適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「大方予想はつく」  




目が覚めると耳に入ってきたのはすぐ近くで聞こえる雄々しい鼾と少し離れた場所から聞こえる笑い声やら足音やら。目を開くと、目の前には逞しく割れた腹筋が目に入った。私は誰かに抱きしめられるようにして寝ていたのだろうか。それにしても陽は随分と高い。そんなに長い間、深く眠りについていてしまったのか。

私の背中に回っていた腕の中でごろりと小さく寝返りを打つと、やはりというかなんというか、私を抱きしめ鼾をかいて寝ていたのは、予想通り右京先輩だった。改めてそこで気付いたのだが、私は全身に包帯が巻かれているような状態だった。足に、腕に、額に、左目に。利き手だってこのざまだ。

…はて、私は一体いつの間に夢の中に旅立っていたのだろうか。昨夜の事は鮮明に覚えているはずなのに、寝た瞬間だけは覚えが無い…。

たしか虎之助先輩の背で傷が開いて苦しんで、それに加えて身体の温度も奪われて限界がピークに達しそうになったとき、虎之助先輩から耳障りな音が響いた。あれは多分矢羽音だったのだろう。上空から降りてきたひょろ長い六年生が私を抱えて凄い速度で走り出しその勢いのまま忍術学園の保健室に飛び込んだ。爆弾かこの人はと思っていたのもつかの間、待機していた下級生の保健委員が引いた布団に私を放り投げ読んで字のご如く薬棚をひっくり返してあれやこれやと薬草を湯にぶち込み煎じてそれをあろうことか傷口に直接ぶっかけてきた。私はあまり保健室の世話になったことがないから、保健委員長の人物像は噂で聞いていた程度だった。歴代最悪と呼ばれる暴君委員長で無駄な怪我をし薬を無駄に使用する奴を徹底的に叩き潰すという鬼のような先輩だと。布団に寝かせられたその瞬間下級生全員に私の五体を抑え込まれたときは「あ、殺されるんだな」と覚悟したレベルだった。傷にかけられたその薬は熱いとかいう話じゃなく、まるで傷口が暴れているような感覚。叫び声をあげようにもタオルをかまされていて暴れようにも押さえ込まれている。これはどんな拷問だ。


と、思ったところまでは覚えているのだ。


「……気を失ったのか…」

それも、痛みなんて軟弱な理由で。…重ね重ね情けない……。鉢屋衆を背負う者が痛みの拷問で気を失うとは先が思いやられる。先代にどんな顔を向けていいのやら。起き上がって手を閉じたり開いたりして見ても、利き手の痛みはほとんどなかったので包帯を外してみた。が、其処に傷はなかった。…塞がったのか、元々なかったのか……。前者なのだとしたら、保健委員長は本当に閻魔の使いに違いない…。

ひとり言が煩かったか、右京先輩はうーんと声を漏らしてごろりと寝返りを打ち向こう側を向いてしまった。だがしかし、私の記憶では右京先輩の顔には小さい切り傷がひとつあっらぐらいだ。あれはおそらく新しい怪我。あと体についている傷は古い物ばかり。右京先輩は昨夜、水明先輩と二人であの駐在所に残った。後始末をするんだと虎之助先輩は仰っていたけど、それでも残っている人数はそう少なくはなかったであろう。それも先輩よりも年上のプロばかり。あんな小さな傷一つで、生きて帰って来れているだなんて。




…大きい。

この背中は、あまりにも大きすぎる…。




「あーーー!駄目です!保健室には今誰も入れられないんです!」
「えぇーなんでやねん。俺かて右京ちゃんの見舞いしたいわ。ま、どうせ鼾かいて寝とるんやろけどな!」

「保健委員長の御命令で今は誰も入れることはできないんです!」
「特に生物委員長はダメって、保健委員長仰ってたのだ」

「誰が歩く細菌兵器やねん!固いこと言わんといてえな!ええやろハチ!」
「ダ・メ・で・す〜!」


あ……これは…生物委員長の先輩の声だ。あとは誰の声だっけ。


「おぉ立派立派。一年坊主共、よく手前の言いつけ守りつけた。おいお前さん、大人しく引っ込まねえとその頭蓋骨粉砕して滋養強壮薬にするぞ。手前も丁度、人骨が薬に使えないかどうか試薬を作ってみたかったところよ」
「アカンアカン!俺にそんな価値ないがな!お前の鎖鎌はアカン!!」


うひぃ!と間抜けな声が廊下から聞こえたと同時に、保健室の障子にザクリと勢いよく何かが刺さった。それが鎖鎌の鎖の部分だと解ったときにはそれはもう既に抜かれ、二つの足音は遠く遠くへ走り去って行ってしまった。ふと破けた障子の切れ目から誰かと目があった。思わずどきりと心臓がはねたのだが、


「あーーーーー!!!鉢屋起きてる!!!」


その叫び声が聞こえた瞬間、保健室の襖は左右に大きく御開帳。部屋いっぱいに新鮮な空気と太陽の光と、同じ制服が四人飛び込んできて、私に飛びついてきた。


「ぅおっ!?」

「良かったー!!やっと目が覚めたんだね!?」
「無事でよかったのだ!目が覚めなかったらどうしようかと…!」
「腹減ってないか!?何か欲しい物ないか!?」

「え、えっと……」


尾浜は解る。委員会一緒だから。竹田?高屋?高元?もギリ解る。竹本だったかな。でもこいつは解らん。だれだこのくノ一。なんで忍たま長屋にいるんだ。


抱き着いてえぐえぐと泣いている三人と、その後ろに立っていた一人。これは覚えてる。私の同室で、私と喧嘩して、今、私の顔の


「鉢屋のバカ!!!」


不破、雷蔵。


「ば、!?」

「なんで一人でどっかいっちゃうのさ!」
「お、お前が出て行けっていったんだろ!?」
「言ったけど!でも本当に出て行っちゃうなんて…!しかもあんな山奥に!」
「里に帰ろうと思っただけさ!お前なんかが同室の学園で暮らすよりは親に叱られる方がよっぽど楽だね!」



「なんで…!!なんでそんなに僕の事嫌いなのさ!!」

「べ、別にお前の事嫌いなんて一言も……!!」



言っていない。

そう続けようとしたのだが、不破の怒り顔がすっと消え、消えたかと思いきや、ぼろりと、大粒の涙が目からこぼれた。


「……本当…?」
「え、」

「…本当に、僕の事、…嫌い、じゃない…?」
「……」




「………僕ら、まだ、………友達になれるチャンス、残ってる…?」




不破は、ぼろぼろと、顔を歪めて涙を流し、小さく小さく、呟いた。

私は、別に不破を嫌っていたわけじゃない。むしろ、誰を嫌っていたわけでもない。避けていた。"鉢屋"という名前に下心ありきで、興味本位で、面白半分で近寄って、擦り寄ってくる奴らが面倒くさくて、そういうやつらを相手にするのが面倒で、だから、誰彼かまわず避けていた。だけど、不破はどうだっただろう。私に陰口を言っているなんて話聞いたことない。…むしろ不破は、私に近寄ってきてはいたものの、………いまちゃんと考えれば、……あれは、下心ありの事ではなかった。普通に、友達になりたいからと、言ってくれていた。食事にも誘ってくれていた。私の変装に興味を持っていた。

別に、嫌っていたわけじゃ、ない…。


「……そんなの…」
「……」

「……」
「……」

「……」
「……」


「……友達なんて…いたことないから…………」
「!」


解らない。

どうすれば友達と言えるのか。どうすれば、友達と認めてもらえるのか。


部下はいた。上もいた。だけど、




同じ場所に立っているヤツは、一人もいなかった。




「そんなの…!僕らが今から教えてあげるよ!」

「!」



「とりあえず、まずはちゃんと自己紹介からね!ちゃんと聞いてね!僕の名前は不破雷蔵!O型!うお座!図書委員会所属!好きな食べ物はね!………えーっとね……んー…」

「俺解ったんだ!雷蔵ってこういう優柔不断な性格あるってこと!どうせお前俺の事知らないんだろ!ちゃんと覚えとけよ!同じクラスの竹谷八左ヱ門な!生物委員!射手座のB型!動物大好きなんだ!今生物委員長に獣遁の極意教わってるとこ!」

「あー待って待って俺も!い組の尾浜勘右衛門!同じ委員会だから名前ぐらい解るよね!てんびん座のー、O型ね!好きな食べ物は甘いものでー、趣味は甘味屋めぐりー!で、こいつは俺のクラスの友達!」

「初めましてだよね。俺久々知兵助。い組の火薬委員。よく勘右衛門から話聞いてて、変装とか俺全然解んないから凄いなぁーっていつも思ってたんだ。いつかコツとか教えて!あ、えっと、うお座のA型!好きな食べ物は豆腐!豆腐の事なら何でも聞いて!」


不破と、竹谷と、尾浜と、久々知が、楽しそうに私の顔を覗き込んで一気にそう喋った。私はこれほどまでに自分の記憶力の良さに感謝した覚えはない。改めて聞いてやっと覚えた。不破雷蔵と、竹谷八左ヱ門と、尾浜勘右衛門と、久々知兵助。そうそう竹谷だった、とか、尾浜って団子好きなんだ、とか、ごめん久々知のことくノ一だと思ってたとか、言いたいことは山ほどあったのだけれど、

こんなに近くに、誰かがいたことなんて、右京先輩たち以外に、他にいたなかった。同級生の、同い年の奴が、こんな近くで笑って話をしてくれたことなんて、今までただの一度もなかった。なんだか、酷くテレくさくて、口が思うように動いてくれなかった。

次は私の順番なんだろうか…。




「……は、鉢屋、三郎…。学級委員長委員会で、ふ、ふたご座の…B型………………です……」



「うん!覚えたよ!これで僕ら、友達だね!」





何をもって今この瞬間、私たちが友達という輪になったのかは一切わからなかったのだが、


………どうやらこれで私は、右京先輩との賭けの約束を果たせたようだ。




「……あ、その、…昨日は、ありが、とう」


「気にすんなってー!」
「友達じゃん!」
「助かってよかったのだ!」
「むしろ面白かったよ!」




「おぉ、ずいぶん盛り上がってるな」

「虎之助先輩!」
「体調はどうだ三郎?」
「昨夜はご迷惑をおかけいたしました。もうすっかりこの通りです」
「そうかそれはよかった。右京先輩、起きませぬか。昼餉と羊羹をお持ちしましたよ」


「んー〜〜………!!なんだなんだ…騒がしいと思ったら小さいのがちまちまと……」

「右京先輩!!」
「ん?おぉ?おぉ!三郎!目が覚めたか!もう大丈夫か!?痛い所はないか!?け、怪我はもう大丈夫か!?ヤツの治療は鬼の様に恐ろしく痛いからな!」
「大丈夫です!」
「そうかそうか!それは安心した!」

保健室の開かれ破られた障子をなんじゃこれと見つめていたのは虎之助先輩で、その手には大きなおぼんが3つ乗っていた。片方にはお握りが6つと漬物と茶が二つ。もう片方には湯呑が4つと急須、その上に乗っているおぼんには羊羹がこれでもかと陳列されていた。それを置き私の背後で寝ている右京先輩に声をかけると、右京先輩は深い眠りから目覚めて、背の背伸びをして起き上がった。私が起き上がって他の一年生と戯れているのを見て、抱きしめて、改めて無事を確認してくださった。


「そ、それと……此度の件…!」

「三郎」
「っ、」


謝罪を述べようと思った。怒られるのは覚悟の上だった。他の委員会の先輩方を巻き込んだ上、危ない戦いに駆り出してしまった。どんな処罰も覚悟の上だったのだが、右京先輩はいつもみたいに、私の頭をぐしゃぐしゃに撫でまわして、にっこり笑うだけだった。

「よし、飯だ!虎!飯!」
「握り飯と羊羹をお持ちしました。三郎と右京先輩はこちらを。お前たちは羊羹食っていいぞ」

「やったー!」
「いただきまーす!」
「うわぁすごいおいしそう…」
「これが噂の学級羊羹…!」


「あー腹減った。はやり腹が減っては十分な戦はできんな」
「何をおっしゃいますのやら」


右京先輩はあぐらをかいて、虎之助先輩から受け取ったおにぎりに豪快にかぶりついていた。私もおずおずと手を伸ばし口に運んだ。美味しい。梅干し入りだ。



「……あの、右京先輩…」
「うん?」

「おっ、お聞きしたいことがあります」
「俺もお前に話さなければならないことがある。それに、お前が聞きたいこととやら、大方予想はつく」

右京先輩は私の言いたいことなど見透かしているようで、私の次の言葉を聞かずに答えた。いつでもいいから夜部屋に来いと言われたので、私は頷いて、おにぎりをまた口に運んだ。


「お前が口にしたからいけないんだぞ」
「面目次第もございません」


虎之助先輩も解っているようで、右京先輩が差し出した湯呑に茶を注いだ。



「そういえば三郎」
「はい?」


「こいつらは、お前の友達か?」


口の周りに米粒を付けた右京先輩は、羊羹を頬張りこちらを見ている四人に目を向けていた。四人はわくわくしながら私の返事を待っているようだったが、




「……はい」



そう返事をすると、満足そうにわらって、それでいて、照れくさそうに顔を赤く染めるのだった。


「そうか。早々に俺との約束を果たしたんだな」
「…はい」

「友というのは良いもんだぞ。飯が美味くなるし、暇がない。学ぶべきことだっていっぱいある。委員会の委員長として、お前ら、三郎をどうか、宜しく頼む」

"智の学級"が床に手をつき頭を下げた。それをみて四人は慌てたように姿勢を正し

「こちらこそ、宜しくお願い致します!」
「俺らもっと鉢屋と仲良くなりたいと思ってます!」
「いっぱい遊んでいっぱいいろんなとこいきます!」
「これから先もずっと友達でいます!」

「そうか!三郎の最初の友達がお前らの様なヤツらでよかった!なぁ虎!」
「真に」

なんだかまるでお見合いの様な体勢になってしまった。

食事を済ませた後、右京先輩が三味線を弾いてくださりながら、昨夜の事があったから今日は急遽休校になったらしいので、みんながまだ手をつけていない宿題を見てくださった。虎之助先輩も追加でお茶を入れてくださり、保健室で私たちは急遽勉強会をやることになったのだ。

昨夜のあの大惨事の後がどうなったのかは、また後日改めて聞かせてくださるそうだ。こいつらがいる前では話さないほうがいいと判断したのだろう。



「……で、ある。わかったか三郎」
「はい、やっと理解できました」

「よろしい。どうした不破。三郎に何かついてるか?」
「あ、えっと、その、」
「…なに?」



「………あのね、僕もね」
「うん?」


「三郎って、呼んでいい?」

「!」




「うーん、今日は本当にいい日だな!虎よ!」
「左様ですな」


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