適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「お前は立派なヤツだよ」  




「失礼いたします。鉢屋三郎です」
「おう、入れ」

聞えた声に顔を上げ、部屋の扉を横へ開いた。中にいたのは背を向け机に向かう右京先輩のお姿。部屋の中を見回してみても、同室の先輩がいらっしゃらない。

「あいつは今夜女を買いに行ったよ。安心して入って来い。今夜は俺とお前だけだ」
「は、はい、失礼します」

さらりさらりと聞こえる音はおそらく、紙に筆を走らせる音だろう。何かを書き記しているのだろうか。右京先輩に言われたとおり部屋にの中に入り扉を閉めた。月明かりさえ入らない部屋の中は右京先輩の横で燃えている蝋の光以外の明るさはない。ふと、右京先輩の背中から視線を落としてみると、私の身体と右京先輩の背の間に私の面が置いてあった。ここ最近手にしてなかった、右京先輩に奪われた狐の面。そうだ、私はあの勝負に負けたから…。

「それを返すよ三郎。悪かったな。無駄な遊びに付き合わせて」
「い、いえ。ありがとうございます」

「さて、と。終わった終わった」

巻物を丸め机の中に終い、右京先輩はようやくこちらを向いてくださった。手は少々黒ずんでいて、やはり何かを書いていたのだと見える。宿題でもやっておられたのだろうか。右京先輩は一度立ち上がり横に置いてあった蝋の台を持ち、私と右京先輩の間に置いた。やっと部屋中が明るくなったような気がするし、右京先輩のお顔もよく見える。

「ははは、今日も不破の顔だな。不破の顔は気に入ったか?」
「…雷蔵の顔は変装しやすいだけです」
「そうか。俺にはそれが、友と認めた証拠に見える。現にそうして、名で呼ぶようなヤツがいるわけだしな」

「……右京先輩のおかげです」
「うん?」


「右京先輩のおかげで、私は友という存在を得ることができました。無駄な遊びとおっしゃいましたが、右京先輩があぁでもしてくださらなければ、………私は、今でも独りぼっちだったと思います」


「そうか。お前のためになっているのなら、やってよかったと思えるよ」

友という存在を得て、私の生活は随分変わった。朝起きて挨拶するヤツがいるというだけで、ずいぶん違う。今日の朝ごはんの話とか、これからの授業の話とか、くだらないし興味ないしどうでもいいと思っていたけれど、そのどうでもいい事を一緒にする仲間がいると言うだけで、一日の時間がとても短く感じるほどに充実していっていた。授業が終われば委員会か宿題に向かうばかりだったのに。委員会があれば勘右衛門と行動を共にするし、宿題なんて後回しで遊ぶなんて、考えたこともなかった。まず宿題を終わらせてからと言って真面目すぎると言われたときは驚いたもんだ。だったら宿題せずになにして放課後を過ごすと問えば、一緒に遊ぼうだなんて。確かに、友がいなければ放課後を遊んですごすなんてことできるわけがないのだから。そしてさっき右京先輩が言うとおり、名で呼べる友達ができたことが、なによりも嬉しかった。右京先輩や虎之助先輩に名で呼んでもらった時はとても嬉しかったのを覚えてる。『鉢屋』という存在を見ているわけじゃなく、『鉢屋三郎』という私自身を見てくれているのだと、心からそう感じるからだ。まだ八左ヱ門は慣れないせいかたまに『鉢屋』と呼ぶ時もあるが、すぐに訂正して『三郎』と呼んでくれる。それが、とても嬉しかった。

「クラスの方はどうだ?」
「…と、友達が増えました」
「そうかそうか。それは何よりだ。毎日が楽しいだろう」
「はい、とても」
「素直でよろしい。お前は出だしが遅かった。これからもっともっと楽しい日々が待ってるぞ。心してかかれよ」

授業中も、食事の時も、放課後も、友達と一緒。確かに、楽しいことだらけだ。今まで部下はいたけど友はいなかった。同じ立場に誰かがいるというのがこんなに新鮮で楽しい物なのかと知るのを、入学してから随分と時間がたってしまった。これから取り戻せますかと問えば、お前次第だと、右京先輩は笑ってくださった。


「さて、おしゃべりはこの辺にして。お前に話さなくてはならないことがある」
「私も、お聞きしたいことがあります」

「そうか。じゃぁお前から聞こう」
「…はい」

あの事件以来、ずっと気になっていた事があった。ずっと問いたかったこと。

それは、





「右京先輩と虎之助先輩は、一体どのような御関係なのでしょうか」




お二人の御関係について。

「どうして、それを聞きたかった?」
「虎之助先輩はあの夜、右京先輩を襲った鉢屋衆一派の者に、右京先輩の事を『我が主』と言ったのを聞きました。あれは、委員会委員長ということでですか?それとも、別の意味でしょうか」

あるじ。それは集団の長を表す言葉である。委員会の委員長という意味なのか、それとも、一国一城の主という意味なのか。

「……うん、さすが三郎だ。お前の勘は鋭いな」
「っ!じゃ、じゃぁ、」





「…俺は、三代目崇徳院家次期頭首。崇徳院右京である」





胡坐をかいたまま背筋を伸ばし、膝を一度叩いては、右京先輩は、いつもの凛とした声でそう仰られた。


時が、止まった気がした。

右京先輩が、お家の、次期頭首と成る御方…?三代目…?


「崇徳院家…」
「あぁ。まだ小さい国だが、俺は一国一城の主だ」
「……それは、」
「北と東の間に在る国だ。悪いがそれ以上は言えない。鉢屋衆なんぞに攻め入られて守れるような程の大きな力はないからな」

そんなことしませんと言えば、右京先輩は冗談だと小さく笑った。

「俺の話をしてもいいか?」
「はい」
「ありがとう。足を楽にしろ」

でもそう言え割れると、正直なところ、二人の関係に違和感を覚えたのは最初からだった。なんというか、妙だった。ただの委員会の先輩後輩だという関係なのに、虎之助先輩の右京先輩に対する態度は、とても一つ上の先輩に取るような態度ではない。それこそ上下関係がはっきりと解るような接し方だった。先輩と後輩、六年と五年。そうじゃない。言われて改めて解る、上と下という関係。







「俺は、崇徳院家に生まれた長男だ。弟が一人、そして俺。ここからかなり距離はあるが、国を治める一国の主である父の下に生まれた。そして虎之助は、俺の影となるべく俺のところへ来た忍だった」







俺は柄にもなく、ぽつりぽつりと身の上を三郎に話し始めた。

俺は一国の長の元に生まれた。だからこそ、崇徳院という名に恥じぬよう、勉学に励み武術を身に着けていった。遊びとして父から直々に三味線のいろはも教えて持っていた。勉学もさほど苦ではなかったし、趣味の三味線の腕も上達していった。弟もそんな俺の背についてきたし、俺も父の背中をただ追いかけた。母もそんな俺たちを微笑ましく見守ってくれていた。優しい部下たちにも恵まれていた。何一つ不自由のない生活をしていた。

強いて言えば、お前と同じ悩みを抱えていたのが嫌だった。何をやっても『さすが"崇徳院"家の御子息ですな』『右京様さえおられれば、"崇徳院"家は安泰ですな』『右京様は"崇徳院"家の誇りですな!』なんて言われてな。別に俺はこのような身分が嫌だと思ったことはただの一度もないのだが、こういう言われ方をするのが酷く居心地が悪く感じたんだ。あぁ、この部下たちは、『右京』ではなくて『崇徳院』が大事なのだと思ったんだ。『崇徳院右京』じゃなく、『崇徳院』という者が大事なのだと。それなら俺じゃなくてもいいじゃないか。同じ名を持つ弟でもいいんじゃないかと、何度か勉強などがバカバカしくなったときもあったな。次の日にはけろっと忘れてまたいつも通り勉強に励むんだが、言われるたびにちょっと機嫌は斜めになっていってたよ。

「そんなある日、初めて城下町に連れて行ってもらったんだ。齢八つの時だったな」

部下が後ろを歩き、俺は母と弟と手を繋いで、父の横を歩いていた。その時、何か違和感を覚えた。歩きながらあたりを見回し、行きかう群れを見つめていたら、ふと、あることに気が付いた。

「誰も部下をつけていなかった。そしてなにより、俺ぐらいの歳のヤツらは、みんな同じ年頃のヤツらと一緒に行動をしていたんだ」

それが、何故か酷く羨ましかった。部下が付いていない、というのは、国の主の下だからこそなのだろうと思ったけれど、同じ年頃のヤツらと遊んでいるというのが、酷く羨ましく感じたのだ。

「お前も解るだろう。このような身では、歳の近いヤツらと遊ぶ機会なんて、身内以外一切ない」
「えぇ、良く解ります」
「そうだろう。俺はその時初めて、あぁ、あぁいうのが普通なんだなぁと思ったんだ」

城に戻ってすぐ、俺は父にその話をした。『俺も年頃の近い友人が欲しいです』と。父は目を丸くしたが、弟がいるじゃないかと言った。そうじゃない。友が欲しい。そういえば、部下がいるじゃないかと言った。そうじゃない。歳の近い友が欲しい。思えば、俺が初めて我儘を言った瞬間かもしれない。

父はその後ううんと首をひねったが、よし!と膝を叩いて天井裏から忍びを呼んだ。その忍びはすぐに何処かへ消えていき、その日の夜、一人の子供を連れて戻ってきた。小脇に抱えられた子供。


それが、『虎之助』との出会いだった。


『お前、名前は?』
『虎之助と申します』
『氏は?』
『ありません』

『そっか。忍の里の出なんだってな!今度俺にも忍のなんたるかを教えてくれ!』
『それはできません』
『なんで?』
『崇徳院右京様は武人。私は忍。学ぶべきことは違います』
『…そっか』

虎之助は、俺が十の誕生日につけるはずだった忍なのだと父は教えてくれた。忍の里の出の忍者。虎之助は、俺の初めての友に


『じゃぁ虎之助は、今日から俺の友達な』
『それはなりません』
『えっ、なんで?』

『私は忍、あなたは私の主です』

『…だから友にはなれないのか?』
『私はただの草です。生きても死んでも同じこと』

『なっ!なんてこと言うんだお前!その命大事にしろよ!』
『忍とは、そういう生き物です。崇徳院家を背負うあなたと、ただの忍である私は、違う』
『……』


なれなかった。虎之助はそれはそれは頑固な奴だった。友になれと言ってもそれはできないと言う。命令だと言っても、断固としてそれは受け入れなかった。

虎之助は、崇徳院家の崇徳院右京のところへは、二年早く友になりに来たのではなく、二年早く部下になりに来たのだという。あいつはまるで操り人形の様なやつだった。ためしに俺に化けろと言えば俺に化けたし、武術の稽古サボるから俺の身代わりになれと言えば身代わりになった。バレることはなかった。それは背丈が一緒であるあいつの変装が完璧だからということもあったし、一言も父や先生に何も告げ口しなかったからだ。そしていつの間にかあいつは二年もその態度を取り続けた。本来なら今年虎之助と顔を合わせるはずだったのだから、今年こそ、友になりたい。

『虎之助、俺と友になろう』
『何度も申し上げておりますがそれはできません。私とあなたは』

『お前さぁ、本当にそれでいいわけ?』
『…』
『このままじゃそのうち、俺の代わりに死ねって言われるよ?』
『崇徳院右京様の仰せのままに』



『………俺お前のこと本当に嫌いだわ』



『!?』

父の教えだった。命は大事にしろと。戦をするにあたって、背を向けることは恥ずかしいことなどではない。まだ生きたいと言う気持ちは、立派な人間である印だといつも言っていた。

部下のヤツらもそれを心に刻んでいるようであったし、戦場で犬死するようなやつは一人としていないと、以前部下のやつから聞いたことがあった。それは仕える忍も同じこと。影となるも、必ず生きて帰って来いという父の命令に、すべてのヤツらが従っていた。戦場で死んでいった奴には祈りの言葉を。父は命というものを、何よりも大事にしろと、いつも口にしていた。だからこそ、虎之助の心を許せなかった。

『なんでそうやってすぐ命に代えてでもみたいなこと言うんだよ!俺そんな立派なヤツじゃない!』
『…あなたはいずれこの国を背負う者なのです。私の様な忍に………っ!?』





初めて、虎之助に手を挙げたのは、今でもはっきり覚えてる。俺の拳が、虎之助の頬にめり込んでしまったよ。




『忍である前に、お前は"虎之助"っていう立派な人間だろ!誰もお前の命と引き換えにしてまで生きようなんて思ってねえんだよ!!』

『………』




いやぁあれは痛かった。刀を振るうことはあっても拳で何かを殴ったことなどただの一度もなかったからな。咄嗟に動いてしまった。もし刀を持っていたら虎之助の頬を斬っていただろう。命を大事にしろと言っておきながら頬を殴り飛ばすとは、いやはやあれはおかしな行動だったな。気付いたら一筋、涙を流していたんだ。部屋にこもって、誰も寄せ付けないで、ただひたすら虎之助のあの言葉を思ってた。どうしてあんな簡単に命を捨てるような事を言うのだろうか、と。

それで気が付いたんだ。俺は虎之助自身の事を何も知らない、ということを。知っている情報は、"虎之助"という名前、忍の里の出だということ、これしかない。馬鹿なのは俺の方だ。友になろうと言っていたくせに、虎之助の事を知ろうなんて思っていなかった。知っていると思い込んでいた。近くにいたから、何もかも知ってる気でいた。なんで苗字がない?なんで忍をしている?正確な年齢は?得意武器は?何一つ答えられないえではないか。だけどそれは友になれば解ることだろう。じゃぁ友になるにはどうしたらいい。どうすれば虎之助と心通じ合える友という存在になれるのだろう。

そこでふと思い立った。"虎之助"の事を知ることが出来ないのなら、"忍"という存在自体を知ればいい。どのような事を学んでいるのかとか、忍の里とはどんなところなのかとか、どんなことを戦場でするのか、とか。そうだ、調べる方法はいくらでもなる。父に仕える忍とは俺も仲が良い。話を聞ける。書物も恐らくあるはずだ。そうだ、調べればいいじゃないか。気が済むまで、"忍"という存在を知ればいいんだ。


「そして俺は徹底的に調べて行ったんだ。書物や、父に仕える忍に聞いたり。戦場での働きなどは部下の連中に聞けばすぐ解る。いや驚いたよ。忍というの奥深い存在なのだなと改めて感じた。だけどな、そんな話を聞いている中で一つ、気になる話があったんだ」

「気になる話、とは?」
「忍の里以外にも、忍を学べるところがある、という話だ」

「……それって」


「そう、この学び舎。忍術学園という存在だ」


話を聞いた忍の中に、『私は忍の里の出ではありません』と言ったやつがいたのだ。忍というのは忍が育つ秘密の里のような場所でしか育たないものなのだと思っていた。そいつの話には興味がわいて、詳しくその話を聞いたんだ。それはどんなところなのだと。それは忍を志す者が門をくぐる場所でもあるが、行儀見習いで来る者もいれば、ただの親の遊びで入学する者もいるらしい。行儀見習いなどの目的の者は三年でその学び舎を去り、プロの忍者になるためにさらに上を目指す者は、六年その学び舎で勉強をするのだと言った。話を聞かせてくれたそいつは元々代々崇徳院家に仕える一家であり、代々その学園に通っているのだという。そいつの子供も今最高学年で在籍していると語った。

『それは本当に誰でも入学できるのか?』
『勿論でございます。入学金さえ支払えば、誰でもあの門をくぐれます』
『そこで、忍のなんたるかを教えてもらえるのか?』
『左様でございます。学園長は元名高い忍。教師も元戦忍や其処の卒業生。設備も環境も何もかもが整っていて、忍を志す者には最高の環境でござます』


「あとの行動は解るな?」
「……その瞬間入学を決意された、と…」
「ははは、まさにその通りだ」


忍を知りたければ忍になればいい。忍について学べばいい。忍について学べるし武術も学べて勉学もできる。最高じゃないか。それで卒業して家に戻れば、俺は立派に忍のなんたるかを身に着けているわけだから、はれて虎之助と友になれる。念願だった"友"という存在を手に入れることができる。時間はかかるがそう焦らなくていい。城の事は弟に任せて、俺はその学び舎へ足を踏み入れようとした。もちろん最初は父は猛反対だったさ。武士となるものが忍の学び舎で暮らすなど許せるわけがないと。だけど、母は違った。俺のやりたいようにやればいいと言ってくれたのだ。母も理解してくれていたみたいだ。というより、母は悔んでいたようにも見えた。己の子供を"崇徳院"という名に縛り好きなように生きさせてやれなかったことを。友達が欲しいと俺の口から聞いた時、深く心にその言葉が突き刺さったと言っていた。やはり名に囚われていたのかと、苦しい思いをさせてしまっていたのか、と。だったらせめて、やりたいことをやらせてやりたいと、母は父を説得してくれた。弟はいつも通り、『兄上がそうおっしゃるなら!』と応援してくれたさ。父も母の説得にとうとう折れてな、ついに『好きなようにしろ』と俺の背を押してくれた。

「だがこれには一つ課題があったのだ。このことを、虎之助に知られてはいけないと言うことだ」
「え?なんでですか?」

「考えてもみろ三郎。忍である己と武人である俺は違うんですよと言ってた虎之助だぞ。俺が忍になるなんて言ったらどうなると思う?」

「……あぁ…」
「そう、確実に止めに入ると思ったんだ」

だからこの話は虎之助には一切しなかった。話を知っているのは父と母と弟と、忍術学園出身だと言ったあの忍だけ。忍にも口止めをして、俺は着々と入学準備に取り掛かった。何をしているのだと聞かれれば旅行に行く準備だとごまかした。弟も俺に合わせてくれていた。そして入学受付の最終日、俺はその忍に連れられて、荷物と三味線を背に背負い、城を出た。弟には城を任せたぞと言い残し、俺は国を後にした。入学受付のぎりぎりに門をくぐって、入学金を支払い、俺は井桁模様に腕を通した。此処は本当に楽しかった。歳の同じ友が何人もいるし、忍の知識がない者もいれば里の出のものもいる。だけど始まりは皆おんなじ。みんな、友になれたのだ。


「そしてそれから一年後の事。青に身を包んだ俺がみたのは、なんと入学受付の列に並んでいる虎之助の姿だったんだ」

「追ってきたんですか?」
「そうだ。虎之助はどうあってか俺の此処への入学を知り、なんとあいつも此処へ入ってきた」
「ご連絡は?」
「一切取っていない。なんでかあいつは、俺の入学を嗅ぎつけたんだろう」
「えぇっ!」

本当にあの時は驚いた。列に駆け寄る俺を見つけた虎之助は凄い形相で俺を睨み付け列から外れて俺に向かって駆け寄って来たんだ。


『虎之助!何してんだお前こんなところで!!』
『何をしているんだではありません!あなたこそ勝手に城を飛び出して何をされておられるのですか!』
『お、俺は此処で武術を習おうと…』
『嘘を!あなたの事です!どうせ私の事を知ろうとして書物を読み漁り、それでも足りぬと此処へやってきたのでしょう!』
『うっ……』

『武士となるべくあなたが忍の道へ入り腕を究めようというのに、私が何もしないわけがない。私はあなたの影となるべく崇徳院右京様の下へ来ました。あなたが此処にいるのなら、

私も此処へついてくるまでです』

『と、虎之助…』
『ここでは私とあなたは忍と武人の関係ではない。同じ忍であり、主と部下の関係でもなく、先輩と後輩の関係です。言いたいことは、はっきりと言わせていただきます』


『…っ!そうか!それなら、友という存在にもなれるな!?』
『!?』
『同じ忍の卵という立場なのだ!そうだな!?なれるよな!?』


『…………そう、ですね…』


元主であり元部下。そんな俺と虎之助は、先輩と後輩という関係であり、そして、友という関係になれた。あの壁は本当に大きかった。忍の卵という同じ立場になったことで、やっとあいつと友達になれたのだ。本当は六年後のお楽しみだったのだが、随分早く、夢は叶ってしまったようだった。


『なぁ虎之助』
『はい?』
『俺今学級委員長委員会なんだ。面白い先輩もいるぞ。お前も入らないか?』
『いいですね。ではそのように』
『ほとんどお茶会みたいなもんだがな』

『…僭越ながら、私は菓子を作るのが得意です』
『おい聞いてないぞなんだその特技。食ったことないぞ』
『聞かれていない事には答えられませんから。それに、忍の作ったものを主に食わせるわけにはいきませんでしたし』

『そういうもんか。あ、そうだ。聞きたいことがある。お前なんで苗字ないんだ?』
『私は寺に捨てられた身だったようで』

『あぁそうだったのか。忍の里なのに忍術学園に入るのか?』
『里によって知識の偏りもあるでしょうし、私も前々から此処の事を耳にして興味はあったんです』

『へぇー、お前里でどんなことしてたんだ?』
『普通に忍術の基礎について学んでいました。武術も座学も』

『武術って?お前得意武器とかあるのか?』
『鉄製の扇を使います』
『カッコいいなお前。知らなかったわ』




『えーっと虎之助くんね。入学歓迎するよ。で、えっと、苗字は?』




『…私、苗字は……』


『……あ!山田先生!扇!こいつの苗字は扇!扇虎之助!』




「そして、今に至ると言うわけだ」
「……なんかすごい話聞いちゃいました」
「いつか勘右衛門にも話してやるさ。お前には言わねばならぬと思っていたよ。俺もお前と同じくして、"名"に縛られ生きてきた人間なのだからな」

「…だから右京先輩は、私が"鉢屋"と呼ばれることを嫌がっていると、解ってくださったんですね」
「あぁ。俺と同じような顔をしていたからな」


鉢屋という立派な苗字に、この歳で押しつぶされないわけがない。俺は小さい国の名。だけどこいつは違う。戦闘集団という肩書を持ち、今や至る国から敵視されるような存在。少しでも信頼が無くなれば、鉢屋の名は地に落ちる。自分がそのような醜態をさらすわけにいかないと、この歳でどれほど悩んだのだろうかと考えると、自分と比べることすら申し訳なくなるぐらいだ。

俺も三郎も、同じ悩みを抱えていた。それは、虎之助もよく理解している事でもあった。


「お前の気持ちは、痛いほど良く解るさ」
「……」
「名に囚われるというのは、重く、ツラいことだからな」
「……」

「よく頑張った。お前は立派なヤツだよ」


三郎は、ぽつりとひとつ、涙を落とした。名を背負うことはツラいことだ。重い。それは酷く重く己の身にのしかかっている。俺だって不安なぐらいだ。俺があの名を継いでいいのかと今まで何度思い悩んだことか。俺があの国を守れる人間になれるのか。それはおそらく、三郎も同じだ。鉢屋を継げるのか、三郎もおおいに悩んだことであろう。

「三郎、俺もお前も立派な友を手に入れている。もう一人で悩むことなんてない。ツラくなったら友を頼れ。一人で抱え込むなんてこと、もう二度としなくていいんだぞ」
「右京っ、先輩…っ!」

友という存在はこんなにも大きい。悩みを打ち明けられ、それを分かち合ってくれる。時には喧嘩もするが、いつの間にか仲直りは済んでいる。気が付いたら側に居る。そんな存在が、心を癒してくれる。もちろん俺も三郎も同じ友だ。同じ忍の卵同士。俺の事も頼ってくれて構わない。もちろん、虎之助だって。

涙をぬぐう三郎に、今度は俺が言いたいことを話した。それはあの日の事件の首謀者である鉢屋衆一派の連中の事である。あの後あの連中はどうなったか、次期頭首である三郎には報告しておかねばならないと思っていたのだ。

「吐かせたんだ。今の鉢屋衆の本拠地が何処なのか。いや、苦労した」
「ど、どうやって!?」
「……ちょっと言えないな。六年になったら学ぶ方法だ」

拷問でなんて、まだ三郎には教えなくていい。

慎次郎とともに今の鉢屋衆の本拠地を尋ねた。最初は殺されるかと思うほどの歓迎を受けたが、事情と身分を話すと、聞いた下っ端が頭に知らせに言った。その頭が、三郎の父親なのだと、俺は身構えた。出て来た奴は狐の面をしていて、顔は解らなかったが、「我が息子三郎を御頼み申す」と一言言い残し、その場から消えてしまった。

「そ、それで…」
「急ぎ駐屯所に戻ったときには、もう連中の身体は何処にも残っていなかった。残っていたのは燃え尽きた館と飛び散った血の跡、手裏剣クナイの数々、そして、一本だけ残された腕」

その腕だけで、あいつらの末路は解る。消されたのだろう。息子を殺そうとした裏切りの一派だ。生かしておく必要など、ない。

「噂には聞いていたが…恐ろしい集団だな……」
「すいません…」
「いやいや…むしろ忍とはあぁでなくては。お前の父上とも話をしたかったが、…正直足がすくんだよ」
「えっ…」
「恐ろしい威圧だった。あれが"鉢屋"という名を背負いし者なのか、と」

その言葉に三郎は背筋を伸ばした。別に圧力をかけたわけではないのだが。あれが戦闘集団を引っ張る頭。顔を見ずとも、恐ろしい空気を身にまとっていた。だが三郎の名を出した時だけは柔らかくなったな。やはり人間。やはり父親。息子の事は心配なのだろう。


「ってなわけで、…おぉ、随分話しこんでしまったな」
「あ、もうそんな時間ですか…」
「女を買ってるんだ。あいつは今晩戻らない。此処に泊まっていくか?布団ならあいつのがあるぞ」

「…だったら、右京先輩のお布団で寝たいです」

「…珍しいな、三郎が其処まで甘えるとは」
「い、いえ、べ、別に無理なら…」
「無理なもんか!一緒に寝よう!布団を引くのを手伝ってくれ!」

「!は、はい!」


立ち上がり押入れをあけ布団を取り出し抱え込んだ。三郎は部屋の真ん中に置いてあった蝋燭台をはじによせ、押入れから枕を二つ取り出して並べた。すっかり話しこんでしまったから体は冷え、布団に入ってすぐに三郎を抱きかかえた。子供体温とはすばらしい物だ。


「右京先輩」
「うん?」

「私にも、右京先輩と虎之助先輩の様な絆のある友を、得ることができるでしょうか」

「何を言っている。もう既にいるじゃないか」
「えっ」


「あいつらは良い連中だ。絶対にその手、離すんじゃないぞ」
「………はい」


「さぁもう寝よう。明日は虎とあいつらと朝餉と共にしようか」
「はい!」



「おやすみ三郎」
「おやすみなさい」


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