適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「難しい血だな」  




縁側で寝ているといろいろな音が聞こえてくる。隣の部屋で文字を書く同級生の筆を走らせる音や目の前の池で鯉が口を開く音。少し遠くの食堂から食器を洗う音や、さらに遠くから生物委員会の小屋で生き物が檻を揺らす音。耳を澄ませばいろいろ聞こえてくるが、今此処へ近寄ってきている音はおそらく、誰かの足音。体重からして、下級生か。下級生で堂々と六年長屋に突進してくるのは、


「よぉ鉢屋、遊びに来たのか?」
「はい、こんにちは崇徳院先輩」


やはり、うちの委員会の後輩だ。


「座れ、虎が作った羊羹がある。食っていけ」
「…扇先輩凄いですね」
「あいつは手先が無駄に器用でなぁ」

狐の仮面は微笑まない。悲しまない。だけど声はコロコロと変わる。俺の名を呼び挨拶する声は嬉しそうだし、虎が羊羹を作れると聞けば驚いたように声は低くなる。仮面で素顔は見えずとも、恐らく今笑顔だろうとか、驚いているだろうとかは予想できる。人の心は顔と声で判断するが、鉢屋に至っては顔が解らない。なかなか、面白いヤツが入ってきたと、虎と鉢屋について盛り上がっていた。まだ仮面は、外さないのか。


「美味いか?」
「はい!」
「そいつは良かった!じゃぁ虎に伝えておかないとな」

嬉しそうな声だ。本当に美味しいのだろう。


「崇徳院先輩」
「なんだ」

「今日は三味線を弾かないのですか?」

「あぁ、三味線なぁ、今ちょっと撥を直してもらっているところでな」
「撥を?」

「俺の撥は特別でな、三味線を弾くだけじゃなくて、手裏剣のように投げる時もあるので鉄製なんだ。先達ての忍務で欠けてしまって、今慎次郎に直させている所なんだ。変わりの王将も、わけあって手元にないし、ちょっと今はお預けだな」


先日、不破というヤツに渡したという話は、鉢屋にはしない方がいい気がして、口には出せなかった。

鉢屋はおそらく教室で浮いている存在なのだろう。こうして授業が終わった後、同級生たちと遊ばずに先輩である俺の処へ来るなんて、明らかにおかしい。いや、別に友人がいないことが悪いことではない。どうせ学園を出れば離れ離れになるのだ。特に鉢屋は此処を出て行けば鉢屋衆という立派な就職先がある。一族を率いるのなら友などという存在に情が移らないのは良いことだが、………まだ一年だろう。友人の一人や二人出来てもいいぐらいだろうに。此処へ来るということは、中々上手くいってはいないのだろうな。

そういえば鉢屋は「鉢屋」という名のせいで心に何か深い傷の様な物を負っているように思える。先日慎次郎たちと飯を食っていた時、自己紹介をして「あの鉢屋」と呼ばれたとき、気が乱れた。やはり、鉢屋という名は、まだ10歳のこの子供には重すぎるのだろう。


「王将って、これのことですか」
「あ!それだ!傷の位置も確かに俺の駒だ!…なんでお前が持ってる?」

「廊下に落ちてるのを拾って、もしやと思ったんです」
「あぁ、そうかそうか…。いや、届けてくれてありがとう!よし、礼に一曲弾いてやろう」
「!」


赤子が這いつくばるように縁側から部屋に入り奥へ立てかけておいた三味線を手に取り戻ると、鉢屋は嬉しそうに小さく拍手をしてみせた。縁側に胡坐をかき、駒を手に、弦を鳴らした。

うぬぼれているわけではないが、俺が演奏をするとここら一体の音は聞き入るように止む。隣の部屋からは、筆を置き畳に寝転がる音が聞こえる。グラウンドで遊んでいたであろう下級生たちの足音は少しこちらへ近づき、食堂の皿洗いの音は早まり、小屋の生き物は藁に寝転がる。この人時が、俺は好きだ。


「崇徳院先輩は、何故三味線を弾かれるのですか?」
「こんな時代の中のこんな学園だ。たまには音でも聞いて心休めるときがあってもいいだろう?」

「はい、凄く優しい気持ちになります」
「そいつはよかった。それにな、この三味線は武器になるぞ」

「武器に?」
「音で作戦を決めておく。何の音が鳴ればこの作戦、みたいな、な。そして暗闇で三味線の音が聞こえるとは敵は絶対思うまい」

「闇鳴り…」
「お、その名を知ってたか。光栄だ。足並みは乱れ、気も乱れる。そして音がする方へ攻撃をしかける。その間に、仲間は攻撃を仕掛ける。な?中々便利だろう?」

「…でもそれでは崇徳院先輩が、」
「馬鹿野郎!忍者とは命を狙われてこそだ!俺が狙われて難しい忍務が遂行出来るのならこんな命軽いもんだろう!」

「……」
「学級委員会とは知の学級と呼ばれる委員会の花形だぞ!戦で手柄を立てずして何が花形委員会か!」


がはは!と笑って見せたものの、三郎はなんだか気を落として下を向いた。
まぁ、気持ちは解らんでもない。己の所属する委員会の先輩が囮役に買って出ているなんて知って気を落とさん方がどうかしている。


「……それにな三郎」
「?」

「実はこれにはな、隠し武器があるんだよ」


一度演奏を止め、天神の糸巻き部分を押して見せた。其処を推すと、棒手裏剣が出てくる。それをみて、三郎は肩を揺らした。まあこれは滅多に使わないがな。


「お前も弾いてみるか?」
「わ、私、三味線の教養はありません…」
「何、簡単だ、教えてやろう」
「……じゃ、じゃぁ…………あっ!?!?!??!」

「はっはっはっはっ!!言い忘れてた!それ20kgあるぞ!」
「!?!?!?」


鉢屋は三味線を構えたが、胴の部分があまりにも重く太ももにのしかかるもんだから、今までにないような声を上げ必死に棹を支えた。それでもぷるぷる震える腕に見ていられなくなり、仕方なく鉢屋を俺の胡坐をかく足の上に乗せ、後ろから手の動きを教えた。本当は撥があった方がいいのだが、仕方ない。今はこれで我慢してくれと駒を渡すと、鉢屋はおずおずとそれをうけとった。

この音の時はこの指、と一つ一つ教えていく。ベン、ベン、と慎重な音が一音一音奏でられる。慣れぬものに触れ、慣れぬ手つきになんともいえない可愛さがある。


「そう、今の繰り返しだ。さ、く、ら」

「さ…く……ら…」

「や、よ、い、の、そ、らあは、」

「…み、……わ…た……す………」

「か、ぎいり。どうだ?簡単だろ?」
「無理です」

「ははは!返事が早すぎるぞ鉢屋!だが素直でよろしい!いつでも教えてやるから、暇な時でも来い!」


はいと返事をするも、私が手を離すと、今教えた音を繰り返し繰り返し演奏した。さすが「鉢屋」の名を背負うもの、と言うべきか、呑み込みが早い。此れでは何度か教えただけで一曲ぐらいすぐに覚えてしまいそうだな。

鉢屋が努力家なことは、同級生なくても、俺でもすぐに解る。一度教えただけの三味線の演奏。だけどそれを一度で何とか覚えようとし今一生懸命弾いている。俺はもう手を離しているというのに、俺の膝に乗っていることなど忘れて一生懸命に指を動かし音を鳴らした。鉢屋は本当に、努力と勉強を重ねているのだろう。「鉢屋」の名に、負けぬように。

…ただの俺の憶測だが、鉢屋はどんなに努力をしても、どんなにいい成績を収めても、「鉢屋だから」と簡単に片づけられているのだはないだろうか。テストで満点を取ってもさすが鉢屋と言われてしまう。課題をクリアしても、鉢屋なら当然と言われてしまう。だから、「鉢屋三郎」そのものを見られていないのではないだろうか。どんなに努力しても名に負けてしまう。どんなに努力しても、その努力は認められない。


自分は頑張っているのに、認められないなんて、悲しいことだ。




「三郎、今度音のいろはが書かれた紙をやろう。俺のお古だがな」



「!」

「なんだ?いらないか?」
「あ、い、いえ、欲しいです、…違くて………い、今………………名を……」


「もういくらか長い日がたった。堅苦しいのは無にしよう!お前も俺を名で呼んでいいぞ!」


「……右京、先輩」
「おう、なんだ三郎」

「………嬉しいです…」
「そうか!俺も可愛い後輩が出来て嬉しいよ!」





「じゃぁ私の事も名で呼んでいいぞ」

「扇先輩」
「おう虎」

「羊羹を召し上がっている頃かと思い、茶をお持ちしました。なんだ三郎、私の事は名で呼んでくれないのか?」


「……と、虎之助、先輩」


変な意味はないが、虎は下級生が好きだ。断じて変な意味ではないが。
下級生に名を呼ばれたのが中々の破壊力だったのか、茶を置く手がピタリと止まったのを、俺は見過ごさなかった。


「これは、勘右衛門も名で呼ばせないといけませんねぇ」

「そうだな!勘右衛門も道連れだな!ははは!今日は良い日だな虎!」
「左様ですな」


べん、と一音、拙い音が学園に響いた。





























「あ、は、鉢屋!此処に置いておいた将棋の駒知らない!?」
「……」

「崇徳院先輩から受け取った物だったのに、何処いったんだろう…!」


「…私が返しておいたよ」

「…!?鉢屋が!?どうして!?」
「……右京先輩から私の何を聞こうとしているのか知らないけど、これ以上私の中に入ってこようとしないでくれるか」

「そんな!僕はそんなつもり……!」


「……」


































「虎」
「はい」

「三郎は、友人がいない」
「そのようですね」

「やっぱりかぁ。原因はやはり」
「"鉢屋"、でしょうね」

「難しい歳頃にくわえ、難しい血だな」
「とても」

「いじめられてたりとかはないだろうな…」
「さすがにそれはないかと」

「同じ委員会なのに勘右衛門とも仲良くなさそうだしな…」
「その件に関しましては、三郎の方から拒絶しているようにも見受けられますが…」

「な、なんだと…!…ふ、不安だ…!ちょっと委員会以外の三郎の動きを探ってみてくれ…!」
「御意に」

「あ、それから虎」
「はい?」

「残念ながら、王手だ」

「……参りました」
「がははは」


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