適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「天才じゃないか!」  




ベベン


「私は学級委員長委員会副委員長を務める五年い組の扇虎之助だ。好きに呼んでくれて構わない。よく女顔だと言われるが勘違いするな。私はれっきとした男だ」





ベベン





「一年い組、尾浜勘右衛門です」
「一年ろ組、鉢屋三郎です」



ベベン





「鉢屋と言ったか。初対面の先輩に対し狐の面とは洒落ているな」
「…」

「まぁいい。尾浜、鉢屋、よろしくな。さ、ついておいで」
「はい」





ベベベン






「あ、あの、扇先輩」
「なんだ尾浜」

「この三味線の音は、何処から聞こえてるんですか?」





ベベン





「学級委員長委員会室からだよ。おそらく今、予算会議の真っ最中だ」
「よさんかいぎ?」




ベンッ






「右京先輩、虎之助です。新入生をお連れしました」

「おぅ入れ」




扉の前に正座する先輩の背を見て、私と尾浜と名乗るヤツも、つられて膝をついた。扇先輩が深く頭を下げ、失礼しますと言い、ゆっくり戸を横へ動かした。

将棋盤を挟んで二人。一方は胡坐をかいて腕を組み難しそうな顔をして将棋盤を見つめ、もう一方は三味線を持ち膝を立て、恐らく敵からとったであろう飛車の駒で弦を鳴らしていた。


「早くしろよ、俺のとこの後輩が来ちまったぞ」

「た、頼む!もう少し待ってくれ!!」
「そう言ってさっきから動かずじまいじゃねぇか。いいかげんに負けを認めろ」


ベンッ、と、また左手の先輩は三味線の弦を鳴らし、右手の先輩は真っ青な顔をしてぐぬぬと眉間に皺をよせ将棋盤を見つめていた。その先輩の後ろでは、五人ほどの先輩方が「頑張ってください!」と声援を飛ばす。片や左手の先輩に応援はいない。一人余裕そうに片手で将棋の駒を持て余し次の一手が置かれるのを待っていた。

パチン、と小さく、弱弱しく音を鳴らすと、それを見た三味線の先輩は駒を動かし、「お・う・て」ととどめを刺すかのような囁く声でそう言った。


「あああああああああああくっっっそおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「だーははははは!ザマァみやがれ糞用具委員会め!!これでお前らの予算半分は級長委員のもんだ!!」

「き、汚ェぞ右京!てめぇどんなイカサマしやがった!!」
「慎次郎ォオオ!!テメェのその負けを認めねぇとこが俺は昔からでぇぇえっきれぇなんだよ!!とっとと用具の予算申告書おいてこの部屋から出て行きやがれ!!」


突然立ち上がる両者に、扇先輩はため息を吐いた。「いつもこうなんだ」とつぶやく先輩の目はもう何処か諦めているかのような目をしていて、用具委員と呼ばれた一方は後輩たちに腕を抑え込まれながらも「何してんですかもう!!」と負けを強く責められ、一方の右京先輩と言われた方は、立ち上がると同時に三味線を背に回し声を荒げる用具委員の先輩に中指を立てて暴言を吐いた。犬猿の仲なのだろうか。両者謝る気配は一向にない。

「右京先輩、これ」
「おう、留三郎は良い子だな。今度団子奢ってやるからな」

用具委員の先輩方は、荒ぶる先輩を引きずりながら部屋を出て行った。一つ上の留三郎と言われた先輩が予算申告書を委員長に突き出し頭を撫でられると、先輩は嬉しそうに微笑んで、深々と頭を下げて部屋を出て行った。


「今度は何をされておられたのです?」
「ただの賭博だ。用具委員が予算が足りないからうちから少し寄越せと言ってきてな。将棋で予算半額をかけて勝負を挑まれたんだよ。結果は、御覧の通り」

扇先輩は将棋盤を持ち上げ棚の中にしまい、代わりに奥から茶菓子を出してきた。おいでおいでと手招きされ、私と尾浜はゆっくり部屋の中に入った。委員長はやっと私たちの存在に気が付き、三味線を弾く手を止め目をぱちくりと動かしたのだった。


「お、ちっこいのが二人。誰だこいつら?」
「新入生をお連れしたと、さっき申し上げたはずです」

「……おう、そうだったな」
「聞いていませんでしたね?」
「…」

「茶を入れてきます。後は先輩にお任せいたします」
「おう、悪いな」


扇先輩は私と尾浜の間を通り、ぽんと頭に手を置いて、部屋から出て行った。

何処からかなる獅子脅しの音。先輩は三味線を壁に立てかけ肩をまわし、ドスンと再び私たちの前に胡坐をかいて座った。


「学級委員長委員会委員長、六年ろ組の崇徳院右京だ。あー、崇徳院でも、右京でも、好きに呼んでくれて構わない。さっきのは五年の扇虎之助。俺の右腕だ。級長委員なんてものは名ばかりでな、普段は茶会と学園長との雑談会ばかりだ。あとはイベントごとがあったときの進行係だな。そう固くなるな。思ったほどこの委員会は忙しくはない。楽に過ごせ。えーっと、じゃぁまぁ、名前聞いてもいいか?」

「一年い組の、尾浜勘右衛門です!」
「お前新入生代表で挨拶した奴だな?」
「はい!そうです!」
「よく覚えてるよ。可愛い奴が入って来たなと虎と話をしていたんだ。よろしくな!お前は?」

「一年ろ組の鉢屋三郎です」
「鉢屋……鉢屋ってまさかあの鉢屋衆の鉢屋か?」
「……」

「噂の戦闘集団の者か!いやはや今年はとんでもねぇのが入って来たな!」


膝を叩いて楽しそうに笑うが、私は面の下で悔しい顔をしていることを、この人はおそらく知らない。

皆が口を揃えてそういうんだ。「鉢屋の名」「鉢屋なら」「鉢屋だから」「鉢屋だったら」。私は生まれたくて鉢屋の名の下に生まれたわけじゃない。どんなに努力したって、どんなに頑張ったって、「鉢屋なら当然」という目で私を見る。努力しても認めてくれない。どんなにいい成績を収めても、当然だと思われる。少しでも手を抜けば落胆される。どうして。どうして私は他の奴と違う目で見られなきゃいけないんだ。



私が、「鉢屋」の下に生まれたばっかりに。



「で?その面は外してくれないのか?」
「……」

「まぁいい。人には隠したい秘密の一つや二つあって当たり前だからな。俺もつい先日間違って虎の褌で過ごしたことがあってな!」

「それは秘密ではなく言いそびれた悪事です」
「なんてタイミングで帰ってくるんだテメェはよ!」
「茶を入れてまいりました。あと新しい褌代は予算から引かせていただきます」
「解った、お前俺の事嫌いだな?」

茶菓子の横に置かれたお茶。本当にこの委員会はやることが何もないのか。茶をすすり菓子を口に運ぶ崇徳院先輩のお姿を見る限り、本当にこの委員会は菓子を食うだけが活動内容のようだ。崇徳院先輩が菓子の味の感想を扇先輩に言うと、扇先輩はスラスラと何かにメモを取っていた。一体何をしているんだ。

尾浜も、ゆっくりお菓子に手を伸ばし、口に運んだ。ふにゃりと顔が歪み、美味しいですとつぶやくと、扇先輩も崇徳院先輩もにこりと微笑んだ。私も食べようと手を伸ばし、仮面を外した。



「おっ、それがお前のすが………お!?」
「えっ!」



今私の仮面の下は、扇先輩の顔だ。



「す、…す、すげぇ!おい虎見ろ!虎だ!!ちっちゃい虎がいるぞ!!」
「た、確かに私、ですね…!」
「すげぇ…!」

「……」


「虎だ!本物だ!すごいなそっくりじゃないか!!」


どうせ貴方も、私をさすが鉢屋とか、鉢屋なら当然と言うんだろう。


「その歳で変装を得意とするのか!お前凄い奴だな!」



鉢屋なんて名前、私は、

















「こいつは驚いた……!お前その歳で、相当努力したんだな!天才じゃないか!」

「!」















いつの間にか私の目の前に来ていた崇徳院先輩は、うつむく私の顔を両手で包んで上を向かせた。正座する私より高い位置から膝をついて私を見下ろす崇徳院先輩の笑顔は、凄く輝いていて、私の扇先輩に変装した顔に見惚れているように、細部を細かく確認するように私の顔の角度をぐるぐる変えた。

「おいお前この完成度は六年でも真似できんぞ!!ははは!凄いな本当に!」
「あ、あの、」

「俺もお前に変装の極意聞くべきだな!それにしても本当に凄いな!天才だなお前は!」


きらきらしたそんな笑顔で、私はみられたことなど一度もない。


私は自分が嫌いで、「鉢屋」という名が嫌いで、今まで自分を隠して生きてきた。「三郎」という存在などどうでもいいと思われて生きてきた。「三郎」などどうでもいい。「鉢屋」というのが大事なのだと言われ続けてきた。私という存在を認めてもらえなくて、今までずっと私は素顔を隠してきた。ずっと。今まで。


それが何故、初対面のこの先輩に、今までの積み重ねをあっという間に壊されたのだろうか。


「右京先輩、あまり揺すると鉢屋が酔ってしまいますよ」
「うわ、すまんな、つい我を忘れた。まぁ菓子でも食え!話はそれからだな!」


豪快に笑って、崇徳院先輩はまた再びさっきまで座られていた場所へ戻られた。お前も負けてられなんなぁ!と尾浜に向かって言うと、尾浜は口の周りをお菓子で汚しながらはい!と元気よく返事を返した。扇先輩は尾浜の頭を撫でながら、菓子を口に運んだ。

何かが、心の中の何かが、ふわりと消えたような気がした。今までたまっていた何かが、今の崇徳院先輩の言葉によって、消えてしまったような気がした。胸の中がスッキリしたような気がした。

何だろう。

何でだろう。







「美味いか鉢屋」

「………っ、はい!」



「そうか!そいつは良かった!」







久しぶりに、笑えた気がする。







「崇徳院先輩!」
「なんだ尾浜!」

「崇徳院先輩のあれ、もう一度聴きたいです!」


尾浜が指差した先にあるのは、先ほど崇徳院先輩が壁に立てかけた三味線だった。


「これか?あぁ良いぞ、いくらでも弾いてやろう」


何故三味線を持っているのかとか、何故三味線が得意なのかとか、あとは、何の武器が得意なのかとか、どうして忍術学園に入ったのかとか、将来の夢とか、得意な科目とか、好きな食べ物とか、そういうこと、崇徳院先輩の全てを聞きたかったのに、不思議とそれは、今じゃなくてもいいかと思い、のどの奥底で止めておいた。

心にこんな余裕を持てたのも、久しぶりだ。






「良い日だな虎」

「えぇ、本当に」





この先輩方と食べるお菓子が美味しい。それだけなのに、なんだか、今までにない幸せな気分を味わえた。


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