適当に生きていくっていうのがこの世は丁度良いんだよ | ナノ


「後悔させてやれ!」  




「三郎!良かった!無事だったんだな!!」
「右京先輩!!」

勝負に負けた、ということの衝撃より、大好きな右京先輩が私を助けに来てくれたというこの事実があまりにも嬉しくて、私は縛られているのも忘れて右京先輩に駆け寄った。だが身体は寒さにやられ足はいう事をきかず、立ち上がろうにも立ち上がれずに倒れこんでしまった。右京先輩はとっさに腕を伸ばし私を抱きくよう受け止めてくださった。

「心配かけやがって!!お前しばらくおやつ抜きだからな!!」
「…申し訳ありませんでした……」


「いやしかし、本当、無事でよかった…!!」


心底安心するように、右京先輩は私の身体を強く抱きしめた。

「此処を出るぞ三郎、こんなところに用事はない。とっとと学園に戻るんだ」
「は、はい」

「逃がすか!その背の三味線、貴様が噂の闇鳴りか!そのガキを置いていけ!!」

「せ、先輩!!!」

私を抱きしめる右京先輩からは、後ろの男の姿は目に入っていない。男は刀を大きく振り上げた。


だが、


「案ずるな三郎」


私を宥めるような優しい声で、右京先輩が私の頭をなでると、
男の刀は、右京先輩の背に立った、先ほど此処へ伝令をしに来た男によって塞がれた。

「貴様、なんの、つもりだ…っ!!」



「貴様こそ何のつもりだ。我が主に手を出してただで済むとは思うまいな」



右京先輩の背で、その男は鉄製の大きな扇を勢いよく広げた。それはまるで盾の様に刀を防ぎ、右京先輩の背は守られた。


「虎、背は任せたぞ」
「お任せください、命に代えてでもお守り致します」

鉢屋衆一派の忍服であったはずの扇を持つ男は、扇を思いきり振り回すと、あっというまに群青色の忍術学園の制服の色へと姿を変えた。男は吹っ飛ばされ牢に背を打ち付け、ぐっ、と苦しそうに息を漏らした。

「虎之助先輩っ、!」
「無事か三郎。あぁ濡れているな、寒かっただろう。帰ったら甘酒を入れてやろうな。さ、もうひと頑張りだ」

腕の縄は虎之助先輩によって切られ、やっと体は自由になった。だが、足が動かない。それを察してくれたのか、虎之助先輩は私を背負って壊れた壁の向こうへ出た。

「邪魔だ!!道を開けろ!!」

壁の穴をふさぐようにし出てきた黒ずくめの忍を、右京先輩が背負っていた三味線で思いっきり殴り飛ばすと、面白いぐらい男の身体は吹っ飛び向こうの瓦礫へと頭から突っ込んでいった。




「全委員会に告ぐ!!鼠一匹たりともこの駐在所から逃がすな!!忍術学園の戦い方を存分にみせつけ、我らを敵に回したことを後悔させてやれ!!」




そう、右京先輩が叫ぶと、低い雄叫びが、山むこうまで響くかのように轟いた。

外に出て改めてわかる、聞こえた爆音の現状。外は中々に広い駐在所だったのか、私が閉じ込められていた館は何処までも広く続いていた。それなのにもかかわらず、少し広い場所へ出ると、その館は炎と瓦礫と化していた。それを起こしているのは、忍術学園の上級生の制服だった。紫色の先輩が高く砲弾を投げると、それを狙い群青色の先輩が矢を放つ。館の上で爆発した焙烙火矢は爆風と共にさらに館を崩壊させた。一方の最上級生は、腕に自信のあるものは次から次へと、鉢屋衆の一派の者であるヤツらに挑んでは、ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返していた。いつも委員会会議やグラウンドや、長屋の廊下ですれ違っているときの優しい雰囲気とは一変、すべての先輩があの穏やかな顔は何処に隠したのかと聞きたくなるほどに凶悪で狂暴な顔をしていた。武器を振り回しては、確実に急所を仕留め敵の動きを止めている。

凄い。こんな、こんなに強い先輩方が、あの学園で一緒に生活していただなんて。


「おぉー良い眺めだ。真夜中に炎はよく映えるな!」
「こ、こんなことって…」


まさか、この戦場の原因は私なのか?私が捕まったから、忍術学園の先輩方が総攻撃を仕掛けて来たのか?私のために?こんな、私一人だけのために?


「鉢屋三郎が逃げたぞーーー!!!」


遠くで誰かがそう叫んだ。まずい、もうバレたのか。そう思った矢先、

「うわぁぁああああ!!」

「いーっひっひっひっ!ようやった!ほれ"鉢屋"!こっちへ来い!」
「は、鉢屋三郎はこっちだーーー!!」


「あ!?あ、あれ不破…!?」
「おぉ!上手くやってるな"鉢屋"!」

鉢屋三郎と名乗っていたのは、今の私と同じ顔の、いや、この顔の主の、不破雷蔵本人だった。降り注ぐ矢や焙烙火矢から頭を守るように頭に手を置き涙目で走り回り、少しと遠くにいる梶ヶ島先輩の胸に飛び込んだ。梶ヶ島先輩はそのまま不破を抱えて、別の場所に不破を置き、「鉢屋三郎が逃げたぞ」と声色を変えて叫んだ。さっきの声は梶ヶ島先輩の声。もしかして、不破を使って私と不破どちらか解らなくさせ、戦場を引っ掻き回しているとでもいうのか。なんという手荒な真似か。


「鉢屋三郎が逃げたぞー!!」

「ば、馬鹿野郎あれは全然違う子供だ!!」
「馬鹿はお前だ!忘れたのか!次期頭首は変装名人だぞ!」
「あの背丈の子供がまだ何人もいる!」
「全員殺せ!!そうすれば正体は解る!!」


「鉢屋三郎はこっちだー!!」

「いや鉢屋三郎はこの俺だ!!」

「鉢屋三郎なのだーー!!」


不破は解るとして、何故、尾浜と、久々知と、竹谷まで駆け回っているのか。近くにいた鉢屋衆の人間の言葉で良く解った。さっき見た私と同じ顔の不破を目標といていても、私は変装名人ということは知られている。だから不破が本人かもしれないが、もう既に私が別の姿に変わっているという可能性もある。それにここから既に逃げている可能性もある。鉢屋三郎がどんな正体なのかを知らないから、混乱せざるを得ない。

尾浜は深緑の先輩、あれは確か会計委員の委員長だ。その先輩の胸に飛び込んでは、また別の場所から鉢屋三郎を名乗って楽しそうに戦場と化しているこの場を駆け回った。竹谷も生物委員長の胸に飛び込み、また別の場所へ。久々知も、火薬委員長の胸に飛び込んではまた別の場所へ。これを繰り返し戦場が掻き回され、敵の思考は、視点は、何処に定めるべきなのかも決まらない。だがその間に最上級生は武器をもって飛びかかり、その隙をついて戦いを挑む。

戦場は、見事に引っ掻き回されていた。


「崇徳院先輩」
「よお梶ヶ島。上手くやったな」
「全て貴方の指示通りに。こやつも褒めてやってくだされ」

「うん!不破もよくやった!怖かったろう!」
「だっだだ大丈夫です!!」

屋根の上へと飛び乗ってきた梶ヶ島先輩の腹に、不破は猿のようにしっかりしがみつきこちらに顔を向けずにいた。涙声で大丈夫だと言う不破の頭と撫でると、各委員会の副委員長が腹に私の同級生をくっつけ屋根の上に来て、続いて水明先輩も屋根に上がってきた。

「銀、"鉢屋"を頼むぞ」
「お任せください」

「虎、三郎はお前が守り切れ」
「畏まりました」


「各々の委員会の後輩を守りつつ、"鉢屋三郎"を学園まで必ず守り切れ。死ぬことは絶対に許さん。後ろは振り向くな、生きて必ず、学園に戻れ!」


その言葉に、屋根に上がった五年の先輩は膝をつき深く頭を下げた。おいでと手を伸ばされ、私は虎之助先輩の腕に移動した。


「さて慎次郎。お前此処まで何人倒した」
「さぁな。10人ぐらいだったか」
「俺は15だ」
「いや、20だったかな」
「まてまて、30だったかもしれんな」
「そういえば40だったかも」

「嘘ついてんじゃねぇよテメェ!!!」
「テメェこそ馬鹿言ってんじゃねぇよ!!」

「よしじゃぁ此処に残ってるやつどっちが多く倒せるか勝負だテメェ!!」
「望むところだこの野郎!!!」


「ちょ、右京先輩!!」


私の声もむなしく、右京先輩と水明先輩のお姿は屋根から消え、遠くから「うらぁ!」というあまりにも狂暴な声が次々と上がっていた。


「まったくあのお方ときたらこんな時まで。三郎、しっかり掴まっていろ」
「は、はい!」

私が背負われる形になると、立ち上がった虎之助先輩は懐から出した焙烙火矢に火をつけ、勢いよく鉄製の扇で空へとそれを打ち上げた。空高くに上がった焙烙火矢は空中で赤い閃光を放って爆発した。その光にやられ目を閉じたのもつかの間、パァン!と大きな音と同時に、体がふわり宙へ浮いた。あっという間に私たちの身体は闇の中に包まれたかと思いきや、いつの間にか燃える館を背に山の中に移動していた。物凄い速さで移動する虎之助先輩の周りには、他の五年の先輩と四年の先輩、もっと空高くで六年の先輩方が木々をつたって駆け抜けていた。

なのに、右京先輩方の姿がない。


「虎之助先輩!右京先輩がいません!」
「右京先輩ならまだあそこに残っている。後始末をされるおつもりだ」
「そんな!二人だけでなんて危険です!」
「あのお方の命令を忘れたのか。後ろを振り向くなと、あのお方は仰った。これからの惨状を、お前たちにはまだ見せたくないんだ。お前の命は必ず私が守り切る。あのお方を、信じろ」

「……っ」


遠くで聞こえた爆音に肩を震わせたが、

虎之助先輩の言うとおり、私は右京先輩の無事を、ただ、祈ることしかできなかった。


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