適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「こいつの担任だろあんた」  




「いーっひっひっひっひっ!!虎よ!お前の処の委員長は真愉快な御方よなぁ!!」
「笑うな銀丸…本当に右京先輩もお人が悪い……」
「ひっひっひっ!!こいつは鉢屋の、お前も一杯食わされたなぁ!!」

「笑い事ではないです…!」

団子を持って虎之助先輩に届けろと右京先輩に言われ、私はそのまま右京先輩と別れ五年長屋へ走った。今の顔はあの町にいたままともいかず、代理のこのひょっとこの面を付けて長屋の縁側を走った。声をかけ部屋に入ったとき、虎之助先輩も、偶然其処へおられた梶ヶ島先輩も誰だと言わんばかりに目をぱちくりさせたが、面で私だと解ったのか、「三郎か?」と小さく言った。事の流れを話土産ですと団子を差出、二本入っていたので梶ヶ島先輩と半分こされた。そしてすぐに、いつもの狐面はどうしたのだと問われ、先ほどの一連を全てお話した。町へ右京先輩を追ったこと。変装していたのにバレていたこと。バレたことにより自信を失った私を見世物にし、無理やり自信を取り戻させたこと。そして、狐面をとられ、このひょっとこの面と引き換えに、あの賭けを申し込まれたと。

梶ヶ島先輩はそれがツボに入ったのか、さっきからずうっと額に手を当て笑っている。虎之助先輩も深くため息をついて、二人で挟んでいた碁盤を見つめていた。

「災難よなぁ鉢屋。"闇鳴り"相手にどうやって10日も逃げ続けると言う?」
「私だってこれでも腕に自信はあります。右京先輩から隠れきって見せます!」

「いひひっ、いい後輩よなぁ虎」
「自慢の後輩だよ。じゃぁ三郎、私も協力してやろう」
「?」

「その面は中々使いづらいだろう。もし、右京先輩に見つかりその日はもう変装しなくていいようになったら、その日は私の顔を使ってもいい」
「!ほ、本当ですか…」
「おぉおぉ、そういうことなら私も貸してやってもいい。こんな顔いくらでも使うがよいわ」
「あ…!ありがとうございます!」

その場に手をつき、私は深々とお辞儀をした。これはなんとも有難い申し出だ。正直、憧れの右京先輩から受け取った面とはいえ、これを常備するなんて、絶対に嫌だ。だったら別のヤツの顔をしていた方がいいと思うぐらいには。先輩方の顔をお借りできるのはありがたい。

「…三郎、いっそのこと素顔を晒す気はないのか」
「っ……」

「まぁまぁ虎よ、お主も人が悪い。後の鉢屋衆一族を背負う者、そうやすやすと素顔を晒してはならんのだろう」
「そ、そうだな、すまん、忘れてくれ」
「い、いえ」

二人とも団子を食い終え、梶ヶ島先輩は串をくわえたままパチンと黒い碁石を置いた。


「まぁ頑張れよ三郎。私はどちらが勝ってもいいと思ってるぐらいの第三者。ただし、あの先輩を欺くことは安易でなことではないと理解しておけ」
「はい、ありがとうございます」


























「おばちゃんA定食ひとt」


「おはよう三郎!いい天気だな!」




「………」


次の日、食堂へ入って10秒で、私の正体はあっという間にバレ、名を呼び肩を叩かれた。


「今日は雨は降らないぞ!雨は夜遅くなってからだそうだ!今日は安心して外に遊びに行け!」
「……早すぎませんか…」

「残念ながら勘右衛門にはさっき向こうであってな、その顔はもう二度目だ」


思わず舌打ちが出そうになる。まさか朝一でバレるとは予想外にも程があった。しかし尾浜がもう食堂から出ていっていたことを確認しなかった私も悪い。

「さ、朝飯を食おう。勘右衛門の話では今朝は秋刀魚の塩焼きだぞー」
「…はい」

解せぬとは思いながら、差し出される手に掴まり、食堂の中へ入って行った。虎之助先輩の顔に変装したままおぼんを持って食堂の奥へ右京先輩と移動すると、奥の席には茶をすする虎之助先輩と梶ヶ島先輩と水明先輩。水明先輩も梶ヶ島先輩から話を聞いたのか、お三方はもう虎之助先輩の顔になっている私をみて、眉毛をハの字に、「もう負けたのか」と呟いた。


「おう慎次郎、納豆よこsなんでテメェは納豆に辛子入れてんだ殺すぞ!!!」
「テメェこそ納豆に生卵入れて食うのやめろ馬鹿野郎くせぇんだよ死ね!!!」

「やれ、やめなされ委員長、後輩の前ですぞ」
「毎朝毎朝本当に飽きもせずに貴方達は」


右京先輩は私に、負けたら友を作れとおっしゃった。右京先輩は水明先輩と友人、でいいんだよね。こうやって喧嘩をするけど、この間も仲良く図書室の本棚直されにいってたし。こんな間柄の者をつくれということか…。
虎之助先輩の話ではこの学園のトップ2だって言ってた。武の用具と智の学級。カッコいいなぁ。私もいつかそう呼ばれるようになりたい。右京先輩が前言ってくださった『千の顔を持つ男』。これが本当になれば、私は右京先輩に並ぶことが出来るだろうか。そのためにもっと腕を磨いで、座学も実技ももっともっと上を目指そう。

その前に、この勝負に勝たなきゃ。







だけど、その次の日も





「木下先生、宿題全て集め終えました」
「ご苦労……って、んん?これは鉢屋の仕事だろう?なんでお前が?」
「鉢屋に頼まれました」


「いや、お前が三郎だから持って来たんだろう。見つけたぞ三郎」


ぽんと置かれたその手と声に、私は、またか!と脱力した。


「あ!?お、お前が鉢屋か!良く解ったな崇徳院!」
「きの先見ろよ。こいつの担任だろあんた」
「先生と呼べと何度も言っておるだろう!!」









しかし


「三郎、見つけたぞ!」


それからというもの


「おはよう三郎!」


私の


「三郎みつけた!」


正体は


「今日は中々手ごわかったな!三郎みつけた!」


ことごとく


「はい三郎みっけた!」


右京先輩に


「三郎みーつけた!」


バレるのであった。



















「三郎!見つけた!」




















「どうして……!!どうしてこんなにバレるんだ………!!なんで…!!」


頭を抱えて私は自室の机に向かった。解せない。誠に解せない。どうして。どうしてこんなにも右京先輩にバレバレなのだ。なんで。一体、どうして。

こんなに悉く姿がバレたのは始めてた。同級生にも、先生にも、誰にも、私の変装がこんなに短時間でバレるなんてことは今まで一度としてなかった。悔しい。あまりにも悔しすぎる。


「は、鉢屋、大丈夫…?」

「なんでだよ…!どうして右京先輩は…!もっと工夫を…!?いやでも……!」

「は、鉢屋…!」


正体がバレ肩を叩かれるのが徐々に悔しくなっていっていたのは確かだ。だけどそれからだって段々と変装が雑になっていっていたわけじゃない。毎度反射する何かで顔を確認しては完璧だと自分でも思うほどの仕上がりを目の当たりにする。その後先生にあっても先輩に逢っても誰にも疑われることはない。謝って喋りかけられたときもなんとかやりすごしてみせていた。バレなかった。先輩も同級生も先生たちも、今喋ってるのは本当に喋るべき目的のヤツだと思っていたから。それなのに、右京先輩はすぐに私を見つけた。


「ね、ねぇ鉢屋…」

「右京先輩が…こんなに………」

「……鉢屋、」


同級生に化けた。一つ上の先輩にも化けた。最悪、この学園の生徒じゃないヤツにも化けた。それなのに、全て正体を見破られた。…そういえば前に右京先輩は耳が良いから声で私を見つけることが出来ると言っていた。じゃぁもしかして私が喋ってるところを聞いて見つけ出してるってことか?いやまてよ、そういわれてから私は喉を特訓に特訓を重ねたぐらいに負担をかけてきた。今や声だって少しずつだが変えられるぐらいだ。だから誰と喋っていてもバレることはない。完璧なのだから。声も姿も真似れるようになった。だから私は誰にもばれていなかった。それなのに。それなのに!


「……は、ちや」

「後一日しかないのに……!明日バレたら……!!」


今宵は残念ながら分厚い雲に覆われている。月は出ていない。恐らく今夜から雨だろう。だけど明日、目覚めたら最終対決が始まる。明日バレたら、面は返してもらえず、私は、あの人の言った言葉を守らなければならない。友なんていらない。だったらどうする。一日仮病を使って部屋から出ないか?いや、右京先輩の事だ、絶対に部屋に来る。じゃぁ外出届を出して外へ出るか?いや、出たところであの人は絶対に追ってくる。六年の足に敵うわけがない。捕まる。じゃぁどうする。変装してもバレるということは、もっともっと手の込んだ





「鉢屋!!!」

「っ、……なんだよ。今考え事して」



「たまには僕の声を聞けよ!!」

「!」





机に向かって明日のことを考えていたのに、急に同室のヤツに怒鳴るように名前を呼ばれた。なんだと返せば、同室の不破は腕を組む私の肩を掴んで無理やり正面を向かせた。今は梶ヶ島先輩のお顔だ。中身は私だが、仮にも先輩の顔に怒鳴るなんて失礼な奴。


「なんだよ、何か用か」

「どうして君は僕の話を聞こうとしないんだよ!」
「どうして?私がお前なんかと話をする用事があったか?」

「僕ら同室なのに、どうして鉢屋は僕に興味を持ってくれないの!?」
「はぁ?なんで私がお前なんかに興味を持たなきゃいけないんだ?」


なんだこいつ。急に話しかけてきたと思ったら、意味の解らない説教はじめて。一体何のつもりだ。


「僕はお前と、仲良くなりたいんだよ!!夜だって今日の授業の話とかしたいし、明日の話だってしたい!僕は君に興味がある!どうしてそんなに変装が上手なのかとか、どうしてそんなに頭がいいのかとか!お話したいよ!鉢屋と同じ部屋になったんだから、鉢屋のお話いっぱい聞きたいんだよ!!」
「…」

「それなのに鉢屋はどうしてそうやって、同じ部屋にいる僕の事をいない者として扱うの!?どうして、此処にいない先輩の事ばっかり考えて僕の事を見ようとしてくれないの!?」
「…何を言ってるんだ。別にお前なんていてもいなくても私の世界は変わんないよ」


肩を掴む手を振り払うように、不破の手をはじいた。不破は何を言ってるんだろう。私はお前なんかに興味はない。今は右京先輩の事でいっぱいいいっぱいだというのに。お前なんかに気を回しているほど余裕はない。


「それとも何か?同級生たちに化けている私に対する嫉妬か?あの"鉢屋"に自分も変装されたいとか思ってるのか?え?お望みどおりに、その願い叶えてやるよ」

「!」

「どうだ?これで満足か?"鉢屋衆の鉢屋三郎"に変装してもらえて光栄か?」


パッと顔を、目の前にいる不和にかえてやった。鏡は見てないけど、何もかも一緒のはずだ。私に化けられない者なんていないのだから。お前がそう望んでいるならこれぐらい叶えてやるよ。いくらでもやってやる。


だから




「もう二度と私に構うな!!」

「!!」





邪魔なんだよ。たかが同室なだけで、なんでそんなに互いに気をかけなきゃいけない。偶然同じ部屋になっただけなのに、なんでそんなヤツに気を使って生活しなきゃいけない。たかが同級生、たかが同室。だからなんだ。

いなくたって、私の世界は変わらない。




「鉢屋の……!鉢屋の、大馬鹿野郎!!」

「っ!?」



不破の握りこぶしが、私の頬に当たった。不覚にも予想できなくて、私は見事に背を壁に叩きつけた。





「そんなに言うなら部屋を変えればいいだろ!!別の奴と変われよ!!僕じゃないもっともっと鉢屋の事理解してくれるやつのところへ行っちゃえよ!!僕は、僕は君と本当に仲良くなりたいだけなのにっ!!」






不破はなぜか、ボロボロと涙をこぼしながら、私を殴った拳を押さえて、そう叫んだ。



「………そんなに言うなら、出て行ってやるよ。お前みたいな自分勝手と同室なんてこっちから願い下げだ!!」

「っ!!」



しまっていた部屋の扉を開け、私は一年長屋を出た。どんよりと夜空を覆う雲のせいで今夜は嫌に暗い。学園中がもう寝静まっているのか、物音は全く聞こえず、何処へ走っても誰にも出会わない。門番をしている事務のおばちゃんにも逢わない。勢いに身を任せ、私は門から飛び出した。いいさ出て行ってやる。こんな場所、こっちから出て行ってやる。里へ帰ろう。此のまま帰ろう。右京先輩との勝負なんてどうでもいい。あんな面くれてやる。友なんていらない。あんなところで私が心を許せるような友が出来るもんか。最初から分かっていた。私は皆と違う。一族を率いらなければならないと言う圧力をかけられたまま、あそこへ来たのだ。農家の出と違う。城の出と違う。生粋の戦闘集団で生きてきた私が、あんなところで、心を許すのが間違いだった。


右京先輩にも、出会わなければよかったんだ。





「ハァッ、!ハァッ…!!」




夜間に山に入るなと、何度も先生に言われた。熊や狼や、山賊や人攫いにあるから。緊急事態の時は、先生か先輩を連れて行けと言われていた。

だけどもうそんなの関係ない。私はもう帰るのだから。あそことは、何も関係ないのだから。




「くっ…!!」




ポツリポツリと、降ってきてしまった雨。濡らしているのか、雨か、それとも、どうしても止まってくれない、涙か。止まれよ。なんで涙なんか流しているんだ。私は、私は何も悪くない。













「動くな」

「!!!」



首に当たった刃物は




「坊主、貴様今忍術学園から出て来たな」

「…っ!!」



恐らく、刀。













「鉢屋衆次期頭首、鉢屋三郎という者を知っているか…?」







































「おはよう虎之助」
「おはようございます」

「三郎見てないか?」
「それを聞くのはルール違反では?」

「あいつめ最終日になって腕をあげやがったな。ここに来るまで見つかっていないんだ」

「ははは、ついに食事の時間をズラし始めたのでしょうかね」
「かぁー、やってくれるねぇ」





「なぁ雷蔵、鉢屋は?」
「……知らない…」


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