適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「いつでも六年長屋で待ってるよ」  




学園に入学して、中々の日がすぎた。

だけど、同室の鉢屋三郎とは、未だに仲良くなれない。


「お、おはよう鉢屋」
「…」


面を付けていることがほとんどで、こっちを向いているときに僕と目があっているのかどうかも解らない。声もあんまり聴かないし、喋ってるとことかはほとんど見かけない。

今日は休みなのにいつもと同じぐらいの時間に鉢屋は目覚めていた。朝なんか僕が起きるより先に絶対に起きてるし、着替えも全て終わっている。何時に起きているんだろう。寝るときは衝立越しだから何をしているのかも解らないし、いつの間にか灯が消えているからどれくらいの時間に寝ているのかもわからない。
そもそも鉢屋が何処から忍術学園へ来たのかも知らない。どんな理由があって忍者を志すことにしたのかとか、家族の話とか、なんで顔を隠しているのかとか、そういう話を全く知らない。他のヤツらは同室同士仲良くなっているのに、鉢屋は僕を避けるように動いているみたい。……むしろ鉢屋は、クラスから孤立しているような気さえもする。


「きょ、今日お休みだよね。鉢屋、何か用事ある?」
「……」

「宿題とか、やんなきゃだけど……」
「……」


「あのさ、もしよかったら、朝ごはん一緒に食べない?」
「……」


僕は布団の上に座りながら、布団を押入れにしまう鉢屋の背中に語りかけた。布団を入れて戸を閉めると、その言葉に反応して、鉢屋の肩がピクリと揺れた。

「……こ、こんな不細工な顔でよければ、ぼ、僕の顔使ってご飯食べてもいいからさ…」
「……」


「…僕、もっと鉢屋と仲良くなりたいんだよ……」


友達の作り方なんて解らない。だって友達っていつの間にかなっているものだから。だから、どうやって鉢屋と仲良くなっていいのか解らない。どうすれば鉢屋と仲良くなれるんだろう。どうすれば鉢屋と一緒にご飯を食べることが出来るんだろう。


「……それは、」
「!」


「同室だから仲良くならなきゃいけないと思ってるの?それともクラスで浮いてる私に対する同情でそう言ってるの?それとも他の部屋は同室同士仲良くなってるのに自分は同室と仲良くなれないから焦ってるだけ?……それとも、私が"鉢屋"の出だから?」


「!?」

「そんな薄っぺらい感情なら、友達ごっこなんて面倒くさいだけだから、……私は遠慮する」
「…えっ!?ちょ、ちょっと待って……!」


勢いよく戸をあけ飛び出した鉢屋は、あっというまに部屋からいなくなってしまった。


「らー……雷蔵?」
「はっちゃん、」

「…鉢屋は?」
「……ねぇはっちゃん、友達って、どうすればなれるものなの?」
「…あぁー……」


先行ってるよとはっちゃんの同室は、はっちゃんの肩を叩いて通り過ぎて行った。はっちゃんはそれに笑顔で返事をする。どうして僕はあんなふうに、鉢屋と仲良くなれないんだろう。この先ずっとこんな関係なんて、嫌だなぁ。鉢屋と仲良くなりたいなぁ。同じクラスだし、何より、同室だったらなおさら仲を深めたい。

鉢屋はさっき、仲良くなりたいと言った僕に対して、理由を求めた。同室だからなのかとか、同情なのかとか、"鉢屋"の名前を持つからなのか、とか。鉢屋って親から聞いた話だから詳しいことは良く解らないけど、確か戦闘集団とか、傭兵集団とか、物騒な単語と一緒に聞いた覚えがある。鉢屋の名前を持つ鉢屋三郎に近寄って、何か利用されてるとでも思っているのかな。僕が?そんなことするわけないのに…。

同情でもない。焦りでもない。名を求めてでもない。ただ僕は、鉢屋と仲良くなりたいと思っているだけなのに。それだけじゃ、友達になりたいって理由にはならないのかな。


はっちゃんと手を繋いで食堂へ行くと、食堂のおばちゃんから朝ごはんを受け取る鉢屋の姿が目に入った。狐の面をかぶったままで、周りのやつらに奇妙な目で見られているけど、鉢屋はそのまま、まっすぐ奥の席に向かって行った。


「目玉焼きにソースだぁ!?んなもん邪道だ!慎次郎テメェ頭イカレてんのか!おばちゃんの目玉焼きには醤油って決まってんだろうがよ!!」
「右京こそ何が醤油だぁ!!おばちゃんのせっかくの目玉焼きに醤油なんてかけやがってそんな塩分ばっかとってっから頭イカれんだよ!!」

「おう上等じゃねぇかテメェ今日こそぶっ殺してやる!!」
「何を言うか!!返り討ちにしてくれるわ!!」


「すまんな銀丸、うちの委員長が」
「何を言う虎之助、いつものことよ」

三郎が向かって行った方角にいたのは、深緑の忍服に身を包む先輩が二人と、群青色の忍服を着る先輩が二人。深緑の先輩二人は体格もよく傷だらけでいかにも戦忍という言葉が似合いそうな先輩同士だ。何を喧嘩しているのかと思ったら目玉焼きにかけるものについてらしい。失礼なこと思うかもだけど……くだらなっ!
その横に座る群青色の先輩二人は静かに食事を進めながら茶を飲み、騒ぐ隣の先輩方の気をおさめるため「まぁまぁ」と慣れた手つきで二人を椅子に座らせた。そんなに仲が悪いなら離れて食べればいいのに。犬猿の仲なのだろうか。

そんな中、零さないように歩いていく鉢屋は、その先輩方の机の横で止まった。


「よぉ鉢屋!おはよう!」
「崇徳院先輩、おはようございます。おはようございます、扇先輩」
「おはよう鉢屋。どうだ、席が決まってないのなら一緒に此処で食べるか?」

「っ、よろしいのですか、」

「良いに決まってるだろう!虎と俺の間においで!虎、少し横にずれろ」
「はい」


僕とはっちゃんは朝食を少し離れた場所に置き、其処で食事をとることにした。僕もはっちゃんも、あの先輩方と鉢屋がどんな関係なのかとか、言わなくても気になっちゃったようで、一度目を合わせて、黙って食事をとることにした。


「……お、おい右京、そいつは…?」
「あぁ慎次郎にはまだ紹介してなかったな。俺の新しい後輩だ。一年の鉢屋三郎。鉢屋、こいつは覚えなくてもいいが、水明慎次郎、六年い組の用具委員長だ。そんでこっちが副委員長の梶ヶ島銀丸だ」
「は、はじめまして」

「す、水明だ」
「よろしく」

「よ、宜しくお願い致します」


「おい右京、鉢屋ってあの鉢屋か?」
「そうだ、すげぇヤツが来ただろう。そうだ鉢屋、お前、今日は慎次郎の顔を借りればいい、遠慮はいらんぞ、俺が許可する」
「顔?」

「は、はい!」


鉢屋が面を外すと、鉢屋の面の下は、水明先輩のお顔になっていた。その顔に用具委員の先輩二人は目をまん丸くし、扇先輩と呼ばれる方は「いやはや見事」とその変装の技に見惚れて膝を叩いた。鉢屋、やっぱり凄いなぁ。


「こいつ、は…!なん、っ!?…お、お前それ、変装か…!」
「慎次郎もこいつに変装教わった方がいいんじゃねぇのか」

「…お、おう、本当に、すげぇな。さ、触ってもいいか?」
「ど、どうぞ」

水明先輩は恐る恐る、自分の顔をする鉢屋の顔に触れた。すげぇと小さくつぶやくと、腕をくんで椅子に深く座られた。


「…お前随分良い当たりくじ引いたじゃねぇかよ」
「級長委員にふさわしい優秀な後輩だ。何処にもやんねぇよ」

「おい鉢屋と言ったな、右京が嫌になったらいつでも用具に来いよ。お前ほどの優秀な奴なら歓迎してやる」
「殺すぞ慎次郎」

「……わ、私は、崇徳院先輩の三味線が好きなので、…い、委員会の移動はしません!」

「言ってくれるじゃねぇかチクショウ!!虎!今の言葉メモしとけ!!」
「御意に」

「あんなんでよけりゃぁいつでも聞かせてやるからな!!」


ガシガシと頭を撫で回され、鉢屋はテレくさそうに顔を下に向けた。

あの先輩は三味線を弾くのか。そういえば、良く遠くから三味線の音が聞こえて来た事が何回もあったなぁ。くノ一教室で音楽の授業でもやってるのかと思ってたけど、女の子は三味線より琴か。じゃぁやっぱり、あの音はあの崇徳院先輩って方の三味線の音だったのかな。

まだ早い時間だからか食堂は其処まで人が多いわけじゃない。少しザワついている食堂は、先ほどの喧騒も鉢屋の登場で和むようにおさまり、あのテーブルは静かな食事が始まっていた。水明先輩も崇徳院先輩も喧嘩をやめ今日の授業についてお話をしていて、梶ヶ島先輩と扇先輩も食事を終えたのか綺麗に食器を重ねてゆったりとお茶を飲んでいた。

……鉢屋は、なんだか楽しそう。僕と一緒に部屋にいた時より、ずっと笑顔だ。崇徳院先輩から漬物を貰うと笑顔で答える。
…どうすれば、僕は鉢屋と仲良くなれるのかなぁ……。いつかはあんなふうに、笑顔でお話したいのに…。


「…水明先輩、」
「おう長次、どうした?」
「…委員長が、本棚の修繕を、…早急にお願いしたいと……」
「やべぇ忘れてた、今すぐ行くから待ってろと伝えてくれ」
「…もそ……」

「なんだ、仕事か」
「おう、禁書の棚が壊れそうらしいんでな」
「俺も手伝おうか?」
「悪いな、頼む」


「虎、すまんが食器下げといてくれ。じゃぁな鉢屋、ゆっくり食えよ」
「はい!」
「畏まりました」

「銀、後頼む」
「いってらっしゃいませ」


爪楊枝をくわえ二人は椅子から立ち上がり机を離れた。

「いつもあぁ仲良く息が合っていれば怖いものなしなのだがなぁ」
「そういうな虎之助。こんな晴天に雷など落ちたらかなわんよ」


調理場に身体を入れ「おばちゃんごちそうさん!」と二人で声を揃えて言うと、おばちゃんも笑顔で返す。食堂を出ていくと同時にい組の学級委員長の、確か尾浜勘右衛門って子と、久々知兵助?って子が手を繋いで入ってきた。尾浜は崇徳院先輩に頭をぽんと叩かれると、嬉しそうににこりと笑い、それを見て、二人は急ぎ食堂から出て行った。


「…っ!」
「あ、雷蔵!?」


そして僕はとっさに後を追うように、あの先輩方を追いかけるように食堂を出た。






「あ、あの!せ、先輩!」

「?」




声をかけると、楊枝をくわえた先輩が二人、きょとんとした顔で、こちらを見下ろした。とっさに動いてしまったので、先輩の名を忘れてしまった。口に出ずぱくぱくとしてしまっていると、さっきから目が合っていることに気付いたのか、「俺か」と言って、水明先輩を置いて戻ってきてくださった。


「俺に用事か?誰だ?」
「い、一年ろ組の、不破、ら、雷蔵と申します!」

「ろ組…」


近くで見ると、思ってたより体格が良くて背が高い。こ、怖い。


「あ、あの、お、お聞きしたいことが、あ、えっと、その…」


「…右京、先行くぞ」
「あ、あぁ」


水明先輩は自分に様ではない事が解ると、体を翻して再び向こうへ歩いて行った。


「一年ろ組の、と言ったな?」
「は、い」
「鉢屋の事か?」
「っ、」

「すまんが今急いでいる、聞きたいことがあるなら、いつでも六年長屋で待ってるよ。それから、俺の名前は崇徳院右京だ。覚えておいてくれ」


崇徳院先輩はそうおっしゃると、懐から、将棋の駒を一つ取り出して、僕の掌にのせた。ぽんぽんと頭を叩かれたと思ったのだが、いつの間にかお姿は、目の前から消えていた。




「どうしたんだよ雷蔵急にいなくなって!」
「……崇徳院先輩に、お話聞きたくて」
「なんだその将棋の駒?王将?」
「解んない…渡された……」


「ねぇここ座っていい?他に空いてなくて」
「相席させてほしいのだ」


「あ、うん、どうぞ」


椅子に座ってぼんやり、掌に乗っている将棋の駒を見つめていると、正面に二人の影が出来た。さっきの、い組の二人だ。どうぞと言うと二人はおぼんを置いて椅子に座り、いただきますと手を合わせて食べ始めた。一年だけどあまり関わり合いのないい組が近くに座ったので、折角なのでと四人で自己紹介をした。


「ねぇ、尾浜ってさ」
「んー?勘ちゃんでいいよ」
「か、勘ちゃん、ってさ、学級委員長だったよね?」
「そうだよー」

「委員長の崇徳院先輩から、これ受け取ったんだけど、どういう意味だか解る?」


掌に乗る王将の駒をみて、勘ちゃんは「あぁ」とつぶやいた。


「崇徳院先輩は、三味線を弾く時将棋の駒で弾いてたりするんだよ。撥の修理中とか、将棋の勝負中とかね」
「へぇ、」
「崇徳院先輩、三味線で戦う時あるんだって」
「えっ、三味線で?」


「あ、俺聞いたことあるのだ!崇徳院右京先輩って"闇鳴り"って呼ばれてる先輩でしょ?」
「あぁ俺も生物委員長から聞いた。"武の用具と智の学級"ってやつだろ?」
「武闘派の用具と頭脳派の学級かぁ」
「凄くカッコイイのだ」


なるほど、犬猿の仲なのかと思っていたけど、あの二つの委員会は本当はそんな二つ名を欲しいがままにしている凄い委員長がいるのか。喧嘩するほど仲がいいってやつ、かな?


「それで、話は戻して、雷蔵、崇徳院先輩とお話する約束でもしたの?」
「え?どうして解るの?」



「最近忍務で撥が歪んだらしくてね、今は修理中だからそれで三味線弾いてるの。だから、それないと崇徳院先輩、三味線も弾けないし、そうでなくても駒が一つかけたら将棋も出来やしないじゃない。近いうちに絶対においでって意味じゃないの?」



兵助とはっちゃんはそれを聞いて、「なるほどー」と相打ちをして、味噌汁を啜った。





鉢屋は、僕らとは別の机で、先輩たちと一緒に「ごちそうさまでした」とくちにしていた。


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