適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「良い日だな」  




「以上、第六学年、卒業を認める」


良く見ると、桜はもうつぼみを付けていた。


「おっ!三郎!勘右衛門!」

「あ"ぁぁ"あ…!右京、せんぱいっ…!」
「おいおいそんな不細工に泣くな勘右衛門、俺たちの別れはもう委員会の引き継ぎで終えただろう?」

「だって…っ!だって…!!」
「雷蔵の顔がぐしゃぐしゃだぞ情けねぇな揃いも揃って!男なら男の門出は笑顔で見送れ!」

まるで今日が永遠の別れなのかのように感じた。卒業式なんか終わらなければいいとさえ思っていた。このまま時が止まってくれたらどれほど嬉しいだろうと、何度も何度も思った。隣に座っていた勘右衛門が私の手を握ってぼろぼろと泣き始めたのを見て、連られて私も、それをみた雷蔵、八左ヱ門、兵助も、順に涙を流し始めた。たった一年とはいえ、今の最上級生の先輩たとはとても親しくなれた気がしていた。それは真の兄のようで、真の家族の様な感覚。いつまでも同じ屋根の下、ずっと共に過ごせるものだと思ったいた。だけどやはり、訪れた「卒業」という言葉。これは家族には決して訪れない言葉。やはり我々は他人同士。家族ならいつだって逢える。だが、他人は別。あの門をくぐれば、二度と逢えないこともある。こんな時代のこんな世の中だ。いつ命を落とすかもわからない。それが解らないほど、一年生だって馬鹿じゃない。今涙を流している在校生は、別れが寂しくて泣いている者もいれば、命を心配し涙をこぼしている者もいるだろう。武闘派と言われていた先輩方の後輩は絶対に死なないでくださいと言う。知略派と言われていた先輩方の後輩はいつか必ず戻ってきてくださいと言う。誰も、愛する先輩の命をどうでもいいと思う者などいない。

それは、私達学級委員だってそうだ。

「右京先輩!ご卒業っ…!ま、ごとに…!」
「うおおお雷蔵鼻水なんとかしろ!」

「右京せんぱいいい」
「鷹の世話頑張れよ八左ヱ門!お前ならできる!」

「餞別の…っ!高野豆腐です…!」
「兵助…お前最後の最後までブレないなぁ…」

泣くなと私たちの頭を撫でまわす右京先輩の目には涙は見えない。それもそのはず。私たちは昨日、別れの時だと虎之助先輩も含め四人で酒を飲み杯を交わした。いつか必ず、お前らがデカくなったらまた酒を飲もうと約束を交わし、一気に飲み干した。私はよく親の付き合いで口にしていたこともあったから慣れてはいたが、勘右衛門はまじぃと顔を顰めていた。その時だ。右京先輩が、大粒の涙をぼろりと落として、私と勘右衛門を抱きしめ、今まで聞いたことのない泣き声で、別れを惜しむ言葉を送ってくださった。

卒業なんてしたくない。寂しい。離れたくない。お前らを置いていきたくない。忘れないでくれ。いつか必ず、また逢おう。

右京先輩は私たちが欲しかった言葉を、一気に全てくださった。我慢できなくて、私も泣いた。勘右衛門も泣いた。虎之助先輩も、静かに涙を流した。あんな先輩、一度も見たことがなくて驚いた。だけど、それと同時に、初めて右京先輩の涙を見れたという、……不謹慎かもしれないけど、嬉しいという気持ちもあった。最後の最後まで、右京先輩は、私たちの事を愛し続けてくださった。それがとても、嬉しかった。

「…右京先輩、虎之助先輩は…」
「あぁ、虎はな」

「崇徳院先輩、ご卒業真におめでとうございまする」
「おぅ梶ヶ島。ありがとう」

「…それと、申し訳ありませぬ…。このような大事な日に、虎が部屋から出てこないのです…。どうか、許してやってください。やれ、あ奴も崇徳院先輩との別れが寂しいのでございましょう…」

「いい、気にするな。梶ヶ島、学園の後の事は任せたぞ」
「承知致しました。おまかせください。崇徳院先輩の道に御加護がありますよう」
「ありがとう」

深く深くお辞儀をして、梶ヶ島先輩は行ってしまわれた。梶ヶ島先輩の言葉を聞いて、私は全て悟った。恐らく虎之助先輩は、一番仲の良かった梶ヶ島先輩にも真実を告げず、此の学園を出ていかれたのだろう。おそらく部屋はもう既に蛻の殻。此の学園内に、もう虎之助先輩のお姿はないのだろう。

「町で俺を待ってるはずさ。勘右衛門、三郎、明日になったら梶ヶ島に全て話してやってくれないか?」
「解りました…」

「…右京先輩は、これからどうなさるので…?」

「さぁて、どうしようかね。俺は今まで見ていた世界が狭すぎた。とりあえずお遍路と洒落こむかな。なに、心配することないさ。横に相棒、手には三味線。影で生き、陽で遊ぶ者にこれ以外には何もいらねぇよ。其れが終われば北へ南へ。風の吹くまま気の向くまま、日ノ本ぐるりと回りまわって、いつかこの地に帰って来たいな。それまで、お前らは立派な忍者になるために勉強を怠るな。いつか俺と敵同士になったら、全力でかかってこい。手を抜くことは許さない。それまで、必死で生きろよ」


「…っ、はい!頑張ります!」
「俺ももっと勉強、頑張ります!」

「よーし良い子だ!さすが俺の後輩だ!」


「右京、そろそろ出るか」
「おう慎次郎、そうするか」

頭をぐしゃぐしゃにされるのもこれが最後。そう思うとまた涙があふれ出しそうになった。だけど、ダメだ。笑って送り出せと、右京先輩が仰ったのだから。



「さぁさ皆様お耳を拝借!別れの挨拶も程々にせねば後が辛くなるだけに御座りますれば!深く息吸いこの地を想い、今ここ時を持って巣立ちといたそうではありませんか!」



ベン!と大きくかきならされた、三味線の音。この音を聞くのも最後。皆が愛した音に耳を傾け、別れの時を終えた。


「最後に景気よく一本締めようではありませんか!さぁさ皆様お手を拝借!」


響く音色。一歩踏み出した水明先輩が腕を開き、よぉーっ!と声を張ると、その場にいた全員が、大きく手を打ち鳴らした。それを合図に、忍術学園の大門が大きく大きく開いた。拍手と歓声に包まれて、最上級生たちは門をくぐり、卵から雛へと孵って行った。三味線の音に連れられ、卵が、割れる。割れる。孵る。孵る。孵る。




「右京先輩!!どうか、どうかお元気で!!」




高く上がった拳は、私たちに強く生きろと言っていた。

三味線の音は、春風によってかき消されていってしまった。
































「それで、その後その右京先輩という御方とはお逢いしていないんですか?」
「逢うこともなければ便りもないさ。今何処で何をしているのかも解らないからな」
「三郎先輩は、探そうと思わなかったのですか?」
「思わない。庄ちゃんはこの話を聞いて、右京先輩がそう簡単に死ぬような人だと思うかい?探さなかったよ。あの御方が死ぬわけないからな。だけどいつか必ず逢える。そう思ってるからね」

「尾浜先輩も探さなかったんですか?」
「彦にゃんはそう思う?いや、俺は何度か探したんだ。山を越え谷を越え、人に聞いて、城を尋ねて。だけど情報は一つも転がっていなかった。このあたりにはいないんだと、四年の頭ぐらいかな。とうとう諦めて探すことはやめたよ。だけどまだ諦めてはいないよ?いつか必ず逢えると信じてるからね」

縁側に腰掛けぶらりぶらりと足を揺らした。膝に乗る二年生は団子を頬張りながらも、真剣に私たちの昔話に耳を傾けていた。

「丁度あの時と同じだな。後輩二人を置いて、先輩二人が先に巣立つ。なんだかあの時の右京先輩のお気持ちが少し解るような気がするよ」

明日、私たちは此処を旅立つ。明日。もう、別れは目の前。

「あれから、もう五年たったのかぁ…」

勘右衛門が空を仰いで縁側に寝転んだ。時が経つのは早いものだ。あの日々から、もう五年がたった。私たちはもう立派な最上級生。そして、明日の卒業式で、私たちは学園を卒業する。あの時の右京先輩方と同じように、卒業式の全室である今日、庄ちゃんと彦四郎との引き継ぎ及び別れを済ませた。泣いた。それはもうぼろぼろに泣いた。面を着けてなければ目元が真っ赤だと笑われるであろうというほどには泣いた。そして、庄ちゃんと彦四郎は、泣かなかった…。此処まで来ると冷静というかなんというか……。

「早いな。今日で最後の学園生活か」
「そうだな、そう思うとまた悲しくなるな」

「もう収拾つかないんで泣かないでください」
「冷静ねっ!」

その後、二人を私と勘右衛門の部屋に招待し、欲しいと言ったものを全て譲り渡した。使い古した筆やら忍たまの友やら。そんなもの何処から出てきたんだと思わず問うてしまった短刀など。気に入ったものがあれば全て持っていけとはいったものの、さすがに其処まで減るわけではなかった。荷物を持たせ二人を部屋に帰らせた後、私は改めて部屋の整理をした。こうしてみると、本当に私の荷物は

「少ないね」
「雷蔵」

「君のスペースは本当に物が少ないよ。必要最低限の物しかないんだもの。それはもう荷物をまとめるのが楽だろう」
「まぁね。雷蔵ももうすっかり綺麗じゃないか」
「い組の部屋の前でたき火してたから。全て燃やしてきたよ」
「そうか、私も後で行こう。……それより、雷蔵」
「なぁに?」


「…君が選んだ道は、本当に私と共に居ることで良かったのかい?」


「…君は、外の世界を見るために"鉢屋"を捨てた。僕も、この世をもっともっと見て回りたかった。卒業しても、同室と、友と一緒にいられる。これ以上幸せな事があるかい?」

私は、"鉢屋"を捨てた。それは決して荷が重くて嫌になったからではない。あの人の様に、右京先輩の様に、もっともっと自由に行きたいと思ったからだ。戦闘集団の頭として生きていくことなんて、今の私にはできない。できっこない。友を知った。家族を知った。そしてなにより、一番必要がないと思っていた心という存在を知った。今の私に人を大量に無慈悲に殺めることなんて、絶対にできない。私が鉢屋を背負う事、それは右京先輩や、虎之助先輩の教えに背くことだと私は思った。崇徳院右京、扇虎之助、偉大な先輩二人の下にいたという事実に泥を塗るような生き方はできない。私はそれを、雷蔵に相談した。此の六年間で、一番信頼していた同室に、心の内を全て打ち明けた。しかし、雷蔵から帰って来た答えは意外な方向の言葉で、

『それならいっそのこと、僕と二人で日ノ本を旅するっていうのはどう?』

という言葉だった。雷蔵は元々、影で忍として生きていきながらも、この世をもっと見て回りたいという話をしていた。それに、雷蔵が就活をしていないことは知っていた。雷蔵は本の世界に引き込まれたということもあり、何年か外の世を見てこの学園に教師として戻りたいと言った。学園長先生にも相談した結果、出した道がそれだったのだ。だったらいっそ、"鉢屋"という戻るべき家を捨てた私も共にいたら、もっと楽しいのではないかと考えたらしい。父から縁を切るという手紙を送ったという話をした時、それを思いついたらしい。父からの返事は「親不孝者の大馬鹿息子」ということだけ。そして、書かれていた鉢屋三郎という名の上に血判。私は、鉢屋一族から亡き者となった。こうして、肩の荷は、思って以上に簡単に降りた。

適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良い。あの人が、そう教えてくれたから、私は一歩踏み出せる事ができた。

「僕はこれからの人生がどうなるのか楽しみだよ。世界を見て、いつか必ず此処へ戻ってくる約束もした。崇徳院三郎、君が隣にいるなら、きっと楽しい人生が送れるさ!」
「……そうだな、ありがとう雷蔵」

「その言葉は明日、あの大門をくぐったらもう一度聞きたい!そして、僕からも言わせてほしい!」
「うん、そうだな」

荷物をまとめ、全て火に投げ入れた。私と雷蔵の部屋は、布団しかない空っぽの状態になってしまった。最後の食事を終え、食堂のおばちゃんへ今までの感謝をこめて、六年全員でおばちゃんに新しい割烹着、新しい包丁、土鍋、まな板、皿などを贈った。泣いて喜んでくれて、私たちも大満足だった。最後の風呂に入り、後輩たちと戯れ、そして、最後の眠りについた。

桜のつぼみはまだ開かず、だけど風はあたたかく頬を滑った。卒業式を終えた後の大門の近くは、後輩と先生方であふれかえっていた。担任に花を贈り、感謝の言葉を述べていると、腰に抱き着いてきたのは昨日涙を流さなかった後輩が一人。もう一人は大声を上げて泣いて、勘右衛門に抱きかかえられていた。

「せん、ぱいっ…!」
「庄ちゃんありがとう、こんな私のために涙を流してくれて」
「い、かないで…くださっ…!」
「…いつか必ず帰ってくる。また二人の前に戻ってくる。それまで、お前らは立派な忍者になるために勉強を怠るんじゃないぞ。例えいつか私と敵同士になっても、全力でかかってこい。手を抜くことは許さない。それまで、必死で生きろよ」

「はい…っ!はい!」

「三郎先輩っ!!」
「彦四郎もそんなに泣くな。私たちの別れはもう昨日済ませただろう?」

彦四郎につられて、勘右衛門も少し泣きそうになっていた。情けない。もう後輩前で、涙は流さない。だってまたいつか、此処に帰ってくるのだから。必ず戻ってくると、約束したのだから。


「じゃぁな三郎、元気でな」
「あぁ、勘右衛門、また酒を飲もう」

「絶対に死ぬなよ。またいつか必ず逢おう」
「あぁ。八左ヱ門もせいぜい狼に食われるなよ」

「ほら、餞別の高野豆腐なのだ。持ってけ」
「お前本当に六年間ブレなかったな」


それぞれ固く握手を交わして、大門の前に移動した。開く門。これをくぐれば、私たちは卵から雛へ孵れる。長いようで、短い六年間だった。思い返すと、まさにこの言葉がぴったりだ。


「じゃ、行こうか三郎」
「あぁ、これからも頼むよ雷蔵。心から、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう三郎!」


門から一歩踏み出した時、大勢の後輩の声の中から聞こえてきた愛しき委員会の後輩の声。



「「三郎先輩!尾浜先輩!どうか、どうかお元気で!!」」



その言葉に、目から大粒の涙が溢れた。あの時も、右京先輩は泣いてくださったのだろうか。大きく拳を上げた向こうで、涙を流してくださっていただろうか。私は涙を流していることを悟られたくなくて、高く、高く、拳を突き上げた。前を歩いていた勘右衛門も、振り返ることなく拳を上げた。きっと泣いているであろう。道は分かれた。誰も振り返ることなく、足を止めることなく、それぞれの道を歩き始めたのだった。



さようなら。そしてまた必ず逢おう。我が人生の最高の友達。



「やぁ、これでやっと私達も自由だ!」
「そうだね!ついに僕らも卒業だね!」

「まず最初は何処へ行く?」
「さぁてね、時間は死ぬほどたくさんある。とりあえず町で最後の団子でも食べようか?」
「よしのった!」

まず二人で行く最初の行き先は学園から程近い町のお気に入りの団子屋だった。この町ともしばらくお別れか。というわけで、お世話になった店の人にこの地を旅立つと言うことを伝えようかということになった。本屋、着物屋、染物屋、この地には、思い出が詰まりすぎている。

「おじさん!餡子二本ください!」
「おう、雷蔵と三郎か。ちょっと待ってろ」

























「おうじじい。俺もみたらし二本寄越せ。こいつらの分はまとめて俺が払う」







「……………そんな……」
「…………………右京、せん、」

「よぉ三郎、雷蔵、こんなところへ散歩か?………なんてな!久しいな愛しの化け狐達!相も変わらず同じ顔しやがって!」

団子を注文する私達の後ろからぬぅと伸びた手は、私達の分の金も支払っていた。聞き覚えのある声。聞き覚えのある台詞。まさか、そんな、と思いながらおそるおそる後ろを振り向くと、其処に立っていたのは、右京先輩だった。見間違えることもない。この人は、右京先輩。私が、憧れ、尊敬し続けた、偉大な先輩。

「右京先輩、なのですか…!?ほ、本物なのですか!?」
「ううん?こっちが雷蔵でお前が三郎だな!?俺の耳もまだなまってねぇな!」

「わ、凄い!正解ですよ!」
「だははは!そうだろうそうだろう!やっぱり声は覚えているもんだなぁ!」

「なんだ右京、何年も姿見せねぇとおもったから死んだかと思ったよ」
「んだと口数の減らねぇくそじじいめ。てめぇこそ未だ迎えはこねえのかよ」

私達のことを一旦おいておいて、右京先輩は店主の主人と口喧嘩を始めた。そう、あの時も右京先輩と店主は憎まれ口を叩きあっていた。あぁ、なんて懐かしい光景。右京先輩だ。本物の、本物の右京先輩だ。

右京先輩は団子を受け取ると店先の椅子に腰かけ、相も変わらず背負っていた三味線を横に置いた。そのお姿は、昔と何一つとして変わっていない。少し髭が伸びた。髪が短くなった。でも、どこからどうみても、右京先輩だ。話したいことが山ほどあるのに。何から話せばいいのだろう。

「……ねぇ三郎、僕、先にお得意先の本屋さんに挨拶に行ってくるから、右京先輩とお話してていいよ」
「えっ!」
「お団子は戻ってきたら食べるよ!じゃ!」

雷蔵はそういうと、右京先輩と軽く話をして店から出て行ってしまった。後ろから主人に団子が乗った皿を渡されて、私は、右京先輩に近づいた。

「……と、隣に座っても…?」
「だははは!なに緊張してんだお前!座れ座れ!前はそんな確認取らずに座ってきたくせに!」

「……本当に、なんと、申せばいいのか…!こんな嬉しい日がこようとは…!」
「な?だから言ったろ?必ず帰ってくると!卒業おめでとう三郎!」
「ありがとうございます!」

右京先輩は、知り合いの忍者の情報を頼りに、今日が忍術学園の卒様式だという情報を掴んでいたらしく、急ぎこの地へ戻ってきたのだという。残念ながら式には間に合わなかったが、お前の顔がみれて良かったと、また頭をぼさぼさにされてしまった。勘右衛門に逢えなかったのが残念だと寂しそうな顔をしていたが、進路の話をすると、嬉しそうに耳を傾けていた。

「そういえば、虎之助先輩はお元気ですか?ご一緒に戻られているので?」
「あぁ、虎か。そうだ、お前に言いたかったんだ。虎は死んだ。二年前に、流行の病にかかってな」
「っ!…そう、ですか」

「最期の最期まで、三郎と勘右衛門を心配していたよ。あいつは海が好きだったから、一望できるところに埋めてきた。今はこれしかない」

懐の中から取り出した小さい壺は骨壺だといった。虎之助先輩は右京先輩の右腕だったからか、中身は右手の骨だけだと寂しそうにそれを撫でた。

「虎もお前らの卒業式に出席したがっていたんだ。間に合わなくて申し訳なかったが、お前にこうして逢えただけでもよかったよ」
「わざわざ、ありがとうございます」
「気にするな。ところで、お前は進路どうなったんだ?」

「……私は"鉢屋"を、捨てました。これから雷蔵と旅芸人をしながら世を見て回るたびに出ます。そしていつか、学園に教師として戻ります」

「………そうか。うん、まぁ、そんな気はしてたよ。お前ならやりかねんとは思っていたが。そうか、うん。お前はその道を選んだんだな」
「はい。……そして、私の名は崇徳院です。崇徳院三郎と、名乗らせていただき、そしてその名で、あの学園を卒業しました」

「!」

崇徳院三郎。それは、私が一年だった時、この店先で右京先輩が語った私の偽りの名。弟と身分を偽り、そして私はその名で芸を披露した。それがとても印象に残っていた。父からの手紙に鉢屋から存在を抹消したというような意味の文面を読み取った。だったらもう名乗る必要もない。抜け忍として追うこともないともあった。ならばいっそ、名を変えようと、私は己の氏を捨てたのだった。荷を捨てた。ならば新しい物を背負おう。あの方の後輩という事実に恥じぬ生き方をしたいと心に決め鉢屋を捨てた。ならばいっそと、私は、崇徳院を名乗った。

「勝手な真似をして申し訳ありません。ですが…」

「っ、はっはっはっはっ!!崇徳院か!!なるほどな!考えたじゃないか!そうかそうか!俺と同じ氏か!俺は国も民も背負わないただの崇徳院だ!それを名乗るのに許可なんかいらねぇよ!これで真の弟じゃないか!あの時とは違う繋がりが出来たな三郎よ!崇徳院を名乗ったからには無様な生きざまを晒すなよ!なんてったって俺もそれを背負っているのだからな!」

「!…はい、ありがとうございます!」

そして私たちは、逢えなかった時を取り戻すかのようにたくさんの話をした。雷蔵と私の進路の話。八左ヱ門と兵助と勘右衛門の話。そしてなにより、先輩方が卒業してからの学園の話。智の学級と武の用具がいなくなってから、学園は何度か奇襲にあっていた話もだ。幸いにも水明先輩は忍術学園と仲のいい城に就職したためその後も良く助けに来てくれていたし、梶ヶ島先輩も水明先輩を追いめきめきと力と名声をつけていった。梶ヶ島先輩に勘右衛門と一緒に虎之助先輩の全てを、卒業式の次の日にお話した。話を聞いて虎之助先輩の部屋の戸を蹴破り入ると、部屋の中は案の定空。戸を押さえていたのは扇先輩のクナイ。クナイには一言、「ありがとう」と書かれた紙が括り付けてあった。虎之助先輩の身の話や、出ていかれた理由の話をすべてすると、梶ヶ島先輩はクナイを懐にしまい、涙をぬぐい、学園は私が守ると力強く言い、私たちの頭を撫でた。梶ヶ島先輩も水明先輩も、虎之助先輩の話は一寸も知らなかったらしく衝撃を受けていた。水明先輩に至っては、右京先輩の身の上の話を一切知らなかったと言うから驚いた。右京先輩は近くの町の染物屋の一人息子だという話を聞いていたらしい。元一国一城の主だと伝えると、水明先輩は泡を吹いて倒れた。

「いつかそのツラぶん殴ってやる。確かに、今伝言をしましたからね」
「おぉ、くわばわくわばら。あいつに逢わずに此処を去ろう」

「そういえば勘右衛門から聞きました。虎之助先輩は、右京先輩と同い歳だったらしいですよ」
「………は!?」
「これを言えばもっと友になれと迫られるだろうと、秘密にしていたみたいです」
「そ!…なんっ、……!…はぁ、…こいつ…死んでからも俺を困らせやがって…」

「あはは。………それで、右京先輩は、これからどうされるので?」
「虎之助は東の都に行きたいと行っていた。三味線を奏でながら、連れて行ってやるさ。そういえば、お前と雷蔵も旅芸人だと言っていたな?」
「えぇ、私はこの変装の技もありますし、雷蔵は図書委員だったこともあって口上が上手いですし、笛もできるんですよ。だから名付けて、旅芸人"狐座"」
「ほう!そいつは知らなかった!これは嫌な商売の敵ができたもんだ!"狐座"には気を付けなければな!」

いや、この人が背負う三味線には、いつになっても敵わないのだろう。




「……それじゃぁ三郎、この町で、"狐座"の旗揚げといこうか?」


「…えっ!」




「三郎!戻ったよ!店主さんが餞別にって僕と三郎のお気に入りの本をくれて…」


「雷蔵!笛を構えろ!」
「えっ!?右京先輩!?」

「"狐座"の旗揚げだ雷蔵!ここで大きく名を叫ぼう!」
「…!なるほどね!よしきた!」



雷蔵は持って勝って来た本を荷の上に投げ置き、懐に手を入れ笛を取り出した。団子は後々。これが終われば、もっと美味い味に感じるはずだ!

背からぐるりと回し構えた三味線は、ベベン!と大きく街に響いた。



「東西東西!さァさ皆様お立合い!御用とお急ぎでない方はゆっくりと聞いて見ておいで!笑いたい者は寄っといで!泣きたい者も聞いていけ!此れを見んぞと申すものなら今宵は飯が不味くなる!此れを聞かぬと申すものなら今宵は酒が不味くなる!」

「我ら名を旅芸人"狐座"と申す二人組に御座りますれば!この場を借りて旗揚げさせていただきたく笛構え声を響かせておる次第にござりまする!」

「愛しき千面化け狐、名を崇徳院三郎!それを操り笛の音鳴らすは名を不破雷蔵!此れより天下に名を轟かせる旅芸人に御座います!」

「さァさァ皆さんお立合い!此れよりお目にかかりますは千番に一番の兼ね合い!皆々様の顔に、この三郎、見事化けて見せましょうぞ!」



町の人間は足を止め、目を向け、そして耳を傾けた。

この感じを覚えている。あの時と同じ。五年前のあの日と同じだ。

戻ってきている。私は、五年前のあの日々に、戻ってきている。


隣には、心から信用した友がいる。

そしてその横には、敬愛し続けた先輩がいる。


なんて幸せで、なんて満ち足りた世界に生きているのだろう。



私は今、誰よりも幸せな道を歩めている気がする。














「良い日だな、虎よ!」













右京先輩のその言葉に、

空が、笑ったような気がした。







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