適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「これから先宜しくってことだ!」  




「三郎!!三郎大変!!」
「ど、どうした雷蔵そんなに慌てて」

廊下を駆け抜ける足音。一体何があって誰がこんな喧しい足音を立てているのかと眉間に皺を寄せてしまったのだが、どうやらその正体は雷蔵だったようだ。職員長屋を駆け抜けるとは、余程の大事件があったに違いない。新学期に向けて荷をほどいているとそんなことしている場合じゃない!と私の腕を掴んで雷蔵は走り出した。

「ど、どうしたんだ雷蔵!何があったんだよ!」
「帰って来た!帰って来られたんだよ!」
「え?何?誰?」

走り抜けた先は、食堂。雷蔵と二人で部屋に駆け込むと、そこには先生方がぐるりと輪になって一つのテーブルを取り囲んでいた。

「右京先輩!連れてきました!」
「まじか!三郎!俺の三郎はどこだ!」

「………そんな、」

「うおおおおおおお三郎!久しいな!なんて逞しくなったんだお前は!相も変わらず雷蔵の顔しやがって!」

先生方の囲いから飛び出してきた黒い袴に赤い服。首から下げた小さい骨壺。テーブルの上に置いてあるのは、見覚えのある三味線がひとつ。昔よりも随分伸びた髪の毛を揺らして抱き着いてきたのは、まぎれもない、右京先輩だった。

「右京先輩…!?右京先輩!お戻りになられたんですね!」
「あぁ戻ったとも!お前らが此処で教師になったと、偶然出会った勘右衛門に聞いてな、いてもたってもいられなくなって戻ってきた!春休みの間に、教員採用試験にも合格したぞ!」
「そんな…!夢みたいです…!」
「またしばらく一緒だな!」
「はい…!はい…!宜しくお願い致します!」

私が一年生だった頃を知る先生方は、この光景を見て懐かしいと言い目頭を押さえた。私を抱きしめる右京先輩のお姿がいまだに記憶に残っているのだと、先生方は口々にそう言った。そして雷蔵は、どうやらこの事を春休みの間に知っていたようだ。忘れ物をしたと学園に戻ったことがあったのだが、その時ちょうど右京先輩とばったり出くわしたのだという。あまりにも突然の事に無意識に大量の涙を流してしまい多大なる迷惑をかけてしまったんだと頬をかいた。私には秘密にしておきたいからと右京先輩に口止めをされ、そして、今に至るという。先生方は私たちに感動の再会を邪魔しない方がいいと言い席を外し、食堂から出ていかれてしまった。どうやら朝食がまだだったようで食堂のおばちゃんからだされた定食を、右京先輩は懐かしいと言いながらばくばくと口に運んで行ったのだった。

「相変わらず美味えなおばちゃん!いや!前よりも美味くなってるきがする!」
「あら、やだわ右京くん、口が上手くなったわねぇ」
「だははは!悪いが俺は嘘つけない人間なもんでね!」

どうぞと雷蔵がお茶を出すと、右京先輩はすまないと言いながら湯呑を手にした。

「で?お前たちは何年前に此処に戻ってきていたんだ?」

「二年前です。僕ら、本当は五年から六年かけて外を見ようと決めていたんです」
「ほう、それは何故?」

「此処へ教師として戻るのは卒業する時の夢だったんですけど、そうなるために、僕らが知っている後輩全員が卒業してからにしようと決めていたんです。変な思い入れをしても、後がツラいですから」
「だけど私たちは外の世界を見て、そんなことを言っている場合じゃないと判断しました。群雄割拠するこの国の戦はどんどん進化している。飛び交う銃弾。襲う砲弾に、それを防ぐは鉄の塊。…もはや忍が手を出せるような戦ではありません」
「だったら我々ももっと強くなればいいだけのことです。他の先生方程ではないですが、我々も世の中というものを見てきました。此れから先を作る若き者に伝えられることはどんどん伝えていかないといけないと、そう感じたんです」
「そうか、いや、良い判断をした」

「故に予定を早め私たちの旅芸人の旅はたった二年で終わってしまいました…。まぁ、かなり儲けさせてはもらいましたけどね」
「!ははははは!いやいやよくやった!二年で儲けたと言えるほどとは相当成長したんだな!」

俺たちの旅は二年で幕を閉じた。だけど、右京先輩は私達の旅路よりもっと長い。そして、ひとりぼっちだった時間もあったわけだ。こうして他人と茶を飲みかわし会話すること自体が久しぶりなのだと、とても嬉しそうに目を細めて言った。

「私達が五年生だった時の一年生が、今年で最高学年になるんです」
「僕らは今年で三年生になる生徒の担任なんですけど、その子達の組手の相手をしたりもするんですよ」
「ほう!お前らが担任を持つとはな。三郎が実技で、雷蔵が教科ってところか?」

いとも簡単にあてられてしまい、正解ですと言うと右京先輩はだろうなと茶を啜った。私達は今の後輩たちに右京先輩の世代がどれほど強くどれほど恐ろしかったか、ということをまるで伝説の様に語り継いでいる。恥ずかしいからよせ!と言うのだが、これは先生方も良く口にされる話なのだ。忍術学園史上最も手のかからなかった学年だったのだと、学年を越えて語り継がれている。話しに大分脚色がついている部分は、当事者としてそれを修正し、そして改めてその凄さを次世代に伝えている。その中でも庄左ヱ門と彦四郎はその話が大好きなのだ。是非二人を紹介させてくださいというと、右京先輩は喜んでと頷いてくださった。寝る前の子が親に話を求める様に、二人も何度も私のところにその話を聞きに来ていた。三郎先輩が攫われたときの話を聞かせてください、雷蔵先輩が駒を貰った時の話を聞かせてください、と。もうだいぶ内容は頭にはいっているのだろうに、何度聞いても飽きないのだという。

「………そんな伝説の様な存在がこうもひょこひょこ帰ってきてしまったが…幻滅させたらどうしよう…」
「らしくありませんね。俺がその崇徳院右京だと、胸を張ればよろしいのでは?」
「…そ、そうだな。夢を壊さないように頑張るよ。おばちゃん、ごちそうさん」

「失礼します!崇徳院三郎先生!不破雷蔵先生!今年も何卒よろしくお願いいたします!」
「お願いいたします!」

「やぁ庄左ヱ門、彦四郎!深緑が似合っているね!」
「ついに最上級生か…、頑張れよ二人とも」

「「はい!」」

「お、今年の最上級生かぁ。こいつは立派な男児じゃないか」

台所から皿を運び終えた右京先輩が戻られると、彦四郎と庄左ヱ門は目を点にして動きを止めた。まるで「誰?」とでも言いたそうな顔をして。それはそうだ。調理場から忍装束でもない袴姿の人間が出てきたら誰だって客かなにかだと思うだろう。それも新学期早々からだなんて、不審に思うに決まっている。

「あぁそうだ!紹介しよう!庄左ヱ門、彦四郎、こちらがあの話の崇徳院右京先輩だ。今年からこの学園で先生として戻られたんだぞ」
「え!?」
「三郎先生の話しに出てた!?」

「あぁ、この二人がさっきの。崇徳院右京だ。よろしくな」

右京先輩が手を差し出すと、二人は興奮した様にその手を握った。

「ぼ、僕らあなたの大ファンです!!」
「いつも三郎先生からお話を聞いていました…!まさかご本人様に逢えるなんて感激です!!」
「しかも学園に在籍している間にお目にかかれるなんて!!」
「生きる伝説とこうして逢えるなんて…!感動の極みです!」

「おい三郎!お前後輩にどういう教育してんだ!最高のヤツらじゃないか!そうだ俺が伝説の崇徳院右京だ!」

「うわあああああああ!!感激です!」
「是非ともお話聞かせてください!!」

「あぁいいとも!!」

ぶわっ、と涙を流して二人はぶんぶんと右京先輩と繋いだ手を振った。しゃ、三味線というのはと興奮した様子で庄左ヱ門が答え、あれだよと右京先輩が顎でテーブルに横たわる三味線をさすと、さらに感動して涙を流した。そんななか雷蔵が二人は何か用事だった?と問いかけると、庄左ヱ門がそうでしたと冷静に涙を拭い、そしてテーブルの上に置いていた包を右京先輩に手渡した。

「これを、新任の先生に届ける様にと土井先生からお預かりしたんです!新任の先生って、右京先生でよろしいですね?」
「あぁ、すまないありがとう!」

手渡されたのは、教師用の黒い忍装束だった。受け取ったそれは右京先輩専用の服で、その場で着替え始めた。汚れ一つない真っ黒に身を包むと、右京先輩は少々照れくさそうに袴を畳み始めた。右京先輩の部屋は三郎先生たちの横にご用意したということを伝えてほしいという彦四郎からの伝言も受け取り、二人は始業式に向けて用意があるため長屋へ戻っていった。

「似合うか?」
「えぇもちろん!」
「まるであの頃に戻ったようです!」

「ははは!そりゃぁ言い過ぎだろう!さぁ、俺たちも行こうか」

「「はい!」」

「…と、言いたいところだが、長屋を案内してくれないか?お前たちの部屋ってどこだ?」

荷物を担いだ右京先輩が湯呑を片づけ食堂を出たが、先に職員長屋へ荷物を置きに行きたいと言った。まだ始業式までは時間もあるし、それぐらいの余裕はある。こちらですと長屋に案内をしている間に、先ほどおられなかった先生方に右京先輩は歓迎の言葉を受けたり、お前の音を今再び聞きたいと放課後の約束までしていた。弦は最近張り替えたと右京先輩は喜んでその話を受け、先生方とは一旦別れた。部屋に案内し、なつかしいなと言いながらも荷物を降ろして、私たちはグラウンドへ向かった。

「右京先輩!?いつお戻りに!?」
「おぉ伊作か!久しいな!今年からだ!よろしくな!お前、白ってことは……校医か?それにしても似合うなぁ」
「えぇその通りです!あぁなんて事だ!右京先輩と今再びお逢い出来るだなんて!」
「おう!宜しく頼む!」

グラウンドへ向かう途中に出会った善法寺先生は、右京先輩がお戻りになられたことを知らなかった為、今涙を流して再会を喜んでいた。虎之助先輩の事は私達から聞いていたので、首にかかる紐に気付き、手を合わせてよろしいでしょうかと右京先輩に目を向けた。あいつも喜ぶと壺を服の中から出すと、善法寺先生は涙を一筋流し、それにむかい、手を合わせた。

「それにしても崇徳院、不破、教えてくれてもよかったじゃないか!」
「いやいや、私もさっき知ったんですよ。雷蔵が秘密にしてて」
「だって右京先輩が驚かせようって言うんですもの」

「まぁいいじゃないか。いつかはバレる話なのだから!さぁ行こう!」

道中おはようございます!と私たちを追い抜かす生徒たちも、右京先輩のお姿を見て笑顔を消した。新しい先生だと判断したのか、深く頭を下げておはようございます!と言った。…はたして新しい先生と判断したからか、はたまたなんともいえぬ威圧があったからか…。

グラウンドに到着するともう生徒たちは全員集合済みで、残りは私たちと少数の先生方だけだった。

「不破先輩、崇徳院先輩、善法寺先輩、今年も何卒宜しくお願い致します。えぇと、そちらは…」
「うん、よろしくね。あ、孫兵、こちらあの話に出てくる崇徳院右京先輩、ご本人だよ」
「……え…!?ご、ご本人様ですか…!?」

「おいこの美人は誰だ初めまして俺と一晩いかがですか」

「え、ちょ、右京先輩こいつ男です」
「何!?冗談だろう!?この世はどうかしてる!」

「ぼ、僕先輩方から、右京さんの話を聞いて、その、だ、大ファンで…!あ、えっと、全学年虫遁の授業担任の、い、伊賀崎孫兵と申します…!こちらは僕の恋人の、ジュンコといいます!」
「よろしく孫兵。おぉ、彼氏が彼氏なら彼女も彼女だな。これはなんと美しい蛇か!よろしくなジュンコ!」

卒業と同時に次の年から学園の教師として、孫兵が学園に残った。そしてクラスなどは持たず、全学年に虫遁を教えているのだ。今この学園に虫遁を得意とする先生は御らず、お前だけが頼りだと学園長先生に頭を下げられたのだという。特に就職を決めていなかった孫兵は二つ返事で承諾をし、今は立派なこの学園の教師だ。孫兵もまた、右京先輩の話を聞いてファンと名乗る者の一人である。あとで飼っている生物を紹介させてくださいと、右京先輩はまた別の用事を約束した。六学年にはあの二人が喋ったからかもう右京先輩がいらっしゃっているということは伝わっているらしく、尊敬と驚きのまなざしで右京先輩を見つめていた。当の本人は未だに男をナンパしてしまったことに心を痛めているご様子だったが、三味線を担ぎ直して先生方が並ぶ列に立った。

「おはよう生徒諸君!さてこれより新学期が始まるわけじゃが、その前に新しい先生をご紹介しよう!此の学園を八年前に卒業した崇徳院右京先生じゃ!」

学園長先生の紹介に、生徒はざわついた。それはそうだ。語り継がれてきたその名前が、今壇上で呼ばれたのだから。姿を見ればすぐわかる。三味線を背負い、傷の増えた顔を見て、在校生たちはざわつく口を閉じた。


「ご紹介に預かった、崇徳院右京だ。今年から宜しく頼む。なんだか俺たちの世代の名前が無駄に大きい話としてこの学園に語り継がれているようだが…残念ながら俺は至って普通の忍だ。お前らの想像するようなカッコいい忍とは違う。悩む後輩を正しい道に導いてやることも、病に苦しんだ友を救うこともできない無能な男だ。幻滅してしまうかもしれないが、これが崇徳院右京だ。俺にできるのは忍の技を教え、三味線を弾き、血を浴びること。ただそれだけだ。だがこの世の厳しさというものを教えてやることはできる。立派なプロの忍を夢見るお前たちを少しでも強くすることができる。人にもの教えるというのが何年ぶりか、少々不安なところはあるが、全力でお前たちを育て、守り、そして巣立たせたい。俺にできることがあったら何でも言ってくれ。これから何卒、宜しく頼む」


壇上に上がり挨拶を終え、右京先輩は深々と頭を下げた。その言葉に心を動かされたものはいくらいるだろうか。平気で出てきた血を浴びるという言葉。久しぶりに背筋が凍った。そうだ、右京先輩は旅芸人とし旅をしてきてはいたが、夜では忍として活動していた時もあるとおっしゃられていた。最近も血を浴びるようなことがあったのだろうか。しかし恐れるべきではない。我々が生徒だった時は、こういう存在を目指していたのだから。

第六学年が拍手をすると、次いでその他の学年も大きく手を叩いた。

「崇徳院右京先生には、くのいち教室にて芸と実技を教える為、くのいち教室の下級生を担当してもらう!」
「うぃっす」

そうかそうか、右京先輩はくのいちの担t


「えっ!?!?!??!」
「なんだ三郎、聞いてなかったのか?」
「なんだって!!あなた男でしょう!?」

「三味線弾けるくのいちの先生が欲しいと学園長先生が仰られてな。くのいちは代々十二を迎えるまでは実技よりも芸や花などの見習い事を教わるが多い。だから俺は長屋は忍たま長屋に。そして日中はくのいち長屋で過ごすことになったんだよ。あれ?これ雷蔵に言ってなかったか?」

「聞いてませんけど!?」
「が、学園長先生!いいんですか!?」
「くのいち教室に男の教師をつかせるなんて!」

「いいんじゃ!学園長決定じゃ!」

その他の先生方も聞いていなかったらしく、学園長先生に講義をしていたが、シナ先生だけは「よろしくね」と右京先輩と握手を交わしていた。相変わらず年齢解んないですねと右京先輩が言うと、シナ先生は嬉しそうに笑うのであった。くのいちたちは男の先生が来るという事が初めてできゃいきゃいと楽しそうに黄色い声を出していたが、忍たまたちは納得がいかないと言った様子だった。それはそうだ。伝説と謳われた御人に教われると思ったのに、その人はくのいちにいってしまうのだから。

「この歳で若い女に囲まれる生活が送れるって最高だな三郎」
「あ、あなたねぇ…こんな大事な事を…」
「聞かれねば答えられぬしな。まぁ、授業がない日や放課後はこっちで過ごすんだ。それでいいじゃないか」
「まぁ…そうですけど……」

正直私も残念だ。くのいち長屋は許可がなければ男子禁制の砦。右京先輩の授業を見られると内心ワクワクしていたのに、くのいち長屋にいかれるとなるとそうも簡単にはお目にかかれないのだから。



「ま、これから先宜しくってことだ!」



そうだ。右京先輩は、こういう御人だった。

「…適当に生きるのが、丁度いいんですもんね」
「おぉ!よく覚えてたな!」

「そうですね。少なくとも夜はお逢いできますもんね」
「また茶を飲み団子を食おう。虎の羊羹の作り方は頭に叩き込んできたんだ!お前にも教えてやる」
「それはありがたいです!」


またあの時の様な時間を過ごしましょう。

そして、穴の開いた日々を埋めるために、沢山お話をしましょう。





「よろしくな、崇徳院三郎先生!」

「こちらこそ、崇徳院右京先生!」





虎之助先輩。今日は今までにない程に、とても良い日です。


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