴れております!!それに外の奴らはあまりの敵の数に苦戦しております!指示をどうか!早く!」

「黙れ!たかだか"闇鳴り"という名だけにビビるんじゃねぇ!そいつもどうせその忍術学園の生徒だろうが!まだ子供だ!迎え撃て!どうせ狙いはこのクソガキだ!!丁度いい!見せしめに全員殺せ!鉢屋衆一派の恐ろしさを今響かせろ!ガキだろうと容赦するんじゃねぇ!行け!全員殺せ!!」


右京先輩はまだ卵だ。なのに、なんだ。この名前だけでの恐れられようは。鉢屋衆のような一派の人間でもないのに。なんでこんなに恐れられているんだ。これが、一族の血なんて関係ない、実力の積み重ねた結果か。

刀をしまったこの男は、牢の前にいる二人と目の前にいるヤツに、殺すよう命令をした。違う。こんなの私が目指している忍なんかじゃない。殺すだけじゃない。もっと冷静に物事判断できるような忍になるんだ。こういう時に戦うことしか考えるようなヤツじゃない。もっと、もっと、強く、頭がキレる。そう、それは






「三郎!!何処にいる!!返事をしろーー!!!」





そう、この声の主のような。

右京先輩の様な。





「…右京、先輩」

「答えろ三郎!!声を出せ!!」


「先輩…」

「怖かっただろう!!もう大丈夫だ!!今来たぞ!!今すぐ助けてやるからな!!頼む!!なんでもいい声を出してくれ!!」


「右京、先輩っ…」

「三郎!!何処だ!!何処にいる!!返事をしてくれ!!三郎ー!!」



爆音と刀の弾かれるような音が、外を包んでいる。その中でも、右京先輩の声は、はっきりと私の耳に届いた。

右京先輩が、すぐそこにいる。

右京先輩が、壁の向こうにいる。


右京先輩が、助けに来てくださった。



憧れてやまない右京先輩が、私を助けに来てくださった。







「やはりお前が鉢屋三郎か!!殺してやる!!」


「…おっちゃん、最後の一言、まだ言ってないから言わせてもらうよ」



「死ね!!」





私はこれでもかというぐらい空気を吸い込み、



















「右京先輩!!!!助けてください!!!!!!!!!」


















そう、叫んだ。








その声が牢中に響いた瞬間、背後の壁が勢いよく吹っ飛ぶように壊れた。


突然の壁の爆破に怯える鉢屋衆のヤツら。そして穴の開いた壁の向こうから、







「最近、学園の周りをうろついていた不審な影はお前らだな」





見たこともない鬼のような形相の右京先輩が、






「俺の三郎に、何をしやがった」






三味線を背負い血走った目で睨み付け
















「俺の大事な三郎を返せ!!!」












そう、叫ばれた。









「右京、先輩……」



「三郎、」








壊れた壁の向こうから、爆撃音やら叫び声やらが聞こえる中、


右京先輩は私の肩に手をおき、ふわりと笑って













「三郎、見つけたぞ。これでお前の負けだ」












そう、言ったのだった。














あ、負けた。


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